市場の騒動
オーガス国はメカラス連邦の中で近年、大きく発展した国の一つである。その王都には諸国から多くの人々が集まり、様々な産物が運ばれてきていた。市場ではそれらの産物を取引するため多くの店が立ち並び、非常な賑わいを見せていた。
今日はその活気に満ちた市場で大きな騒ぎが起きていた。店々を巡る人の群れを「どけ! どけ!」とかき分けて進む若い女剣士がいた。彼女は長い髪に美しい顔立ちをしていたが、その目は怒りに吊り上がっていた。彼女はある者を追いかけていた。だがいくら探してもその者に行き当たらなかった。
(いない。いない。見た者があるというのにここにもいない・・・)
彼女は焦りを感じていた。今日も取り逃がしてしまったかと・・・。
だが彼女の目が光った。彼女のいる先に、顔を隠して避けるように立ち去る男を見つけたのだ。その男は普通の町の者のような粗末な身なりをしていたが、その身のこなしはただ者ではないように見えた。
(あれは!)
彼女には明らかにこちらに気付いて逃げているように見えた。
「待て! そこの者!」
と声をかけるとその男は急に走り出した。彼こそ探していた相手に間違いはなかった。
「待て!ジェイク!」
女剣士は声を上げて追いかけた。ジェイクと呼ばれた男は脇の細い路地に入って行った。
「待て! 逃げるな! 卑怯者!」
女剣士は大声を上げた。ジェイクは路地を次々に曲がって逃げて行った。しかし彼は何かに気付いて急に足を止めた。
「タケロス卿! もう逃げられませんぞ。」
ジェイクの前には剣を抜いた青年が待ち受けていた。
「姉上! ここです! タケロス卿です!」
青年は叫んだ。するとあの女剣士が追い付いてきた。
「サラン! よくやった!」
女剣士は剣を抜いた。サランという青年はジェイクを逃がすまいと剣を構えていた。ジェイクは女剣士の方に振り返った。
「アメリア! やめてくれ。俺は君の仇じゃない。」
「気やすく呼ぶな! 父の仇! 潔く私と勝負しろ!」
ジェイクの背後にいるサランも言った。
「タケロス卿。あなたがコースラン公爵を手にかけたばかりか、女王様にまで危害を加えたのは明白。覚悟なされよ。」
「剣を持っていないなら貸してやる。サラン!」
アメリアが合図すると、サランは傍らに置いてある剣をジェイクに投げつけながら言った。
「れっきとしたアメリア王女の敵討ちだ。正々堂々と戦え!」
「いくぞ!」
アメリアはジェイクに斬りかかってきた。だがジェイクは与えられた剣を拾おうともせず、アメリアの剣をかわしていた。
「なぜ、逃げる! 剣を拾って戦え!」
「アメリア、俺は君とは戦わない。信じてくれ。俺は何もしていない。誰かが企んだことだ!」
ジェイクはそう言うとジャンプしてアメリアの頭上を越えた。アメリアが振り返るとジェイクは走って逃げていた。
「待て!」
アメリアは叫んだが、すでにジェイクの姿は人ごみに消えていった。アメリアとサランは後を追っていったが、すでにジェイクの姿はなかった。
「姉上。タケロス卿はこの辺に潜んでいるはず。しらみつぶしに探せば必ず出てきます。」
サランは走って行った。アメリアは悔しそうに辺りを見渡していた。