◆第一話『初めてのダンジョン潰し』
「近くにダンジョンはないか?」
城塞都市メルデスの冒険者ギルドにて。
ジェイク・オルトレームは受付にそう問いかけた。
「あら、見ない顔ね」
受付をしていたのは筋骨隆々の逞しい男だ。
ただ、角ばった顔をたっぷりの化粧で彩っている。
言葉遣いや仕草からして、そっち系の人のようだ。
「そうね、一番近くなら街の北東にあるここかしら。低位のゴブリンたちが棲家にしてるわ。依頼なら30体討伐あたりがオススメだけど――」
「ダンジョン内のすべての魔物を殲滅するってのはないか?」
求める依頼を追加で明確に提示する。
と、受付の男に驚かれてしまった。
こいつ頭は大丈夫か、と言いたげな顔だ。
「なに言ってんだ、あいつ」
小馬鹿にするような声が聞こえてきた。
出所はギルド内に併設された酒場からだ。
荒くれ者といった風貌のものばかりが座っている。
おそらくここを拠点に活動している冒険者たちだろう。
「ダンジョンを1人で攻略するつもりか?」
「無理だ、む~~り~っ! 《殺戮王女》じゃあるまいし」
「ゴブリン程度ならって新人にありがちな思い込みだな。死んだな、あいつ」
「今日も天へと旅立つ新人に、かんぱ~~~いっ!」
次々に嘲笑の声をあげる冒険者たち。
好き勝手に罵倒するのがよほど楽しいようだ。
片手に持った木造カップをぐいぐいと傾けている。
「あの子たちの言い方はアレだけど……アタシも同じ意見よ。ダンジョン内の魔物をすべて倒すって依頼もあるにはあるけど、とても1人でこなすようなものじゃないわ。魔導師ならとくにね」
受付の男がこちらの身なりを見ながら言った。
質素な外套に宝石つきの指輪や腕輪。
加えて腰に帯びた真っ白なロッド。
いかにも魔導師といった格好だ。
言い当てられるのも当然だった。
また、そんな魔導師が心配されるのも無理はなかった。
ダンジョンは魔物が造りだしたものだ。
当然ながら多くの場合において魔物に有利に働く。
そんな場所に戦士のように硬い鎧もなければ盾もない魔導師が単独で潜れば、不意打ちを受けてたちまち命を落としてしまうからだ。
「悪いことは言わないわ。ここは大人しくさっきの軽い依頼にしときなさい。もしお金に困ってるならアタシが心も体も面倒見てあげるから。あなた、アタシ好みの顔だから特別よ」
ついには、いかめしい顔で諭された。
おまけに爛れた関係も迫られた。
冒険者たちとは違って本気で心配してくれているようだ。
しかし、だからといって頷くつもりはなかった。
「心配してくれるのは嬉しいけど、問題ない。人数も1人のほうが都合がいいんだ」
「……どういうこと?」
「ま、色々あるんだ。色々」
◆◆◆◆◆
早速、ジェイクは目的のダンジョン近くまでやってきた。
屈んだ状態で眼前の茂みから顔を覗かせる。
辺りは背の高い木々に囲まれ、視界が悪い。
ただ、ダンジョンの入口前はひらけている。
こちらにとって都合のいい環境だ。
入口には見張りと思しき魔物が2体。
ゴブリンだ。
人型だが、その背はこちらの腰程度しかない。
ほかに特徴的なのは醜悪な歪んだ顔と緑色の肌か。
最弱の魔物はなにか。
といった議論で真っ先に名前があがる魔物だ。
ただ数は多いし、人間と同じように武器も使う。
実際、あの見張りの2体も片手剣を握っている。
ゆえに、決して侮ってはいけない魔物とも言われている。
――まずは、あの2体をどうにかしないとな。
ジェイクは腰に提げたポーチに手を突っ込んだ。
取りだしたのは2つの丸くて赤い宝石。
大きさは親指の先程度だ。
それらを見張りの2体へと放り投げた。
宝石が地面の上をころころと転がっていく。
