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転生先は悪役令嬢モノのヒロイン

悪役令嬢モノのヒロインに転生しちゃって……つらい。

作者: 大森サンジ

 モリーは思い出した。

 自分が、前世で大好きだったネット小説の世界にいることを。

 そして、自分は「ヒロイン」であることを。

 鏡の前に表情をなくして立つ自分。明日から着ることになる制服――もといドレスを纏う桃色の髪に赤茶色の目をしたその人物は、おまけページに載せられていた「ヒロイン」の姿そのものだった。

 前世の自分がどうして死んだのかはよく思い出せない。けれど、暗い中で車のヘッドライトらしきものだけは記憶にあって、おそらくはねられたんだろうな、ということは想像できる。まあ、思い出したところで生き返ることが出来ないだろうからどうでもいい。

 それよりも。

 もしも本当にここがネット小説の世界だとしたら、これはちょっと困ったことになった。

 なぜなら、私が前世で好きだったのは、いわゆる「悪役令嬢モノ」と呼ばれていたジャンルの小説だったからだ。

 悪役令嬢モノの流れはシンプル。悪役令嬢に転生してしまった主人公が前世の記憶を最大限に利用し、悪役としての滅亡人生を歩まないよう奮闘し、最後はハッピーエンドを迎えるという流れだ。

 私が前世で読んでいたネット小説のタイトルは「悪役令嬢ですが、魔王を倒そうと思いますの」だった。

 この小説では、貴族や有力者が集まる魔法学園に特待生として入学してきた平民のヒロインが悪役令嬢の婚約者である王子を含め有力貴族の子息らを籠絡して逆ハーレムを築いた頃合いで、ヒロインが禁術である魅了・暗示の魔法を使用していることを悪役令嬢が暴く。悪役令嬢はヒロインを退場させたあと王子にこう言うのだ、「魔法にかかっていたとは言え、婚約破棄をなされたことは覆せませんわ」と。王子を捨てた悪役令嬢は王国軍の魔術師団に入団するや否やめきめきと頭角を現し、魔王を倒したのち、他国の王子様とハッピーエンドを迎える。

 と、いうことは、だ。

 私はこのままいくと「ヒロイン」として舞踏会の会場で騎士団の人たちに両脇を抱えられて引っ立てられるというわけだ。しかも無様な「なんであたしがぁぁぁああああ! アンタは悪役令嬢らしく断罪されてなさいよぉぉぉぉぉ!」なんて叫び声をあげながら。そしてそのあとは処刑されるのだ。おまけに家業のパン屋は廃業、家族どころか親戚までも悲惨な末路をたどるという、読者として読んでいる分には清々しい結末。

 でも、私は「ヒロイン」。まったくもって清々しくなんかない。

 鞄の中をさがして手帳を見る。モリーが学園に転入するのは明日、春学期の始業式だ。そして、小説の中でモリーが退場させられるのは舞踏会。雪が降る季節だから多分冬だろう。ということは、約9か月、最長でも1年たてば1学年上の悪役令嬢クリスティーヌは学園を卒業するから、それまで静かにしていれば処刑されずに済むということだ。

 

「やるしか、ないよね」


 お金持ちな人たちとセレブで楽しい学園生活を夢見ていたのに。あわよくば素敵なイケメンと恋仲に、なんて夢だって見ていたのに。

 こんなことなら前世の記憶なんて思い出したくなかった。

 冷静に考えれば転入前のいま思い出せたことが幸せなんだろうけど、でも、やっぱり薔薇色の学園生活が幻になるのは……つらい。




 眠れなくても朝は来る。

 私は嫌々ながら、でも遅刻はしないように準備をして学園へ向かう。

 特待生は授業料免除の上に生活費一部補助という夢のような待遇をもって学園に迎えられる。その代わり、成績や生活態度には責任が発生する。初日から遅刻なんてできないのだ。

