明日死ぬなら最後に何食うって話。
世の中には絶対遭遇するわけがないのに、誰もが一度は話題にし、熱中する議論というものが存在する。
例えば「無人島に一つだけ持っていくなら何」「カレー味のうんことうんこ味のカレーどちらを食べるか」「明日世界が終わるなら何をするか」という感じである。
夏炉冬扇、空理空論、全くもって無駄なのである。無人島には行きたくないし、普通のカレーを食べたいし、おそらく明日も世界は平常運転だ。
それでもそんな話が毎日どこかで行われるのは、それが面白いから、ただそれだけだろう。あんなに悪く言ったけれど僕もその手の話は熱中してしまう。
有名謎議論の中に「明日死ぬなら最後に何を食べるか」という非常に悩ましいものがある。一つ前提として理解しなければならないのは、これを考えることは他と同じで無駄の極みである。だが、考えよう。毎日馬鹿で毎日空腹な同志達よ。
明日死んでしまうなら。僕はふざけたものを食べたい。
確かに、親のつくる料理、大切な人の手料理で感動的に締めるのもいいのかもしれない。高級料理を食べて満足して終わるのもいいかもしれない。
しかし、本当にそれでいいのか。死後の世界があるのならば、不謹慎だが、手料理は待っていれば皆が死んだとき食べることが出来る。高級料理も死後の世界なりの高級料理があるはずだ。
対して、マックはどうだ、サイゼは、すき家は、あるだろうか。天国支店と地獄支店。逝ってみて無かったときには「マップで調べて来てみたけどマンション建っちゃってんじゃん」みたいな気分になる。
ああ、それだけは、それだけは駄目なんだ。
だから僕はてりやきマックバーガーとミラノ風ドリアとチーズ牛丼大盛りに囲まれて死にたい。狂ったように貪り食べて死にたい。
いや、死後に支店が無いならジャンクフードを食べるために生き続けたい。
決めました。明日死ぬなら僕は、ジャンクフードのためにゾンビになります。よろしく。
一つ結論が出たところで
こんな感じで、今日は寝ましょうか。




