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閑話:僕と僕らの終業日

ちょっと番外編。

 僕の通う学校は昔ながらの三学期制だ。だから一学期は七月で終わり。あとは一ヶ月少々の夏休へと突入する。

 そんな七月。一学期の終わり。

 そんな、僅かな高揚感に学校全体がうっすらと包まれた中。

 僕らは教室で自分の席に座っていた。



 夏休みにはいる前にかならず通る試練。

 学生ならば当然わかるだろうけれど、つまりは通知表わたしである。

 僕の成績は自分で言うのもなんだけれど悪くはない。特別良いというわけでもないけれど、ひとまず目標の進学先への成績なら足りているだろう。

 とはいえ普段から自分でもよくわからない理由で欠席を繰り返せざるを得ない生活を送っているので、内申まで考えると微妙。


 まあつまり僕にとってはさして手ごわい試練というわけではない。

 今この時も、次々に先生から通知表を渡されて、みんな一喜一憂。教室はなかなかに賑やかだ。


 さて問題は、僕の前で真っ白になって燃え尽きて閉まっているイケメン、夕陽だ。


「なーつがすーぎー、かぜあざみぃー」

「今まさに少年時代まっさかりだろ、夕陽」


 思い出に浸るには早過ぎる。


「だってよー。この成績はさすがに……あれ、俺今日命日じゃね?」

「どんな成績をとったのさ……」


 夕陽の母親はまさしく『おっかさん』といった感じで、昔ながらの母親像――を三十人分くらい濃縮還元したような強烈な人物だ。

『英田坂の雲割る女傑』とはまさしく彼女のことだ。

 基本的に、容赦はない。

 僕も下手な成績をとってしまって叱られたことが何度かあるくらいだ。実の息子の夕陽には僕に対して存在する手加減が一切ない。


「そっか……今日はおばさん秘技ちゃぶ台飛ばしが出るのかな……」

「あれ痛ってえんだよなぁー……」

 厚さ十センチの鉄板をぶち抜く威力だもんね。なぜに痛いで済むのか理解に苦しむよ。

 近所に現れた三つ首の猛犬を撃退したその一撃は近所でも語り草。それをぶち込まれ慣れた夕陽もまたご近所の少年たちの間では伝説の存在である。扱いはツチノコとかと大して変わらない気もするけど。

「夕陽は進学先決めたの?」

「そんなの聞くまでもねえだろ」

 確かに愚問だった。

「灘か」

「爆死しろってのか!!」

 ひとり納得する僕に対して机を叩いて反論する夕陽。

 灘高校。言わずと知れた国内トップクラスの進学校である。

 特別の努力も目標も持たずに入学できるような学校ではないだろう。たぶん。調べたこともないので知らないけれど。

「夕陽が体張ってウケ狙いに行くんじゃないの?」

「そんな被虐趣味を持ったつもりはねえ……ていうか、俺の進学先なんて考えるまでもねえだろ」

「まあね」

 ただ夕陽のリアクションからするにそれも難しいのではないだろうか。

 夕陽の狙う進学先――つまりは僕の目標進学先なわけだけれど、さすがに有名進学校、とはいかないものの周辺地域じゃあそれなりに人気のある学園だ。

 そこへ行こうというのなら、ある程度の学力はあるべきだろう。


「……まあ赤点周辺をふらふらする科目が幾つかあるんじゃ、ねえ」

「だって苦手なんだよ英語! 俺日本人だぜ?」

「日本人だからって誰もが夕陽みたいに英語の読み書きができないわけじゃないからね」

 リスニングは別問題。あれは慣れと、僕の場合勘の割合がかなり大きい。口を大にしては言えないけれど。

 そんなわけで僕も点数はかなり上下が激しいけれど、赤点の心配をするほどではない。


「夏休みは勉強、がんばらないとねえ。ていうか赤点は補習もあるんじゃなかったっけ?」

「ああ……赤点をとった科目だけな……。あーもーめんどくせぇ」

「そんなにきついなら進学先のランクを落とせばいいのに」

「やだよ翼さんがいねーじゃん」


 ……この男案の定それだけを理由に進学先を選んでいたのか。

 やれやれまったく、仕方のない。

 まあ学校の選び方なんて個人の自由だし、それで失敗するとしても自己責任だとしか言えない。冷たいようだけれど夕陽はなかなかに頑固なところもあるので、これはもう本人の努力に期待するしかないだろう。