 ごきげんようの飛び交う世界なんて漫画や小説でしか見たことがなかったけれど、飛び込むしかない。

 西洋のお城みたいな校舎に踏み入れると、生徒たちが楚々として、時に優雅に制服の裾を持ち上げてお辞儀をしあっている。学園の制服は丈がくるぶしまであるワンピースで、裾の綺麗に広がったドレスになっている。

 前世の記憶が戻ってすぐは「なんて無駄な」と思ったけれど、こうやって礼をするためには必要かもしれない。前世の日本みたいに膝上丈のスカートだったら、裾を持ち上げてお辞儀をした瞬間に下着が見える危機だ。というか、裾は押さえはしても持ち上げるものじゃない、断じて。

 まずは誰かに職員室の位置を聞こうと視線を走らせる。廊下の向こうからやってくる茶色い髪の女の子あたり、優しそうでいいかも。


「すみませーん」


 まっすぐに視線を向けて声をかける。と、茶髪の女の子はいぶかしそうな顔をして去って行ってしまった。

 なぜ。

 もう一度、近くを通りがかった女の子にトライしてみるも失敗。

 どうしよう、私もしかして前歯に青のりついてたりする? 家を出る前に地味でダサくて真面目ちゃんに見えるように身だしなみはしっかりチェックしてきたのに。


「きみ、入学式は王宮のホールで行うはずだけど?」


 途方に暮れていた私に掛けられたであろう声。 その声の主をみやると……ああああああああイケメンだぁぁああああ! 歌って踊れるアイドルだ間違いない。

 

「どうしたの?」


「えっと……今日から転入するんですけど、先生方のいらっしゃる場所がわからなくて」


 精一杯テンションを抑えて答えると、元気系アイドルイケメンは目を数回しばたかせた。


「転入生……ということは、モリー嬢でいらっしゃいますか?」


 わあ、イケメンさん私のことご存知なんですね! 嬢とか言っちゃうあたりイタイ人だけど、イケメンだしめっちゃラッキー! クリスティーヌと関わらなかったら恋愛しても良いよね? お昼ご飯一緒に食べたいですとか言っちゃってもいいよね?


「はい、そうです。えっと……失礼ですがあなたは」


「失礼いたしました。ショーン・パウエルと申します。あなたと同学年です」


 胸に片手をあてて綺麗な礼をするイケメンに見ほれつつ、あわててスカートに手をやってお辞儀を返す。誰か私に礼の仕方を教えて……!


「こちらです、どうぞ」


 自然に差し出されるショーンの手。やることなすことイケメンだな、と思いつつ手をのせれば、そのままエスコートしてくれる。

 赤毛が綺麗なショーン。

 ……ん?

 赤毛のショーン! 登場人物だ!

 ヒロインと同じ学年で、たしか伯爵かなんかでやたら長い名前の婚約者がいるショーン! 元気系アイドル担当ショーン!

 駄目だ、登場人物と恋愛したら人生が終わる。

 さようなら私のアイドル。

 思わずため息をつくと、ショーンは振り返って「気づかずに申し訳ありません、歩くのが早かったようですね」と気遣ってくれる。

 ああ、もう、イケメンなんだから!!!



 そんなこんなで無事に先生方とのご挨拶も済み、先生と一緒に教室に入ると、ショーンは自分の席に戻って行った。……って今さらながらショーンが同じクラスだよ?!

 困る! 目の保養だけど仲良くなれないのに同じクラスとか困る!

 心の中の葛藤を抑えつけながらできるだけ地味に自己紹介をする。


「ではモリーさんは……ケインの隣に。ケイン」


 先生の声にこたえて窓際の席のグレーの髪のイケメンが立ちあがった。わあ、なんだか見覚えがあるような顔。無駄に髪をツンツン立ててる感じとか、ちょっと不良っぽい感じなんかが特に。

 どきどきしつつケインの隣に立って、「よろしくお願いします」と小声で言う。


「ん。」


 ケインはそれだけ言うと座った。

 横顔も整っている。たぶん、というかほぼ間違いなく登場人物だ。

 騎士団長の息子ケイン。父親や周りの期待に応えきれない自分が嫌になってちょっとグレ気味。子ども時代にクリスティーヌとよく遊んでいた関係か、ケインの初恋の相手はクリスティーヌ。でも、彼女に婚約者が出来たから身を引いたんだっけ。

