就活は画一的で悪。って考え実際どうなの?
僕は今、絶賛就職活動中だ。
コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、例年通りに就活が進まない歯痒さと不安を覚えつつ、必死になっている訳だが、実際就活生になって思うことが沢山ある。盛り沢山。大盛り。ヤサイマシマシ。 は?
気にしないでください。続けます。
就職活動の時期が来ると、毎年毎年お決まりのように
「みんな黒スーツ、革靴、髪型を同じにしてロボットみたいうんぬんかんぬん」
という意見がTwitterで大量に呟かれ、ナイーブな青い鳥がピヨピヨと飛び交う訳だが、僕はそれに違和感を持っている。
「私服可」
就活をしているとこんな言葉をよく目にする。
就活生以外の人達からすれば
「あぁ、この企業は個人の自由を尊重しているんだ」
となるかもしれないが、僕としてはとっても困る。僕は自意識が暴走して爆発して飛散しているので、周りから絶対浮きたくない。
周りがスーツを着ていたらスーツを着たいし、私服なら私服を着たい。
「そういう風潮を作る社会が悪い」とか言う人がいるかもしれないが、僕は多分そういう社会が無くなったとしても浮きたくないとか考える。そういうタイプのアホなのだ。
没個性だとか、平凡だとか、ステレオタイプだとか、考えてみれば就活なんて確かにそうなのかもしれないが、僕みたいな人間は「就活の型」という「目標」があったほうがやりやすい。
多分、就活に「自由」を求めると、勝つのは楽しく充実した日々を過ごしてきた人達で、「型」を求めると、勝つのは真面目に世間から浮かないための努力が出来る人達だ。
もちろん、充実した日々を過ごした人達のほうがいい奴に決まっているのだが、真面目に世間から浮かない努力を出来る人達も凄いと思うのだ。
浮かないために勉強して、浮かないためにスーツを着て、浮かないためによくわからない志望理由を書き、浮かないために面接練習を積み重ねる。
社会で浮かないために仕事を得たい。
理由が最低最悪社会不適合なだけで、やっていることは普通の「努力」だと思うのだ。
同士よ。就活の荒波に迎え撃つのは僕らに向いてない。流されて漂流していこーぜ。堂々とな。
アツいね。寝れないかもね。
でも、こんな感じで、今日は寝ましょうか。




