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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤い星

作者: 奇言夜命

実際にあった虐待事件を元に書かせて頂きました。亡くなられた子供たちの御冥福をお祈りいたします。


 あれから今年で15年がたった、あの赤い星が大きく輝く時、忌まわしくも懐かしい記憶が蘇る。



 15年前、ボクは小学3年生で、お義父さんが檀家になっていた姫國寺びくにでらの、15年に一度の御開帳の日とあり、ボクと母さん、お義父さんそして弟と一緒に、その御開帳されるモノを見に行った。

 その御開帳されるモノとは人魚のミイラで、とは言っても良くありがちな猿と鮭をくっ着けた海外向けのパチモンでは無く、その偽物が手本とした本物だとされ、ミイラとはいえその肉を口にすれば不老長寿の秘薬であり、如何なる病もたちどころに治癒する。

 そのため、何億円出してでも喉から手が出るほど欲しがる者は数知れないと、お坊さんが自慢げに話した。


 大きく分厚い黒い鉄の金庫に入れられたソレは、何重にも厳重に保管され、最後は桐の箱に安置された80センチほどの人魚が両手は合掌に組み、シワシワの顔に鬼灯の実のような朱色の目だけが、まるでまだ息があるかのようにこちらを睨んでいる。


 ソレが出ると皆前を見もせず、一心不乱に数珠を掛けた手を合わせ、一生懸命拝んでいた。なんでも目だけは生きていて、絶対目を見てはいけないらしい。


 「ボクさっき見ちゃったよ――」ボクが言っても母さんは、両目をジッと重く閉じ手を合わせ身体を震わせ拝んでいて話なんか聞いていない。お義父さんも同じように手を合わせ、弟もきちっと拝んでいた、小学校に通いだしたばかりの弟はヒドく真面目なたちなのだ。


 ボクはその場に合わせるのが上手い、いい加減と言えばそれまでだけど。お義父さんとも、気に入りそうな返事をして気に入りそうに振る舞った。それをどう思ったか分からないけど、ボクはお義父さんと悪い関係ではないと思っている。殴られたことも無いし、食事をもらえなかったことも無い。ボクは〝父さん〟を憶えてるし、弟とはそこが違うのかな……

 もう少し上手く合わせれば良かったのに、アノ男が…… お義父さんがもっと気に入りそうに出来ていれば、もう遅いのかもしれないけど…… とにかく、弟は下手なことをしてしまった。


 お義父さんは拝むのにあきたのかキョロキョロしだした。ボクはあくびをするふりをして、その目に止まるように両腕を上げて伸びをする、母さんもそれに合わせてもうお義父さんと小声で話をしだした。弟はと見るとまだ目を閉じ合掌している。


 読めもしないカラーの小さいパンフレットをもらい、弟は人魚のミイラより気に入ったらしい仏像の写真を見てウンとうなづくと、大切そうに丁寧に折りたたむとポケットにしまい込んだ……




 もう夏休みになり、火星が15年ぶりに大接近していて、火星観測の行事にクラスの皆で行くことになった。久しぶりに何人かの友だちと集まって大広間で雑魚寝をしたり、テントに泊まって飯ごうでご飯を炊いたり、一週間だったけど、大人になっても忘れないだろうなと思える体験が有り、ボクは満足して家に帰ってきた。


 どうしたんだろう、なんか感じが違う…… ボクは母さんに、いかに火星観測が楽しかったか一生懸命話して、お義父さんが帰ってきても、いかに愉しく有意義な時間だったのか、友達の誰がどうだったとかちょっと面白めに、大げさに話すように努力した。


 ボクは、出来るだけ平静を装い、買い物に来ないかと言われたけど宿題を理由に残ることにして、両親が出かけるのをしばらく待った。

 居なくなったのを見計らって、思い当たる二人の部屋の押入れを開けてみた。オムツを交換していないような臭いがして、そこにあったプラスチック・ケースを開けると、痩せて見違えてしまいそうな弟が居た。裸の腹だけがふくれて、複数のアザの有る身体を縮こませ、口にガムテープを貼られ、手足は縛られている……

 ボクがガムテープをはぐとこっちを見た、見たけれどボクだと分かったのだろうか、牛乳を持ってきて飲ませて、パンを少しだけ食べたけど、もういらないいらないをして吐いてしまった。


 「あゝ、弟はもう死ぬかもしれない……」


 どうすればいいのか、学校の先生に言うか、自分のことも考えなければならない。

 とにかく、弟になんとかなるように考えるから今あったコトを二人には言うなと口止めして、バレないように気をつけてガムテープを貼りなおしたつもりだけれど、どうだろう。




 …… もう二日、食事は一日一回だ。お義父さんは「しつけ」と表情も変えずに言った。今日、一回しか食事がなければ、ボクは学校に行く体力に自信がない。アノ時あのまま先生に弟のコトを言いに学校へ行けば良かった。本当に失敗した、夏休みはまだ二週間残っている、いつもならあっという間にたってしまうであろう残りの休日を、母さんに一日中見張られて家から出ることが出来ない。

