表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

21.千具良の本音

 千具良が生まれた日と、例の新聞の日付は一致していた。


 米斗が生まれてから、二ヶ月くらい後の出来事。


 その頃から彩玄町付近を震源とした大きな地震が立て続けに起こるようになったと、道場の師範から聞いたことがあると、千具良は言う。


 昨日の戸呂音の言葉が、頭の中で反芻される。


 彼女が怒ったり泣いたり驚いたりするたびに、地面はひたすら揺れた。さほど大きなものではなかったが、彼女の両親が、地震と千具良との関係に疑問を持ち出すには、充分だった。


 古い友人であった袴田道場の師範に、千具良の父親は相談を持ちかけた。師範の娘、つまり戸呂音が、真っ先に千具良の特質を見抜き、その発生条件まで突き止めたらしい。それを考慮に入れ、師範は無の心と強靭な精神を養えば、普通の人間として周りに危害を与えずに平穏に暮らせるだろうと示し、まだ幼い千具良を預かり、鍛え始めた。


 仕事の都合でブラジルへ行ったきりの千具良の両親も、半分は地震の脅威から逃れると、言う理由のために、海を渡ったのかもしれない。


 小学校に入って間もなく、千具良は自分の体質に気付いたと言う。学校で授業中に当てられたり、後ろから友達に脅かされたりしたときに、やたら地面が動くことを不思議に思った時がきっかけだった。だが、道場の誰に聞いても気のせいだと言われるため、その時はさほど気にしなかったが、小学校高学年、中学校と学年があがる度に、その気のせいは確信に変わり、回りのみんなが気を遣って、知らないふりをしているのだと分かった。


 千具良も人に気を遣う性格だから、みんなの本音に気付いていないふりをして、互いに騙しあって生活してきたらしい。今もそうだろう。


 最初は大して心配はしていなかったのだが、自分のせいで地震が起こり、それに怯える友人たちを見て罪悪感が沸いたり、幾度もしつこく起こる地震に対して苛立ちを覚える知人の矛先が、まるで自分に向かっている気がしてきて、だんだん千具良の中で不安や悩みが広がっていった。何とか平常心を身に着けて心を無にし、二度と地震を起こさない体になろうと、必死で鍛錬を積んできたが、千具良一人では限界があった。


 これ以上の修行は無意味と感じ、落ち込んでいるときに、少し前に住み込みで入ってきた門下生の吉香から、米斗の話を聞いて、告白に至ったのだという。


 ☆彡 ☆彡 ☆彡


 ある程度まで、千具良は心の中にあったものを、順を追って全て吐き出した。


 米斗がタイミング良く後押しをするように相槌を打ってくれるので、まるで自分の口ではないように、すらすらと言葉を紡ぐことができた。


「でね、それまでは私、米斗くんの話とか噂とか、全然聞いたことがなくて、初めて廊下で米斗くんを見たときに、すごく感動したの。あそこまで生気の感じられない人、初めて見たと思って。あ、悪い意味じゃないんだよ。なんだか、空気みたいで、もう俗世間からかけ離れて、仙人みたいに平常心が安定してるなって。それでね、もし一緒にいられれば、平常心でいられるコツがつかめるかなって思って、最初は軽い気持ちで告白したの……」


『うん、それで』


「だけど、米斗くんと話をしたり、一緒にいるうちに、だんだん米斗くんのこと、す、好きになっていくのが分かって、だから余計に、こうして嘘をついて一緒にいることが悪い気がしてきて……。昨日、私が言いかけたこと、覚えてるかな? 米斗くんと、その、キスしたくないって言って、その後……」


『うん、覚えてる』


「続きを言うね。……私が思うに、そう言うのは、本当の恋人同士がするものだと思ったの。だから、私にはふさわしくない。そんな権利ないから、したくないって言ったの。利用するために近付いたのに、本当に好きになったからって、途中から急に本当の恋人同士みたいな態度とるなんて、卑怯でしょう?」


 電話ごしには、はっきりと千具良自身の意図を伝えられた。言葉の詰まりもなく、全て吐き出せたことに安心感を得たが、同時に黙ってしまった米斗が、何を考えているのか、少し気になる。


 でも、ここは敢えて聞かなかった。米斗なら、深い理屈なしで自分の発した言葉を、ありのままに受け入れてくれると信じている。だから、こちらも彼の意に応えるために、思ったことを全て言ってしまおうと、再度口を開いた。


「だけど、せめて、素性がばれて嫌われてしまうまでは、ずっとこのままでいたいと思ったの。でも間接的に、私のことがばれちゃって、だから私、急に嫌われるのが怖くなって、どうせ嫌われるなら言われる前に言ってしまえと思って、あの時は急に酷い別れ方して、ごめんなさい」


『いや、まあいいけど。……でも俺は、千具良の素性を聞いても、千具良を嫌いにはならなかった。今も、思ってない』


「でも米斗くん、私が別れようって言ったとき、じゃあそうしようって……」


『だって、千具良が別れたいって言ったんだから、俺にはこれ以上どうすることもできないなって、あの時は思ったんだ。でも家に帰ってから、結局どうにかならないかと思って、ずっと色々考えて続けて、気が付いたら意味の分からない行動をとっていた』