 ああ、隣の席にまでイケメン(攻略対象)が配置されるなんて、この世界のヒロインへの優しさが……つらい。




「聞いてよ毛玉ちゃーん、人生つらすぎだよ~」


 昼休みの非常階段裏。

 お母さんが持たせてくれたサンドイッチを食べつつ、一部を野良猫にあげながら私はうめいていた。

 転入してから二週間。いまだ友達の一人もできていないばかりか、昨日にいたってはその場で人生を終わらせたいくらいの出来事があった。

 昨日の放課後、実験室に忘れたノートを取りに行ったら実験室から出られなくなったのだ。

 閉じ込められたのか鍵が壊れたのかはわからない。最初のうちはドアを叩いたり押したり引いたりタックルしたりしていたけれどそれでも開かなくて、覚えたての光魔法を窓の近くに灯して座り込んで数時間。ちょっとトイレ、といっても出られなきゃトイレ行けないし、なんて葛藤してさらに一時間、もはや限界、となったところでドアが開いた。ドアを開けてくれたのはショーンで、助かった!、と安心したらうっかり、……粗相した。とまらない恥。思い出すだけで悪夢。

 ショーンは私を見て目を見開いて、でもすぐに微笑んで「大丈夫だよ」なんて言って水魔法やら風魔法やらで床から制服から全て元通りにしてくれた。

 その場にいたのがショーンだけで良かった。まだ学校内でおもらし事件は広まっていないし、ショーンにはもう足を向けて寝られない。


「ねえ、毛玉ちゃん、あれがイベントだったとしたら、ヒロインが暗示の魔法使うのって仕方なかったんじゃない……?」


 漏らしたことなんか暗示で忘れさせたい。方法さえわかれば今すぐにでもやってやるのに。


「おまえ、なんでここにいる?」


 突然、後ろから声がする。

 肩を飛び跳ねさせたことを悟られないように振り替えれば、ケインがいた。


「えっと……友達いなくて。他の人には黙っててください」


 彼は何も答えず、持っていたパンを野良猫たちにちぎっている。

 無言でいるということは肯定と言うことなのだろう。


「優しいんですね」


 お礼の代わりにそう言って、私はその場を離れた。ケインに関われば処刑される可能性が高まる。毛玉ちゃんたちと会えなくなるのはさみしいけれど、明日から昼休みを過ごす場所を変えるしかない……つらい。




「モリー、次の書類ここ置いとくから」

「はい」

「それ終わったらハドソンに回して」

「わかりました」


 転入してから半年。

 私はなぜか、生徒会室にいた。

 アバカスと呼ばれるそろばんみたいな計算機をはじいて検算して、一通り終わったら次の書類。そんなことを繰り返す。

 最初はクラスの子たちから「下働きは特待生様がお得意なんじゃありませんの」なんて言われて生徒会室への書類出しをやらされたのが始まりで、しぶしぶ行った先の生徒会室で出会ったデイビッドに書類整理を手伝わされ、「また来てくれると助かります」なんて微笑まれ、行かなかったら「特待生というのは大変ですね、生徒会の仕事も手伝わないといけないなんて」と意味不明な言葉と共に生徒会室へ連行され、気づいたら事務処理要員として認識されていた。

 銀髪のデイビッドは腹黒系弟キャラのイケメンで、残念ながら登場人物である。しかも悪役令嬢であるクリスティーヌの弟。関わりたくなかった。

 しかし、ここまでくるともうこの世界に逆らうのは無理なんじゃないかと思わざるを得ない。

 お昼のぼっち飯を堪能していた薔薇園ではクリスティーヌの婚約者であるランドルフ王子に遭遇し、おまけに特技の聖魔法で傷んだ薔薇を治しているのを見られた。「素敵な手だ」なんて言って治したての薔薇を手折って私の髪に差してきたあたり、空気読めないイタタ男子だ。