 おばさんとしても息子が少しでもいい学校へ行こうとするのは喜ばしいことのはずだからね。……当然、失敗したときはそれ相応の対応が待っているのは明白だけれど。





 そうしてホームルームも終わり、昼の少し前には僕らは自由になる。

 日程的には夏休みは明日からだけど、気分は既に夏休みに突入済みだ。この開放感はなんとも言えないものがある。

 さて。

「じゃあ行こうか夕陽」

「そうだな。じゃあまた出校日になー」

 夕陽が手を振ってクラスに向かって挨拶すると、ほとんどクラスの全員が振り返って笑顔で挨拶を返した。

 特に女子の反応は素早い。さすがだ。

 教室を出て廊下へ。僕らの教室は三階にあるので、帰るためには階段を降りる必要がある――のだけれど、僕らは下ではなく上へと階段を登っていく。四階には特別教室がいくつかと、生徒会室がある。

 目的は後者だ。

「それにしても、夕陽は相変わらず人気があるねえ」

 窓の外の白い山のような雲を眺めながら、なんとなしに言葉が漏れた。

「あん? そうか?」

「そうだよ。声をかけてみんなわれ先に、楽しそうに返してくれるなんてなかなかないと思うよ、きっと」

「そうかなー。お前だってやりゃあ同じような反応になるんじゃねえかな」

 いやあ、ないないそれはない。

 僕はおとなしいというか引っ込み思案というか、とにかくクラスでは一歩引いているような立ち位置にいるし。いきなりそんな事をしたらむしろみんなビックリするんじゃないだろうか。

 ああ、それはそれで面白そうではある、かな?

「僕にはそんな度胸はないよ」

「度胸の問題だとはおもわねーけど……」

 度胸の問題だと感じる人もいるっていうことだよ。

 そんな無駄話をしている間に、生徒会室へと着いた。

 創立当時から三十年間、この部屋が別の場所へと移ったことはないらしい。

 また扉や札も、校内のほかのものは新しいものになっているというのにこの部屋はどちらも木製で時代と歴史を感じさせる。

「何度来ても、入りづらいものがあるね」

「まあ俺は成績が悪いしお前は出席が悪いし、あんまり模範的ってわけでもねえからなぁ」

 苦笑。

 さて。


 こんこん。

 こんこん。


 二回を二回。計四回扉をリズムカルに叩く。

 しばらく待っていると、かちゃり、と鍵の開く音が聞こえて扉が開いた。


「空! ……あと夕陽も。いらっしゃい」

「……相変わらず笑えるくらいのテンションの落差だな。もう腹を立てる気力もねえよ」


 扉を開いたのは綺月だ。

 ちなみにわが校の制服は女子は赤いラインの入った純白のブラウスにチェック柄のプリーツスカート。男子は白いワイシャツにスラックスと、スタンダードなものだ。

 導かれるままに室内へ。

 室内は木の香りが漂い、冷房器具などないはずなのにどこかひんやりとした空気を漂わせていた。

 カーテンレースがふわりと風に舞い、光がちらちらと壁に反射する。

 風鈴がからりと音を立てた。

 廊下では聞こえなかった生徒たちの遠いざわめきが環境音の様に壁に染みこむ。

 夏の日差しと、それゆえに深く濃い影。

 人工の光がないがゆえに強く生まれる陰影。過去と今という時間が凝縮された空間。

 いろいろな意味で強くコントラストを印象づける部屋だけれど、それが不快を感じさせないのはこの部屋がこの学校に馴染んでいる証拠なのだろう。


「やあ問題児たち。よく来たね」

「生徒会長がその発言はどーなんですかね」


 部屋には綺月を除いて三人の人物がいた。


 この夏が終わればその任期を終える生徒会長。三年生の村渕和也。メガネの奥の細い瞳は見た目以上に物事の真贋を見抜く力にたけている。僕の事情もいくつか勘づかれていそうなあたり、結構怖い。

