彼女はペット
「美味しい?」
と、鷲掴みするとすぐさま折れてしまいそうな頬杖をついたか細い右手の中指の先で、日本人としてはおそらく平均のうちだろう、少しも悪目立ちのしない頬骨のへりを軽くコツコツしながら藍梨が訊ねるので、わたしは昼前にたらふく食べちゃったから平気なの、慧だけ食べて、とちょっぴり食べたそうな口つきで言い、「たらふく」なんていう言葉をすんなり日常会話に溶け込ませてくるものだから、やっぱり変わった子だといつもの思いを新たに補強しつつ感心していた先程を思い出すうち、ふと気がつくと、リズムをつかさどる指先が中指から一層すんなりして繊細な人差し指に変わっていて、藍梨の問い掛けには答えぬまま、ただ一言、綺麗だね、と慧はつぶやいた。
「え?」
「指のこと」
「ありがとう」
「とても綺麗」
「そう?」と聞き返しながらすでにトントン打つのをやめていた右手を頬から離すまま心持ち指先をひらいて手の甲をこちらへむける。それを見つめて、
「うん」と惚れ惚れと相槌を打つ慧に、
「そうかなあ、普通だと思うんだけれど、特別ってことはないよ、きっと」
と藍梨は否定しつつ両手を自分の前にぱっとひろげて、みずから吟味しだしたと思うと、すいと小首をかしげて手のひらを下ろしテーブルへつけたのを慧は見守って、付き合ってからまだ月日の経たないその顔を見上げると、俄に生き生きしはじめた血流が絶えまなく働いているのだろう面白いように見る見る紅潮するさまを見つめているうち、藍梨がさっと上目づかいにこちらを見とがめ、
「なに?」
つっけんどんな口振りとは裏腹にその声音は世にも妙なる甘美さなので、慧はすっかり嬉しくなると共に、相手を照れさせたのに不意に男の誇りをくすぐられて、満足の微笑を浮かべながら首を横に振る。
それから慧はハンバーガーを手に持ったまま、ポテト食べたら? とすすめてみると、いい、と首を横に振って目をそむけるので、慧はふっと椅子に背をもたせ、ハンバーガーをかじってもぐもぐしながらその顔をみていると、藍梨はふいと手のひらを上げて右拳に頬をつき、しばらくしてテーブルの下で遊んでいた左拳も持ちあげるまま両の拳で頬を挟むように両肘をつくと、おのずとすぼまり突き出た唇がつやつやもぎたての果実のように赤く、冬なのにかさかさとは無縁にしっとり潤っている。
やっぱり食べたくて仕方ないんだろうと心づくまま、食べて、ともういちど心づかいのつもりで勧めてみると、藍梨はこちらの言葉は無視しながら、しかしどのポテトを抜き取ろうかと見定めているらしくじっと見据えながら頻りにまばたきするうち片手がほどけて、ポテトではなくトレイの上にやぶれたまま捨て置かれたストローの白い包みへ手をのばしつまんで引き寄せると、まずは片手にもてあそび、ついで両手をつかって片結びをして、それをあきずに何度かくりかえすうち突如ぶちっと包みが切れて左右にわかれた。
ポカンとあいた口もとから上歯が白くのぞいて、慧はそれをふいとみっともなく思う反面、出ないなら出ないで鼻の下が長いことを裏づける証左にもなるから、それならこちらのほうが幾分ましかと冷たくも温かい想いを抱きつつ、指先にポテトをつまんで、俄にしょげかえったような口先へペットにエサを与えるごとく差し出すと、すぐにぱくりと齧りつき、と思うとこちらを見つめて恥じらいの笑みを浮かべ、それにたちまちいたずら心のくすぐられるまま手を引くと、藍梨ははっと呆気にとられて悲嘆の目つきになり、慧はそれにきゅっと胸が締めつけられるまま、齧り残しのポテトをもういちど唇へもってゆくと、藍梨は恥ずかしそうに一瞥したのちその指先もろとも頬張り塩をなめらかになめきって俄に微笑むや否や、たちまちぽっと紅潮するまま目を伏せた。
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