24.W大災害
人気のない、町外れの静かな公園。日も暮れかけ、夕焼けに空が染まっていた。
「よお、ビビらずに待ってたようだな、偉い偉い」
背の高い、黒ずくめの男が笑う。その先には、静かに立ち尽くす小柄な少女、千具良が。
米斗は逃げろと伝えたかったが、猿轡をかまされた上に、サムライに体を押さえつけられている。身動きが取れないし、声も出せない。
だがもし、言葉を発せられたとしても、その声はきっと届かなかっただろう。千具良の表情は、無と化していた。この銀行強盗たちと初めて対峙した時と同じだ。我を忘れて、戦闘モードに入っている。
「おうおう、いい顔してるな。前と全く同じだ、気に入らねえ面しやがって」
男が愚痴り、声を荒立てる。千具良は体を低く構えた。まだ男が油断している隙に、一気に懐へ殴りこむ。
「ぐふっ!!」
男の腹筋に千具良の拳が深く突き刺さった。かなりダメージを食らったらしく、男は咳き込んで、よろめく。体勢が戻る前に、蹴り上げた白い足が男の顎に直撃した。さらに倒れた男の胸板に、すさまじい威力の踵落としが決まる。
「なっ、なんと……」
千具良の猛攻撃に、流石のサムライも唖然とする。激しい戦いに集中してしまい、手元がお留守になっている。チャンスだ。米斗は、そろりと芋虫みたいに這いながら、少しずつサムライと距離をとった。しかし砂を擦る音で気付かれ、サムライの抜いた刀が眼前の地面に突き刺さり、動きを封じられた。
「まっ、待ちな! あいつが見えねえのか!?」
次の攻撃に移ろうとした千具良を見て、焦った黒ずくめの男は叫んだ。
男が指差した先は、米斗だ。
刀を眼前に突き付けられた米斗を見た瞬間、千具良の様子が変化した。闘争心と平常心が一気に消え、顔を青褪めて、泣きそうな表情を浮かべる。
「こ、米斗くん!」
「こいつの命が惜しけりゃ、じっとしてるんだな」
男の指が鳴る。抵抗できない千具良は、大きな拳に顔面を殴られ、大きく吹き飛ばされた。
「安心しな、殺しはしないさ。二度と人目に出れない姿には、なっちまうかもしれないがな」
男は千具良に馬乗りになり、更に顔や体を殴り始めた。米斗は猿轡を外そうともがくが、強く締め付けられていて外れない。
こんなところで、千具良の足手まといになっている場合ではない。米斗が人質になっている状況を変えなければ、千具良は反撃もできない。
口を縛っていた手ぬぐいが外れた。チャンスとばかりに米斗は叫ぶ。
「やめろ! 早く千具良を放せ、人を呼ぶぞ!」
「馬鹿か。ここに来るまでに、誰一人としてすれ違いもしなかったじゃねえか。警察もみんな、地震の被害を調べるために手一杯なのさ。そうだ、せっかく手も足も出せないんだ、うんと恥ずかしいことをしてやろう」
男は笑いながら、千具良の制服を脱がし始めた。上着を剥ぎ捨て、首のリボンを解いて、米斗のほうに投げ捨てる。そしてブラウスのボタンを、上から順番にゆっくりはずし始めた。
「やめろよ、やめろって言ってるだろ! 逃げろ、千具良!」
米斗は必死で叫ぶ。千具良は逃げる気力もないのか、全く体を動かせないでいる。
「はっはっは、愉快だねえ、ガキをからかうのは」
ボタンを全て外しとり、中から千具良の白い綺麗な肌と、ピンクの下着が露になる。
「このやろう、ふざけやがって!」
米斗は体を起こした。サムライが頭を押さえつけてくるが、気合で弾き飛ばした。
「千具良に触るな――!!」
米斗は、生まれて初めてではないかと思えるくらい、大声で叫んだ。
辺りに怒声がこだますと共に、カッと目の前が一瞬、眩しいほどに明るくなり、男たちは思わず目を閉じる。
直後、空気が揺れた。
ドオォォォン!
