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ダンジョン潰しのトラップマスター  作者: 夜々里 春
【もうひとりの仲間】第ニ章
13/34

◆第四話『路地裏の変』

 冒険者ギルドに依頼達成を報告後。

 都市内の魔導具店の1つを訪れていた。

 手に入れたばかりの《ダンジョンハート》を受付の机にごとんと置く。


「また頼めるか?」

「……こんなに短い期間で3個も持ってきた人は始めてだよ」


 店主が驚嘆しつつ、《ダンジョンハート》に手を伸ばす。

 が、ためらいがちに手を引っ込めた。


「お客さん、小耳に挟んだんだが……結構やばい人みたいだね」


 俯きながら窺うような目を向けてくる。

 どうやら異端者としての噂を耳にしたようだ。

 ジェイクは肩を竦めながら苦笑する。


「俺自身はやばいとは思ってないんだけどな」

「その、大丈夫なのかい? あまり言いたくないんだけど、店に影響とか……」


 店を利用させれば国から罰せられるのではないか、と心配しているのだろう。


 ――もし不安ならほかの店を利用するよ。


 そう答えようとしたときだった。

 後ろで静観していたディアナが隣に並んだ。


「国からの処罰を気にしているなら問題ない。彼は王都を追放されただけだ」

「しかしねえ。いくらきみが言っても判断するのは国だから――」

「では、先の言葉がディアナ・ミラ・フレンリーのものだとしてもか?」


 ディアナが即座にそう名乗った。


 初めは呆けていた店主だが――。

 風貌から王女のディアナと一致したのだろう。


 さらに《殺戮王女》の噂が頭に浮かんだのか。

 ひぃ、とその場で尻持ちをついてがたがた震えはじめた。


「ど、どうか命だけはっ」

「俺のときより怯えてる」

「な、納得がいかない……」


 ディアナが顔を引きつかせたのち、大きなため息をつく。


「安心してくれ。危害を加えるつもりはない」

「け、けど目が合った者は全員殺されるって」

「そんなわけないだろうっ! というか、それが本当なら今頃メルデスは血で染まっているぞ!」


 必死に弁解するディアナ。

 たしかに彼女の言い分は正しいが――。


「殺そうとしたことはたくさんあるよな」

「ジェ、ジェイクッ! って、きみのせいで余計に怖がらせてしまったじゃないかっ」


 悪いとは思ったが、言わずにはいられなかった。

 これを機に喧嘩っ早い性格をなおしてもらいたいところだ。


 居心地が悪そうなディアナをよそに、ジェイクは受付の机から身を乗りだした。四つんばいで頭を抱える店主へと声をかける。


「それで親父さん、先日の分はできてるのか?」

「できてます! できてますよっ!」


 店主がまろぶように店の奥へと駆け込む。

 ――いますぐにでも出さなければ殺される。

 そんなことを思っているのがありありと伝わってくる動きだ。


 やがて店主が騒がしい音をたてながら戻ってくると、受付の机に2個の木箱を置いた。どちらも両手で覆えるほどの大きさだ。


「ど、どうぞっ」


 開けて確認すると、親指の先程度の丸くて赤い魔石が入っていた。どちらも高級な装飾品が入っていてもおかしくはないほど上品に繕われている。緩衝材として置かれたものも手触りがひどく心地良い。


