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ボードゲーム以外の学校生活

どっちの状態方程式?

作者: ふー

数式エディタが使えないので、数式が見にくいですが、ご容赦ください。

「ピーブイイコールエヌアールティー、ピーブイイコールエヌアールティー…」崇神が何か呪いのような言葉を呟いている。私は当然気になったので訊ねてみた。

「数学の公式?」

「違うよー。化学の公式。数学だったらわざわざ呟いて覚えるまでもないし。イメージすれば見えるもん。この公式、なんだか長くて覚えにくいよねぇ」そう言いながら崇神は持っていたノートに公式を書き始めた。


 pV=nRT


 思ったよりは長くない。アルファベットがイコールを挟んで5個並んでいるだけだ。むしろ数学の公式の方が長いのではないかと私は思った。正弦定理とか余弦定理とか。それを崇神に伝えたら少し反論してきた。


「いや、それらの公式はぜんぜん長くないから。確かに正弦定理とか余弦定理ってa とかbとかcとか出てくるけど、その文字に入れる数字って自分で決めることできるよね。三角形書けばさ。それに、代入するのは数字でしょ?でも、この方程式は違うんだよー。数字を代入するし、しかもその数字には単位がついてる。だから、その単位の意味まで考えなくちゃいけなくなって、かなり面倒なんだよね。単位覚えて量が2倍。さらに単位の名称まで覚えて3倍。ね?5個しかないけど、15個あることとほとんど同じなんだよねぇ。純粋に数字で遊べないからつまらないなー」


何だか化学に対して愚痴をこぼしている。崇神は数学の反論の時だけは語尾が伸びないんだなと思った。彼女は教科書を開きながら、愚痴をこぼしながら、各各の文字の役割をノートの下に書いていった。


「pは圧力、Vは体積、nは物質量、Rは気体定数、Tは絶対温度だってさ。多いね。紡ちゃん、分かる?」


「私は化学αまでしかやってないから、気体定数ってのが分からないかな。ただ、気体に関する方程式なのかなっていう想像はつくかも。合ってるかな?」


「そうだねぇ。確かこの公式は気体に使ってたよ。【理想気体の状態方程式】って言うんだけど、【理想】っていうのが気になるよねぇ。なんだか条件があって、それを満たす気体が【理想気体】らしいんだよねぇ。そうだよね、意次?」急に隣の席の田沼に質問を投げ掛けた。押し付けた、というべきか。田沼はゆっくりとした動作で読んでいた本に栞を挟み、崇神と私の方に身体を向けた。本のタイトルは分からなかった。


 「すうさんの言う条件は」崇神のノートに躊躇なく書き込みを始める。あ、と崇神がこぼしたが既に遅かった。

 理想気体の条件

 ①分子の体積が0

 ②分子間の引力が0


「この2つが満たせていれば、【理想気体】と言うことができる。ただ、この条件はあくまでも仮定の話なんだよね。物理で言う【ただし、摩擦は無視できるものとする】みたいなもので、最初からこういう条件で考えますよ、という暗黙の了解があるんだよ」


「ごめん、さっきのやつ、物理の例えじゃ分からないや」と、崇神。田沼は少し思考して「数学で言うと【0で割ってはいけない】と似てるのかな。小学校や中学校では漠然と教えられてたけど、高校に入ると【極限】を使って考えることができる。それまでは、『最初から0では数を割れない』って教えられるよね」この説明でやっと崇神は納得できたようだ。私は物理の例えの時点で分かっていたけれど。


崇神が公式を眺めている。

「あれ?分子の体積が0っていうとさ、ここのVが0ってこと?」崇神は疑問を口にして、その疑問を文字におこした。


pV=nRT

V=0

0=nRT ?


私も同じことを思っていた。しかし、そうするとnRTも0になり、最初の公式をかく意味がなくなってしまう。間違いなのだろう、きっと。


「そう思っても仕方ないと思うよ。【分子の体積が0】というのは、分子自身は点で表されると考えるってこと。物理の【質点】のような考え方だね。数学だったら【点】だね。だから、体積は考えなくていい。でも、容器の中に気体が入っていて、気体は動くことができるから、容器の中の体積の分だけ、気体が動くことのできる体積という訳。分子全体の体積がVって訳だね。」


「なるほどなー。体積の話はある程度は分かったかなー。ゼロイコールエヌアールティーではないんだねぇ」

「そうなってるなら最初からそういう公式にしてるよね。そもそも、nRTの各各の数は0より大きいから、0になることはないけどね」


この後、崇神が思い出したように田沼に【質点】とは何かを聞いてる際に、私はふと疑問が浮かんだので田沼に聞いてみた。ちなみに、【質点】は必修の物理αで習っていたはずである。


「そういえば、なんで【理想】という言葉が付いてるの?もしかして、【理想じゃない】気体の状態方程式があるっていうこと?」


「紡、鋭い」田沼が答える。「では、理想の反対は?」


「……一般的には『現実』」ここで自論を展開する必要はないので、一般的という言葉を使って逃げた。話すと長くなってしまうから。ちなみに、私が思う理想の対義語は『卑想』である。この話は、また、別の項で。


