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8.銀行強盗

 ペットショップを後にし、千具良が向かった先は、駅前の銀行だった。通帳から今月の生活費を引き落としに来たらしい。


「ちょっと待っててね。今、手続きをしてもらってくるから」


 千具良は銀行の受付へ向かおうとする。


「引き落としだけなら、ATMですればいいんじゃないか?」


 米斗は千具良を呼び止めた。受付で印鑑や身分証明を出して、逐一手続きをして引き出してもらうよりも、ATMでやったほうがずっと楽だ。この銀行にはATMが置いていないのかと思って辺りを見渡したが、今の時代、ない銀行の方がなさそうなものだ。ちゃんと受付の隅のほうにあった。


「私、機械オンチで。使い方がよく分からないの」


 千具良は恥ずかしそうに俯く。米斗は千具良を手招きして、空いているATMの前に呼び寄せた。


「教えてやるよ。慣れれば簡単だから」


 通帳を入れて、お金を引出す順序を細かく教えた。暗証番号は見ないように目を逸らしたが、金額は見えた。引き出した額は十五万円。高校生が一月に使うお金としては、やたら多い気がする。


「その金、何に使うんだ?」


「私の生活費。全部じゃないけど、今お世話になってる家に渡さなくちゃいけないし……」


「親と一緒に住んでるんじゃないのか」


「うん。このお金は、親が毎月振り込んでくれているものなの。両親はいまブラジルにいるから」


「ブラジル……」


 日本の裏側だ。仕事か何かで遠征しているのだろうか。それにしても遠い。


 なぜ、娘も一緒に連れて行かなかったのだろう。少し気になったが、余所様の家庭の事情に口を挟むべきでもないと、頭からかき消した。


 下宿して一人暮らしをしているなら、それくらいの金額が妥当なのだろうと、勝手に納得しておいた。


 引出しは無事に完了したらしく、千具良は機械から出てきた通帳と、封筒に入れた現金を、大事そうに鞄にしまった。


「ありがとう。いつもより、すっごく早くできたよ。男の子って、やっぱり機械に強いんだねー。私、感動しちゃった」


 千具良に憧れの眼差しを向けられ、米斗は隣のATMで華麗な指捌きを見せる、足元に買い物袋を大量に置いた小太りなおばちゃんを横目で見た。


「まあいいか。いやいや、それほどでも」


 余計な茶々を入れて、更に落ち込まれても困るので、見なかったことにした。


 するべきことを終え、銀行を出ようと自動ドアの前に立つ。


 すると視界が何者かに塞がれ、千具良は立ち止まった。その額には、ピストルの銃口が。


「おっと、いいタイミングだね。お嬢ちゃん」


 千具良にピストルを突きつけた、サングラスの男が鼻で笑った。黒い革ジャンと革パン、いかにも、いかにもそうな長身の男だ。


 後ろからもう一人、腰に刀を下げた、黒い着物姿のポニーテール男が入ってきて、天井に向かって一発発砲した。


「主ら全員、その場から動くことなかれ! 一歩でも動いた者は、こめかみに弾丸を撃ち込むでござる」


 なぜサムライ。ピストル使ってるんじゃ、腰の刀の意味がないじゃないか。坂本竜馬のコスプレだろうか。


 バキュン、バキュン!


 更に発砲。


 一瞬にして建物の中が騒然とした。全員が突然の珍客に視線を向けるが、一歩も動かない。


 いや、動けないのだろう。男たちいかにも銀行強盗、と言った格好と動作をしているから、尚更に。片方はよく分からんが。


 遠巻きの利用客がスマホを翳して動画を撮影し始める。直後、そのスマホが一発の銃弾を受けて吹き飛んだ。持ち主の客は悲鳴を上げて尻餅をつく。


 危機管理能力の低下が嘆かれる現代型人類の、典型的な行動パターンだ。殺されたって文句は言えない。


「手を上げろ、少しでも変な動きしやがったら、一瞬であの世行きだぞ」


 長身の男が、どすの利いた声で怒鳴った。その場にいた全員が、両手を頭上に上げる。米斗も迷うことなく上げた。


 ピンポイントで獲物を狙って命中させる射撃の能力は、かなり高い。このサングラスの男、かなり銃を使い慣れている玄人と見た。下手に反撃でもすれば、後手に回る可能性が大きい。


 サムライがピストルで客や銀行員を威嚇しながら、カウンターへ歩み寄る。一番手前にいた、若い女性社員に銃口を向け、黒い大きな鞄をカウンターに置いた。そして隣の窓口にいた気の弱そうな男性社員を怒鳴りつける。