 放課後にスイーツを買いに行けば山賊っぽい人たちに道で襲われて、王家御用達フォード商会の息子ハドソンに助けられた。ハドソンももちろん登場人物である。

 ショーン、ケイン、デイビッド、ランドルフ、ハドソン。これでヒロインにとっての攻略対象全員と出会ってしまったことになる。

 この書類の先にある学園祭でもきっとイベントが発生して、この五人の内の誰かと愛を深めなきゃいけないんだろう。

 処刑という未来さえなければ楽しめたのに……つらい。




「最近、態度が目に余りましてよ」


 はい、きました。悪役令嬢及びその取り巻きたちによる取り囲みイベントです。このイベントは悪役令嬢たちがヒロインを取り囲んで糾弾しているときに攻略対象が通りがかってヒロインを助けるというヒロインにとっては胸キュンイベントです。……本来ならば。


「婚約者のいる殿方に馴れ馴れしくするのはよくありませんわ」


「わかってます」


 私だってクリスティーヌみたいな銀髪縦ロールの美女を敵に回したくないよ! だけどイケメンたちがあの手この手で仕事を押し付けてくるんだもん!


「それならなぜ」


「申し訳ありません、生徒会の仕事が残っているので失礼します」


「お待ちなさい」


 待ちません! 早くこの場を離れないと誰かが助けに来て悪役令嬢の婚約破棄の布石になってひいては私の処刑へとつながるんだから!


「この平民風情が!」


 取り巻きの一人が声を荒らげ、頬にピリッと痛みが走る。

 もしかして、魔法攻撃?

 習いたての結界を発動した時だった。


「姉さん、何してるの?」


 タイムアウト。

 クリスティーヌの弟、デイビッドの登場だ。

 この姉弟が並ぶと銀髪の輝きも顔も美しすぎて惚れ惚れするなあ、と現実逃避しかけたけれど、どうにかしてクリスティーヌを悪役にしないように立ち回ることにする。


「デイビッド様、聞いてください! クリスティーヌ様は私のお友達になってくれるんだそうです!」


「……顔に怪我までさせられて何言ってるの?」


 デイビッドの目が生暖かい。でも、負けちゃ駄目だ。


「結界魔法の練習を手伝ってくれてたんですよ! 他に影響が出ないようにみなさんが囲んでくれてたんです」


 信じろデイビッド! 君のお姉さんは良い人なんだぞ! 言ってる内容自体は正当だしね!


「そう。モリー、仕事が残ってる。行こう?」


 デイビッドが甘い笑顔を張り付けて腕を引いてくる。逆らえるわけもなく、私は連行されていった。

 そのあと、生徒会室でイケメン五人に丁重に手当さえれた結果、顔のケガは跡形もなく消え去った。ついでにもう少し目を大きくしてほしいと頼んだら「その必要はない」と断られた。イケメンのケチっぷりが……つらい。




「ねえ毛玉ちゃん1号、このあたりで退学したら処刑されずに済むと思う?」


 放課後の非常階段裏。

 出来る限り生徒会室に行くのをサボって野良猫たちと会話するのが最近の日課になっていた。


「学園をやめるだけじゃ王子様たちからは逃げられないと思うょ」


「だよねー。でも一人で生きていけるスキルとかないしなぁ」


 そう、この学園の野良猫たちは会話ができるのである。

 会話ができるようになったのはここ最近で、信頼できる人間としか会話をしないのだと猫たちは言っていた。

 猫たちに愚痴った内容の中で何を持って信頼に足りると判断されたのかは謎である。

 あれか、ショーンとのペア実技で演舞用の薔薇を燃やし尽くすミスをしたのを聖魔法で復活させて作品の一つみたいに装ったことかな。

 それとも、運動着から制服に着替える時にぐしゃぐしゃに脱ぎ捨てて授業に行ったら学園の掃除屋さんに忘れ物として回収されちゃったことかな。ちなみに運動着がないって騒いだらハドソンが服をくれたりした。さすがフォード商会の息子。