「一般的には、そうだね。ただ、化学者は現実ではなく、実在という言葉を使ってるんだ。現実でも特に問題はないけどね。まぁ、言い換えると、【理想気体の状態方程式じゃない方程式】は【実在気体の状態方程式】ってこと。【ファンデルワールスの状態方程式】とも言うんだけれどね」田沼は淀みなく話し続ける。ビリアルの状態方程式もあるよ、と付け加えていたが、ファンデルワールスで既に十分だったので聞かなかったことにした。


「では、また聞くけどさ、【理想】と【実在】という2つの状態方程式が存在するんだけれど、その違いは何だと思う?」ふとした疑問から次次と話が流れていく。違いは何だろうと考えていると、隣で崇神が指を指していた。


「これ。この2つのことだよね」先ほど、田沼が勝手に崇神のノートに書いた条件を指差している。


理想気体の条件

①分子の体積が0

②分子間の引力が0


「この2つが化学者の言う【実在】を【理想】にしてるんでしょ?」


「そういうこと。その仮定を採用してる方が【理想】で pV=nRTで表される。仮定しないできちんと考えようとしてるのが【実在】だね。実在気体の状態方程式、知りたい?高校の範囲を少し脱してるけども」


「そんな理由で学ばないで逃げるのは愚か者がすることだよねぇ。ぜひ、私の知識の一部にさせて頂こうかな」明日も覚えてるとは限らないけどね、と崇神は加えた。私もついでだから聞くことにした。


①分子の体積が0じゃないとき

「最初に①の仮定をきちんと考えてみようか」田沼は崇神のノートに書いた①をペンで指しながら話し始めた。

「まず、丸いボールを2つイメージする。野球のボールでもサッカーボールでもなんでもいいよ。そして、その2つを完全に重ね合わせようとする。すうさん、どうなると思う?」

「片方をぺしゃんこにして真ん中で切り取って、片方に貼り付ければ、重ね合わせることができると思う」崇神は真剣だ。


「紡、どう思う?」崇神の答えを無視している模様。私は簡潔に、「そのままだと、無理だと思う。ぶつかって終わり」と言った。


「そうだね、無理だね。ちなみにね、すうさん。モデルを考える際にはそんなにひねり効かせなくても良いからね?逆に分かんなくなってきちゃうよ。あと、重ね合うことができるのは、数学でいう【点】とか【線】で考えちゃってるからだと思うよ」崇神にさり気無く注意するのも怠らない。きっと、このまま勝手に思考されては困るのだろう。田沼なりの気の配り方なのだろうか。


「2つのボールって完全に重ね合わせることできないよね。体積があるからね。そうすると、ボールとボールが近付けるぎりぎりの体積というものがあることが分かる。例えば、半径がrの球が2つあるとき、2つの球の中心間の距離は2r以内にはならないよね」そういいながら、田沼はノートに隣接した円を2つ描き、中心間に線を引き2rと書いた。


「この2rを新しく半径にした球の中には、他の分子の半径の中心は入れない。そこで、この球の体積を排除体積とよぶことにする。要は新しいパラメータであって、これをbとしようか」今度は半径2rの円を、色を変えて描いて【排除体積 b】と書き込んでいる。やはり、言葉の説明より、絵で説明されると分かり易い。崇神は理解できているだろうか。間違いなく、理解しているだろう。


「要するに、【理想】と【実在】の体積を考えると、【実在】の方が、体積が大きくなっちゃうってことだね?」崇神はノートを見つめながら田沼に質問をする。崇神は集中しているな、と思った。やはり、崇神はやらないだけだ。


「そうなるね。『排除』とつくから【実在】のほうが体積小さくなると勘違いしそうだから注意だね。分子どうしを『排除』してるから、遠ざけているから、体積は大きくなるよね。ちなみに、この排除体積のパラメータは分子1個あたりのものだから、気体の物質量nを掛けた分のnbが【理想】から引けば良いってこと。つまり、【実在】の体積をV ́とすると、こう表すことができる」さらさらとノートに書く田沼。


V=V ́-nb


「さらにこれを、【理想】に代入すると」


pV=nRT


p=nRT/V=nRT/(V ́-nb)

「これが、分子の体積を考えた場合ね。次は②を考えようか」


②分子間力が0じゃないとき

「さて、次は②の仮定をきちんと考えていこうか。分子間力がある場合。分子間力というのは、字面通りの意味で、分子と分子に働いている力のこと。この力が働いていない状態が【理想】で、働いているのが【実在】。ここまでは大丈夫?」田沼はしっかりこちらの状況を窺ってくる。私も崇神も「うん」とだけ言って、田沼の次の言葉を待った。


