お互いに好き同士な幼馴染が、気付かずに『幼馴染』のままでいるお話
志岐結城と鴨嶋朱里は幼馴染同士だ。
ずっと家が隣同士で、高校も同じ。
その上同じクラス――どこまでも一緒な二人は、帰路まで一緒であった。
歩いておよそ一時間程度……学校に行くまでは自転車で走るが、帰りは並んで歩く。
ひょっとしたら、両親よりも一緒にいる時間が長いかもしれない。旅行だって一緒に行くこともあったし、今でも家族連れでどこかに行くこともある。
けれど、一緒にいる期間が長いほど――悩む時間も増えていく。
「朱里って、好きな人とかいないの?」
「なに、また急に」
「いや、気になってさ」
結城は時折、この話を切り出していた。
幼馴染の朱里に好きな人がいるかどうか、それが気になる。
仮にいたとすれば、どんな相手が好きになったのか……それが気になるのだ。――いや、それも本当は建前に過ぎない。
結城は、朱里のことが好きだ。
いつから好きになったのかは、正直覚えていない。
けれど、幼馴染同士――ずっと一緒にいて、恋心を抱くことに不思議があるだろうか。
結城は男で、朱里は女の子。
男女の友情は確かに成立すると結城は考えているが、今……少なくとも結城と朱里の間には成立していない。
結城が朱里に恋心を抱いているからだ。ただ、結城は朱里に告白できずにいる。
もう十年来ともなると、いよいよ告白していいものかと悩むものだった。
だから、こうして結城は朱里の動向を探るようなことをする。
「別にいないけど。結構前にも答えなかったっけ?」
「そうだっけ。僕も忘れやすいからさ」
「若いうちから物忘れが激しいのはまずいわよ。脳トレする?」
「脳トレって、具体的に何するのさ」
「結城の家で『マリカ』」
「いや、それいつも通りだよね……」
マリカ――『マリエカート』の略称であり、マリエというお嬢様がキノコを片手にレースをするゲームのことだ。
学校が終わって家に帰れば、大体朱里が結城の家にやってくる。
朱里の家にはゲームはなく、けれど彼女はゲームが好きなのだ。
結城の家に行けばゲームがあるから、と買わずにここまで来ているわけだ。
「結城が新作ゲーム何か買ってくれたらいいのに」
「それなら、朱里も半分出してよ」
「えー、女の子に出させるの?」
「そう言われると――って、話がすごく逸れてない?」
「逸れてない、逸れてない。それで、そういう結城は好きな人いるの?」
「え、僕?」
「そうよ。聞くってことは答える義務もあるよね?」
「僕は――」
……君が好きだ。
そう答えれば、それで終わる。
少なくとも今の関係は、仲のいい幼馴染ではなくなることになるだろう。
けれど、それが『どちら』に傾くか分からない。
朱里が結城の告白を受け入れてくれたら、晴れて恋人同士となることができる。
けれど、もしも朱里が告白を拒否したのなら――
「ごめんね、結城はタイプじゃないの」
……色々と、つらすぎる。
そんなビジョンを想像してしまうがために、
「いないよ、今は」
「今はってことは、昔はいたってこと?」
「まあ、想像に任せるよ」
「ふぅん……?」
何やら疑うような視線を向けられる。
……ここで素直に打ち明けられることができれば、どれほどよかっただろう。
けれど、十年を超える長い月日で培ってきた関係を――たったの一言で壊すことになる可能性がある。
それだけで、ひどく恐ろしい感じがした。
だって、今はこうして一緒に帰っているだけでも幸せだ。
結城にとって、朱里と一緒にいることは素直に楽しい。好きな人と一緒にいるのだから、当たり前だ。
ならば、恋人同士になる必要はないのではないだろうか。……そんな、気持ちさえできてしまう。
「じゃあ、今はお互い好きな人はいないってことね?」
「うん、そうなるかな。だから、一緒に遊べるわけだし」