「いい色だ」


 試しに手に取ってかざしてみる。

 魔石は上質なものほど色に深みが出る。

 先日倒した《血の下僕》製のほうが一目でわかるほど濃い。


 ディアナも興味深そうに魔石を覗き込んでいる。


「《ダンジョンハート》から作った魔石は通常よりも上質だと聞いたが、そこまで違うものなのか?」

「まったく違う。より強力な魔法を込められるし、繰り返し使っても劣化しない。どれだけ価値が違うかは、そこの値段を見ればわかりやすいかもな」


 受付の奥に置かれた棚の端、《ダンジョンハート》製と記された2つの魔石が飾られている。その下に貼りつけられた数字を見て、ディアナが目を見開く。


「フレズ金貨……52。あっちは100っ!?」


 王女としての立場なら高くはないのかもしれない。

 だが、いまの彼女は冒険者だ。

 どれだけの価値かをよく理解できたようだ。


「ちなみにこの《血の下僕》製のやつなら200は軽く越えると思うぜ」

「ジェイク、少し話がある」

「だめだ」

「まだなにも言ってないじゃないかっ」

「どうせ少しぐらいは売って食事代にしようとか言うつもりだろ」


 うっ、と唸るディアナ。

 どうやら当たりのようだ。


「俺にとって魔石は生命線なんだ。こればかりは譲らないからな」


 本当に困窮した場合は考えるかもしれない。

 だが、ただでさえ《ダンジョンハート》製は貴重だ。

 よほどのことがない限り手放すつもりはなかった。


 ディアナも《迷宮の創造主》打倒のために必要なことだとわかっているからか、強く懇願してくることはなかった。


「それじゃ加工分の代金だ。ありがとう、親父さん」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」


 店をあとにしようとしたところで呼び止められた。

 振り返ると、フレズ金貨1枚を握りながら困惑する店主の顔が映った。


「多過ぎやしませんか……?」


 当初、加工代金はフレズ銀貨5枚という話だった。

 そこを2倍の額で支払ったので驚いているのだろう。


「まだしばらくはここに滞在するからさ。できれば今後ともよろしく頼むよ」


 軽く手を振って早々に通りに出た。

 遅れて隣に並んだディアナがちらりと振り返る。


「いいのか、ジェイク。あんなに渡して」

「脅しだ脅し。あれを受け取ったらもう断れなくなるだろ」

「……と言いつつ、本当は迷惑料というやつだろう。知っているぞ」


 ディアナが前に躍り出て後ろ歩きをはじめる。

 と、意地の悪い笑みを浮かべながら顔を覗きこんできた。


 なんとも居心地が悪い。

 ジェイクは頭をかきつつ、歩みを早めた。


「それより飯に行くんだろ。さっさと行くぞ!」

「ああっ、了解だ」



     ◆◆◆◆◆


 食事処を出たときには外はすっかり暗くなっていた。

 ただ、予定よりもかなり早めの退店だ。


「今日は珍しく控えめだったな」


 振り返ると、むすっとしたディアナの顔に迎えられた。


「あれはジェイクがひどいことを言うからだ」

「なにか気に障るようなことでも言ったか?」

「わたしが太っている、と」

「いや、太るぞって警告しただけだろ」

「同じようなものだろうっ」


 横暴だ。

 ただ、有無を言わさない迫力があった。

 これは言い合いしたところで解決しそうにない。


「……悪かったよ。俺の配慮が欠けてた。許してくれ」

「いや、許さない」

「じゃあ、どうすれば許してもらえるんだ?」


 彼女はいまや頼れる相棒だ。

 このまま機嫌を損ねられたままでは困る。

 早く解決できるならなんでもするつもりだった。


「わたしは自分が太っていないことを示せればいい」

「さっきも言ったが、太るぞって警告しただけだ。実際、ディアナが太ってるなんて1回も思ったことはないぞ」

「だめだ、言葉だけでは信用できない! だ、だから……」


 ディアナがきょろきょろと周囲を見回したのち、「こっちだ!」と手を引いてきた。


「お、おいっ。どこに連れてくつもりだっ」

「いいから、黙ってついてきてくれっ!」


 連れられたのは近場の路地裏だった。

 こんなところでいったいなにをするつもりなのか。


 そう思った矢先、ディアナが上衣の裾を右手で持ち上げた。片手だけとあってかすかに彼女の右腹部があらわになった格好だ。


「た、たしかめてくれ」

「……も、もしかして触れってことか?」

「そうに決まっているだろう! さあ、こいっ」


 言葉こそ勇ましいが、裾を持ち上げた右手は震えている。顔だってそらしているし、なにより頬が暗がりでもわかるほど赤らんでいる。


 太っていないことをたしかめるために腹の肉を触る。


 理由としておかしいところはない。

 だが、直で触る必要はあったのか。


 服の上からでもよかったのではないか。

 いや、そもそもここまでする必要があるのか。


 色々な疑問が浮かんでは頭の中をかき乱していく。

 ただ、次に浮かんだ言葉がすべてを吹き飛ばした。


 ――女体を触る許しを得た。


 ジェイクは外套を舞わせながら悠々と屈み込んだ。

 あらわになったディアナの腹に目線を合わせる。


「や、やっぱり待ってくれっ」


 ディアナがなにかを言っている。

 だが、すでにこちらは〝触る〟ことで頭が一杯だ。


 いまさら止まることなんてできなかった。

 右手の人差し指をじりじりと前へ運んでいく。


「食べた直後だから、もしかしたら普段よりほんの少し膨らんでいるかもしれない! いや、むしろ膨らんでいるのが当然かもしれない! そう、そうだっ。そういうことだから、ジェイク、もし膨らんでいると思ってもわかって――んぅっ」