耳が痛くなるほどの轟音、激しい突風と地震よりも激しい地面の振動が、辺りを覆いつくす。
米斗は烈風によって後ろへ飛ばされた。公園の入り口辺りまで転がって、やっと止まる。意識はあった。ゆっくりと上半身を起こし、辺りを見渡す。
そして息を呑んだ。
公園の遊具は見る影もなく消え去り、公園の中央には巨大な穴が開いていた。少し離れた場所にあったブランコやシーソーも、かろうじて形が分かるくらいには残っていたが、溶けて変形し、崩れて使い物にならなくなっている。
周囲一帯は砂埃が雪みたいに舞い散り、視界が白く濁っていた。強烈な風で巻き上げられた砂が、ゆっくりと地面へ沈殿していこうとしていた。
飛ばされた反動で緩んだ猿轡を外し、自由になった米斗は立ち上がった。視界が高くなり、見辛かった周辺の景色も、少しマシに見えるようになった。
まるで大型地雷でも踏みつけた跡のような大穴の中央には、サッカーボールくらいの大きさの岩が、半分めり込んでいた。穴の側には、長身の男とサムライが、それぞれ離れた場所で、砂まみれになって気を失っていた。
まさに地獄の風景。唖然とする中、米斗はあることに気付いて辺りを見渡した。
千具良の姿がない。
「……千具良? 千具良!」
呼んでみても、返事はない。少し焦って、米斗は公園の周辺をくまなく探した。
公園を囲むように設置された、砂を被って真っ白になってしまった、本来なら赤や黄色といった色とりどりの花が咲き乱れている花壇。その一角に、千具良は倒れていた。
はだけた白い肩は砂にまみれ、制服も土に擦れて、真っ黒になっている。無残に横たわる千具良に、米斗は駆け寄った。
「千具良、しっかりしろ!」
軽く肩を揺らしてみる。かすかだが、うめき声が聞こえた。千具良はまだ生きている。
米斗は千具良の外されたブラウスのボタンを綺麗に留めなおし、その上から自分の制服の上着をかけた。
「う……私……。こ、米斗くん!」
目を覚まし、千具良はゆっくりを体を起こす。その体は、まだダメージが大きいらしく、動きも、どこか気だるそうに感じた。虚ろな目の焦点が米斗に合った瞬間、少し前の恐怖を思い出したのか、悲痛な表情を浮かべた。
「怪我はない? 大丈夫? ごめんなさい、私が余計なことをしたばかりに……」
自分のほうが重症であるのに、米斗の首筋を見て、千具良は泣き出す。猿轡を無理矢理外そうとした手首は、摩擦で擦れて血が滲んでいたが、砂が覆い隠して止血していた。雑菌が入る可能性があるので、早く清潔に治療をしなければならない。
だが米斗にとって、それは特に大事ではなかった。
「大丈夫だ。俺よりも千具良のほうが、酷い貝我だろう」
千具良の頭に手を置き、米斗は宥める。
「私は平気。……な、何なの、これ」
顔を上げた千具良は、今初めて周囲の状況を把握した。見渡す限りの惨状を目の当たりにし、かなり動揺しはじめる。
ズズズズズズ……。
地面が徐々に揺れ始めた。それは止まることなくだんだん激しさを増し、今迄で一番、驚異的な揺れへと変貌していった。
「……千具良?」
「ど、どうしよう、止まらない、止まらないよ……」
千具良の体が、怖いほど震えている。治まる気配はなく、千具良は歯をガチガチ鳴らしながら、自分の体を抱きしめて、必死で震えを抑えようとしていた。
震えれば震えるほど激しくなる地面の振動。米斗は本能的に、野生の本能みたいなもので身の危険を感じ取った。
この揺れは、今までとは規模が違う。千具良が心に受けた強烈なショックが、とんでもない大惨事を引き起こそうとしている。
何とかしなければ。米斗は必死で、千具良を宥めた。
「千具良、落ち着け、大丈夫だ」
「こ、米斗くん、ダメ、止まらないの、どんどん心臓の音が大きくなる。頭の中まで、打ち付けてくる……」
動くこともままならない、大きな振動が地面を襲う。米斗にはどうすることもできず、押さえつけるように千具良を抱きしめた。しかし、震えは治まらない。
「ちくしょう、どうにかならないのか!?」
声を荒立てる米斗だったが、心の中は相変わらず冷静さを欠いてはおらず、静かな鼓動の中で、的確な結論が導き出されていた。
もう、間に合わない。
今までで最大級の揺れが、大地を駆け巡った。