 考えないと、弟も心配だけど、ボクもこれからどうなるか本当に分からないぞ。

母さんは当てにならない、本当にビックリした、まるでアノ男の言うなりじゃないか! ビックリしたけど母さんが持っている携帯電話を使ってなんとかしたい。母さんがいつもの気が違ってしまったように掃除し出すのをボクは待ち、携帯を盗みだすと見えない所で、返信をしないよう念押しした短い文面のメールを、なんとか先生と友だちに一斉送信することに成功した。履歴を消して、腹が減ったふりをした、いや本当に減っているのだけれど。


 先生が訪ねてきた。急なことに母さんは狼狽して、ボクに会いたいとの当然と思える発言に「なぜですか? どうしてですか!」と慌てふためき「夫に連絡します、今日は帰ってください!」と追い返そうとする、ボクはココで家を出ないと二人の命は無いだろう、母さんサヨナラ! と、扉へ突進した、


 「先生 救けてください、弟も中に居ます!」


 ボクが外に出ると母さんは驚き跳び上がったが、もう隠せないと悟ったような顔をした。しかし、思い直したようにボクと先生を残し扉を閉めると施錠する音がした。

 先生がその場でしかるべき場所に連絡すると、お義父さんが帰って来るのとほとんど同時に役所の人たちもやって来る。お義父さんはボクを「裏切ったな」と言った感じで睨んでいたけど、その後すぐに施設へ移動したので後は知らない。

 結局、警察に来てもらい、弟が発見されると両親は逮捕された。



 救出された弟は救急車で搬送されてそのまま入院した。外から内蔵が傷ついていて、完全に治る見込みはあるかどうか分からないとお医者さんはおっしゃる……


 二人を立憲するのに何か証拠はないか、捜索していた警察が弟の持ち物から、あの時お寺でもらったカラーのパンフレットを発見してボクに聴いてきた、折ったしわは綺麗に延ばされノートにハサまれている、弟にとってコレは大切な物だったのだ。

 パンフレットには、アノ『不老長寿の人魚』が紹介されている、人魚の肉を少しでいいから食べることが出来れば、弟は回復していくんじゃないのか!?

 どんな病気も治るのなら、どうか弟を治してください、お願いします!


 ボクは、姫國寺びくにでらのお坊さんに頼めないかお寺へ行くことにした。


 一人で行くのは遠かった、あの時は自動車だったけど電車と徒歩で3時間かけて、やっとお寺に着いた時は夕方になっていた。山の奥にちょっと入った姫國寺びくにでらの受付で事情を話すとあのお坊さんは案外気安く話を聞いてくれると言う。

 お坊さんはあの時とは違い、軽く作務衣を着て出てきた。


 「弟が病気なんです、入院してます救けてください!」


 「坊や、本当に弟くんは身体が悪いの? どこが悪いのかな!?」


 「悪いです! 本当に悪いです! 内蔵を悪くしているんです、救けてください。あの、人魚の肉を少しで良いので分けてくださいませんか? お金はボクが大人になってから必ずお支払いします!」


 「実はね、あの人魚は生きているんだよ。今は海にいて15年に一度だけ戻って来てあの姿で檀家さんの前にお出ましなさるんだよ。」


 「えっ、なんですって?……」


 「生きている人魚から肉を削ぎ取る訳にはいかないだろぅ? それに今どこに居るのか分からないんだからね。」


 「!…… でもっ……」


 「坊や、悪いコトは言わない、弟くんはお医者さまに任せなさい。いいね、分かったね!」


 「…… ボクは…… 弟を、弟を救けたいんです!」


 「いや、無理だよ、無理なんだよ、」お坊さんはそう言ったきり、奥に引っ込んでしまいました、ボクは部屋まで追いかけていく訳にもいかず…… どうすれば良いのか、しばらくそこに立ち尽くし、お坊さんがもどって来てくれるのを期待しましたけれど、受付の人から帰るように言われ、帰るしかなかったのです…… 外はもうとっぷり暮れたその中を。

 今、海を泳いでいるであろう人魚の爪だけでも貰えないだろうか? 髪の先だけでいいから人魚に頼めばなんとかなるんじゃないのか!? と、無理であろう内容を考え考えしながら、希望の無い長い道のりを一人帰っていったのです。


 それから一年、弟は生きていました。栄養不足から目が見えにくくなっていて、耳だけにたよった一年です、死因は内蔵疾患でした。




 オレは今23歳、生きています。あれから色々有ったけど、両親にはあの時以来会っていない。アノ男は、弟に「触れたこともない」と言ったらしい…… 母さんのことは稀に思い出しますが…… 信用してイイものかどうか判断がつきません。


 お付き合いしている彼女が寺社仏閣にこっていて、この前『姫國寺びくにでらの人魚伝説』の話をしていた。

 あれから15年、空を見上げると火星はその赤い姿をまた地球に魅せに来ているようだ。鬼灯の実の朱色の目を光らせた人魚のミイラも、人々にその干からびた顔をまた見せるのだろう。



 あの赤い星が大きく輝く時、開かずの箱が開け放たれた。


【夏のホラー2018】参加作品。

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