◆第四話『ディアナの初めて』
ジェイクは宿のベッドに腰掛けていた。
そう広くない部屋だ。
ほかにはベッドが1台に1組のテーブルと椅子のみ。
完全に1人で泊まることを想定している。
「まさか湯浴み場つきの宿とはな。わたしにとってこれ以上嬉しいことはない」
そばの壁越しに声が聞こえてきた。
向こう側でディアナが湯浴みをしていたのだ。
すでに浴び終わったようで水の音はもうない。
代わりに衣擦れの音がかすかに聞こえてくる。
おかげでディアナがいま裸でいることを強く意識させられた。
ジェイクは動揺を押し隠しながら口を開く。
「ディアナほどじゃないが、俺もそれなりに気を遣ってるからな」
「見ればわかる。わたしが声をかけやすかったのも、それが理由だ」
どうやら好印象を抱いてもらう理由にはなったようだ。
「人間の不衛生からくる悪臭ってのは魔物の臭いとは別種だからな。強くなればなるほど気づかれやすくなる。だから、ある程度は清潔に保つ必要があるんだ」
「あくまでダンジョンを潰すためか。さすがだな」
言えない。
本当は男女の営み――もとい女体研究がいつ始まっても問題ないようにしていた、なんて絶対に言えない。
話しているうちに服を着終わったようだ。
ディアナが湯浴み場から出てきたのだが……。
ジェイクは思わず目を見開いてしまう。
「な、なんて格好してんだよっ!?」
胸や秘部はしかと隠されているが、ほかはスケスケ。
いわゆるシュミーズというものを着ていたのだ。
可愛らしい小さなヘソだけではない。
女性特有のしなやかな太腿も付け根辺りからあらわになっている。
とてつもなく扇情的な姿だ。
正直、誘っているとしか思えない。
だが、当のディアナはあくまで自然体だった。
呑気にタオルでわずかに湿った髪を拭いている。
「ん? ただの寝衣じゃないか」
「そのスケスケがっ!?」
「いつも寝るときはこの格好なのだが……お、おかしいのか?」
ディアナが自分の体を見下ろしたのち、戸惑いがちに訊いてくる。
「おかしいってか、それじゃただの痴女だぞっ」
「ち、痴女……っ!?」
ディアナが髪の色に負けないほど顔を赤く染めた。
自分の体を隠すように両手で抱きはじめる。
が、2本の腕で隠しきれるほど彼女の胸は小さくない。
「きみがそんなことを言うから、恥ずかしくなってきたじゃないかっ」
「いや、恥ずかしくなってくれないとこっちが困るっ」
ディアナは羞恥心に耐えられなくなったか。
ついに向こう側を向いてしまった。
ただ、後ろもすごかった。
細身とは言いがたいが、決して太ってはいない。
そんな体に吊り合った臀部に、そこから伸びる健康的な脚。
――これは魔術研究の一環だ。
そんなことを思いながら、まじまじと見つづける。
と、なにやら突き刺さるような視線を感じた。
ディアナが肩越しに振り返っていたのだ。
弱々しく揺れた瞳で抗議される。
「あ、あまり見ないでくれ……」
「わ、悪いっ」
慌てて背を向ける。
紳士としてあるまじき行為だった。
そう反省していたところ、ディアナが訥々と喋りだした。
「そ、そういえば王宮にいた頃、仲の良かったメイドに言われていたのを思いだした。この姿で男の前に出てはダメだ、と」
「言われてたのかよっ」
「ずっと前のことだったから完全に忘れていたのだ……」
乾いた笑い声が聞こえてくる。
どうやらまだ羞恥心が抜けないようだ。
「ほかに替えはないのか?」
「荷物になるからと、最低限のものしか持ち歩いてない」
しかたない、とジェイクは自身の荷袋を漁った。
取りだした1枚の上衣を背を向けながら差しだす。
「これ使え。……あ~、大丈夫だ。ちゃんと洗ってある」
「そうではなく、いいのか?」
「いいもなにも着てもらわなきゃまともに話もできないだろ」
「で、では遠慮なく借りるぞ」
惜しいことをしてしまったかもしれない。
ただ、自分が指摘したことだ。
いまさら悔いてもしかたない。
「もう大丈夫だ」
どうやら着終わったようだ。