2体のゴブリンたちが気づいたようだ。
足もとに転がってきた宝石を手に取る。
光物を見つけた嬉しさからか。
ゴブリンたちが顔を見合わせ、口の端を吊り上げた。
瞬間、宝石が閃光を発し、ボンッと爆発した。
ゴブリンの膝から下を残し、綺麗に消し飛ぶ。
あれはただの宝石ではない。
魔法を込めた、いわゆる魔石と呼ばれるものだ。
込めたのは《エクスプロージョン》という爆発魔法。
本来はもっと凄まじい威力を持つ魔法だが、隠密性を高めるために威力を抑えて込めたのだ。
「さらば俺の食事一日分……」
魔石は使い勝手がいい反面、とても高価だった。
依頼をこなせば戻ってくるどころか有り余る。
気持ちを切り替えていくしかない。
「さてと、さっさと準備しないとな」
偶然、魔物が出てくる可能性だってある。
ジェイクは急ぎ足でダンジョンに向かった。
入口は横幅が大股三歩程度。
高さは成人が1人分程度といったところか。
ゴブリンが棲家とするダンジョンらしいサイズだ。
ジェイクは腰に提げていたロッドを手に取る。
通常時の長さは肩から肘程度しかない。
だが、振れば人間の背と同じぐらいまで伸びる。
伸ばしたロッドの先端でダンジョン入口の両端から手前へと直線を引いた。どちらも長さはおよそ大股12歩程度だ。
最後にロッドの先端で地面を突いた。
直後、引いた線をなぞる形で地面から分厚い岩の壁がズズズとせり上がってくる。
《ストーンウォール》。
その名のとおり岩で造りだした壁だ。
「あとは……」
左右の《ストーンウォール》に手を当てたり、地面を足で踏みつけたりして、任意の場所に〝罠魔法〟を仕掛けていく。これで準備はほとんど終わりだ。
ジェイクは最後に直線通路の先に立ち、《ストーンウォール》を足もとに生成。ダンジョン入口と、造りだした直線通路を見下ろす格好で座り込んだ。
「そんじゃ仕上げに……」
ポーチから取りだした拳大の玉を放り投げた。
玉は途中からダンジョン内へと吸い込まれるように入っていく。
あの玉にはセンブルの花をすりつぶしたものが入っている。
センブルの花は、妖精の住まう場所にだけ咲くもので、とてもいい匂いがする。ただ、魔物にとっては最悪なニオイらしく、魔よけとしてよく使われている。
センブル玉は適当なところで破裂。
中の隅々まで行き渡るよう特別な魔法を込めていた。
ダンジョン内が大嫌いなニオイで満たされるのだ。
当然ながら魔物がとる行動は決まっている。
しばらく待っていると、中から緑色の煙が溢れ出てきた。
あれはセンブル玉が出したものだ。
そろそろ頃合か。
「お、きたきた……!」
1体のゴブリンが出てきた。
センブル玉の効果か。
涙目なうえにむせ返っている。
命からがら逃げてきたといった感じだ。
どんなことが待ち受けているとも知らずに――。
「さあ、最高の出迎えをしてやるぞ、魔物たち……!」
もっともダンジョンに近い《ストーンウォール》の両側が赤く煌めいた。浮かび上がった魔法陣から火炎が横向きに噴出し、ダンジョンから飛び出たばかりのゴブリンに襲いかかる。
事前に仕掛けていた罠魔法のひとつ。
《ファイアストーム》が魔物を感知して発動したのだ。
たまらずゴブリンが喚きながら走りだす。
が、今度は空から無数の魔法の針が頭上から降ってきた。地面に仕掛けていた罠魔法をゴブリンが踏んだことで、対応する魔法――《ニードルレイン》が発動したのだ。
先の《ファイアストーム》で爛れたゴブリンの肌に幾本もの針が突き刺さる。体を血で真っ赤に染めながら、苦痛の叫びをあげるゴブリン。
きっと攻撃をしかけてきた相手を探しているのだろう。