「この中に入るだけ金を入れろ。言う通りにすれば命まではとらぬ。早くするべし! この娘の命運は、お主にかかって候」


 涙目で両手を上げる女性社員。気の弱そうな男性社員は震える手で鞄を掴み、おぼつかない足取りで奥の保管庫へ走っていった。


 その直後、長身の男のピストルが火を噴いた。弾丸はカウンターの一番奥に座っている年配の社員の頬をかすめ、壁に突き刺さった。


「妙な真似するなっつたとこだろうがよぉ、アァ!?」


「くっ……」


 年配の社員は手を上げた。どうやら犯人の目を盗んで警報スイッチを押そうとしたらしい。徒労に終わったが。


 米斗は眼球だけを動かして、千具良のほうをちらりと見た。拳銃からは開放されているが、長身の男の腕で首を押さえられ、身動きが取れなくなっている。首元にはナイフが突きつけられていた。


 千具良はまるで、人形になってしまったように動かない。表情もなく、放心状態になっていた。


 助けようと米斗が動いたところで、千具良が助かる確率は、ほとんどゼロだ。おまけに米斗までもが無駄な最期を遂げる可能性のほうが、極めて高い。持ち前の平常心こそ保てているものの、何もできない現状に、無意識に歯軋りしていた。


 数分後。ただならぬ緊張感の中、気の小さそうな男性社員が、満パンに膨らんだ大口鞄を持って出てきた。震える手で、それをサムライに渡す。


「うむ、ご苦労だった」


 鞄を受け取り、サムライは長身の男に眼で合図を送る。男は頷き、千具良に突き付けていたナイフを仕舞い、こめかみに銃口を当て直した。


「俺たちが安全な場所へ逃げるまで、このお嬢ちゃんの命は保障しない。もし俺たちがここを出てすぐに警察を呼ぼうとすれば、この可愛い小さな頭が、BANG! ――」


 長身の男が、発砲の口真似をした。若い子連れの女性客が悲鳴を上げて目を閉じた。子供も、泣きながら母親にしがみつく。


「――って寸法だ。お前らのIQが、サル並みにあることを期待するぜ」


 サムライが隙のない威嚇射撃の構えをする中、目的を遂げた長身の男は、悠長に外へ出ようとした。千具良を道連れに。


「……ちくしょう」


 米斗は消え入りそうな声で呟いていた。何もできず、頭上で硬直した拳を強く握り締める。


 千具良が連れて行かれる。もしこのまま、無事に銀行強盗の高飛びが成功したとして、あいつらは千具良を無傷で帰すのか?


 千具良が無事に戻ってくる、確実な保障があるのか?


 きっと、ない。


 そう思考回路が判断した瞬間、米斗の手はゆらりと動いていた。


 カチリ。


 右手首につけていたブレスレットを、中指を伸ばして外す。それを手に取り、付け根の裏にある小さなボタンを押すと、ブレスレットは十五センチほどの針状の形に変わった。護身用にと、高校入学時に北斗がくれたものだ。何の護身かよく分からず、とりあえずつけていた変なアクセサリーだが、まさかこんなところで活用する羽目になるとは。


 それでも、今が使うには最適のタイミングだ。米斗にとって、今一番大事なものを守るために使われるのだ、このブレスレットも浮かばれるだろう。


 大きな針の照準を合わせる。狙うは長身の男の右手。ピストルを落とせば、とりあえず千具良が打たれる心配はなくなる。サムライが反撃をしてくる可能性が予想されるが、その対処法を考えている時間がない。早くしないと千具良が連れて行かれる。


 とにかく行動すれば、なるようになる。意を決し、大きな針を構えた。


「むっ、貴様、動くなかれ!」


 その些細な動きは、あっけなく見破られた。サムライが米斗目がけて発砲。バキュンバキュン!


 咄嗟に米斗は足を折り、体を低くした。米斗の顔面を狙った的確な射撃は、見事に顔だった場所をかすめ、さっきまで華麗にATMを操っていた小太りなおばちゃんの脇を反れて、機械に隣接する壁にめり込んだ。


 その一瞬の出来事で、完全に照準が乱れた。米斗はやむなく前方へ向かって針を投擲する。針はサムライの右手をかすめ、その衝撃でピストルと現金の入った鞄を落とした。サムライは呻き声を上げた。


 しかしそれより数瞬早くサムライは発砲したらしく、一発の弾丸が米斗のこめかみをかすった。瞬間的に火傷を負った感覚。その後から、じんわりと痛みが広がってきた。


 火傷から血が伝う。それでもまったく動じていない米斗自身、とても異質に思えた。


 米斗の姿が、千具良の光を失った瞳に映りこむ。息を吹き返したように、千具良の瞳が潤みを帯び、大きく開いた。


「動くなクソガキ! この女がどうなってもいいのか!」


 長身の男の銃口が、千具良に食い込む。今にも引き金を引きそうな勢いだ。


 無駄な努力だったのか、全てが空しく終わっていくのか。


 米斗は呆然と、千具良の白い顔を見つめていた。


「んんっ? おいテメェ、何しやがる!」


 突然、長身の男が慌てだした。何事かと思えば、ピストルの銃身が白い手に強く握られている。


 千具良の手だった。銃身を強く握り締め、ゆっくりとこめかみから照準をずらす。


 次に、反対の手が素早く動いた。目にも留まらぬ速さで手刀が繰り出され、ピストルを真っ二つに叩き割った。


「なっ、なんだとぉ!?」


 突然の事に状況判断ができずにいる長身の男。その首筋に強烈な回し蹴りが入った。白く細い、綺麗な足が宙に円を描く。言うまでもなく千具良の一撃だ。急所に衝撃を受け、長身の男は気を失って倒れた。