 それか、移動教室のために走ってたら教科書落として破けちゃった話かな。ちなみに一学年上のランドルフ王子がお古の教科書をくれたので今の私の教科書は前よりも綺麗である。しかもほんのり良い匂いがする。


「王子様たちに状態異常解除してもらえばいいょ?」


 毛玉ちゃん2号がすりよってくる。

 1号は黒猫で、2号は茶猫だ。どちらもとても可愛い。もふもふだし。


「それが、うまくいかなくてね」


 ヒロインが持っているスキルは、無意識に魅了・暗示の魔法を使うというスキル。すなわち、状態異常を解除する魔法を使えば魅了状態が解けてイケメンたちが目を覚ますことになる。イコール、処刑回避!のはずだったのだが。

 生徒会室で「みなさん助けてくださいますけど、それは私が魅了・暗示を無意識に発動するスキルを持ってるせいなんです、だから状態異常解除してください」と呼びかけたところ、返ってきたのは優しい笑顔だった。

 「状態異常になるほど僕たちは低能じゃないんだよ、モリー嬢」「これが異常だというのなら、このままでいい」「魅了の魔法は禁術、ましてや王族へ使うことはご法度……君は罪深い女性だね、モリー?」……以下略。

 それなら私が解除してやる、と魔法を発動させようとするも、勉強不足なのかなんなのか状態異常解除の魔法を使えないことが判明。

 私は自称禁術使いの痛い子になってしまったのであった……つらい。




 そして、あがけばあがくほど運命に翻弄され、気づけば雪の降る季節。

 ランドルフ王子に用意されたピンク色のふわふわドレスを着せられ、ハドソンから「うちの商会のとびきりの品を宣伝してよ」と渡されたアクセサリーをつけさせられ、私は舞踏会の会場にいた。


「クリスティーヌ・ラブレー侯爵令嬢、そなたのモリー嬢に対する数々の蛮行、もはや見逃すわけにはいかない。よってここにそなたとの婚約を破棄し、そなたの爵位を剥奪する!」


 クリスティーヌに対して、ランドルフ王子が高らかに告げる。

 目の前のクリスティーヌが一人でいるのに対し、私の右にはランドルフ王子、左にはショーン、斜め前にはハドソンとデイビッド、斜め後ろにケインと、まるで一対多数のいじめみたいになっている。


「蛮行などと。わたくしが何をしたとおっしゃいますの」


「言い逃れる気か! 先立ってモリー嬢を階段から突き落としたのはそなただろう。証拠ならある」


 ランドルフ王子の合図でショーンがバレッタを掲げる。

 そのバレッタは、私が一昨日階段の最後の一段を踏み外してこけた時に踏んづけてしまったものだ。


「そのバレッタ……」


「モリー嬢、これは私がクリスティーヌに贈った誕生日祝いの品なのです。答えよクリスティーヌ、なぜこれがモリー嬢の突き落とされた階段にあったのだ?」


「知りませんわ」


「クリスティーヌ様が犯人じゃないです! ごめんなさい、それ階段でこけた時に踏んじゃって、壊れてないですか」


「他にもある! モリー嬢の服を隠し、教科書を破損し、挙句、暴漢をつかって街で彼女を襲おうとしたな」


「言いがかりですわ」


「クリスティーヌ様の言うとおりですよ! 服も教科書も自業自得で、街で襲ってきた人たちは明らかにこの制服を見て『珍しい、金持ちのお嬢ちゃんだ』とか言ってた普通の誘拐犯ですよ」


「もうよい、去れ、クリスティーヌ」


 この王子、人の話を聞きやしない……!!!

 このままじゃ、このままじゃ……!


