1話-4 悔める過去の清算を
ジュリアスの両親は、少なくともジュリアスが物心ついた頃には相当に仲が悪く、結局彼が5歳の頃母親が家を出て行った。悲しみに暮れたまま数日を過ごしたある日、ジュリアスが朝起きると父も姿を消していて、更に数日、待てども待てども父も母も帰ってこず、そこでジュリアスは自身が親から見捨てられたのだと理解した。
残された父が自身を捨てた理由は、自分の顔が母親似であったからだろうか、今となっては知る術もなく、別に大した理由でもないのだろうと想像していた。
そうして一人になった彼を引き取ったのがロミアの家、公園で一人途方に暮れる同い年位の痩せこけた子どもをロミアが「ほおっておけば死んでしまう」と思い家に連れ帰ったのがきっかけであった。性格故にジュリアスはロミアの家族に一歩引いたような態度で接していたが、ロミアの両親含めて家族皆と良好な関係を築いて生きてきた。
「別れ方‥‥‥?」
しかしジュリアスは、やはり心の底からロミア達の家族にはなれないでいた。14の年、いつまでも迷惑をかけるわけにはいかないからと皆に「西国軍に入る」ことを相談したのだ。気にする必要はないというロミアの母の声や、何より彼が家を出て行くことを寂しく思ったロミアの反対にも耳を貸さず、最終的にはロミアと今までで一番の喧嘩になった。仲直りの言葉も、彼女の納得もなくジュリアスは家をとび出す形で軍に参加し――その後すぐに始まった戦争へと駆り出された。
「お前は、怒っていた。心配していた。お前の言葉を何も聞かずに俺は家を出て、そして消息を絶った。それに俺は、奴らを‥‥‥西の国の軍の連中を憎いとさえ思っている。最早お前にあわす顔などないと‥‥‥」
「そういえば、そうだったっけ‥‥‥あの時ばかりはお前も頑固で、呼び止める私の声に振り向きもしなかったな」
あの後毎日の様に泣いていたっけ、なんて恥ずかしそうにロミアが零す。止められないのならせめて笑顔で、最後の別れになるならせめて笑顔で、この数年間、二人が何度も悔いたことだ。
「でも、いいだろ、もう、そんなこと」
「‥‥‥?」
ロミアは、今度こそ笑顔だ。
「また会えた」
「ロミア‥‥‥」
「喧嘩も、ごめんなさいも、ありがとうも。何回だって繰り返していける。やっと後悔を捨てられる」
牢の隙間から彼女の右手が差し出される。
「‥‥‥へへ」
「‥‥‥ふっ、ああ、そうだな」
照れて笑うロミアに釣られて、ジュリアスも再開後初めての笑顔を見せる。
数年会わないうちにお互い随分と変わった手に少し驚きながら、二人は互いが生きていることを確認するように力強くその手を握るのだった。
「うぉぉぉぉぉぉぉよかったのう二人とも!!」
「うわぁぁぁぁぁぁあああいたのかお前!!」
一方でロバーツだけは感動の涙をドバドバと垂れ流していた。
「ロミア、真王様にお前は失礼だ。ありがとうございました真王様、あなたのお気遣いのおかげで――」
「待って全然納得いかないこれこい‥‥‥王様のおかげなのか?」
「真王様がお前と話をするよう俺の背中を押してくれた。元よりお前の助命を決めたのもこの御方だ」
「そうだぞ? 普通に悪いことだからな君のやったこと。反省しな? そして感謝してくれてもいいぞ?」
「フランク‥‥‥わ、分かってるよ分かりましたありがとうございます!」
ロバーツにジュリアスが心酔しきっていることには変わりなく、彼の前ではロミアもそれほど強く出ることもできないのでやりづらい。一先ず彼女にとって気になっていることが一つ。
「それでおま‥‥‥コホン、ロバーツ国王様? いつからそこにいらっしゃったんですか?」
「『馬鹿なことをしたな』『そんな風に言ってくれるなよ』からだが?」
「最初から!!」
頭をフル回転させ先ほどまでのジュリアスとの会話の全てを回想する。
何を話した、余計な事を喋ったりはしなかったか、大体はジュリアスの話を聞いていただけだったからセーフか。なにか、これ以上そこでニヤニヤしている国王に掘られる様な話のネタを提供するのはごめんだ。
「いやぁ、なんか、いいな。青春って感じだ、うん。最後握手するとこで感動したもん、真王感動した。泣くかと思った」
「号泣してたけどな、気づいてないんか」
実際ロバーツは和解の様子に感動したと何度も繰り返し話してはいるが、何かからかうように二人の過去を探ってくるような質問はしてこない。
「しかし、知らなかったとはいえ申し訳ないことをしていた。まさか我がこれほど尊い恋人同士を5年間も離れ離れにする要因の一つになっていたとは」
「だから違うって言ってるだろ!!」
しかし断定はしてくる。別にロバーツの中ではからかう意思はないのかもしれないが、ロミアは再三否定した上でやっぱりこうなっているのでかなり質が悪い。余程付き合っていることにしたいのだろうか、当人の前でそういったことを言われると流石に居心地が悪い。
「ご期待に沿えず申し訳ございません、真王様。俺とロミアは幼い頃から住処を共にしており、一方で最後に別れたのもまだ互いが14の時。5年間一度も顔を合わす機会もなかったのでそういった間柄ではないのです」
「お、おう、そう理路整然と話されるとそうなのかと理解するしかないな‥‥‥」
「てかご期待ってなんだ」
自分も当人であるはずのジュリアスは平然とロバーツの誤解を解くように訂正してみせた。5年間の側近のキャリアは伊達じゃないとロミアは舌を巻いたとか巻かないとか。