 米斗は呆然と、目の前のアクション映画さながらの現実を直視する。


 千具良は止まらない。彼女の鋭い眼光は、側で右手を押さえるサムライにも向けられた。


「おっ、おのれ! 貴様もしや、くの一か!」


 サムライは手の痛みをこらえて、抜刀した。顕になった刀身の輝きは、正に真剣。研ぎ澄まされた刃先が、突風のごとく千具良を襲う。


「食らえ、くの一! 虎蕪流最終奥義、泰餓斬!」


 サムライの剣裁きは、きっとその道の人から見れば一流の一凪ぎだったのだろう。しかし、それはいとも容易く千具良に見切られる。地面に垂直に振り下ろされた刃は、千具良の白刃取りによって動きを殺された。


 さらに横へ軌道を流され、バランスを崩したところに千具良の踵落としが決まる。


 あの威厳ありそうな業物が、断末魔の悲鳴を上げ、真っ二つに折れた。


「ひっ、秘刀、土竜丸がっ……!」


 これにはかなりショックを受けたらしく、サムライは床に膝をついた。


 サムライの側に、千具良が歩み寄る。鋭い眼光は、未だにサムライを捉えて放さない。


 千具良とサムライとの距離が十数センチに近付いた時、侍の態度が一変した。


「ははは、愚かな小娘め! 拙者には、まだ拳銃があるのだぞ!」


 サムライは落としたピストルを拾うべく手を伸ばした。しかし確認済みだったその場所には、何もない。


「探しもんは、これか?」


 米斗がサムライの後頭部に銃口を突きつけた。サムライはその感触に焦りを覚え、大量の汗を流す。


「わ、分かった、降参するでござる。早くそれを下ろすべし」


「やだ」


「やっ、やめろ――!」


 米斗はゆっくり、引き金を引いた。


 ガチャリ。


「ギャー! 無、無念……」


 男は無傷のまま失神した。いくら引き金を引いても何も起こらない。既に弾丸は六発、使い切ってしまっていた。


 それを冷静に数えていた米斗は、普通にピストルを拾ってサムライに空砲を打ち付けただけだ。平常心の勝利だ。


 店内に静寂が訪れる。それも束の間、すぐに客や店員から拍手の嵐が起こった。


「あっ、あれ? 私はいったい……?」


 その騒がしさに、千具良は困惑した様子で、辺りを見渡していた。


「米斗くん。この騒ぎは何? 私、何か変なことしたのかな?」


 慌てて米斗に訴えかけてくる。もしかして、何も覚えていないのか。


 だが、米斗にことの経緯を尋ねたとて、納得のいく返事が得られるはずもなく。


「千具良、俺は感動した」


「は? え?」


 周りの人たちと一緒に手を叩く米斗に、千具良はますます、狐に摘まれたような顔をする。


 やがて社員の誰かが呼んだのか、パトカーのサイレン音が近づいてきた。銀行強盗は御用となったことだし、このまま居座って話題に持ち上げられると厄介なので、人込みに紛れて米斗と千具良はその場から立ち去った。


 制服を着ている時点でおそらく足がついてしまうだろうとは思ったが、間接的な方が、まだマシだ。


「お前、空手部かなんか入ってる?」


 逃げる道中、米斗は訊ねた。まだ、何が何だか分かっていない様子の千具良は、首を傾けながら返答した。


「部活じゃなくて、その、お世話になってる家が、道場をやってるの。だからそこで、いろんな武術を教えてもらって……。でもどうして米斗くん、私が武術を習っているって分かったの? 一度も言ってないのに」


「んー、まあ、直感かな」


 説明が面倒なので、バッチリ戦闘シーンを拝見しましたとは言わず、米斗ははぐらかした。そして千具良を怒らせる言動は、今後絶対にしまいと、心に刻み込んだ。


「すごい。米斗くんには、何でも分かるんだね! それもやっぱり、平常心の賜物なのかなあ?」


 そんなわけがない。千具良は誤解したまま、目を輝かせる。弁明する気もない米斗は、そのまま無回答で話を流した。



 翌日、千具良は訳も分からず新聞に取り上げれられ、全校生徒の前で表彰されることになる。

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