サラン・ネスカ子爵の思い
サランが王城に戻ってきた。ジェイクを追い詰めたものの、今日も逃がられてしまい、アメリア王女にすまない気持ちでいっぱいだった。奥に通じる通路を歩いていると、妹のメアリーが声をかけた。
「お兄さま。お帰りなさい。」
「ああ、しかし今日もだめだった。姉上に申し訳がない。」
サランは肩を落としていた。
「ええ、お姉さまから聞いたわ。」
メアリーはそう言ったが、それ以上、兄を慰める言葉が見つからなかった。
「私は悔しい。父母を失くした我ら2人を女王様と公爵様が引き取り、自分の子供の様に育てていただいた。そのお二人に危害を加えたタケロス卿を私も許せない。たとえ姉上の許嫁であってもだ!」
サランは壁を叩いた。
「お兄さまの気持ちは私にもわかります。しかしあのジェイク様がそのようなことをされるとは・・・」
「私もタケロス卿がやったとは信じたくなかった。多分、姉上もそうだった。しかし多くの証拠がそれを示している。そう考えねばならない。姉上は過去のことは一切無にして、裏切ったタケロス卿を憎んで追っているのだ。それに仇を討つことが一番の孝行だとダービス公はおっしゃられた。後押しもしてくださる。」
そこにユーラス大臣が通りかかった。彼はこの国の実務を一手に引き受けていた。しかしコースラン公爵が亡くなり、ジェイクが出奔して政が滞り、てんてこ舞いになっていた。しかも代わりのダービス公の無茶苦茶な政の指示によって、さらに大混乱となっていた。
「ネスカ子爵。町の様子はどうですか?」
ユーラス大臣が尋ねた。サランはその意味を理解できなかった。不可解な顔をしているサランを見て、ユーラス大臣が言った。
「いや、政について何か町の者が言っていないかと思って。」
「いえ、私は王女様に付き添っていて・・・だが・・・」
だがサランは思い当たる節があった。町の者たちが税の取り立てが厳しいとか、治安が乱れているのに何もしてくれないとか、不満を多く口にしていた。そのことをユーラス大臣に率直に言った。ユーラス大臣は顔を曇らせてひそめた声で言った。
「そうでしょう。私の目から見ても今の政はおかしい。ダービス公が勝手な命令を出しておられる。私の意見など聞いていただけない。」
「しかしダービス公に意見申し上げることは難しい。王女様であっても。」
「そうですか・・・王女様ならと思っていたのですが。・・・それに仇討ちに必死になっておられるし。ふーむ。ハークレイ法師様がおられれば・・・」
ユーラス大臣は言った。彼はハークレイ法師の叡智に頼ればこの難局を乗り切れると思っていた。だが身を隠して旅をするハークレイ法師の行方を知る者などいないことは明らかだった。
「あの方はどこを旅されているか、わからない。」
「確かにそうですね。私は何とか民衆をなだめる手を考えます。このままでは反乱がおこるかもしれません。」
ユーラス大臣は頭を抱えて歩いて行った。
王宮の奥では今日も宴会が開かれていた。「飲め!飲め!」とダービス公はご機嫌だった。彼の前には側近が並び、愉快に酒を飲んで踊らせていた。彼はここのところ毎夜、気に入った側近とともに毎夜、酒を酌み交わしていた。その酒宴の騒ぎは王城中に聞こえていた。
(女王様があのようなご様子なのに・・・)
と思うものが多かったが、ダービス公に意見する者は遠ざけられた。今やダービス公に物言える者は少なくなっていた。