 同じく副会長。静乃悠。行動言動どちらをとっても大和撫子という言葉を連想させる少女。

 綺月と同学年の会計。二年生の千鶴峰啓二。小柄な体躯に活発な表情の、いかにもな体育会系のキャパシティを秘めた少年。

 綺月は副会長。次の生徒会長の最有力候補だ。

 何人か姿が見えないけれど、わが校の生徒会の運営をしている面々である。


「いらっしゃいませ、おふたりとも」

「ありがとう、悠さん」

「静乃の入れる茶は相変わらずうめえな。馬鹿舌の俺でもこいつは楽しみにしてるんだぜ」

「まあ、ありがとうございます」

 くすくす、と笑う悠さんはそのまますうっと影のように会長のそばの席に腰掛ける。

「今日はどうしたんスか先輩」

「いや特に用事があったわけじゃないよ。どうせ家に帰っても暇だから綺月が終わるまで待ってようと思ってね。何か手伝えることがあるなら手伝うけど」

「あ、マジすか? じゃあいくつか手伝ってほしいことが……」

 さっそく書類を漁る啓二くんだが、それを会長が静止する。

「はいはい、そこまでだ。啓二はいい加減自分の分量を手早く終わらせる事を身につけさせたいのでね。ありがたい申し出だが、そいつの手伝いは今日は無しにしてくれ」

「えー、いいじゃないスか。先輩早いし正確だし俺滅茶苦茶助かるんスけど」

「言っておくが、僕や彼が何時までも手伝えるわけではないんだぞ? 君たちにはこのまま生徒会に残ってもらうのだから、後身を頼りにするような情けない先輩にはなってほしくないのだがね」

「う、ぐぐぐ……」

 会長の言葉にはいつもながら説得力がある。

 やれやれ、まあ、仕方が無いか。彼の言う事は正しいし間違っていない。僕がここで彼の仕事を終わらせるのは今後の彼を思えば余計なお世話甚だしい、といったところだろうね。

 情けない顔を擦る啓二くんに僕は苦笑して首を横に振るしかない。

「そんなぁ……」

 がっくりと肩を落とす啓二くん。上級生は苦笑し、綺月は呆れたような視線を投げた。


「ところで」

 と、会長が話題を変える。

「成績の方はどうだったかな? いや朝瀬はそんな悲壮な顔をしなくても分かっている。だから泣きそうな顔をしないでくれいまさらじゃないか」

「相変わらず会長はフォローするようでしていない言動が目立つね」

「私はもう慣れたけど、それまでは心労が溜まって大変だったわ……」

 一年間を共に過ごした綺月の言葉には実感がこもっている。

 夕陽は変わらず言葉責めを受けてビクンビクンと痙攣しているけれど、ここで口をはさむと僕にまで飛び火しかねないのであえて見守る。頑張れ夕陽。滅びろイケメン。


「僕が尋ねたのは――」

「つまりは僕の方、と。そんなに信用ないのかな僕?」

「少し前に翼ねーさんが探しまわってたけど? 普段からそんな事ばかりしてるからじゃないかしら」

 む。痛いところを。

 しかしあれは完全に僕の不可抗力だったことを主張したい。主張したところで病院に入れられることうけあいなので言葉にできないのが痛いけれど。

 いやまあ言いたいことは理解できるというのも当然あるけれども。異世界なんてとんでも話姉さん信じてくれないから説明の仕様がないのだ。おかげで僕はどこかへふらりと一人旅へ行っていたということになってしまう。