 可愛らしい声で呻くディアナ。

 ジェイクは突いた指を慌てて引いた。


「わ、悪いっ」

「だ、大丈夫だ。ただ、少しびっくりしただけで……」

「なら、よかった……」


 互いに気まずい空気が流れる中、ディアナがちらちらと視線を向けてくる。


「その、どうだった……?」

「思っていた以上に柔らかい。あ、先に言っておくけど、膨らんでるって意味じゃなくて、単純に感触が柔らかかったって話だからな。それに……」

「それに……?」

「もう1度、いいか?」


 気づけばそう確認をとっていた。


 魔術でも1度の実験を成功させただけでは終わらない。

 何度も試すことでようやく真の成功へと至るのだ。


 これも同じだ。

 たった1度で終わらせるわけにはいかない。

 あの驚くほどなめらかな感触をもう1度、この指の先で味わわなければならない。


 こちらの真剣な顔を見てか。

 ディアナも覚悟を決めたようだ。


「……わかった。もとよりわたしから持ちかけたことだ。さあ、ジェイク……納得がいくまで好きなだけ触ってくれ……っ!」

「あ、ああ。行くぞ、ディアナ……!」


 そうして再び人差し指で突こうとした、そのとき。


 がこんと物音が後ろから聞こえてきた。

 あっ、という声もおまけつきだ。


「「誰だ、出て来い!」」


 ジェイクはディアナと2人して居住まいを正した。

 決してやましいことをしていたからではない。

 純粋に夜襲を警戒してのことだ。


 大股5程度のところの角に人影が見える。

 ただ、こちらに見つかるとまずいのか。

 人影はすぐさま逃げ出していた。


 ディアナが「待てっ!」と慌てて追いかけようとする。

 相反して、ジェイクは悠々と歩きだした。


「大丈夫だ、ディアナ。急いで追う必要はない」

「しかしっ」


 ジェイクは小指の魔石のひとつに魔力を流した。

 途端、「きゃっ」と声が聞こえてきた。


 どうやら上手くかかってくれたらしい。

 ディアナが怪訝な顔を向けてくる。


「ジェイク、なにをしたんだ?」

「一定間隔で仕掛けてた罠魔法を発動させただけだ」

「そんなこと、いつもしているのか? ……本当に用心深いな」

「いや、さすがにいつもはしてない。今日、ダンジョンを潰したあとにディアナが気にしてただろ。あれがあったからな」


 誰かに尾行されているかもしれない。

 そんな懸念をディアナが抱かせてくれたおかげだ。


「てか、声からして女っぽかったよな」

「ああ。それにしてもあの声、どこかで聞いたような……」

「ま、そこを曲がればご対面だ。行こうぜ」


 とくに身構えることもなく堂々と角から出る。

 少し先で白く光る鎖が人影を縛りあげていた。


 あの光る鎖は《チェインバインド》という罠魔法だ。

 仕掛けた魔法陣に足を踏み入れた瞬間、対象を魔法の鎖で拘束するといった特性を持つ。なかなかに強力で並みの人間ならばまず解くことはできない。


「なんなのですか、これは……っ」


 予想どおり拘束した相手は女だった。

 ただ、その姿があまりに予想外で思わず目を見開いてしまう。


 給仕服に身を包んでいたのだ。


 服を彩る色は黒と白。フリルで飾られた多くの縁に、ふわりとしたロングスカート。楚々とした雰囲気をふんだんに醸しだしている。


 見るからに飲食店の接客が着るようなものではない。

 貴族に仕えるメイドが着るようなものだ。


 さらにひとつ、驚くことがあった。

 恐ろしいほどに可愛かったのだ。


 2つに結われた鈍色の長い髪。

 それに縁取られた人形のように小さな顔。


 目や鼻、口はどれもがひどく整って配されている。

 小柄で華奢なことも相まって、まさに可憐という言葉がぴったりな少女だ。


 思わずじっと見つめてしまったが、はっとなった。

 彼女に尾行されていた理由を探るのが先だ。


 すべきことを思い出すや、口を開こうとする。

 が、先んじてディアナが戸惑い気味に声を発した。


「……エルミ? どうしてこんなところにいるんだ?」



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