第2話 プリンセス・プリンセス
駆けつけた先にいたのはケルベロスという怪物だった。頭が3つある怪物。獰猛そうな牙が口からのぞいている。色は暗めで大きさは6m程もある。単独行動をする怪物で確認されている数は多くない。しかし、鼻が利くため、1度狙いを定められると継続的に襲ってくるという非常に好戦的で賢い一面も持つ。
「これは……」
その先は飲み込み、口を閉ざす。死ぬ。死の絶望感。まだ諦めた訳ではない。ないが……。必死に周囲の状況の変化を観察するが逆転の一手になりうるものはない。このケルベロスは成体だ。幼体ならば1人でとどうにかなるが成体は騎士団単位で対処が必要な相手だ。だが、ここにいるのは騎士が1人。全くもって数が足りていない。とりあえず、何か変化が起きることを期待して耐久するのが唯一の勝ち筋かなと少し自嘲気味に笑う。
物語の主人公だったら都合よく助かるんだろうが、現実はそう甘くない。1時間程戦いを長引かせることはできたものの既に満身創痍だ。せめて、村人たちが逃げる時間くらいは稼げただろうか。
「ここでタダで死んでやるほど聞き分けが良くなくてね!」
ケルベロスは隙と見て、真ん中の頭が私の左腕に食らいつく。痛みで顔が歪む。もう左腕は使い物にはならないだろうななんて冷静に分析していた。
「NA.NA.NA. SBD5 K 7N9LI EW”9 0T” KC”N F DYU. 7N BQ59」
この魔法は代償魔術、もしくは召喚魔術とでもいうべきものだ。供物を捧げることにより、人ならざるものを召喚することが出来る。心臓を捧げることが最高の供物となる。簡単なものなら髪や爪なんかも有効だ。今回は左腕1本だが決して安くはない買い物にはなってしまったがこうなった以上最低でも相討ちが条件となるな。
虚空に魔法陣が浮かび上がり朱い光がまるで器に水を満たすように広がっていく。美しい紋様のように伸びていくそれは状況が状況でなければ美しい絵画のようなその光景に見蕩れてしまったかもしれない。その幻想的な光の中から呼び出した何かが召喚される。その光を危険だと野生の勘で察知したのかケルベロスは私との距離を取り、警戒心を剥き出しにしたまま事の趨勢を見守っている。
「ここは……?」
あら、と言いながら左手を右手に添え、右手は頬にあて、小首を傾げる。召喚されたのは伝説の悪魔、ではなく、神獣でもなく、もちろん失敗でもなく。可憐な少女だった。少女は輝くような銀髪に青い瞳で、まつ毛も長い。髪はストレートロングに毛先の方にのみウェーブがかかっている。腰には細剣、レイピアを差していて、無警戒なようで全くもって隙がない。
「この少女を私が召喚したのか……?」
愕然とする。だが、その疑問の答えを持つものはいなかった。