「まあ、確かにそうよね。どっちかに恋人ができたら、こういう風に一緒に帰ったりもできなくなるかも」
「そう言われると嫌だなぁ」
「――え?」
ピタリと、朱里が足を止める。
何故か驚いた表情をしている朱里を見て、結城も自分の発言に気付く。
「あっ、ルーティン! 一緒に帰ってるのに、急に一人で帰るとなんか変な感じになるだろ?」
「そ、そうね。確かに……今は一緒に帰るのが当たり前だし。恋人ができたら、そういうこともできなくなるよね?」
「……うん、そうだと思うけど」
「でも、恋人同士なら一緒に帰れる、よね?」
「……うん?」
朱里がやけにしつこく尋ねてくるので、結城も疑問形になる。
朱里がハッとした表情を浮かべて、
「もう、この話は終わりっ。どうせお互い好きな人もいないんだし……。一緒に帰ることには変わりないでしょ。その代わり、好きな人ができたら報告してよね?」
「ええ、報告しないとダメなの?」
「当たり前でしょ。私と結城の仲なんだから」
朱里と結城の仲――すなわち、十年来の幼馴染。
好きな人は、目の前にいる。
けれど、その報告をする勇気はまだなく、
「うん、じゃあ……できたら最初に朱里に言うよ」
今の関係性に甘える。
それでも、いずれは告白しよう――そんな気持ちを抱えながら、結城も朱里の後に続いた。
***
鴨嶋朱里は志岐結城が好きだ。
それは今も変わらない気持ちで、むしろ日に日に強くなっている。
いつかは打ち明けなければならない――そうは思っていても、中々口に出すことはできなかった。
だって、二人は十年来の幼馴染だ。その関係を壊すことになるかもしれない――それが、堪らなく怖かった。
けれど、朱里は決してその気持ちを表に出さない。
「朱里って、好きな人とかいないの?」
不意に結城から投げかけられる質問。時々、こういう質問が飛んでくる。
ドキリと、心臓が跳ねる音がした。
――結城、あなたのことが好きなの。
(……無理、無理よ無理!)
それが言えたら、どれだけ楽だったろう。
だから、朱里は『いない』と答える。
いつも通りの関係を維持しようと、甘えてしまう。
「じゃあ、今はお互い好きな人はいないってことね?」
「うん、そうなるかな。だから、一緒に遊べるわけだし」
「まあ、確かにそうよね。どっちかに恋人ができたら、こういう風に一緒に帰ったりもできなくなるかも」
「そう言われると嫌だなぁ」
「――え?」
結城の返答、朱里は動揺して足を止めてしまった。
何気なく『一緒に帰れない』と言ってしまったが、それに対する返答が『嫌』なのだから。
結城は朱里と一緒に帰りたいと思ってくれている――それは、朱里も全く同じ気持ちだ。
すぐに結城にはぐらかされてしまったけれど。それでも、
「でも、恋人同士なら一緒に帰れる、よね?」
朱里は一歩だけ、踏み込んだ質問をした。
朱里と結城が恋人同士になれたら、一緒に帰れる。
つまり、今と変わらない状況になるのだ。
(……でも、それって……)
告白しなくても、同じこと。そう思ってしまい、朱里も結局はぐらかす。
家の前で一度別れて、朱里は玄関の扉を閉じると、その場に蹲る。
「……あなたのことが好きって、言えないのよね」
これだけ一緒にいるのに、結城が朱里のことが好きなのか分からない――告白して振られて、今の関係が壊れるのが怖い。
だから、幼馴染の関係を維持するのだ。
――お互いに好き同士だけれど、結城と朱里は幼馴染の関係を続ける。
それが本当の恋人同士になるのは、少し先の話だ。
両片思い系幼馴染な恋愛ネタを書いてみました。
連載に挑戦してみたかったのですが、現代物は結構気合がいりますよね……。
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