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ダンジョン潰しのトラップマスター  作者: 夜々里 春
【もうひとりの仲間】第ニ章
15/34

◆第六話『王女の抱き枕』

 ジェイクは宿屋前で立ち尽くしていた。


 ちょうど露店商が動きだす頃合とあってか。

 通りを行き交う人々の流れは徐々に騒がしくなっている。


 後ろから扉の開いた音が聞こえてきた。

 静かな足取りで隣に並んできたのは小柄な少女。

 昨夜、出会ったばかりの野良メイド――エルミだ。


「ディアナ様は?」

「まだ準備してる。いつも長いんだよ」

「お年頃ですからね」

「あんたもそう変わらないだろ」

「そう見えますか」

「まあ、少し下ぐらいか」

「つまりジェイク様の超絶好みということですね」

「言ってろ」


 うろたえれば彼女を喜ばせるだけだ。

 そう思って軽くあしらったが、予想どおりだ。

 エルミがつまらなさそうに口を尖らせていた。


「昨夜はお楽しみだったようですね」

「……あのな、昨日も言ったが俺とディアナはそういう関係じゃない」

「ですが、ディアナ様にたっぷりと抱きつかれているでしょう?」

「な、どうしてそれを――」


 はっとなって口を閉じるが、遅かった。

 エルミが口元をにぃと歪めながら目を細める。


「誤魔化そうとしても無駄です。わたくし、ディアナ様の幼少期からおそばにいましたから……抱きつき癖があることぐらい当然知っています」


 漂ってくる爽やかな匂い。

 気づけばエルミが体を寄せてきていた。

 さらに背伸びをし、こちらの耳に唇を近づけてくる。


「……どうでしたか、ディアナ様の胸の感触は。柔らかかったですか?」


 囁きながら、彼女はこちらの脇腹に人差し指を押し当て、つぅーと腰へと下ろしはじめた。耳に吹きかけられた息も合わさり、背筋がぞわっとする。


 ――な、なんだこれは……あ、新手の魔法かっ!?


 初めて味わった感覚だった。

 やがてなにも考えられなくなった、そのとき。


「エ、エルミッ! なにをしているっ!?」


 ディアナの声が聞こえてきた。

 エルミが「あら、残念」と呟いてすっと離れる。


 ふと不思議と名残惜しいと思ってしまった。

 それをエルミに感じとられたらしい。

 こっそりと蠱惑的な笑みを向けられた。


 ジェイクは思わずごくりと唾を呑んだ。


 あどけない顔立ちから、どこかエルミを子供のように感じていた。だが、これはもう考えを改める必要がありそうだ。


 エルミが何事もなかったかのように振り返った。

 普段どおりに表情を消し、ディアナに頭を下げる。


「申し訳ございません。幼い頃のディアナ様についてお話ししておりました」

「な、なんでそんなことを……余計なことは話してないだろうな?」


 焦るディアナとは逆に、エルミが落ちついて返答する。


「ご心配なさらずともこれからというところでした。ですから、ディアナ様が12歳でようやくお1人で寝られるようになった話もまだしていません」

「思いきり喋ってるじゃないか!」

「あら、これは失礼いたしました」


 間違いなくわざとだ。

 ディアナが顔を真っ赤にしながら睨みつけてくる。


「ジェ、ジェイクっ。エルミのやつが適当に言ってるだけだからな」

「みんな誰しもそういう時期はあるから気にする必要はない。まぁ、12歳でってのはちょっと意外だったが……」

「ぐぅっ……エルミ~……!」

「あらあら、ディアナ様。怒ってはせっかくの可愛いお顔が台無しですよ」

「誰のせいだっ」


 ディアナが怒れば並の人間なら卒倒する。

 だが、エルミにはまったく通じていない。

 それどころか余裕の笑みをこぼしているぐらいだ。


「朝から賑やかなことこのうえないな」

「まったくだ」


 ディアナが呆れたように息をつく。

 ただ、その顔は本気で嫌がっている風ではなかった。

 やはり心の中では知己との再会を喜んでいるようだ。


「それでジェイク、今日の予定はもう決まっているのか?」

「ギルドには行くとして……その前に花屋に寄ってもいいか? センブルの花があと少しで切れそうなんだ」

「了解だ。では、それでいこう」


 ということで花屋を訪れたのだが――。


「……センブルの花がない」


 早々につまずいてしまった。

 店頭に飾られた花々を改めて確認する。


 センブルの花は4枚の大きな花弁が特徴的だ。

 白と水色の濃淡も綺麗でもしあれば一目でわかるが……。

 見た限りでは、どこにも飾られていなかった。


 ディアナがいかめしい顔で前へと出る。


「嫌がらせをしているわけではないな?」

「と、とんでもないっ」


 若い店主がぶんぶんと首を振る。


 城塞都市メルデスには、数日前よりも《異端者》と《殺戮王女》の噂は広まっているようだった。ゆえに、関われば国から目をつけられることを危惧した店が売買を禁止しているのでは、とディアナは考えたのだろう。