血走った眼で周囲を探りはじめ、ついにはこちらと目が合ったが――。
すでに命が絶えていたようだ。
その場にばたりと倒れて動かなくなった。
最中にも追加のゴブリンが続々と出てきていた。
2体から5体程度で途切れなく続いている。
多くが先頭の1体と同じように《ニードルレイン》を受けたところで倒れていくが、越えてくる個体もいた。
だが、なにも問題はない。
あの先にも罠魔法を仕掛けているからだ。
まずは壁に《フローズンミスト》。
凍てつく氷の霧で対象の動きを鈍化させる。
加えて地面に《コラプション》。
足場を腐敗させ、踏み入ったものをじわじわと腐らせる。
強力な合わせ技だ。
ゴブリン程度で抜けられることはまずない。
その後も危なげなく50体、さらに100体。
ゴブリンが慟哭をあげながらどんどん倒れていく。
やがて討伐数が200体にも及ぼうかという頃――。
「お、ようやくお出ましかっ」
ほかのゴブリンよりも体つきがひと回り大きい。
そのうえ黒い鎧を身につけ、手には斧を持っている。
ホブゴブリンだ。
おそらくこのダンジョンの主だろう。
ホブゴブリンは《ファイアストーム》だけでなく、《ニードルレイン》を受けても力強い足踏みでこちらに向かってきた。
やはりほかのゴブリンたちとは耐久度が違うようだ。
ついには《フローズンミスト》と《コラプション》の合わせ技すらも突破してくる。
手下を大量に殺されたからか。
あるいはただ人間を殺したいという欲求からか。
敵は怒りに満ちた顔をこちらに向けながら走ってくる。
「さすがに抜けてくるか。けど、そこまでだ」
あと8歩程度で肉迫されるといった、そのとき。
ホブゴブリンの体が赤く光りながら膨張。
そのままブチャッと音を鳴らして破裂した。
《フローズンミスト》と《コラプション》。
その先の地面に仕掛けていた《バースト》の効果が現れたのだ。
一気に魔力を流すことで魔物を内側から破壊する魔法だが、効果はそれだけに留まらない。あまりに勢いよく肉片が飛び散るため、周囲にも損傷を与えるのだ。
いまも周囲のゴブリンが飛び散った肉片によって弾き飛ばされていた。結果、せっかく突破した《ニードルレイン》を再び受けるはめになっている。
今回は最後に置いた《バースト》だが、中間に置いても驚異的な効果を発揮する。魔物の体が次々に破裂しては周囲の魔物を巻き込んで倒れていくからだ。
いましがた倒れたゴブリンたちで最後だったようだ。
しばらく待ってみても後続は来なかった。
「うし、殲滅完了っと」
ジェイクは《ストーンウォール》から飛び下りた。
ちょうど倒れたホブゴブリンが消滅を始めていた。
炭化したように黒ずみ、風に吹かれた砂のごとく散りゆく。
やがて角ばったひとかけらの石だけが残った。
大きさは片手で包み込める程度。
血を思わせる深い赤色で染められている。
あれは《ダンジョンハート》と呼ばれるものだ。
ダンジョンに住まう魔物たちが主に代償として支払うわずかな生命力が集まってできたものと言われている。
「ちっちゃいな。ま、この規模のダンジョンならこんなものか」
ジェイクは《ダンジョンハート》を掴み、用意していた布袋にしまい込んだ。
《ダンジョンハート》はダンジョンを潰したという証明になるだけではない。これそのものが上質な魔石の材料にもなるため、とても貴重なものだ。
「まさか本当にひとりで殲滅してしまうとはな……驚いたぞ」
ふいに背後から声が聞こえてきた。
思わず「げっ」と声をあげてしまう。
「げっ、とはなんだ。ギルドから頼まれてわざわざ様子を見にきたんだぞ」
すぐさま不機嫌な声が返ってきた。
ジェイクはおそるおそる振り返る。
