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27.これが結果

 その奥は大きな地下空間になっていて、何だか良く分からない機械が敷き詰められていた。ところどころ赤や青い光が点滅し、ジジジと音を立てて作動している。


「本当は、これだけは使いたくなかったのですが、もう後戻りはできません」


 部屋の奥に、大きな筒状の塊があった。上部が円錐になって尖っていて、まるで大きな鉛筆みたいだ。中は空洞で、人が一人くらい横たわれそうな大きな透明のケースが置いてある。その周囲にも、多数のコードとボタンが取り付けられている。丸い窓が付いているそれは、漫画などにでてくる宇宙船のような印象を受けた。


「これは、わたくしが最速で造り上げた冷凍睡眠装置付きの宇宙船です。これに入った人間は、地球上で設定した年月が経過するまで仮死状態で宇宙空間を漂い、眠り続けることが可能です。老化が極限まで抑えられるので、ほとんど歳はとりません」


「へえ。それで、誰が入るんだ?」


「当初は、もしもの非常時に千具良さんに入っていただくつもりでした。彼女が眠っている間に、地震を起こす体質を直す方法を探し出すために。しかし少し予定を変更します。この装置をもう一つ作りますので、あなたと千具良さん、お二方にしばらく眠っていただきたいのです」


「……なぜ俺まで?」


 米斗は首を傾げる。なぜこんなものに入らなければならないのか、全く分からなかった。永い眠りについた千具良がこの先、ずっと未来で目覚めたとき、誰もいなかったら、米斗がいなかったら寂しがるからだろうか。そういう理由なら、快く承諾するつもりだった。


 しかし、事実は小説より奇成り。思いもよらない唐突で意外な真相が、答として返ってきた。


「わたくしたちは、必要以上に大きな過ちを犯してしまったのです。それを精算するには、もはやこの方法しか思いつかない」


 戸呂音はまっすぐ、米斗を見つめた。


「あなたが持つ平常心を、少しでも信用します。決して、何を言われても動じないで聞いて下さい」


☆彡 ☆彡 ☆彡


 戸呂音は話した。今日、北斗に聞いたこと、そして実際に、目の前で起こったこと、見たこと。彼女の理解した全ての物事を、米斗に伝え聞かせた。


「…………」


 米斗は無言だった。信じられない話を聞いて、しばし唖然としていた様子だったが、千具良の特異体質の脅威を目の当たりにした直後だ、疑っている感じではなかった。


「これが、わたくしの話せる全てです。それ以上お知りになりたいのならば、北斗さんに直接伺うのが良いでしょう。もっとも、ちゃんと答えてくれるかまでは、保障できませんが」


「兄貴は、全部知っているのか?」


「そのようですね。わたくし達とて、北斗さんに話を聞くまで、そんな疑いは一度も持たなかった。それぐらい、予想だにできない事実だったのです」


 米斗は無表情に、黙り込んだ。


「流石ですね。突然、自分に秘められた危険な力の正体を知ったと言うのに、顔色一つ変えないなんて……」


 全く動じた様子のない米斗を見て、戸呂音は微笑ましく感嘆の息を漏らす。


 ひゅるるるる、ドガン。


 地下室の天井に、穴が開いた。つまり、地面に穴が開いた。厚い地面の壁を突き抜けて、ここまで降ってきたらしい。


 部屋の床には、パチンコ玉くらいの大きさの石が、めり込んで煙を上げていた。


「……へー、そう。ちょっと、吃驚したな」


 動揺している!?