「空?」

「ごめん、ちょっと意識飛んでた」

 首を傾げる綺月をごまかすように頭を撫でた。

 口をパクパクと、なにか言おうとするような仕草をしたけれど、そのまま言葉を飲み込んでしまう。なんだろう。


「ふむ……幼なじみだけに大変なこともある、か。どこもかしこも事情は似たようなものか」

「会長?」

 会長のひとり言が耳に入り、今度は僕が首をかしげた。会長の傍に座る悠さんも同じように首をかしげていた。

 そういえば、あのふたりは幼なじみだと以前に聞いた。それ関係だろうか。よくわからないけれど。

「と。それで君の成績だが、結局どうだったのかな? 無論これは個人的興味に過ぎないので、答えたくなければそれで構わないが」

「や、別にかまいませんよ。今回の成績はそれほど悪いものでもなかったですし」

 はい、と通知表を手渡す。

 会長がそれを広げ、横にいた悠さんが軽く首を伸ばして横からそれを覗く――だけでは飽きたらず、なんと夕陽に綺月、果ては啓二くんまで人の通知表を見に行く。

 ちょっとちょっとヘイヘイヘーイ、見ていいとは言ったけれどさすがに無遠慮に過ぎないのではないのかと。


「ふむ……課題提出やテストの点は申し分ないが、やはり出席で点数を減らされていると。ああ、実習に休んだのか。それは君、大きな減点だよ」

「あらあら、お料理がお得意なんですか。興味が有りますね、あつかましいお願いですが、機会がありましたらぜひ、拝見させて頂きたいです」

「先輩職員室で問題になるほど悪い点数じゃないっスね。ていうかこれもしかして俺のほうが点数悪い気が……」

「あんたはもう少しテストを真面目に受けなさいよ。わからないところにテキトーに答え書いてるって、先生呆れてたわよ」


 成績と担任からの指摘事項を見て、勝手な感想を述べる面々。

 なんだろう。釈然としないものを感じる……。


 と。

 僕のそんな小さな悩みを吹き飛ばす爆弾が次の瞬間に投下された。



「え……? この学校って五段階評価じゃなかったなのか?」


 ぴきり、と。

 全員が動きを止めた。

 今、何か。

 受験生の発言としてはとんでもないレベルの失言を耳にした気がしたのだけれど。はたしてそれは、気のせいだろうか。

 ……そんなわけなかった。


 全員の視線が発言の主へ――夕陽へと集まる。

 夕陽はやっちまったというふうな表情で、頭をぽりぽりと掻いていた。


 いや。



「…………朝瀬すまない僕らは少々君を見誤っていたらしい。今、何と言った」



 僕らを代表してそう言ったのは、さすが生徒代表生徒会長。

 夕陽は、バツが悪そうに。



「いやあ。すっかり五段階評価だと思ってたわ、俺」


 アッハッハと笑う男。


「いや夕陽笑い事じゃないよ……笑い事じゃないよ?!」


 事態は深刻だ。


 何しろわが校の成績は十段階評価によってなされるのだから。


 だというのに、最大値を五と思っていた?

 なんだそれはどんな状況ならばそんな勘違いが起こせるんだ? いや、わかる。わかってしまう。それ以外にあり得ない。

 つまり。


「夕陽……あんた、五までしかとったこと、ないの……っ?!」


 夕陽の希望進学先を知っている綺月が絶望を声ににじませた。それは叫ぶような声だった。

 ああ、気持ちはよくわかるよ。

 他のみんなもさすがにこれはひどいと表情を硬くして――


「ていうか五とかとったことねーからてっきりそうなんだろうと」


「「「うわああああああああああああああああああっ!!!!」」」


 僕と綺月と啓二くんの悲鳴が重なった。

 ちょっと想像以上過ぎた。

 え、なに、ちょっと待って。それ普通に目標進学先がどうこうとかいうレベルじゃないよ!


「……まさかそれほどとは」

「これは……ええ、まあ」


 会長は頭を抱え、悠さんに至っては何を言えば良いのかも分からなくなっているようだった。この人にフォローを放棄させるって相当だぞ。


「夕陽、成績見せて。イヤじゃないさっきはさっき今は今――抵抗すると姉さんに切り落とさせるよ」


 爆弾を出し渋る夕陽だったが、説得を繰り返すことでようやくその通知表を提出させることに成功した。

 全く、あまり苦労をかけさせないで欲しい。

 そうして受け取ったそれを、僕はゆっくりと開いて――すぐにとじた。


 ……目がどうにかなりそうだった。

 それ以上に、心がどうにかなりそうだった。

 ていうかどうにかなる。今にも。


「……夕陽は僕をどうしたいの?」

「空が泣いてるっ?! 夕陽、あんたどんな成績をとったの?!」

「いや……割といつもどおりの成績だぞ」


 いつもか。

 いつもがこれか。

 今回が悪いとかではなく、いつもがこれなのか!

 そりゃあちゃぶ台も飛んで来るわ!!


