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14.初めてのパンツ

 米斗と千具良は、ペットショップに戻ってきた。心配していた店長に無事を報告し、置いたままだった鞄を拾って帰宅の途へ付いた。


 千具良を家まで送っていくため、いつもはまったく通らない道を歩いていく。普段から見知った道しか通らないし、必要以上の道順に興味もなかったため、地元民のくせに、町内の地形には、とても疎い。なので初体験の道を探索気分で歩くのも、なかなかスリルがあると思った。


 千具良に先導されて裏道を抜けると、同じ町内とは思えないほど、ド田舎の風景が広がっていた。


 ところどころに、ぽつりと家の明かりが見えるくらいで、あとは全部、狭い道路と田畑。いくら郊外とはいえ、こんな自然にあふれた世界が残っていたとは。米斗は珍しく感動した。


 電灯が少なく、数十メートルおきくらいにしか設置されていないため、完全に暗闇となってしまう場所が何箇所もあった。肝試しには丁度いいだろうが、女の子の一人歩きは非常に危険だ。決して夜遅くに出歩かないようにと、千具良に釘を刺しておいた。


 始めは珍しかったが、同じような景色にも飽きてきた米斗は、さっき店長が言っていた話を思い出していた。本当に千具良は口に出さないだけで、心の中で米斗とAやらBやらというらしきことを、したいと思っているのだろうか。


 米斗は隣を歩く千具良の横顔を見た。しかしそれらしい表情はしていない。至って普通、いつもどおりにしか見えない。それ以前に、チューがしたい女の顔というものが分からないのだが。


「どうかしたの? 米斗くん」


 視線に気付いた千具良は、少し恥ずかしそうに首をかしげた。


「あのさ。千具良は、俺とキスしたいとか思ってる?」


 ズン。軽い余震で辺りが揺れた。


 米斗と千具良は同時に足を止めた。唖然とした顔で、米斗の額に手をあててくる。


「俺は、熱はないぞ」


「本当だ、熱くない。どうしたの、急に?」


「いや、店長がそう言ってきたから。そんなこと、思ってないよな?」


「……米斗くんは、どうなの?」


「何が」


「私と、したいと思うの? 私がしたいって言ったら、してくれるの?」


「うん」


「ずいぶん、あっさりだね……。でも、そこが米斗くんのいいところなんだよね」


「で、どうなんだ?」


 千具良は首を横に振った。


「そうか。なら、いいんだ」


「……あのね、私が思うに、その……」


「うん」


「だから、えっと、そういうことは……」


 何かを必死で伝えようとしてくる。急かすでも焦らすでもなく、米斗はじっと待っていた。


 だが、千具良が言葉を形にするより早く、黒い影が素早く側を横切った。すると、千具良のスカートが派手にめくりあがる。その風の残した贈り物を、米斗は瞬きする間もなく凝視していた。


 一連の事態を把握した千具良は、顔を熟れたトマトよりも赤くして、叫んだ。


「きっ、きゃあああああああああ!」


 ズズズズズン!


