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SS(ショートショート)シリーズ 

SS(ショートショート)シリーズ 『蛙と鳶』

作者: 春宮 綿

 カエルは井戸の中にいた。その世界はカエルには十分な広さであった。

 円形の石に囲まれた空間、端から端まで移動するとカエルは息を切らすほどだった。程よい湿気と薄暗さに包まれており居心地が良かった。不満を上げるとするならば日がさす時間がとても短く、空が遠くにあることだろう。

 カエルはそこで暮らしていた。生まれたときから一人だった。食事となる虫も小さな沸き水もあり、不自由は無かった。

 なぜ自分がここにいたのか、カエルは分からなかった。しかしそれはカエルにとってどうでも良い事であり、興味も無かった。

 ある日のことだった、井戸のはるか上から声が聞こえた。カエルはその声に何となく返事をしてみた。

「だれかいるの?」

 カエルの声が井戸の中で反響する。数分遅れで返事が返ってきた。

「ここにいるよ。」

 その声はとても鋭く、カエルにとっては身の危険を知らせるようにも思えた。しかしカエルは喜んでしまった。

 返事が返ってきたことに。

 会話が出来たことに。

「どこにいるかは分からないけど、貴方は誰ですか?」

 カエルが問いかける。

「私はトビ、鳥だよ。今は井戸端で休んでいるところさ。」

 声ははるか上空、井戸の外から聞こえているようだった。

「僕はカエル、井戸の中にいるんだ。お話しようよ。」

 カエルはトビに声をかける。トビからは快い返事が返ってきた。

 まずはお互いの特徴を話した。カエルはトビが空を飛べることに驚き、トビはカエルが泳げることに驚いた。

 カエルは井戸の中にいた。その世界はカエルには十分な広さであった。

 円形の石に囲まれた空間、端から端まで移動するとカエルは息を切らすほどだった。程よい湿気と薄暗さに包まれており居心地が良かった。不満を上げるとするならば日がさす時間がとても短く、空が遠くにあることだろう。

 カエルはそこで暮らしていた。生まれたときから一人だった。食事となる虫も小さな沸き水もあり、不自由は無かった。

 なぜ自分がここにいたのか、カエルは分からなかった。しかしそれはカエルにとってどうでも良い事であり、興味も無かった。

 ある日のことだった、井戸のはるか上から声が聞こえた。カエルはその声に何となく返事をしてみた。

「だれかいるの?」

 カエルの声が井戸の中で反響する。数分遅れで返事が返ってきた。

「ここにいるよ。」

 その声はとても鋭く、カエルにとっては身の危険を知らせるようにも思えた。しかしカエルは喜んでしまった。

 返事が返ってきたことに。

 会話が出来たことに。

「どこにいるかは分からないけど、貴方は誰ですか?」

 カエルが問いかける。

「私はトビ、鳥だよ。今は井戸端で休んでいるところさ。」

 声ははるか上空、井戸の外から聞こえているようだった。

「僕はカエル、井戸の中にいるんだ。お話しようよ。」

 カエルはトビに声をかける。トビからは快い返事が返ってきた。

 まずはお互いの特徴を話した。カエルはトビが空を飛べることに驚き、トビはカエルが泳げることに驚いた。

 二人の話が留まる事は無かった。

 カエルは今まで一人で過ごしている事を伝えた。トビは巣立った子供たちの事を話してくれた。カエルが自分は虫と水を食べて暮らしていることを伝えると、トビは自分が木の実と肉を食べて暮らしていることを伝えた。

 カエルは楽しくて仕方なかった。この時間がずっと続けばいいと思っていた。

「僕もそっちに行きたい。」

 カエルの言葉を受け取ったトビは少々時間を空けた後に言う。

「……やめといたほうがいい、こっちは危険がいっぱいだ。」

 低く放たれた声にカエルは思わずドキリとする。

「この話はもうやめよう、他に聞きたいことは無いかい?」

 トビの声はすでに穏やかで、その後二人は楽しく話を続けた。


 二人は日が暮れるまで話をした。

 トビは日暮れと共に旅立つと言った、日はすでに傾いていると教えてくれた。

 旅立とうとするトビにカエルが伝える。

「すごく楽しかったよ、ありがとう。」

 トビはカエルに伝える。

「それは良かった、良い暮らしを。」

 そう言ってトビは居なくなった。

 数日が経ち、カエルに異変が起きる。寂しさを覚えてしまったのだ。

 カエルは何度も井戸を上がろうとした、しかし上ることはかなわず半分を過ぎたところで落下し何度も地面に体を打ちつけた。

 次第に疲弊していくカエル、しかしカエルはあきらめず上り続けた。

 さらに数日が経つ。

 カエルは跳ねることが出来なくなってしまった。何度も打ちつけた体はボロボロになり、辛うじて歩ける程度になってしまった。

 カエルは泣いた。自分の弱さと寂しさに大声を出した。声は井戸の中で反響し空に消えていった。

「悲しい声だね、何かあったのかい?」

 空から声が聞こえる、それはカエルが忘れることが出来なかったトビの声だった。

「あの後、何度も外に出ようとしたんだ。けれど出れなくて、怪我をして、跳ねることも出来なく……」

 カエルはそれだけ言うと再び泣き出した。トビは返事をすることはなかったが大きく羽ばたく音は聞こえた。

 しばらく経った後、カエルが泣きつかれた頃だった。井戸の中に一本の蔓が降りてきた。

 上からトビの声が聞こえる。

「個人的にはお勧めできないが、もしも後悔しないなら蔦を握って欲しい。」

 カエルの気持ちは決まっていた。

 カエルは蔦を放さぬようしっかり握りこんだ。

 カエルが望む外の世界に向かって、蔦が徐々に上がっていく。

 外の世界に出たとき、カエルはトビが幾度となく言った警告の意味を知る。

 初めてトビの姿を見た途端、カエルは自分の存在を知った。

 捕食者と捕食される側の存在を理解した。

 本能が逃げろという、今すぐ井戸に飛び込めば間に合うと。

 しかしカエルは逃げなかった、そして一言トビに伝える。

「……出してくれて、ありがとう。話をしてくれて、ありがとう。」

 カエルの皮膚にトビの爪が食い込み、空へ舞う。

 大空でトビが一言、カエルに伝える。

「逃げないでくれて、ありがとう。」

 カエルは思わず言葉を失った、そして自分の思ったことを素直に言葉に出す。

「どういうこと?」

「私はね、君がカエルと知ってしまったからこそ恐れたんだ。生物的に相容れないものであると知っていたから。君は捕食者として私を恐れるのではないかと。」

 トビはゆっくりと言葉を続けた。

「でも君は本能に抗い逃げなかった、お礼を言ってくれた。それが何よりうれしかったんだ。」

「……じゃあ、友達になってくれるの?」

「もちろんだよ。」

 カエルは体の痛みも忘れて喜んだ。先ほどの悲しい泣き声ではなく、うれしい鳴き声が空に響く。

「本当は君にも見せたかったんだ、私の好きな風景を。前を見てごらん。」

 カエルの目の前には青く広がる空と入道雲が広がっていた。

 二人はそのまま旅に出た。カエルと共に沢山の世界を見るのだろう。



 井の中にいたカエルは空の青さを知った


 しかし井の中にいたカエルは海を知らない


 でもまだ知らないだけだ

 

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