異世界転生者を地獄の釜へと叩きこめ
淡い緑色の光が燃え上がる。
薪が崩れる音を背景に、指先を弄くり回す。
この球体問題が難解なのだ。
そうしている間に薪は炭となった。
炭を手で掴み、口元へと運ぶ。
美味くもないし、不味くもない。
球体問題の難解さくらい、おかしい味覚なのだ。
薪を食べ終えると、荷物を纏めて歩き出した。
北かも南かも解らないが、歩みだした。
一定時間歩いた後、腹が減った。
丁度そこらの木々に果実が成っている。
木を持ち上げて、果実を採ってから元に戻す。
果実を齧り、また歩みだそうとした。
その時。
「待ってくだせぇ!」
遠くから声が聞こえた。
「そこの白い兄さん!」
言われたとおりに停止すると、典型的な町娘が其処にいた。
「何か?」
「その力、見たところ玄さんよかありと見受けまして、力を貸してくだせぇ」
玄さんが誰かはわからなかったが、男は頷いた。
「ありげてぇです。黒の貸し取りを締めてくだせぇ」
「その代わりと言ってはなんだが、こいつを解いてはみてくれんか?」
「きゅ、球体問題!? おいのかしらではとても無理で」
「いいから、はい」
町娘が、恐る恐る受け取ると、かちりかちりと回し始めた。
数秒うんうん唸ってから、またかちりかちりと揃え始める。
最後の一つまで揃ったところで、町娘は球体問題を返した。
「これでいいんすか」
「ああ、うん。どうも」
「あんげぇかんたんでごぜぇやした」
ああ、うん。
そう呟いて、町娘の案内に従い、男は歩き出した。
それから数分、青い林檎の木々が目立つ果樹園を抜けて、街に着いた。
「あっこの赤い蓋が、貸し取り屋で」
「任せろ」
男が貸し取り屋の暖簾をくぐると、中から数人が出てくる。
「おぅおう、用はなんでぇ?」
「締める」
「おぅお……」
男が腕を振るうと、側にあった柱が中程から折れた。
「ひぃ、ひぃいい!」
「組を呼べぇ! 白いんは儂が片すでん」
「あたまっ! やした!」
一人だけが男の前に立ちふさがった。
「流のモンかぇ」
「ああ」
「誰ん差金じゃん」
「ああ」
「聞とんのんか!」
あたまと呼ばれた人物が、腰の一本を振るう。
男の腹に食い込み、まるで爆発でも起きたかのような爆音が辺りに響き渡った。
「……ああ、うん」
男が荷物を置いて、大の字に寝そべった。
「ナメんしゃん!」
「うん」
男は気怠そうに蹴りをいれたあたまの足を持ち、握りつぶした。
「こんキャあ! わいな!」
「ごめんな」
立ち上がった男があたまの頭蓋骨を右手の握力だけで粉砕し、後には気持ちの悪い青い液体と黄色の肉塊が転がっているばかりだった。
たちどころに辺りは騒がしくなり、人が集まる。
「なんでぇなんでぇ」
「けんけぇだとぉ」
「黒霊はどこいっとんのじゃ」
「大方そこらで呑んだくれているだろうよぉい」
肉塊を弄んでいると、群れが割れて道ができた。
「ケイじゃ!」
「ケイだとぉ?」
「黒霊やがな」
騒がしい群衆の真ん中には、凛々しい顔立ちの女人が一人。
腰には刀、白い服、腰ほどまでに届く黒い髪、漆黒の瞳。
「和風だな」
男が呟いた後、ケイと呼ばれた女人が大きな声を張り上げた。
「せんせい!
よういわんとも知る我らが貸し取り屋の暖簾を潰したんはあんさんか!」
「ああ、うん」
「よう目を開け、けんかまえ立ち会えい!」
「うん」
「こうとりてましもがやがな! 許さん!」
ケイが腰から抜いたのは、日本刀のそれ。
男は目を見開いた。
「ケイとやら、その日本刀……」
「この刀はわれらが愛家の刀鍛冶がうちし血と魂。ゆえに血を浴びるほどよう切れる」
「てんせい……しとらんか?」
「なんと! そなたも!」
反応したケイを、男は100分の1秒にも満たぬ間に殴り倒した。
「神の意思でこの世界にきた俺に、教えたのは迂闊だったなぁ」
「名も知らぬ相手に殺められるのはそぐけぇあらんことや。名をしえてく」
「哀乱之苹果だ。冥土の土産はこんなもんで」
「くいはなし」
「ではな」
男は次の瞬間、群衆の誰の視界からも外れた。
瀕死のケイと共にサンズのかわを飛び越えて、地獄の釜にぶちこんだ。
「遺言は?」
「神に死があらんことを!」
これがケイの死ぬ間際の言葉となった。肉が焼け焦げる臭いが漂う。
男はそのあとすぐに戻り、再度群衆の目に晒した。
地獄の温度は本当に高く、服は全て溶けていた。
「服をくれい」
男の顔は、狂った笑みに満ちていた。
逆らわぬ者は、いなかった。
ここまで読んだ物好きな方には、感謝を込めた言葉を。
ありがとうございました。