「米斗くんでも、悩むことがあるんだね」


『一応、人間だしな。つーかお前、人を何だと……』


「ごっ、ごめん! そんなつもりじゃなくて……」


 慌てながら、千具良はいつの間にか笑っていた。どうしてだか気分が囃し立てられ、笑いが止まらない。この声は、携帯を通して米斗にも聞こえているだろう。そのことが何だか恥ずかしくて、嬉しかった。


『どうしたんだ? 急に』


「わっ、わかんない、何だかおかしくなってきて……。安心して、気が抜けちゃったのかな」


『そうか? でも千具良はそうやって、いつも笑っている方がいいな。俺も何だか安心する』


 米斗の声は、本当に安心して聞こえた。普段は中々感じ取れない、米斗の正直な感情に触れられた気がして、千具良は嬉しかった。


『俺はずっと、人生なんて周りの流れに合わせて、そのまま流れていけばいいと思っていた。千具良に告白された時も、相手が望むならって、俺の意志とは関係なく、軽い気持ちだった。付き合い続けるなら続けるし、別れるなら別れればいいって。だけど、千具良が別れるって言った時、表面では納得していても、心の中ではずっと嫌な気持ちが溜まってて。今になって、やっと分かったんだ。――俺も、千具良のこと、好きになってた』


 米斗の落ち着いた静かな声に、千具良の心臓が激しく高鳴った。


 ズシン、と、強い縦揺れが地面の下から突き上げてきて、千具良は飛び上がった。周囲の木々から、小鳥たちがパニックを起こしながら飛び立っていく。


 電話の向こう側では、米斗の悲鳴に近い声が聞こえてきた。多少の出来事では動揺しない米斗も、タイミングの良い突然の地震に、少し慌てたのだろう。


『だ、だから、千具良が地震を起こす体質だろうが、俺は構わない。できるだけ千具良が動揺を抑えられるように、俺も協力するから、千具良の側に、いさせてくれないか』


 米斗の言葉に、千具良の頬を涙が伝った。


 千具良の持つ、この厄介な体質も、米斗を利用しようとした我儘な考え方も、全部。


 千具良の全てを、米斗は受け止めてくれようとしている。初めてだ、こんな人。


 初めてだ、こんな気持ち。


 好きで好きで、堪えられない。頭の中が、胸の中が米斗で一杯になっていく。溢れそうになる。その度に、胸が締め付けられる。


 ――鼓動が、早くなる。


 バクバクと、今までにどんな運動をしても動かなかった心臓が、恐ろしいほど激しく脈打ち始めた。


 心臓を走る血管が脈打つ度に、地面が揺れる。激しい揺れが、とめどなく続いていく。


 周囲から悲鳴が聞こえた。車のブレーキ音、クラクションの音。何かが倒れる、破壊音。


 駄目だ、止められない。


『千具良、大丈夫か!?』


 異変に気付いた米斗が、電話越しに声を張り上げる。


「ごめんなさい、あの、私……」


 やっとのことで口を開いた千具良は、泣きながら米斗に助けを求めた。


「米斗くんが、好きなの。大好きなの! 本気で好きになっちゃったから、米斗くんのことを考えるだけで、心臓がドキドキして、止まらないよ! どうすればいいの!?」


『とりあえず、落ち着け! 深呼吸だ、深呼吸』


 米斗の指示を受け、千具良は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。それでも、中々激しい鼓動は治まってくれない。


『今から、公園に行く。じっとして、待っていてくれ』


「来ちゃダメだよ! 米斗君の顔見たら、きっとまた、心臓が……」


 電話を切ろうとする米斗を引き留めながらも、千具良は深呼吸を続ける。


 ようやく、脈が正常に戻ってきた。同時に、地面の揺れも、徐々に小さくなった。


「大丈夫、治まってきたから」


 まだ、軽い余震は続発しているが、足の裏に注意を向けなければ分からないほど、微小なものになった。


「もう、平気。何とか、落ち着いた」


 千具良が報告すると、米斗の声色にも安堵が広がった。


『そうか? それなら良かった……。え、何だよ。あ、お前、この前の……』


 安心したのも束の間。


 電話越しの、米斗の様子が急に変わった。


『何するんだ、おい、ちょ……』


 ブチッ。ツーツー。


「……こ、米斗くん?」


 突然切れた通話。何があったのか呼びかけてみても、当たり前だが応答はない。不自然な切れ方だった。電池が切れたとか、そんな不自然さではない。明らかに、人為的に切られた感じがした。


 米斗の身に、何か起こったのだろうか。妙に不安が襲い、胸騒ぎがした。


 すると、切れた電話が、再び着信音を鳴らす。相手は米斗だった。


「もしもし? 米斗くん!?」


 慌てて電話に出るが、向こうから聞こえてきた笑い声は、米斗とは似ても似つかなかった。


『よお、久しぶりだな、嬢ちゃん』


 どすの利いた、嫌な感じの男の声。そのねちっこい口調が癇に障るが、それ以上に、恐怖が千具良を襲った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