ジェイクは恐る恐る振り返る。
スケスケ寝衣は質素な上衣でほとんど隠れていた。
おかげであからさまな色気はもう感じられない。
ただ、ちょうど裾が秘部を覆ったところで途切れているからか、まるで下着をはいていないようにも見える状態となっていた。
――これはこれでいいかもしれない。
ジェイクはそう胸中で力強く頷いた。
「なんだか変な気分だ」
「気持ち悪いかもしれないが、我慢してくれ」
「べつにいやと言っているわけではない。……くんくん」
「か、嗅ぐなっ」
洗ったとはいえ、荷袋に入れていたものだ。
多少なりともニオイが染みついている。
できればやめてほしい、と思ったそのとき。
きゅぅ~、と可愛らしい音が聞こえてきた。
ジェイクは無言で出所と思しきディアナの腹に視線を向けた。
「わ、わたしじゃないぞ」
「いや、どう見てもそっちだろ。っていうか、俺はさっき食べたばっかだしな」
冒険者ギルドで食事をとったばかりだ。
満腹ではないが、腹が鳴るほど減ってはいない。
対してディアナは出会ってから食事をとっていない。
おそらくギルド破損の弁償で金がなくなったのだろう。
ディアナが腹を押さえながら俯く。
「きみには恥ずかしいところを見られてばかりだ……」
「これから一緒に行動するなら、そんなこといちいち気にしてもしかたないだろ」
「そう、だな。ならば、先に見せたほうがあとあと気楽になりそうだ」
ディアナが羞恥心を振り払うように笑みを浮かべる。
できればなんとかしてあげたいが……。
「でも、どうするか。時間的にもう店は開いてないし、そもそも腹を満たす金もない」
「心配してくれてありがとう。しかし、大丈夫だ。なんとか我慢できる」
自信満々に言った矢先のことだった。
ディアナの腹がまたも悲鳴を上げた。
「体のほうはそう言ってないみたいだぜ」
「く、くぅっ……」
可哀相だが、現状はどうすることもできない。
と、なにやらディアナが力強く頷いていた。
「こういうときはさっさと寝るのが1番だ」
「……だな。そんじゃディアナはベッドで寝てくれ。俺は床で寝る」
枕は荷袋を使えばいい。
硬い床は我慢すればなんとかなるだろう。
そんなことを考えていたところ、ディアナから怪訝な目を向けられた。
「なにを言っている? ここはきみが借りた部屋だろう。床で寝るのはわたしのほうだ」
「こういうときは女に譲るってのが紳士の対応だ」
「わたしは女だからと優遇されるのはあまり好きじゃない」
なんともディアナらしい考えだ。
「さっきも言ったが、ディアナが弁償した件は俺も無関係じゃない。むしろ俺が弁償してもよかったぐらいだ。だから、せめてこれぐらいは譲らせてくれ」
「だ・め・だ」
「出たな、頑固ディアナ」
「へ、変な呼び方をするなっ」
からかったせいもあってか。
さらにディアナが頑なになってしまった。
「ったく、ベッドはひとつしかないってのに」
「だったら一緒に寝れば問題ない」
ついにはとんでもないことを言いだした。
また世間とはズレたディアナの感性が発動したのかと思いきや、今回は言葉の意味を理解しているようだ。耳まで赤く染まっている。
「それに、ちゃんとベッドで寝ないと疲れが残るだろう」
「いや、それはそうかもしれないが……」
「先に言っておくが、わたしは誰にでもこんなことを言うわけではない。むしろきみが初めてだ。さ、さっきの服を見せたのもなっ」
なぜか食い気味に言われた。
よほど彼女にとって重要なことだったらしい。
とはいえ、その言葉にはこちらも嬉しく感じた。
彼女ほどの女性が気を許してくれたのだから当然だ。
ただ、その信頼も〝相棒〟という肩書きに向けられた気がしてならなかった。
「俺が相棒だからか?」
「さて、どうかな。ただ、わたしがきみを信用していることだけは間違いない」
はぐらかされてしまった。
いずれにせよ、ディアナがここまで言ってくれているのだ。
男として。
魔術の探求者として。
答えはもう決まっていた。




