闇の口封じ
三日月が夜空に浮かぶ夜だった。ケルベスが辺りを見渡して、人に見られていないのを確かめてから王城の秘密の抜け道から出て行った。その姿は月の明かりで夜の闇に浮かび上がっていた。
(あれはケルベス? 一体、この夜中にどこに?)
メアリーは偶然にもそれを目撃していた。ケルベスの様子は何かやましいことをしに行くようにも見えた。不審に思ったメアリーは思い切ってその後をついて行った。
ケルベスは注意深く警戒しながら夜の山道を歩いて行き、やがて小さな小屋に入っていった。
(一体、こんなところで何をしているの?)
メアリーは小屋の壁の穴からのぞき込んだ。すると中にはもう一人、男が見えた。
(あれは庭職人のドロス。)
メアリーはその男に見覚えがあった。王城で庭の手入れをしている男だった。元々、だらしのない男だったが、最近は酒の匂いをプンプンさせ、仕事もろくすっぽしようとしなかった。だがそれでもクビにならず、のうのうと王城に出入りしていた。
メアリーが耳をそばたてると、ドロスの声が聞こえた。
「旦那。持ってきてくれたでしょうね?」
「ああ、受け取れ。」
ケルベスがドロスに何かを渡した。メアリーはそれを金貨の入っている袋だと直感した。
「すまねえ。これさえいただけたら文句はねえ。」
「わかっておりますとも。あなた方が女王様たちを・・・」
ドロスが言いかけると、急にケルベスは慌てた。
「これ!言うな!誰かが聞いていたらどうする!」
(女王様を・・・一体何をしたというの?)
小屋の外で2人の会話を聞いているメアリーはさらに耳を近づけた。
「へへ。注意深いことで。こんな山の中の小屋での話、誰が聞いていますかね。さて・・・」
ドロスが小屋を出ようとした。その背後でケルベスの顔は鬼のような形相になった。彼は音も立てずにすっと剣を抜き、ドロスに斬りかかろうと剣を振り上げた。それを小屋の穴から見ていたメアリーは、
「キャー!」
と思わず声を上げた。その声にドロスは振り返った。そこには剣を振りかぶったケルベスの姿があった。
「ひ、人殺し!」
ドロスはあわてて扉を開けて逃げた。ケルベスは剣を振り下ろしたが、それはドロスの左肩を浅く切っただけだった。
「た、助けてくれ!」
ドロスは血が流れる左肩を押さえ、叫びながら山道を転がるように逃げた。その後を剣を振りかざしたケルベスが追っていった。メアリーはびくびくしながら木の陰に隠れながら彼らの様子を見ていた。
ケルベスはようやくドロスに追いついた。彼の剣が暗闇に光った。
「ぐあー!」
振り下ろした剣がドロスの背中を切り裂き、ドロスは声を上げて倒れた。
「死ね!」
ケルベスは止めを刺そうとさらに剣を振り上げた。それを見たメアリーは周囲に向かって、
「人殺し! 人殺し!」
と大声で叫んだ。それを聞いたケルベスは忌々しそうに舌打ちして、振り上げた剣を収めてその場からすぐに姿を消した。メアリーはケルベスがいなくなったのを見届けてから、ドロスのそばに寄って声をかけた。
「しっかりして!」
「俺は・・・もうダメだ。ケルベスにやられた・・・」
ドロスは苦しそうに言った。もう息は絶え絶えだった。メアリーは何とかもう少しドロスから話を聞き出そうした。
「どうしてケルベスがこんなことをしたの? 教えて!」
「俺は・・・見たんだ。ダービス公が公爵と王女様に斬りかかるのを・・・タケロス卿がそれを止めたんだ・・・俺はダービス公たちを脅迫して金をむしり取った。だがケルベスは俺の口をふさぐためこんなことをしやがった。畜生め・・・なあ、あんた!このことを誰かに話して仇を取ってくれよ・・・」
ドロスはそれだけ言ってこと切れた。
(こんなことが・・・)
メアリーは衝撃を受けた。しかし事件の真相を知った今、メアリーにできるのは兄のサランに相談することだけだった。
騒ぎを聞きつけて方々から駆け付ける人の足音が聞こえてきた。メアリーは
(この現場にいて、真実を知ってしまったことをダービス公やケルベスに知れたら私も殺される!)
と思った。そうなると事件の真相が闇から闇に消え去られる・・・。メアリーは誰にも見つからぬようにその場をそっと離れて走って町に向かった。