 直後、大きな振動が世界を揺るがした。数週間前の、あの大地震に匹敵するほどの衝撃。米斗はバランスをとりつつ、少し慌てた。


 後ろで「いてっ」と言う声と、何かが転ぶ音が聞こえた。子供の声に感じたが。


 すぐに、揺れはおさまった。落ち着いた米斗は、後ろで転んでいた影を、引っつかんで捕まえた。小学校中学年くらいの、男子児童だった。


「こいつが、犯人だな」


 千具良のところへ連れて行く。千具良は地面に座り込んで、必死でスカートの裾を押さえていた。米斗を見上げるその顔はまだ赤く、涙目になっている。


「みっ、見た?」


 千具良の言葉の意味を少し考え、落ち着いて米斗は返答する。


「安心しろ。お前のパンツがピンクのクマさんだと言う事実は、誰にも言わないから」


「しっかり見られてるし! あーもう!」


 泣きながら、千具良は項垂れる。だんだん地面にへばりつく面積が増えていき、今にも溶けてしまいそうだ。


「ごっ、ごめんよ、千具良姉ちゃん! そんなに驚くとは思ってなかったんだ」


 米斗に首根っこを掴まれた子供が、慌てて謝った。千具良とは知り合いらしい。春の夜には少し肌寒そうな、薄手の服装をしている。おそらく、この近所に家があるのだろう。


「まったくだ。最近のガキは、常識を知らんから困る」


「でも今の一言は、兄ちゃんのダメ出しだったと思うよ」


「何の話だ?」


「ところで、どうしてこんなことしたの? 正樹まさきくん」


 落ち着いたらしく、平常心を取り戻した千具良が尋ねた。正樹という子供は、罪悪感を顔に出しながらも、口を硬く閉ざした。

「言えないよ、言ったら、お尻叩かれちゃう。……ギャー、痛い!」


 米斗が勢いよく、正樹の尻を叩いた。正樹は泣きながら米斗の肩の上でもがくが、逃れられない。


「なっ、何すんだよお!」


「言わなくても、尻をぶたれるぞ。どっちでも痛い目に遭うなら、吐いてすっきりした方がマシだろう」


 もう一発、叩いてみた。


「ギャー! わ、分かったよ、言う、言うって! なんて兄ちゃんだよ」


 観念し、正樹は口を割った。


「実は、吉香姉ちゃんに頼まれたんだ」


「吉香ちゃんに?」


「また、あいつか。何を考えてるんだ?」


「あーあ、とうとうばれちゃったわね」


 三人の背後に、何者かが歩み寄ってきた。三人は反射的に視線を向ける。


「あ、あなたたちは……!」


 すぐ側に、長い黒髪の綺麗な少女真島吉香と、二人の男女が現れた。男の顔は真っ白で、鼻も口も、目も眉毛もない。以前、学校で見た顔だ。千具良が驚いた声を上げる。


「校舎裏でハンカチを落とした、のっぺらぼうです。すいません」


 特殊メイクらしい。べりっと顔の皮を剥ぐと、中からごく普通の男の顔が現れた。知り合いなのか、千具良は茫然としていた。


「道場に通っている、岡野さん……」


 隣にいた、エプロンをつけた女が頭を下げた。この女も、米斗は知っている。


「コショウをぶちまけた、駅前喫茶店のウエイトレスです。すいませんでした」


 下ろしていた髪を一つに結い、地味そうな赤縁メガネをかける。またも知り合いだったらしく、千具良は力ない声を上げた。


「こっちも、道場に通っている、山田さん……」


 千具良は訳が分からないと、困惑して固まっていたが、急に表情を怒らせて、吉香に突っかかった。


「吉香ちゃん! これはいったい、どういうこと? 私を誘拐させたのも、吉香ちゃんなんでしょう?」


「ごめんなさい、千具良。あなたを騙していたわけじゃないの。ただデータが欲しくて、彼らに協力してもらっていたのよ」


「お前の鬼畜性をチェックするためのデータか?」


「違うわよ、失礼ね。私は千具良が、この常識知らずの無関心男と付き合い始めて、どれくらい平常心が鍛えられたか、テストをしていたの。でも相変わらず、行動が格闘に準ずる時以外は、以前とまったく変わっていないわね」


「ごめんなさい……」


 千具良は急にしおらしくなり、頭を下げた。別に千具良が謝る必要は、ない気がするのだが。


 吉香は堂々とした態度で、制服の胸ポケットから、一枚のメモリーカードを取り出した。


「私が取ったデータは、師範代に渡して、分析してもらうわ。あなたはいつもどおり、道場の掃除をしておきなさい」


「うん、分かった。米斗くん、今日はありがとう。また明日ね……」


 千具良は手を振り、今いる道路から、斜め右下に延びる下り坂を駆けていった。その下には、大きな木造の家屋が建っている。かなり年季の入った古い家だが、二度にわたって起こった大地震では、びくともしていない。とても丈夫にできている。


 敷地は広く、母屋と思われる大きな家と、中庭らしき空き地をはさんだ向こう側にも、二階建ての家屋が建っていた。


「さて、落合米斗くん」


 千具良の姿が見えなくなった頃合いを見計らって、吉香が米斗に話を振った。


「師範代が、あなたに会いたがっているわ。あなたには、千具良の全てを知っておいて欲しいそうよ。話を聞いてもらえるかしら?」


「パンツの柄なら、もう知ってるぞ」


「違うっつーの」


 米斗は、ほとんど強制的に拉致され、家の中へ連れて行かれた。

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