 米斗は、無表情ながらも、額にうっすら浮かぶ汗を拭っていた。戸呂音の微笑が、引き攣って凍った。


 ちょっと吃驚しただけで、この大きさ。公園にめりこんだ巨大な隕石が落下したときの彼の動揺の大きさは、計り知れない。


 この少年に、無闇に衝撃を与えてはいけない。北斗の心配性が過剰ではなかったのだと、初めて納得できた。


 落ちてきた小さな隕石を見下ろし、米斗は何かを考えていた。


 決意を固め、戸呂音に視線を向ける。


「どうやら、さっきの話は本当らしいな。分かった。俺は、その冷凍何とかに入る」


 彼の意思を聞いて、戸呂音は胸をなでおろした。力ずくで、となると、安全にことを成すのは非常に困難だろうと踏んでいたから、助かった。


「それを聞いて、安心いたしました」


「ただし、二つ条件が」


 米斗が立てた人差し指と中指を見つめ、戸呂音は黙って、彼の最後の願いを聞き届けた。


☆彡 ☆彡 ☆彡


 薄暗い部屋で、北斗は目を覚ました。


 二畳ほどの狭い和室。そこに敷かれた布団に入って、眠っていたのだと気付く。


 ゆっくりと上体を起こす。背中に何やら痛みが走ったが、何が起こったのか良く覚えていない。隣に敷かれた布団の中で、千具良が眠っているのが目に入った。


 その枕元で胡坐を掻き、うな垂れる黒い影が。


「……米斗か」


「……ああ、おはよう、兄貴」


 影は振り返った。米斗の表情はいつもと変わらず無表情。何を考えているのか分からないくらい落ち着いている。しかし、北斗はいつもとは違う微妙な表情の変化に気付いていた。


「そんな面してるところを見ると、何もかも知っちまったんだな」


「そんな面してるか?」


「してるさ。何年、お前の顔を見て暮らしてきたと思ってるんだ」


 北斗は側の障子を開けた。うっすらと明るい外の景色。朝日が昇る直前の風景が、目に飛び込んでくる。それを眺める北斗を、米斗は何とも言えない微妙な顔で見てきた。


「……もっと、怒るかと思ってた」


「何で?」


「だって、兄貴は、俺が普段と違うことを始めたり考えたりするたびに、すごく神経質そうに怒ってたから。たぶん、俺が知ってしまったことは、兄貴が一番知って欲しくなかったことだと思うし。兄貴がいつもいつも俺のことを心配してるのは、無関心で人の気持ちも分からない俺が誰かに迷惑をかけるかもしれないと考えていたからだと思ってたけど、こういう事情だったんだな」


 米斗は背を丸めて土下座、畳に額をぶつけさせた。


「ごめん。何も知らなかった」


「馬鹿か、お前は」


 米斗の後頭部に、北斗は拳を落とす。顔を上げた米斗の額には、畳の痕がくっきり残っていた。


「ふざけたことばっかり言ってると、殴るぞ」


「もう殴られた後だよ」


 額をさする弟を横目に、北斗は鼻で微かに笑って見せた。自嘲の笑いだ。


「お前、図書室で十七年前の新聞漁ってたって言ったな」


「うん」


「そして、当時起こった巨大地震の原因と仮説として、隕石群落下の記事を見つけた」


「…………」


 さりげなくだが、北斗が誰も知りえない事実を語ろうとしているのだと、悟ったらしい。米斗は耳をすませ、北斗の紡ぐ言葉一つ一つを、しっかり頭に焼き付けるように聞き入っていた。


「今となっては、それの原因が自分だって、分かってるよな? ……別に、今言うべきことじゃないんだろうけど、今を逃すとずっと言えないまま終わっちまいそうな気がするから言うぞ。いいな?」


 米斗の首肯。北斗は一瞬の間を置き、大きく深呼吸をしてから続けた。


「あの時、まだ餓鬼だった俺と、生まれて数ヶ月のお前を抱いた母さんと、三人で裏山の麓の小道を散歩していた。星が綺麗で、真夏なのに結構涼しくて、まだ自然も残っていたから、蛍なんかも僅かに飛んでいたのを覚えている。その日は夏祭りで、町の中央会館の庭で花火大会があったんだ。でもどうせ人だかりでろくに見れないだろうって、少し遠いけど、見晴らしのいい山から見ようと母さんが提案したんで、従いて行った。でっかい花火でな、打ち上げ場所からかなり離れたあの場所からでも物凄く綺麗な花に見えたし、音も豪快に響いてきた。それに驚いたんだろうな。お前はビビッて泣き出したんだ。

