変わり果てた女王
アメリアは王城に帰ってきた。あと一歩までジェイクに迫ったが、また逃げられてしまったことに落ち込んでいた。彼女はそれを隠して、女王の部屋に向かった。
「お姉さま。」
メアリーがアメリアに声をかけた。彼女はマルーテ女王のそばに座って髪をとかしてあげていた。女王は天井の一点を見つめてぼんやりとしていた。あの日、頭に傷を負い、意識がはっきりしないままの状態が続いていた。そんな女王をメアリーが献身的に世話をしていたのだった。
「母上。ただいま帰りました。」
アメリアは女王の手を握った。しかし女王は何も反応せず、じっと天井を見上げていた。
「今日もお変わりありません。」
「すまない。メアリーにばかり母上の世話を頼んでいて。」
「気にしないでください。それよりお姉さまの方は・・・」
「あと一息のところで逃げられた。」
「お姉さま。無理をなさないように。しかし私は今でもジェイク様が・・・」
メアリーが言いかけた時、アメリアが口をはさんだ。
「言うな!それは明白なこと。今さら・・・」
アメリアは感情的になってそばの机を叩いた。しかしすぐにメアリーに当たってしまったのを後悔した。
「すまない。メアリー・・・。気が立っているようだ。私は叔父上のところに行ってくる。」
アメリアはそう行って部屋を出て行った。その後ろ姿をメアリーは悲しそうに見ていた。
アメリアは王の謁見場に来た。そこには王座に腰かけたダービス公がいた。彼はマルーテ女王の弟だった。女王が床につき、コースラン公爵が亡くなった後、この王弟が政を見ていた。彼は口だけは調子が良かったが、中身のない暗愚と言われて評判は良くなかった。今現在、オーガス国の政が乱れてきているのも、ダービス公によるものが多かった。
アメリアはこの叔父が好きにはなれなかった。今も勝手に王座に座り得意げに側近の者と話しているのに嫌悪感を覚えていた。アメリアはダービス公の前に出て頭を下げた。
「叔父上。帰ってまいりました。」
「おお、そうか。仇はどうした?討ち果たしたか?」
ダービス公は猫なで声で尋ねた。やさしい笑顔を向けてくるがその目は笑っていなかった。
「申し訳ありません。取り逃がしました。」
「なんと!またか!」
ダービス公は大袈裟に驚いて見せた。すると横に控えていた腹心のケルベスが言った。
「ダービス様。これは一大事と思われます。」
ケルベスは蛇を思わせるような目つきでアメリアを見ていた。それは彼女の背筋を寒くさせた。
「こちらから追っ手を出してはいかがでしょうか? 配下には手練れの者がそろっております。」
「いえ、私の手で討ち果たしたいのです。サラン、いえネスカ子爵も協力してくれております。」
アメリアはそう言い放った。ケルベス如きに余計な干渉を受けたくないと・・・。
「そうか。しかしもし手に余るようなことがあったらいつでも言ってくるがよい。ケルベスが協力してくれよう。儂は姪であるお前が心配なのだ。」
ダービス公はまた優しく声をかけた。しかしアメリアにはその言葉には心がこもっていないように感じていた。
「はい。ありがとうございます。」
アメリアはそっけなく言うとそのままそこから退出した。