「まずは定性的に考えてみようか。また例えを出すからイメージしてね。容器の中に、分子であるすうさんと、分子である紡がいるとする。ある短い時間の中で、分子すうさんは、動かない壁を両手で必死に押している。ここで、押してる時の力のベクトルがつまりは圧力に相当するから理解してね。次の瞬間に、分子すうさんの近くに分子紡が通りかかる。【理想】の状態なら分子すうさんと分子紡は引力が働いていないから問題はないけれど、【実在】においては引力が働いているよね。このあと、分子すうさんと分子紡はどうなると思う?分子すうさんは壁を押していて、分子紡は分子すうさんの近くを横切った時の話ね」田沼はイメージの図を描いてくれた。崇神と私を絵で描いてくれてるみたいだけど、なかなかに絵心はないようだった。私の絵が眼鏡って。それは最早身体の一部ですらない気がする。


「私は壁を押していて…」おもむろに席を立ち、教室の壁を押し始めた。

「私はすうさんの近くを横切る…」私も崇神の近くをうろうろしてみる。

「2人には、引力が働くから?」と、田沼が合いの手を挟む。

「お互いを引っ張る?」私は崇神の片方の腕を引っ張る。崇神も私を引っ張ろうとしつつも、壁を片手で押している。

「良いね。そのとき、すうさん。押してる力はどうなってる?」

「紡ちゃんに引っ張られちゃってるから、圧力のベクトルが小さくなっちゃった。両手と片手じゃ同じベクトルは出せないよー」崇神は嘆いた。確かに、加える力が変化してしまっている。

「つまりは、そういうことなんだよね」と田沼は解説した。「まぁ、まだ定性的な話だけども。これから定量的な話に移ろうか。パラメータは、2つあるよ。圧力はどのようなパラメータ?そして、分子間力のせいで、圧力はどうなった?」

「圧力は、壁を押しているときの力」崇神がさらに続ける。「でも、紡ちゃんみたいに邪魔してくる分子もいたりする」

「そうだね。壁を押そうとしているのに、他の分子のせいで圧力すべてを壁にぶつけることはできなかったよね。このせいで弱められる圧力は濃度に比例するよ。容器の体積をV ́、容器内の物質量をnとすると濃度はn/V ́ になる。たくさん分子があればその分圧力は弱められるし、容器の体積が小さかったら分子どうしが近付くから分子間力で圧力は弱められるよね」田沼はノートに

(ⅰ)壁に衝突する力 n/V ́ に比例 と書いた。

 

「もう1つは、壁に衝突する回数だね。これも単純に濃度に比例する。というか、分子間力で圧力が弱められてしまうから、濃度に比例して衝突する回数は減ってしまう」

(ⅱ)衝突する回数 n/V ́ に比例 と更に追加する田沼。

「【理想】の圧力からどれだけ【実在】が弱くなってしまったか。(ⅰ)と(ⅱ)に加えて比例定数aを導入すると」


a×n/V ́ ×n/V ́ =(an)^2/V ́^2


「この分だけ、【理想】より弱い圧力になっているんだね。【実在】の圧力をp ́とすると、これに(an)^2/V ́^2 を加えたものが【理想】になる」


p=p ́+(an)^2/V ́^2


「【理想】に代入して、移項すると…」


p=p ́+(an)^2/V ́^2 =nRT/(V ́-nb)


p ́=nRT/(V ́-nb)-(an)^2/V ́^2


「これでもはや【理想】という条件ではなく【実在】という条件に置換されたね。お疲れ様」田沼は冷静な顔でさらさら式をいじっていて、私も本当はこれがやりたかったのだな、と思ってしまった。しかし、数学(文字を含む)をいじくる才能が無かったために諦めてしまった。代わりに、言葉をいじっては積み上げている。


「あ、すうさん。これを【理想】みたいに、pV=nRTみたいに、pとVを左辺に移項して式をまとめてみてよ」

「……できた。分母のV ́^2はこのままでいいよね?」


(p ́+(an)^2/V ́^2 )(V ́-nb)=nRT


「うん、大丈夫だよ。これが【実在】気体の状態方程式で、ファンデルワールスの状態方程式だよ。ちなみに比例定数のaは【分子間の引力項】でbは【分子間の反発項】だね。これらは分子ごとに違うからね。比例定数と言われてるくらいだし」

「なんか【理想】気体が【理想】たる所以が分かった気がするねぇ。【理想】の方が公式としては綺麗だしさぁ。まぁ、オイラーの公式にははるかに劣るけどね」と、後半は訳の分からないことを言っている崇神である。疲れているのであろう。田沼の言っていることをしっかり理解しているようだったし、相当頭を回転させたのだろう。数学以外で。


私も何とか数式の計算についていくのがやっとだった。ついていく、というか、目で追っていく、と言ったほうが正しいかもしれない。


「まぁ、こんな感じで【実在】の状態方程式が導けた訳なんだけどさ、今度はここを出発点として、どうしたら【理想】になれるかを導いてみようか」と、田沼は更に解説しようとしたが「まぁ、でも。今日はこの辺でいいか」と導くのをやめたみたいだった。崇神はともかく、私も疲れが顔に出てしまっていたのかもしれない。最後まで田沼はこちらの状況を窺っていた。彼女は疲れているのだろうか。


問 適切な語句に丸をつけ、その理由を説明せよ。

  実在気体の状態方程式は( 高 ・ 低 )温、( 高 ・ 低 )圧の条件では、理想気体の状態方程式と一致する。

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