 エルミが店主をまじまじと見ながら言う。


「ですが、この怯え方はディアナ様がどれだけ無慈悲で非道な《殺戮王女》であるかを知っている反応ですね」

「ひ、ひぃっ。どうか命だけはお助けをっ」

「……エ・ル・ミ」

「失礼いたしました。ディアナ様はとっても愛らしく、10歳を迎えるまで小動物の刺繍の入った下着を――」

「だからどうしてそう余計なことをっ!」

「ひぃっ」


 もはやなにを言っても店主に怯えられていた。


「とりあえず2人とも一旦下がってくれ」


 ジェイクは彼女たちの襟首を引いて下がらせた。

 わずかに落ちつきを取り戻した店主に話しかける。


「本当に1本もないのか? この前に見たときはまだ余裕があるようだったが」

「ほ、本当にないんですっ。昨日、店が閉まる直前にすべて売れてしまってっ!」


 一気に誰かが買い込んだのだろうか。

 センブルの花には魔よけの効果もあるが、少量で事足りる。大量に購入しても持て余すだけだ。それこそセンブル玉なんていうものを作らない限りは。


 納得がいかない部分はある。

 とはいえ、店主の怯え方からして嘘をついているとはとても思えない。


「売り切れってんなら仕方ないか。ちなみに次の仕入れはいつ頃になりそうか教えてくれないか?」

「お、おそらく5日後ぐらいになるかと」

「じゃあ、そのときにまた寄らせてもらうよ。取り置きしてもらっても構わないか?」

「もちろんです! というかさせてくださいっ」


 命を奪われるとでも思われたのか。

 取り置きの手続きは驚くほど早く済んだ。



     ◆◆◆◆◆


 ギルドに入ると、賑やかな声が聞こえてきた。

 ただ、こちらの顔を見るなり冒険者たちが口を閉じる。

 なんともわかりやすい反応だ。


「お2人は、とても歓迎されているのですね」

「だろう。おかげで無駄に絡まれなくて助かってる」


 エルミの皮肉に、ディアナがそう答えながら周囲を威嚇する。と、受付前に集まっていた冒険者たちが顔をそむけながら散っていった。順番を譲ってくれるとは、なんて優しい者たちだろうか。


 受付の男がくすりと笑う。


「演奏家でも雇うべきかしら」

「悪いな、面倒をかける」

「いいのよ。こっちも儲けさせてもらってるもの」


 ぱちんと音がしそうなウインクをしてくる受付の男。

 良い人だとは理解していても、やはり怖気が走る。


「あ、ちなみに昨日の報酬はまだよ」

「わかってる。ダンジョン殲滅でオススメの依頼はないか?」

「できれば野宿なしで行き来できる場所を頼みたい」


 こちらの要望に、ディアナが真剣な顔で付け足した。

 受付の男が何枚もの紙を机に並べながら悩みはじめる。


「……あなたたちならもう少し危険なところでも問題なさそうね」

「ひとまず危険度は考慮しなくていい。あ~、あと誰も受けてないところがいい」

「近いところでオススメのところがあったんだけど、それだとダメね。ん~、だったらここなんてどうかしら。ほかに依頼が1つ重なってるし――」


 その後、受付の男から詳細を聞いて問題ないと判断。

 ディアナと書類にサインをして正式に依頼を受けた。


「ジェイク様、質問をしてもよろしいでしょうか?」


 受付前から離れた途端、エルミが声をかけてきた。

 無表情ながら気になって仕方ないといった様子だ。


「あ、ああ。構わないが……」

「罠魔法でダンジョンを攻略されたお話は耳にしたのですが、実際にはどのように攻略されているのですか? まったく想像できなかったので少し興味があります」


 エルミはすでに罠魔法について知っている。

 教えることに抵抗はないが、違和感を覚えた。


「昨日、見てたんじゃないのか?」

「……なんのことでしょうか?」

「いや、俺たちのことずっと尾けてたんだろ。昨日、俺たちがダンジョンを潰してたのも見てたんじゃないのか?」

「いえ、実際にわたくしが尾行を始めたのは、昨日お2人がメルデスに帰還してからです。その前は聞き込みをしたり、宿をとったりしておりました」


 昨日、坑道のダンジョンを潰したあと、ディアナが感じたという気配。てっきりあれもエルミのものだと思っていたが、どうやら違うらしい。


 ディアナもおかしいと感じたようだ。

 彼女と険しい顔を見合わせた、そのとき。


 1人の男がギルドに駆け込んできた。


「た、大変だ! 魔物がっ、大量の魔物が押し寄せてきたっ!」



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