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12.誘拐

 二人がやってきたペットショップ。平穏な日常が続いていたはずの店内は、またもやパニック状態になっていた。


 以前ほど酷くはないが、さっきの連発して起こった中規模な地震に怯えた動物たちが、オーケストラのごとく大声を上げて鳴き叫んでいる。中に入った途端、あまりの音の衝撃に、千具良は耳を塞いでいた。


 そんな中を、米斗は平常心丸出しで奥へ進んでいく。米斗が横切るたびに、ゲージの中のペットたちは次第に落ち着きを取り戻して鳴き止んでいった。


 「すごい、カリスマオブアニマル……」


 動物たちにとって、米斗は癒しをもたらすアロマテラピーの如き存在なのだろう。千具良が後ろで、すごく感激していた。


「ああん、コメちゃん! 来てくれて助かったわぁ! 本当にどうしようかと思ってたのよ。みんな混乱しちゃって、アタシが近付くと更に激しく鳴いちゃうのよ」


 半泣きの店長が奥から飛び出してきて、米斗に抱きついた。側にやってきた千具良の表情が、少しだけ強張る。

 震度1弱の余震が起こり、ペットたちが動揺した。


「もう鳴き止んだから、大丈夫でしょう。魚は?」


「また、何匹か死んじゃったわ。もう魚を取り扱うの、止めようかしら。大赤字だわ」


 憂鬱そうに、店長は息を吐く。ふと、千具良が立っている姿に気付き、パッと米斗から手を離した。


「いらっしゃ~い、チグラちゃん。また、ゆっくりしていってね」


「はい、お邪魔します」


 ぺこりと千具良がお辞儀をすると、店長は笑って奥へ茶を煎れに入っていった。


 ふと横を見ると、檻の中の子犬が、こちらを向いて尻尾を振っている。小さな柴犬だ。


「こんにちは。元気にしてたかな?」


 千具良が、子犬と目線を合わせて姿勢を低くし、笑いかけた。子犬はキャンと鳴いて、また尻尾を振った。


 ペットの個体によって性格は様々だが、千具良のほんわかした雰囲気には落ち着けるものがあるらしく、基本的にみんな千具良にすぐ懐いていた。


 まあ、こんな可愛い娘に笑いかけられて警戒する生き物は、早々いないだろう。奴らが怯えるものといえば、地震の揺れと、ここの店長くらいだ。


 何か視線を感じたらしく、千具良は上を見た。高い棚の上で、大きな鳥籠にに入っている九官鳥。


 こいつの口走る台詞は、みんな店長が教えているらしい。名前はグレートボイス。


「こんにちは、グレートボイス!」


「モットフリョウニナリナサイ! ヤバンニヤバンニィ♪」


「何言ってるの、グレートボイス!?」


 よく分からない謎の台詞に、千具良は反応に困っていた。


 楽しそうにしている姿を見ていると、米斗の心も、何となく和む。


 それと同時に、千具良に対して抱いてしまった疑念が頭をよぎり、中々離れてくれない。


「俺、魚の様子を見てくるよ」


「じゃあ私、お店のほうで待ってるね」


 ペットたちと戯れる千具良を残して、米斗は奥へ入っていった。水槽を覗き込むと、メチレンブルー水の中で、プカーっと横たわる魚の姿が、あまりにも哀れだった。


 チーン。側にあった供養鐘を鳴らし、魚たちに黙祷を捧げた。


 供養も済み、椅子に腰掛けた米斗は、炊事場で紅茶を淹れる店長に相談を持ちかけた。


「なあ店長。女の子って、くしゃみすると地面が揺れたりする?」


 手を止めた店長は、唖然とした顔で、米斗の額に手をあてる。


「何すか」


「いや、熱でもあるのかと思って。でもなあに、それ?」


 米斗は店長に、喫茶店での出来事を話した。すると店長は笑って、首を横に振って見せた。


「それは偶然よぉ、絶対。そんな馬鹿なこと、あるわけないでしょう。アタシは、くしゃみしても地面なんか揺れないわよ」


「だって店長、男じゃん」


「んまっ! 純粋な乙女心を傷つけて! そんな調子じゃ、チグラちゃんにも嫌われちゃうわよっ」


「…………」


 米斗は何の反応もせず、机に顎を乗せて背を丸めた。予定外のリアクションに、店長は少し焦る。


「あらやだ、へこんじゃった? 冗談よ、彼女はそんなことでへこたれるような、やわな娘じゃないわ」


 そのあたりはともかく、地震の件は米斗の勘違い、と言うことで双方納得がついた。


「ところで」と店長は、そわそわと落ち着かない態度で話を切り替えた。


「あなたたち、もうどこまで行ったの? もうAは行ったわよね、まさかB?」


「何すか、その古い表現は」


「いいじゃないのん。で、どうなのよ?」


「どうって、何もないっすよ」


「んまー! あなたたち、一か月近くも付き合って、まだチューもしてないっての!? 健全すぎるわよ、もっと不良になりなさい、野蛮に野蛮にいっ!」


 どこかで聞いたセリフが飛び交う。


「意味がわかんないし。だって別に、千具良は、したいなんて言わないし」


「あんた、女の子にそんな恥ずかしいこと言わせる気!? 馬鹿ねえ、口に出さなくたって、態度で表してるかもしれないじゃないの」


「そうは見えないけど」


「ガタガタ抜かすんじゃねえ、男なら男らしく、ぱっと一花咲かせやがれい!」


「店長、怖いよ」


 鼻息も荒く、急に漢の顔に戻って詰め寄ってくる店長から逃れようと、店舗のほうへ首を向ける。


 すると、なにやら店内のペットたちが騒いでいると気付いた。


「店長、みんなの様子がおかしい」


 米斗と店長が表へ出てみると、鳥や犬たちが騒いでいた。


「みんな、どうしちゃったのかしら?」


「――千具良? 千具良がいない」


「えっ?」


 米斗は外へ飛び出した。辺りを見渡すが、それらしい姿は見当たらない。


「コメちゃん、チグラちゃんの鞄は、店の中にあるわ!」


 店長が出てきて、店内に置いてあった彩玄高校指定の黒い鞄を見せる。たしかに千具良のものだ。


 と言うことは、おそらく勝手に帰ったわけではない。千具良の身に何かあったのだろうか。


 妙な感覚が、咽元からこみ上げてくるが、それが何なのかは、米斗には分からなかった。


 ペットショップのショウウィンドウから中のペットを見ていた大学生らしきカップルを見つけ、詰め寄る。


「なあ、さっきこの店から、これくらいの女子高生、出てこなかったか?」


 千具良の身長辺りの位置に手を置き、米斗は訊ねた。カップルは顔を見合わせて首を傾げる。


「さあ。あ、でも、あんたと同じ制服来た二人組みの男が、でかいダンボールかついで出て行ったのは見たぜ。なんか「押し込み強盗じゃー!」とか叫んで」


「人が一人入れそうな、大きな箱だったわね」


「……ひょっとして、ひょっとするのか……?」


 カップルの証言を頼りに、米斗は商店街を全速力で駆け抜けた。

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