声から予想はついていたが、やはり女性だった。
背丈は女性にしては高めでこちらとほぼ同じか。
後ろで高く結い上げられた深紅の長い髪。
白と赤で彩られた動きやすそうな軽鎧。
なにより目についたのは自信に満ちあふれた顔だ。
何者にも屈しないという意志が見て取れる。
背負った大剣もそれを手伝っている要因だ。
また凛とした立ち姿からは、どこかの王国で騎士を務めていてもおかしくはない気品を感じられる。
「どうしてギルドが……」
「新人が馬鹿なことしようとしてるから、助けてやってくれと頼まれたんだ。まあ、その心配は必要なかったわけだが」
辺りの地面は魔物の血で赤く染まっている。
その凄惨な光景を前にした女性は「しかし、えぐいあとだな……うわ、ここなんてべちゃべちゃじゃないか」とわずかに引いてはいるものの、恐怖を抱いた様子はない。
冒険者ギルドが1人で助けを寄越すほどだ。
相当な腕を持つ冒険者なのだろう。
ひとまず彼女がここに来た事情は理解できた。
だが、気になることはほかにもある。
「……もしかして見てたのか?」
「きみの戦いのことなら見ていたぞ」
「ど、どこから……?」
「さあ、最高の出迎えをしてやるぞ、魔物たち! と楽しげに叫んでいるときからだ。いや、なかなかどうして。あれは魔物顔負けの悪役っぷりだったぞ」
「ああああああッ!」
最悪だ。
1番恥ずかしいところからだ。
しかし、この際、羞恥心への痛みはどうでもいい。
問題は戦い方を見られたことだ。
「その、なんとも思わなかったのか……?」
「なにがだ?」
「だから……俺の罠魔法を見て、だ」
一般的な魔法の多くは手や杖から放たれる。
反して罠魔法は、魔導師の手で壁や地面に直接触れ、設置することで発動する。
その罠魔法を使って王国に叛逆した魔導師が過去にいた。以来、狡猾な者が使う魔法としての印象が強まり、いまでは忌むべきものとして扱われるようになっている。
ダンジョンを潰すにはもっとも優秀な魔法だというのに――。
もしかしたら彼女は罠魔法として認識できていなかっただけかもしれない。
ゆえに、あえて罠魔法と明言してみたのだが……。
「あー、そのことか。どうでもいいだろう、そんなこと」
「そ、そんなことって……俺はそれで魔導学院を追放されて――」
「それよりきみに頼みがある」
女性が勇んで近寄り、ずいと顔を寄せてきた。
間近で見ても戦士とは思えないほど綺麗な肌理だ。
ただそれより視界の下に映りこんだものが気になってしかたなかった。
見たこともないほど大きな胸だ。
これが《ダンジョンハート》なら凄まじく上質なものだ。わずかに覗く胸の谷間は相応に深く、底はまるで見えそうにない。
「ぜひともわたしと組んでほしい!」
眼前の胸に集中してしまっていたからか。
彼女の言ったことをすぐに理解できなかった。
「組んでって……」
「一緒に戦って魔物を倒すということだ」
「いや、それはわかるけど……いきなりなに言ってんだ。大体、誰とも知らない奴と組むはずないだろ」
「ん、そう言えばまだ名乗っていなかったな」
彼女はすっと離れたのち、堂々と胸を張った。
自身の胸に右手を当てながら高らかに声をあげる。
「ディアナ・ミラ・フレンリー。それがわたしの名だ」
「……冗談だろ」
ジェイクはぽかんと口を開けてしまった。
なにも彼女の名乗る姿が美しかったからではない。
この国を支配するフレンリー王家。
その長女として生まれ、次代の王として有力とされながら王位継承権をあっさり放棄。魔物だけでなく人をも殺しながら自由奔放に旅する狂人と名高い――。
――殺戮王女。
そう呼ばれている人だったからだ。




