◆第七話『罠魔導師の戦い方』
「ディアナ、昨夜のちょっとした方法って話は覚えてるか?」
「離れたところから罠魔法をしかける方法、だったか?」
「ああ、その答えがこれだ」
ジェイクは2つの魔石を放り投げた。
転がってきた魔石を見張りのゴブリンたちが手に取る。
直後、魔石が閃光とともに爆発。
ゴブリンたちの上半身を吹っ飛ばした。
威力を最小限に抑えたお馴染み《エクスプロージョン》だ。
「昨日は途中からしか見ていなかったが、あのように見張りを処理していたのか」
「予め魔石に任意の魔法を込めておくことで遠距離からでも発動できるようにした。これを応用して魔石を壊した場所で罠魔法を設置することもできるってわけだ」
こちらの説明にディアナが納得したように頷く。
飛び散ったゴブリンの肉片によって赤く染まったダンジョン前。その光景は、多くの者が見れば嘔吐してもおかしくないほどなかなかに凄惨だ。
にもかかわらずディアナは平然としている。
相変わらず王女とは思えない肝の据わりっぷりだ。
対照的にサッドは思いきり目を見開いていた。
あんぐりと口も大きく開いている。
「あ、あれって……《エクスプロージョン》!?」
「わたしにはわからないが、すごいのか?」
「すごいなんてもんじゃないっすよ!」
ディアナの疑問にサッドが食い気味に答えた。
さらに興奮した様子で話を続ける。
「王宮魔導師でも一部の者しか使えないぐらい高位の魔法です。しかもあれ、威力も弄ってますよね……」
「威力を弱くしただけじゃないのか?」
「大抵の魔導師はすでにある道筋に沿って魔法を撃ってるんすよ。それを変えてるってことです。よほど術式を深く理解してなきゃできない芸当っすよ」
「とにかくジェイクがすごいということだけは理解した」
ディアナは理解を諦めたらしい。
ただ、なぜか自分のことのように誇らしげだ。
対してサッドは興奮冷めやらぬといった様子だった。
本物の天才だ、と呟いている。
ただ、思いだしたように怪訝な目を向けてきた。
「でも、あのサイズの魔石だと1個フレズ銅貨2枚はかかるんじゃ」
「ま、まあ……金で魔法を撃ってるようなものかもしれない」
「どうりでがめついわけだ」
報酬ありきで依頼を受けた身として否定できなかった。
ジェイクは軽く咳払いをしつつ、立ち上がる。
「よし、俺は罠魔法の準備を始める。ディアナ、入口を見張っててくれ」
「やっとわたしの出番かっ」
ディアナが弾かれたように崖を飛び下りていく。
まさに無邪気にはしゃぐ子どもそのものだ。
とても魔物と戦いにいく者とは思えない。
ジェイクはふっと笑いつつ、サッドとあとを追った。
ディアナはダンジョンの入口前でぶんぶんと素振りをしている。
あれでは出てきた魔物から首が飛びそうだ。
……こっちも刎ねられないように注意しないとな。
そんなことを思いながら、ジェイクは迎撃準備に入った。
伸ばした杖の先端で地面に線を引いていく。
「これはわかるぞ! 《ストーンウォール》だ!」
「正解……だっ」
ディアナに応じつつ、とんっと杖を地面に打ちつけた。
ずずず、と線を引いた箇所から分厚い岩壁がせり上がり――。
一瞬のうちに左右を高い壁で覆った道ができあがった。
よしっ、と正解を喜ぶディアナ。
そのよそでは、サッドがぽかんとしていた。
「……こんな方法で出す人、初めて見ましたよ」
「魔導学院じゃまず教わらない方法だしな」
あそこは良くも悪くも基本しか教えてくれない。
基本から逸脱した方法を知らないのも無理はないだろう。
「次は罠魔法をしかけていくぞ」
ジェイクは掌で壁に触れ、また足の裏で地面を強く踏み込んでいく。そのたびに一瞬だけ光が煌めき、魔法陣が描かれていった。
ディアナが疑問を投げかけてくる。
「なんの罠魔法を仕掛けたんだ?」
「入口に近い側から……《ファイアストーム》と《ニードルレイン》。それから《フローズンミスト》に《コラプション》。最後に《バースト》だ」
「昨日と同じ……?」
「ああ。ゴブリン程度ならこれで充分だからな」
「しかし、オークもいるという話だったが」
「ディアナがいるし、問題ないだろ」
「そ、そうか。わたしを信頼してのことかっ」
ディアナが見るからに機嫌をよくしていた。
今回はディアナの実力をはかる目的もある。
ゆえに、無理に強力な魔法を使う必要はないと判断したまでだ。
と、なにやらサッドから信じられないといった顔を向けられていた。
「よく一度にそんな多くの魔法を管理できますね……」
「さすがに俺も自分だけで処理してるわけじゃない。この指輪に魔力を込めるだけで発動できるように簡略化してあるんだ」
ジェイクは左手の指5本にとおした魔石つきの指輪を見せつけた。
仕掛けた罠魔法につき、1つずつという形だ。
基本的に罠魔法はこの指輪で管理している。
これから仕掛ける予定の、ある罠魔法を除いて――。
「あとは……」
ジェイクは《フローズンミスト》と《コラプション》を仕掛けた辺りの地面に右掌を押し当て、特別な罠魔法を仕掛ける。と、半径が大股5歩程度の巨大な魔法陣が描かれた。
ディアナがきょとんとしながら足もとを見ている。
「……なんだかやけにでかい魔法陣だな」
「ディアナ、ひとつ注文だ。できるだけこの魔法陣の中で魔物を倒してくれ」
「そうするとなにかあるのか?」
「発動してからのお楽しみだ」
「ぐぅっ……き、気になる……!」
もったいぶるほどの価値ある魔法だ。
彼女には悪いが我慢してもらうしかない。
サッドはというと興味深そうに巨大魔法陣を観察していた。
ただ、理解できないとばかりに難しい顔で頭をかいている。
「やはり同じ魔導師から見てもジェイクは異質なのか?」
「異質も異質っすよ。俺じゃほとんどがさっぱりです」
お手上げだ、とばかりに肩を竦めるサッド。
ジェイクは平然と事実を突きつける。
「ま、天才だからな」
「嫌味にすら思えないほど清々しいっすね」
「ジェイクは自信家だからな」
「ディアナほどじゃない」
「……似たもの同士ってやつっすか」
「それはないな。俺はディアナほど喧嘩っ早くない」
「ぐっ」
ばつが悪そうに唸るディアナ。
サッドも神妙に「たしかに」と同意する。
が、ディアナにぎろりと睨まれて「ひぃっ」と小さな悲鳴をあげていた。
哀れサッド。
ひとまず準備は終わった。
ディアナの血気も盛んな状態だ。
始めるならいまを置いてほかにないだろう。
「それじゃ、そろそろ開戦といくかっ」
ジェイクはセンブル玉をダンジョン内へと放り投げた。