第1話 グロウアップ
「inwardness odd mask」
僕を救ってくれた英雄はそんなことをつぶやいていた。まるでなにかのおまじないかのように、忘れてしまわないように、大切に大切に。そうやって必死に1人で抱え込んで、手の届く範囲は守れるように、零してしまわないように。その時の僕には分からなかった。でも、今なら分かる。僕はもう守られる側ではなくなってしまったから。
「ユリシス、大丈夫か?」
ダンテが心配そうに私を見ていた。
「あぁ、すまない。少し昔のことを思い出してね」
「そうなのか、大丈夫ならいいんだけどよ」
そう言ってダンテは離れていった。昔のこと……少年の頃に私を救ってくれたあの人。私の英雄は処刑されてもうこの世にいない。人伝に聞いた話では最期まで平和を願い、戦いのなくならないこの世界を憂いていたそうだ。後に処刑された場所を訪れた時には咲き誇る赤い百合が綺麗な場所だった。それだけが印象に残った。突き刺さるような赤だった。
気を取り直し、見回りを再開すると村の人々から度々声を掛けられる。こういう場面では自分が騎士になったということを改めて実感する。高校を卒業して憧れた英雄を目指して騎士団に入団した。春の騎士団、それが今の私の居場所だ。
サクラ王国、春の騎士団は100年前に創設された騎士団で、民の信頼も厚い。昔は大学まで行くのが一般的だったらしいが、それももう過去の話だ。怪物・怪異が跋扈するようになったこの世界で学ぶことを悠長に享受することは難しくなった。それなのに、戦争はなくならない。人同士ですら争いをやめないのだから愚の極みだ。
新たな脅威を前に人間同士の結束力は確かに上がった。でも、戦争をする口実ができたこともまた事実だ。平和を求める声は多いけれどもそれは簡単にはなしえない。私が救える命も限られている……。
「魔法があれば……魔法さえ……」
そう思ってしまうのも仕方のないことだろう。この世界には魔法なんて都合のいい奇跡は転がっていない。その代わりと言ってはなんだが、危機に瀕して人類は進化を遂げ超能力とでもいうべき力を得た新世代の子供たちが生まれ始めた。新世代の子供も当初は連日ニュースになり、盛り上がったそうだが実際は人類の状況を好転させるには至らなかった。その結果戦況は膠着状態となり、人類は脅威に晒されている。
「ユリちゃん、いつもご苦労様だね。あんたの心はこの国のサクラの花のように綺麗なんだねぇ」
「いえ、仕事ですから」
八百屋で働く高齢のおばあさんはそう私を評価した。昔は日本という極東の地に四季というものがあり、春夏秋冬があったという。その中で春という季節にはサクラを始めとして様々な花が咲き乱れ、非常に美しかったという。そのサクラと同じかどうかはわからないがこの国の世界樹もサクラと呼ばれている。世界樹サクラに守護された国、サクラ王国、それが私が使える国だ。
ッ! 悲鳴がする、あれは村の北の方だ、そう考えた時には既に走り出していた。