老人の戯言
アメリアは自室に戻った。部屋に入ると張りつめていた糸が切れたようにベッドに身を投げ出した。アメリアは自問していた。
(今日、ジェイクに剣を向けた時、自分に一瞬の迷いがあった。どうしてだ。なぜ憎み切れないのだ!)
その答えはアメリア自身にはわかっていた。しかしそれは切り捨てなければならないはずだった。それができない自分の甘さに苦しんでいた。
(明日こそは・・・明日こそは必ず討ち果たす。迷いなく!)アメリアは決心を一日一日と固めていっていた。
アメリアとサランはジェイクの足取りを追っていた。すると偶然にも前日、ジェイクが飛び込んだ小屋の前に来た。
(ここは・・・。もしかしたらジェイクが・・・)
アメリアはそこに何かを感じた。
「中を調べよう。」
とサランに声をかけて小屋を開けた。中はがらんとしており、埃っぽくてかび臭かった。だが人の気配があった。よく見ると薄暗い小屋の隅に一人の白髪の老人がポツンと座っていた。サランが尋ねた。まるで2人を待っていたかのようだった。
「何者だ?」
「儂か? ただの旅の者じゃ。ここを仮の住まいとしている。何か用かな?」
老人が答えた。身なりはみすぼらしかっだが、なぜか不思議な威厳があった。
「いきなり開けてすまなかった。聞きたいことがある。ここに男が逃げて来なかったか?」
「さあて・・・どうだったかのう。 来たかもしれぬのう。」
アメリアの問いに老人はとぼけて答えた。
「来たんだな! どこへ行った? はっきり言え!」
サランは老人の言い方に苛立ちを覚え、居丈高に訊いた。それをアメリアが右手で制して、優しく言った。
「教えて欲しい。その男は私の仇だ。討ち果たさねばならぬ。」
「ほう? そうか。しかしその男が本当に仇かな?」
老人は意味ありげに言った。その言葉にアメリアは反応した。彼女の目は吊り上がった。
「仇に決まっている。目撃した者がいるのだ!」
アメリアは思わず大きな声を出していた。だが老人はそれにひるみもせず、じっとアメリアの目を見て言った。
「そうか? だが人の言うことは当てにはなりませんぞ。自分の目で確かめてはいかがかな?」
老人の目がキラリと光った。だがもう我慢ができなくなったアメリアは、
「そんなことができるはずはなかろう! もうよい! お前の戯言に付き合ってはいられぬ。そいつが仇に決まっている!」
と小屋を飛び出して行った。その後を困惑した顔をしたサランが追っていった。
「困った王女じゃ・・・」
老人はそうつぶやくと重い腰を上げた。