「では、最後に申し上げます」


 クリスティーヌ様の銀色の縦ロールがふわりと風を纏う。


「状態異常、解除」


 大広間の中に充満する、クリスティーヌ様の状態異常解除の魔法。

 小説と同じように周りのイケメンたちの顔が真顔になっていく。そして私を見下ろす瞳に、好意はもう残っていない。


「騎士団! 王族への禁術使用者だ! 牢へ連れて行け!」


 大広場に響く声、それと共に両腕を騎士団の人たちに掴まれて引きずられる。

 周りの人たちがどんな顔で私を見ているのかは怖くて確認できなかった。

 さらば私の学園生活。せっかく覚えたマナーも処刑されたら無意味だ。わかっていた未来に押し流されていくのは、やっぱり……つらい。




 牢屋に入れられて、二日目。

 凍てつくような石の牢は地下にあるのか窓一つなく、首に食い込む魔法封じの首輪のせいで暖を取ることもかなわない。

 早い段階で魔法封じの首輪を手に入れていればこんなことにはならなかったんじゃないかとは思うけれど、魔法学園で魔法封じの首輪なんかしていたら授業にならない。それに、こんなものが容易に手に入ったら社会が混乱するだろう。

 だから、仕方がないのだ。


「あと何日生きられるのかなぁ」


 体育座りでつぶやいた時だった。


「望むだけ可能ですよ、魔王様」


 テノールボイスが頭上から響いて、空耳かと首を上げる。そおこには、耳のとがっている黒髪の人がいた。

 色白の肌に深紅の瞳。執事のような恰好をして彼は口角を上げた。


「お迎えに上がりました」


 白い手袋を差し出す彼の目に王子様たちのような熱っぽさは浮かんでいない。


「どこへ行くの」


「魔族領のあなたのお城です、魔王様」


「魔王様って、誰」


「あなたのことですよ、モリー様」


 ぼんやりとした頭が急に冴え出す。

 助けが来た。ここから出られる。ということは、処刑されない!

 でも、私が魔王だということは……


「私が魔王だと、ここから出ても悪役令嬢に殺されちゃう」


 小説の世界の運命は変えられなかった。だから。私はどうしたって殺されてしまうのだ。


「たとえそうだとしても、このままここで死にたいですか」


 いやだ。


「参りましょう」


 私はその日、魔族の手を取った。




 穏やかな昼下がり。

 薔薇園の真ん中でたくさんのケーキに囲まれて、私はこれ以上ないくらいの幸せをかみしめていた。

 寒い地下牢から転移の魔法で抜け出したのが数日前。連れてこられた魔王城はイメージしていたものとは違っていた。

 まず外観が巨大テーマパークのお城みたいな可愛らしさ。中も壁が白くて綺麗。調度品も、アンティークと新しいものが調和する居心地のいい空間。学園よりも広い魔王城の敷地の中ではイケメンな魔物や竜族っぽい人たちが楽しそうに働いていて、城下町も活気の溢れる場所だった。

 城下町は王都に似ていて、道具屋さんやクリーニング屋さん、お肉屋さんや八百屋さんなど、回りきれないほどのお店が並ぶ。

 そんな中、城下町に新しく開店したお店が二つある。開店セールに追われる『魔王様御用達のパンの店』と『焼き菓子本舗』は、前者がお父さんとお母さんのお店、後者がおじいちゃんと伯父さん一家のお店だ。

 こちらに来てすぐ、私を連れ出してくれた魔族に王都に残してきたお父さんたちのことを話したら、返ってきたのは「ご安心ください」の一言。聞けば私が捕まっている間に他の魔族が動き、お父さん達のお店を建物ごと城下町に転移させてしまったのだという。従妹を始め順応性がピカイチな伯父さん一家は経営コンサルタントとかいう魔族を探し出し、うちのお店も巻き込んで三日で開店までこぎつけた。

