4話 ジジイのキンタマ
コンコンコン
「どうぞ」
「失礼いたします」
スーツ姿の小柄な男性がキビキビと歩き、面接官の前へやって来る。履歴書によると、彼は今年で24歳。その小柄な体格のせいか、少し幼く見える。
「お名前を教えてください」
中途採用なので、出身大学などは聞かない。というかこの人、履歴書に小卒って書いてあるぞ。
「黒インゲン 海苔子と申します。本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます」
「とんでもないです。よろしくお願いしますね。どうぞお掛けください」
この会社の面接官は3人。彼らは面s-3と呼ばれ、良き人材を引き入れるため日々奮闘している。そんな面s-3のナンバー2、串刺が口を開いた。
「この特技欄に書いてある、フッフーン、フッフッフッフッフフフフーン、フーンフーンフフーン、フフフフフフフ〜、というのは何でしょうか」
「これは私のデビューアルバムの1曲目『情熱のちょっと大きめのバケツ(酢醤油味)』のイントロの鼻歌です」
「へぇー! 歌手なんですか!」
驚いたと同時に、嬉しそうな顔をする串刺。
「いえ、そんな立派なものでは⋯⋯」
「えっ⋯⋯ああ、じゃあインディーズで活動されてるとか?」
「いえ、違いますけど」
だんだんと雲行きが怪しくなる。
「歌じゃないんですか? 」
「歌じゃないです、バケツです」
頭を抱える串刺。そこですかさずリーダーの國丸が彼に代わって質問を投げる。
「えー、酢醤油味とおっしゃいましたが、これはバケツに酢醤油を塗ったという事ですかね?」
「いえ、バケツにたんまりと酢醤油が入っています。情熱をこめているので、あっつあつです」
それを聞いて恐れおののく3人の面接官。しかしリーダーである國丸は、2人に情けない姿を見せるわけにはいくまい、と質問を続ける。
「大きめのバケツなんですよね。塩分大丈夫ですか?」
「22人分の致死量ですね」
「なんでそんなことするんですか?」
「もういいじゃないですか! そんなこと聞かないでくださいよ! ⋯⋯ぐすん」
泣き始める海苔子。泣けばなんでも許されると思ったら大間違いだ、と言わんばかりに怒涛の質問攻めをする國丸。
「いや、でも気になるんで。泣かれても困りますよ」
「僕を敵に回していいんですか? 今ここにバス停を置くことも出来るんですよ?」
「いやいや敵だなんて、履歴書の内容を聞いてるだけじゃないですか⋯⋯バス停はやめてください」
バス停なんか置かれたらバスが来てしまう。
「ヘイタクシー!」
「タクシー乗り場じゃねえか!」
何台も来るので、バス停より厄介だ。もうこいつは不採用確定だな、と國丸は思った。
「マンピョスまでお願い!」
「マンピョスっていったら非情冷血アルティメットサイボーグがひとり暮らししてる町じゃないか! そんな所に行ったら殺されるぞ!」
後日、仮面商事に小さな箱が1つ届いた。その真っ白な箱には汚い字で『生首』と書かれていた。ウッキウキで箱を開ける面s-3の3人だったが、中に入っていたのは誰かのキンタマだった。
3人は非情冷血アルティメットサイボーグのことを思い出した。ヤツは人のキンタマをちぎっては梱包し、色んなところに配達する『キンタマ屋さん』でもあるのだ。キンタマ狩りと呼ばれることもある。
箱に入ったキンタマを見つめる3人。そんな中、1番の若手であるロンドが口を開いた。
「あの子のにしてはシワシワすぎません? 恐らくこれはジジイのキンタマだと思うんですが⋯⋯」
2人はなるほど。と頷き、同時に安心した。どのジジイのキンタマかは分からないが、あの子のものではないということが分かったからだ。
しかし、その安心は彼らの勘違いであった。あれは2日前のこと。マンピョスの近くの川岸で野グソをしていた海苔子は、数人のクソガキが寄ってたかって豆をいじめているのを目撃する。
「いじめをするのは、いけないよ」
正義感の強い海苔子はすぐにクソガキを全員殺し、豆を助けてあげた。
「助けていただき、ありがとうございます。お礼に川底のヘドロだまりに案内いたします。さあ、背中にお乗り下さい」
豆の背中がどこなのか分からなかった海苔子は、ヘドロだまりに行くことを諦めることにした。
「ごめんね、そういうことだから行けないわ」
「そうですか、では代わりにこの箱を差し上げます。困った時に開けてください」
豆はポケットから綺麗な装飾が施された箱を取り出し、海苔子に渡した。
「オイオマエ、ソコデナニヲシテイル」
海苔子は知っていた。彼が非情冷血アルティメットサイボーグであり、キンタマ狩りのアルバイトをしていることを。
「フッ、万事休すか⋯⋯だがな、男は最後まで諦めちゃあいけねぇんだ」
そう言って豆にもらった箱を開ける海苔子。結局人の道具に頼るのだ。黄色い服のメガネ小僧と同じである。
ボワボワボワボワ
箱の中から大量の白い煙が出てきたかと思うと、海苔子の足腰に異変が生じ始めた。節々が痛いのだ。
非情冷血アルティメットサイボーグのボディを鏡にして自分の顔を見てみると、そこには自分によく似たジジイが映っていた。
なんなんだこの箱は! と思い箱の中を見ると、そこには『ざまみろ』と書かれた紙切れが1枚入っていた。
「ハヤクキンタマヲヨコセ」
そう言って非情冷血アルティメットサイボーグは海苔子を捕まえ、家に持ち帰った。
海苔子の服を脱がせようとする非情冷血アルティメットサイボーグ。
「電気、消して⋯⋯」
「アア、ワカッタ」
電気をつけたまま、ビリビリと海苔子の衣服を破く非情冷血アルティメットサイボーグ。
「乱暴にしないで⋯⋯やさしくして」
「アア、ワカッタ」ブチィ!
ジジイになった海苔子のキンタマをもぎ取り、緩衝材の入った自前の箱に入れる非情冷血アルティメットサイボーグ。ここから先程の、面s-3のもとへキンタマが届いた場面へと繋がる。
「というわけで、改めて面接よろしくお願いします!」
キンタマはそう言い、椅子に腰を下ろした。面s-3リーダーの國丸は「まだ椅子にお掛けくださいって言ってないのに」と思ったが、そんな小さなことを指摘するのもあれなので、何も言わなかった。
「御社は、金た⋯⋯失礼しました。御たま⋯⋯」
「温玉?」
「えっと⋯⋯すみません、えっと、御社はキンタマです!」
「その言葉を待っていました!」
「いい仲間になれそうですね!」
「4人で飲みに行きましょう!」
「え? え⋯⋯? ということは僕、合格ってことですかぁ! うああああん! 緊張したぁ!」
「いや、不合格に決まってるでしょ。キンタマを雇ってる会社、見たことあります?」
その日の夜、駅前のビアガーデンにて面s-3の3人が合掌してキンタマを囲む姿が目撃されたという。
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