第三十二話 普通とは
これは一体なんなんだ?
俺は初めて人類を殺したことより、
こっちのローブが気になって仕方なかった。
このローブに関して謎だったのが
鉱石の時もそうだったが
この【強度】だ。
これは果たして高いと言えるのか?
全く見当もつかない。
そもそもよーく考えて見れば
人類が作った「ローブ」を
見たのはこれが初めてだったりする。
初めて遭遇した女の子もローブでは無く、
軽い鋼色のチェストプレートに
運動性能を重視した青色のスカート
ぐらいのものだからだ。
別に鑑定してないぞ…
どうしたものかと悩んでいたが、
初心者冒険者の方を向いた時閃いた。
丁度いい判断材料が
近くにあることに気がついたので、
そちらを鑑定してみる事にした。
「鑑定!」
俺が鑑定したのは弓持ちのローブっぽい装備だ。
その装備はローブと同じく布製で
深緑色をしていた。
最初は死んだ者の装備を鑑定するのに
抵抗はないかな?と思っていたが、
特に何も感じなかった。
俺の目の前に出てきたウィンドウは
恐らくこの世界における
布製装備の普通の強度のものだろう。
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【名称】フォレストフード
【強度】120
鑑定不能
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うん。多分普通だな。
というか鑑定不能の所には
何の情報が隠されているんだろうか。
私。気になります。
うーん。
このローブがすごいのは分かったが、
俺が着るわけにもいかないしな…
俺はこんなすごいローブを捨てたり
置いていったりするのは勿体ないと思いつつも、
真面目にどうするか迷っていた。
そして、
結局どうするか決まらなかったため、
女の子にあげることにした。
俺が有効活用出来ないのならば、
仲間にあげてしまおうという魂胆だ。
……あれ?今一応仲間扱いだよな?
……戻ろう…
俺はこの処刑空間から
女の子の元へと戻るべく、
とぼとぼと歩き出した。
と、この時俺は大事な事を忘れていた。
死体の隠蔽だ。
この先それを怠ったせいで起こる事を
俺はまだ知らない。
「おーい、もう大丈夫だぞー。」
俺が声をかけると、
瓦礫の物陰からこちらを覗く目があった。
その目は数秒したら見えなくなり
しばらくすると、
物陰の端から女の子が出てきた。
「こ、殺したんですか…?」
恐る恐る質問する女の子、
その答えを聞いた時、顔が曇った。
「うん殺したよ。」
俺は人を殺しても何も思わなかった。
だけど自分に危害を加えない人間は
出来るだけ殺さないつもりだ。
それは俺の中の最後の人間の
部分かもしれないし、
当たり前の事かもしれないが、
俺は昔から当たり前を知らなかった。
俺は今まで自分が普通だと思っていたが、
どうやら違ったことを先程の戦闘で思い知った。
ちょっと前まで同族だったものを殺しても、
後悔や罪悪感というものを
何も感じなかったからだ。
それを知ることが出来たのは、
彼ら冒険者のお陰だ。
だから今後彼らのような冒険者と遭遇した時、
冒険者と魔物の関係の大前提として
彼らは敵対してくるだろう。
だが俺は彼らを邪魔に思って
ただ殺すのではなく、
感謝の気持ちを込めて殺そう。
俺が普通じゃない事を教えてくれた
冒険者に対するささやかなお礼として。
みんなが言う普通を今更学ぼうとしても、
既に俺は人間ではない。
学ぶ機会もいないし、
ゆっくり教えてくれる人もいない。
このままで行くしかないだろう。
俺は別に今のままでもいいと思っているし、
恐らく普通を知ったところで変わらないだろう。
それは俺が普通じゃないことを普通だと、
みんなが言う普通を知った上ですら
思っているからだ。
その考えをいくら矯正しようと、
恐らく俺の中での普通はかき消されない。
一種の呪いみたいなものだな。
そう言えばクラスのみんなにも
普通じゃないって言われてたっけ。
こういう事だったのか。
俺が戦闘で得たもののことを考えていると、
女の子が先程とは違う表情で質問してきた。
「あの…その背中に乗っているローブはなんですか?」
「ああ、これね、君にあげるよ。元は彼らが持っていたものだけど、よーく調べて見たら結構使えそうで置いておくのが勿体なくて持ってきちゃったんだよ。」
俺は敢えて鑑定して調べたとは
言わずにそう答えた。
そして、女の子が意外な答えを出した。
「申し訳ないですが…それは…受け取れません。」
「え、なんで?これそこまで汚れてないし、俺も別にもらってもらって構わないんだけど…」
俺がびっくりして困っていると、
女の子が暗い顔でこう答えた。
「すいません…これを着ていた人のことを考えてしまいそうで怖いんです。」
「あ、それならだいじ…」
俺は最後まで出そうになった口を閉じた。
受け取らない理由には
この子なりの考えがあるんだろう。
それに水を差すような真似はしたくない。
勿論これを着ていたものはいなかったが、
そういう事にしておこう。
さて、それではこのローブは
完全に俺のものになった訳だが…
流石にしまう所がなく、
いつまでも背中に乗せておくわけにも
いかないので、
女の子にお願いして背中に背負っている
小さなバックパックに入れてもらうことにした。
「じゃあ、行こうか。案内お願いします。」
「はい。」
俺たちは戦闘があったところを抜け、
再び女の子のキャンプへと向かった。