 ―――その直後だよ。細かいけど、大量の隕石群が俺たちの周辺に降ってきたのは。中には大きな石もあったみたいで、それらは山の斜面にぶつかって軽い地揺れを起こした」


 米斗は固まっていた。その表情に浮かび上がる、「まさか」と言わんばかりの感情が、北斗にも伝わった。


 残念だが、その期待を裏切ってやることはできないよ。そう表情で伝え返し、北斗は更なる真相を語った。


「そのうちの一つが、母さんの頭に直撃したんだ。そうだな、やっぱりゴルフボールくらいだったかな、あの大きさは。血を流して倒れた母さんの姿に俺は慌てた。家に飛んで戻って、寝ていた親父を叩き起こして連れて行った。戻ったときには、お前が泣いてるだけで、母さんからは何の生命反応も確認できなかった。親父に問い質され、一部始終を全部話した。周囲の惨状をみれば、納得できなくても、せざるを得なかったんだろうな。親父は母さんが死んだのは山に登ろうとして足を滑らせ転倒したからだ、と言うことにして、その夜のことは記憶の奥底に硬く閉ざし、口に出すことを禁じた。新聞に母さんの記事が載っていないのは、そのためだ。分かるな? 母さんが隕石に撃たれて死んだとなると、大事になりかねない。そしてマスコミやら科学者やらはなぜ隕石がそこに降ったのかだとか、その時に起こったことなどを綿密に調査し始める。確率は低いが、お前に好奇心の矛先が向けられる可能性もゼロじゃなかった。だから、親父はこの事を口外不問にしたんだと思う」


 一息入れて、北斗は己の気持ちを語り始めた。


「俺も、その時の出来事は誰にも言わなかったし、必死で忘れてしまおうとした。でも母さんの命日が来るたびに、どうしても思い出してしまう。その後、何をどう考えたのかは忘れたが、お前が泣き喚いたりびっくりすると隕石が降るのだと思って、それなら驚くようなことが起こっても、動じない人間にしてしまえば良いと考えた。まあ、それを実行して今に至るわけだな。結果は、今のお前が一番良く分かっていると思うが……」


 ズガン。


 北斗の台詞を打ち消し、布団の側の畳に穴が開いた。無残にも破られた井草は焦げてくすぶり、穴の中からは、微かに煙が立っている。その惨状を目の当たりにした北斗の表情は恐怖と驚愕に固まり、そのままの顔で首を持ち上げて正面を見た。その動きと言ったら油切れのブリキ人形に引けをとらないくらい錆付いている。


 視界に入った米斗の顔を見るや否や、北斗は汗を垂れ流した。かれこれ十六年、一度も見たことのない、泣きそうな表情を浮かべる米斗に動揺し、必死で弁明した。


「べっ、別に、お前が負い目を感じる必要はないさ。俺が勝手にやったことなんだ、謝らなくちゃいけないのは、俺のほうだ。俺は臆病な人間だからな。あんな怖い思いは、二度としたくなかった。誰にも、させちゃならんと思った。それだけなんだ」


「でも、兄貴が怖い思いをして、臆病になってしまったのは、やっぱり俺のせいだ」


 震える小さな声。それが兄としての自覚を取り戻させてくれたのかもしれない。北斗はもう何事にも怯えてはいなかった。しっかりと前を見て、落ち着いた心情で判断を下せるまでに、恐怖は取り除かれた。


「もう、済んだことだ。俺はできる限りの努力はやったつもりだ。その結果が、今こうやって、形になっている。それがいい結果だったか悪い結果だったかは、俺には判断できないが、やり遂げて満足はしている。後は、お前の好きなように生きろ。……悪かったな。お前の人生、滅茶苦茶にしちまって」


 北斗は立ち上がり、縁側から外へ出た。足元に北斗の革靴が落ちてくる。上を見上げると、黒子らしき人間が慌てて天井板を閉める姿が一瞬目撃できた。変な屋敷だ。


「兄貴」


 米斗が呼び止めてくる。北斗は振り返ることなく、手を振って部屋を後にした。

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