サランの危機
サランは廃墟になった屋敷で待っていた。ここはネスカ家の旧宅であったが、父母が急死し、サランやメアリーが女王様に引き取られてから誰も住まなくなって荒れ果ててしまった。かすかではあるが思い出の残る場所であった。
(ここならケルベスは本当のことを話してくれるはずだ。彼は父の忠実な家来だった男だ。必ずダービス公を糾弾するのに力を貸してくれる。もし説き伏せることができなければ、この手で斬る!)
サランは決死の思いで待っていた。そこにケルベスがやってきた。
「お待たせいたしました。」
ケルベスはひざまずいた。今はネスカ家の家来ではないが、ネスカ家の旧宅で旧主の息子を前に、彼は昔に戻ったとサランには思えた。サランはケルベスに静かに言った。
「ケルベス。何もかもわかっている。ダービス公がコースラン公爵を殺し、お前がそれに関与しているということを。」
「誰がそのようなことを・・・」
ケルベスは否定しようとした。しかしサランはさらに言葉をつづけた。
「ケルベス、聞いてほしい。お前は栄誉あるネスカ家の家臣だった男だ。その様な男がいつまでも陰謀に加担してはならぬ。目を覚ましてくれ! よこしまなダービス公に加担してもお前に未来はないぞ。」
「しかし・・・」
ケルベスはまだ抗弁しようとしていた。だがサランはその言葉を遮って言った。
「言うな!ここはネスカ家の旧宅だ。ここにはお前の仕えた父の魂が残っている。その前でお前は嘘がつけるのか! 少しでも恩義に思ってくれているなら私に力を貸してほしい。それがこの国を正しく導く道なのだ。」
それを聞いてケルベスは頭をガクッと下げた。そして観念したように言った。
「わかりました。若様のおっしゃる通りでございます。」
「おお!わかってくれたか!それならこれから王城に乗り込もう。ダービス公の悪事を暴くのだ!」
サランは喜ぶとケルベスに背を向けて屋敷を出ようとした。しかし頭を下げたケルベスの顔は鬼のような恐ろしい顔になっていた。そして顔をゆっくり上げて音もなく剣を抜いた。
「ん?」
殺気を感じたサランが振り返った。するとケルベスが剣を今や振り下ろそうとしていた。サランは、
「うわっ!」
と声を上げて左に避けた。しかしその剣はサランの右大腿を斬った。サランはそのまま倒れた。その傷から血がどくどくと流れた。
「何をする!」
サランは叫んだ。ケルベスは冷酷な顔をして剣を構えていた。そして冷ややかに言った
「若様。私は今やダービス公の忠実な家来です。ダービス公はこの国の権力を握っておられます。私もそれについて行きます。」
「お前、裏切るのか!私の味方をしてくれるのではなかったのか!」
サランは声を上げた。しかしケルベスは薄笑いを浮かべていた。
「元々、あなたなどあてにしておりません。ネスカ家が没落した後、私は少しは賢くなりました。どうすればうまく生きていけるかを・・・。残念ですがここで死んでいただきます。これもジェイクのせいにすれば、王女様もなお一層、仇討ちに励んでくれるでしょう。その間にダービス公の権力は絶対的なものになるでしょう。」
「くそっ!」
サランは何とかしようと思うが立ち上がることさえできなかった。悔しさのあまり、涙がこぼれてきた。ケルベスはゆっくりサランに近づいた。
「止めを刺させていただきます。それっ!」
ケルベスが剣でサランを串刺しにしようとした。すると、
「バーン! ガチャ!」
と急に飛んできた石がケルベスの右手に当たり、その剣を落とさせた。
「何者だ!」
ケルベスが右手を押さえてその方向を見ると、そこにはジェイクが立っていた。急いで走って来たらしく肩で息をしていた。
「ケルベス!これ以上の非道は許さぬ!」
「ほう。お前も来たか。ちょうどいい。お前もここで死んでもらう。」
ケルベスは剣を拾ってジェイクに向かって来た。丸腰のジェイクはとっさに近くに落ちていた太い木の棒を拾って受け止めた。
「そんなものでいつまで私の剣を受け止められるかな。」
ケルベスは剣を右や左に振り回し、ジェイクを追い詰めていった。
「なんとかお助けせねば・・・」
サランはジェイクのピンチに何とか加勢しようと腰の剣を抜いた。しかし立ち上がることはできなかった。ケルベスの鋭い剣はジェイクの体を少しずつ斬り裂き始めていた。
「それっ!」
ケルベスの振り下ろした剣が、ジェイクの受け止めた木の棒を真っ二つにした。そしてケルベスはまた剣を振り上げた。今度は確実にジェイクをとらえようとしていた。
「タケロス卿!」
サランが自分の剣をジェイクに投げ渡した。ジェイクはそれをしっかり受け取るとケルベスの剣をしっかり受け止めた。そして油断して向かってくるケルベスに対して、剣を横に払った。ケルベスはあわてて身を引いたが、その胸を浅く斬り裂かれていた。
「おのれ!」
ケルベスは目を吊り上げて怒り、剣をさらに激しく振り回してきた。それでもジェイクはあわてずに剣を滑らかに動かした。その剣先はケルベスの右肩を浅く斬った。
「ううっ!」
声を上げたケルベスは自らの不利な状況を悟った。一旦、ジェイクから離れると、
「こうなったら王城にいる配下の者たちを動員して、貴様らを始末してやる!」
悔し気にそう言うと、ケルベスは走って逃げて行った。
「待て!」
ジェイクは叫んで追おうと思ったが、右大腿を斬られて苦しんでいるサランが目に入った。ジェイクはサランのそばにいっての傷を布でまいて血を止めた。
「しっかりしろ!傷は深くない。」
「タケロス卿。今まで申し訳ありません。私はだまされておりました。ダービス公とケルベスに・・・姉上も同じです。姉上をお許しください。姉上はあなたを討たねばならないことに苦しんでおられました。」
「許すも許さないもない。アメリアは今でも私の許嫁だ。」
「それを聞いて安心しました。」
サランはほっとしたようだった。彼にもアメリアの苦しみがわかっていたのだった。
「おっつけメアリーが来るだろう。彼女がお前を心配して私をここに寄越したのだ。私は今から行かねばならぬ。」
「一体、どこへ?」
「王城に乗り込む!」
「王城に? それはいけません。あそこにはケルベスの手の者が大勢おります。」
サランはジェイクを止めようとした。そんなことをすれば敵の思うつぼだと・・・。しかしジェイクの決心は揺るがなかった。
「いや、やつらは私を狙って大勢で討ちに来るだろう。それならばこちらから行くだけだ。」「しかし・・・」
「王城に乗り込んで堂々とダービス公の非道を訴えるつもりだ。たとえ討たれても正義の心に目覚める者がいるはずだ。」
「王城には姉上もいます。姉上はダービス公の陰謀を知りません。あなたを見たら仇と思って打ち掛かってくるはずです。行くのはおやめください。」
サランはこれ以上、ジェイクとアメリアを戦わせたくなった。真実が明らかになったのに・・・。だがジェイクはとうに覚悟していた。
「その時は・・・その時は潔く討たれよう。どうせ討たれるのならアメリアに討たれれば本望だ。」
「タケロス卿・・・」
サランはこれ以上、言葉にならなかった。
「サラン。後を頼むぞ。私がもしいなくなってもお前がいれば、いつかはダービス公を糾弾することができよう。さらばだ!」
ジェイクはそう言うと走って行ってしまった。