22.誘拐その2
「誰ですか、あなたは? 米斗くんは? その携帯を持っていた人は?」
『おいおい、俺のことを、忘れちまったのかい? つれねえなぁ。もう一回、冷たいピストルの感触を味わってみれば、思い出すか?』
「あなた、銀行で……?」
おそらく、間違いない。数週間前、米斗と一緒に出くわした、銀行強盗。千具良が道場で養った武術が本領を発揮し、無意識のうちに倒したはずだ。
「ど、どうして? 逮捕されたはずなのに」
『どうやら、思い出してくれたらしいな。嬉しいぜ。ちょいと、抜け出してきたのよ。俺たちにあんな恥をかかせてくれた、お嬢ちゃんを痛い目に遭わせてストレス発散でもしなきゃ、イライラしていつまでも更生しようって気になれねぇからな。こっちのクソガキは、いわゆる人質だ。あんたが俺のところに来て素直にボコられるまで、放してやらねえぜ。もちろん、来なけりゃどうなるかは、想像つくよな?』
「やめてよっ、米斗くんは関係ないでしょう?」
『ないってこたあ、ないだろう? こいつも、あの場所にいたんだしなぁ』
『千具良! 罠だ、絶対に来るなよ、分かったな……!』
「米斗くん!?」
少し遠くから、米斗の怒鳴り声が聞こえた。それと同時に男の怒鳴り声と、一発の銃声。千具良の顔が青褪めた。
『ったく、静かにさせとけ! おっと、すまねえな嬢ちゃん。安心しろ、今は生きてる。銃声にその辺の奴らが気付いたかもしれないからな、場所を変えよう。そうだ、いまから嬢ちゃんのいる場所へ行ってやろう。どこにいるのか言いな。言わないと、もう一発……』
「わっ、分かったから、言うから、もう止めて!」
声を震わせながら、千具良は自分の居場所を告げた。もともと人通りの少ない場所だ、ピストルを発砲されても、誰かに危害が加わることはないだろう。
嫌味な笑い声と共に、電話は途切れた。
千具良は携帯を右手の握力だけで、握り潰した。心の中が静まり、感情が無に染まっていく感覚が、自分自身にもよく分かった。
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電話を切った、黒い革ジャンと革パンを身に着けた長身の男は、携帯電話を地面に落とし、一気に踏みつけた。大量の細かい罅が入り、携帯は破壊される。それを見て満足し、男は後ろを向いた。
「さて、お前の可愛い彼女のところに、行くとしようかねえ?」
嫌味たっぷりに笑う男を、米斗は思いっきり睨み付けた。それを見た男は米斗の顔面に蹴りを入れる。口の中が切れ、血の滴が辺りに散る。
「気に入らねえな、このクソガキが。よお兄ちゃん、お前なんざ、今すぐ始末してやってもいいんだぜ? あの嬢ちゃんとは、ちゃんと連絡が取れたんだからな」
顔を泥だらけにした米斗は、それでも表情を変えず、男に向かって赤い唾を吐いた。
「テメェ!」
男がもう一発蹴りを食らわせようと足を上げる。それを、米斗を差し押さえていたもう一人の男が制止させた。
「その辺にしておけ、早く移動せんと、怪しんだ住民がやってくるでござる」
サムライだった。
「さっきからの地震で、大通りが騒がしくなってきた。目撃者が増える前に、さっさとずらかるぞ」
男は米斗の顔に唾を吐きかけ、機嫌悪そうに路地裏の奥へと入っていった。
米斗の顔を手ぬぐいで拭き、サムライが言った。
「お主の役目はもう済んだのだ。これ以上の抵抗は、命を危険に晒すばかり。大人しくしていれば命までは取らぬ、しばし、じっとしておれ」
そして猿轡をされ、サムライに担がれて、米斗は連れて行かれた。