 そんなわけで、目の前に並ぶケーキは全て『焼き菓子本舗』の新商品。一口食べればふわりと溶けるなめらかなスポンジに軽やかなクリームが溶け合ってまさに絶品だ。

 もうこれで何度目かという幸せを噛みしめていると、セバスチャンが紅茶のお代わりを入れてくれた。

 彼は私を連れ出してくれた魔族で、あれ以降ずっと執事として私の側にいてくれている。


「魔王様の憂いは晴れましたか」


 そう言って笑う彼はちょっぴり猫目なイケメンだ。

 実は彼、学園で愚痴を聞いてくれていた野良猫のうちの一匹、毛玉ちゃん1号だったことをさっき聞かされた。

 セバスチャンいわく、魔族とは魔族領に住んでいるひとたちが自称する国民名みたいなもので、魔族領とは魔力の強すぎる生き物たちの暮らす場所なのだとか。魔力が強すぎるということはその種族の中で異端と呼ばれ迫害されるということで、そういった者たちが集まる魔族領は領内での争いが少なく、領外の同胞を救うことを使命の一つとしているらしい。

 そんなわけでセバスチャンは魔法学園で異端児扱いされる人間を救出するために猫の姿になって潜入しており、そこで出会ったのが私だったと教えてくれた。

 だから、私が野良猫たちにさんざん愚痴っていた滅亡フラグなんかの話も全部知っていて、私が捕まってすぐに家族と親戚の悲惨な末路という未来を変えるために動いてくれたらしい。

 小説の中ではケインとヒロインの出会いシーンでしか出てこなかった野良猫と頻繁に交流していたことが、運命を変えたみたいだった。


「でも、なぜ私が魔王なんですか」


 そう聞けば、この世界で類を見ないレベルでの聖魔法の使い手であることと、人間の異性に対してやたら効力抜群な魅了・暗示の魔法を無意識に発動できるからだと教えてくれる。

 聖魔法は魔族を攻撃する魔法のイメージがあるけれど、魔力の弱い魔物や死霊系のひとたち以外には怪我の治癒などの正常な効果を示すらしい。魔力の弱い魔物にとって聖魔法は刺激が強すぎて心臓がもたず、死霊系は浄化されてしまうから駄目なのだと。

 そして、魔族領に攻撃を仕掛けてくるのが一番多いのは人間で、その人間を懐柔できれば魔族領は安泰、ということで私が選ばれたのだという。


「もう、イケメンを避けようとしなくていいんですよ」


 どこから話を聞いていたのか、猫耳の少年がしっぽをふわふわさせながら会話に加わってくる。少年のきらきらした笑顔がまぶしい。

 まぶしさに目をそらせば視界に入ってくるのは庭師のスリムマッチョなおじさま。逞しきかな上腕二頭筋。愛すべきかな三角筋。

 それから目をそらしても、セバスチャンが綺麗な笑顔で微笑むから。

 ああ、ああ、

 みんな、みんな、

 イケメンだー!!!!!!!


「私、魔族領守るから! 本気で守るから!」


 イケメンパラダイス守るから!

 そうこぶしを握り締めれば、「すてきなご判断ですね、ご褒美に壁ドンしましょうか」と通りがかりの警備隊の人が壁ドン顎クイを決めてくる。

 ああ、このひとめっちゃタイプー! 顔近いー! 顔熱いー! 心臓壊れるー! ほ、ほんとに全力で顔近いー! 鼻血出るー!

 その日、私は生まれて初めて、胸キュンによる気絶をした。

 

 

 人間の少女が魔王に擁立されてから数年。

 精密機械や戦艦型プリンなど少年のハートをくすぐる特産品の数々で侵略者もとい来客をもてなした結果、魔族領と人間の国々の国交が正常化され、技術と文化の交換により、各国の生活水準は飛躍的に上昇した。

 人間の国々の王及び王子そして騎士団、軍所属者は須らく魔族領及び魔王を褒めたたえ、魔族領は不可侵の楽園として名を馳せるようになる。


 でもね、人間国のみんな。「男を虜にする楽園」っていうキャッチフレーズはどうかと思うよ。

 なんかこう…溢れ出るいかがわしさが……つらい。



(終)

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[一言] あれ・・・家族と親族の悲惨な末路回避は?
[良い点] 壁|w・)毛玉ちゃん1号かよw なんという恐るべきスパイ技術(震え声で)
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