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20.最後のチャンス

 米斗は走った。階段を駆け下り、上履きのまま外へ飛び出して、前方に広がる坂道を、ざっと見渡した。


 目的の人物を、発見した。小柄な体格の少女の背中に向かって、声を荒立てる。


「おい、千具良!」


 周辺にいた帰宅する生徒や、部活途中の生徒が、一斉にこちらを向いた。


 千具良だけは振り返らず、一度ピクッと体を震わせて反応したが、そのまま一気に、坂を駆け下りていってしまった。


「ちょっと待て、千具……」


 追いかけようとした米斗の腕が、後ろから掴まれた。立ち止まって振り返ると、吉香の白い手が米斗を抑え込んでいる。


 吉香は、そのままの体勢で、呆れて息を吐いた。


「まさか、あなたがこんなにしつこい人だとは、思わなかったわ」


「何だっていいだろう、放せよ……」


 振り払おうとした米斗の腕が、激痛に襲われる。吉香が指に力を入れて、捻りだした。そのまま吉香は、米斗の耳元で、忠告を囁く。


「私がロボットだってことを、お忘れ? あなたの腕なんて、簡単にへし折れるのよ。あなたはもう、彼女に見限られたのでしょう? 男なら潔く、諦めなさいな。私や師範代から見ても、もうあなたは世界を救うための必要分子では有り得ない。はっきり言えば邪魔なの。これ以上、あなたが千具良にちょっかいかけたところで、あの子が動揺するだけなの。逆に地震を起こす頻度を増やすことになってしまうわ。……あなたにできることなんて、もはや何もないのよ」


 容赦ない吉香の言葉に、米斗の体の力が抜けた。


 それに合わせて、吉香は米斗の腕を開放した。直後、彼女の携帯電話の着信が鳴り響く。


「はい、吉香です。……はい、分かりました。今から帰宅します。彼女も、既に校門を出ました。ええ、大丈夫、一人です。……はい、了解しました」


 通話を切り、吉香は歩き出した。


「急用ができたので、私は帰るわ。じゃあね」


 回りの時間が、いつもと変わらず流れていく。米斗の中の時間だけが止まっているかのように、ずっとそこに立ち尽くしていた。周りの騒がしい雑音も、耳に入ってこない。ただ呆然と、誰もいなくなった坂道を見つめるだけ。


 ふと、制服のポケットに手を突っ込み、米斗はあることを思い出した。


「そうか、携帯……」


 これが、千具良と会話する最後のチャンスだ。そう思い、米斗は荷物をまとめて学校を出た。


 ☆彡 ☆彡 ☆彡


 帰宅途中、とある路地裏に屈み込んで、米斗は自分のスマホをじっと睨み付けていた。


 千具良の携帯番号もメールアドレスも、付き合い始めた頃に交換したので、保存してある。だが、千具良が機械音痴だったり、米斗が返事も送らない面倒くさがりだといった性格から、通信機器は全く使い物にならず、連絡も一度もしないままだった。


 まだ別れて一日も経っていないのだから、おそらく、千具良の携帯から米斗の番号はまだ消されてはいないだろう。


 だが、上手く繋がったとしても、向こうが物凄く怒っていたら、すぐに切られて着信拒否されてしまうかもしれない。そうなっては、もう成す術もない。そう思うと、米斗のボタンを押す指が、少し躊躇った。しかし、それしか方法がない以上、千具良の反応に賭けるしかない。


 米斗は千具良の番号を指して、通話ボタンを押した。


 十数秒の接続音。その間に幾度か、地面が揺れた。しばらくして揺れが治まり、か細い、千具良の声が耳の中に入ってきた。


『……米斗くん?』


 千具良の声は、震えていた。自分の焦りが、そう思わせるのかもしれないが、千具良は今にも電源を切ってしまいそうに感じた。


「千具良、しばらく切らないで聞いてくれ。さっきは、ごめん、悪かった。俺も、柄になく必死になって、空回りしていたみたいだ」


『ううん、あの、私こそ、ついカッとなって、ごめんなさい、あんな酷い言い方して』


 千具良はだんだん落ち着いてきたらしく、声も震えなくなってきた。


「いや、千具良が怒っても無理ないよ。それだけの失言を、俺はしたんだ。……でも、あれで俺ができそうなことは全部やったつもりだし、今でも千具良のせいで地震が起こっているとは、はっきり信じられない。だからもう一度、千具良の考えが聞きたいんだ。……今、どこにいる?」


『前に、米斗くんに助けてもらった公園……』


 武藤と富田によって、押し込み強盗をされていたあの場所だ。米斗は残念ながら、助けたわけでも何でもないが。


「周りに、誰かいるか?」


『えと……ううん、今は誰もいないよ』


「じゃあ、周りの目とか、俺の顔色とか、何も気にしなくていいから、千具良が考えている、本当の気持ちを教えてくれ。そうしたら、俺も頭の整理がつくと思うんだ。今なら、千具良の言葉なら、全部受け入れられる」


『でも、私も、何から話せばいいか……』


「愚痴でもなんでもいい。全部聞くから。話が終わるまで、何も言わないから」


『うん、分かった』


 千具良は深呼吸して、ゆっくりと話し始めた。

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