幕
時は流れる。
山の外でもめまぐるしく変化は起こり、時代は移ろう。
人の世は貴族中心の世から、武士が中心となる世へ。
山にはこの地の守り神である狐が住み、ずっと昔その狐の怒りを買った貴族がいたらしい。
もっとも彼女も祖母から聞き、祖母もそのまた祖母から聞いた話だというから実際にはわからないが。
黄金色の山吹の花を眺めていた彼女は、鼻先への感触に目をつぶった。
「わっ」
彼女が声を上げると、ぽつぽつと雨が降ってきた。
だがおかしなことに、空には雨雲ひとつなく太陽が覗いている。
「母様ぁ、変だよ。晴れているのに雨が降ってきた」
「ああ、天気雨よ。めずらしいわねぇ」
母親が笑顔で軒下から顔を覗かせる。
「天気雨?」
彼女がその言葉を繰り返すと、母親はくすりと笑った。
「そう。晴れているのに雨が降ることよ」
「へぇ」
彼女は空を見上げた。
太陽は薄ぼんやりと輝いているし、空は青い。
「何だか、天が泣いているみたい」
「そう言えばそういう別名もあったわね。天気雨は天が泣くって書いて天泣とも言うの」
「てんきゅう?」
「そう。後もう一つ、聞いたことない? 天気雨のもう一つの名前」
「えー知らない」
彼女は首を横に振る。
母親は笑いながら空を見上げた。
「狐の嫁入りって言うのよ。天泣も天気雨も狐の嫁入りのこと。きっと今頃、お山のお狐様のところへ誰かがお嫁入りしたのね」
「へぇ」
彼女は初めて聞く言葉に、頬を紅潮させて山を見た。
永い時を経た約束。
お山のお狐様に、お嫁入り。
やっと叶った、蓮華の池での二人の約束。
天泣―てんきゅう―を読んで下さってありがとうございました。最後までお付き合い頂けましたこと、心より感謝申し上げます。
この天泣はもともと携帯小説として携帯向けに書いた作品です。
それをこちらで縦書きでも読める! ということでところどころ手直しをしながら載せさせて頂いたのですが、実際の小説のように縦書きになると改めて自分の文章の粗さに愕然としました。
読んで下さった方には読みにくい部分、納得のいかない部分などもあったかと存じますが、少しでも楽しんで頂けたなら幸せです。
まだまだ拙い書き手ではありますが、こうして書く機会、人様に読んで頂く機会を得られたことを心から嬉しく思います。
最後にもう一度、読んで下さって本当にありがとうございました。