 みんなに通知表を渡す。

 開く。

 閉じた。

 ある者はうつむき、ある者は天を仰ぐ。その表現方法は人それぞれだけれど、知りたくなかった現実を嘆いていた。



 重苦しい沈黙が部屋を包む。


 そして。


「そういえば君たちの進路はどうなっているんだ」


 現実を忘れることにした。


 とりあえず帰ったら僕は僕で課題を定めてあげよう。夏休みに休めると思うな夕陽。

「うぉっ! な、何だ、今なにか寒気が……」

「俺たちそれ以上の寒気を味わったんスから、そのくらい甘んじて受けて欲しいっスよ」

 そんなやり取りを横に聞きながら、僕は会長の質問に答えた。


「僕は滝空高校を志望してます。一応それも同じだったんですけど、まあ、うん。夢は寝てからいえって感じで、ええ」

「おいおい何だ今日は俺を虐める会が発足してんのか? ずいぶん風当たりが強いじゃねえか」


 悪いけど最大瞬間風速をたたき出す前にこっちの心が折れただけだから。本来の風当たりは嵐の勢いだから。


「夕陽、今日のあんたには何ひとつ発言権はないわよ。おとなしくしてなさい……空の逆鱗に触れる前に」

 僕は苦笑した。逆鱗て。さすがにそれほど逆上はしていないよ、綺月。

「ふむ。とりあえず笑顔で湯のみにひびを入れるのはやめてくれるかな。備品だってただではないのだから」

「あれ? ごめんごめん。脆かったのかなこれ」

「……純然たる陶器なんだがな……まあいい。それで進路だが滝空か。自由な校風と自律を掲げた方針が人気らしいね」

「あとはうちからの距離も丁度いいしね」

 こういうのは、近すぎず遠すぎずの距離がちょうどいいと感じる。近いとどうしても気が抜けてしまう自分の性分を理解しているので、寝坊したらアウト、程度の距離感で、なおかつ通学時間も手頃なくらいがちょうどいいのだ。

 進学率もそれなりのものだし、自由な校風は、僕やその周囲のちょっとした違いをごまかすにはちょうどいい環境だろう。

 考えて見れば僕にとっては諸々を鑑みて好条件なのだ。

 ある意味、僕の進路がその学園になるのは当たり前の流れといえた。


「ふむ……朝瀬はしかし、なぜこの成績で滝空を目指そうなどと無謀なことを考えたんだろうね」

「夕陽は姉さんのおっかけだからね。高校も基準といえばそのくらいしかないんですよ」

「ほんと、夕陽の翼ねーさん熱は年を追うごとにひどくなっていくものね。その割に何ひとつ行動は実を結んでいないけど」

「……うるせー」


 ふてくされる夕陽。


「姉、か。君のお姉さんも、滝空なのか」

「ええまあ」

「なるほど話には聞いていたが……君が滝空へ行く理由は、姉がいるということも含まれているわけだ。テストの点数だけを見れば、もう少し上を目指せるわけだしな」


「あはは、それは買いかぶりですよ。あと、姉さんがいるっていうのは選択理由にはならないですよ。そりゃあ、滝空の話は姉さんに聞いて、それなりに以前から興味を持ってましたけど」


「「……え?」」


 なぜか綺月と夕陽が疑問の声を上げた。


「……翼ねーさんがいるから行くんじゃなかったの?」

「綺月、君まで僕をそういうふうに見ていたの? なんだか誤解があるみたいだけれど、別に僕と姉さんはいつも一緒にいないと気が済まないってわけじゃないんだよ?」

「でも、一緒にいられるときは一緒にいるよね、だいたい」

「そりゃあ家族なんだもん。一緒にいるのが普通じゃないかな」

「ええと……」


 綺月は何かを整理するように一旦言葉を切った。

 悩む綺月に続いたのは、夕陽だった。


「いやけどよ、例えばお前静蘭とか平田台とか、その辺も条件としちゃああんまり変わんねーだろ? そこで翼さんがいるからってのは理由になるんじゃねーのか?」

「いやいや夕陽それは早計ってものだよ。静蘭と平田台はそれぞれ理系と文系どちらが強いかはっきりしているからね。そのへん、将来が曖昧な僕にはどちらもそこそこの水準の滝空のほうが都合がいいのさ」

「だがしかし」

 ここで会長が会話に割り込んでくる。

 一体どうしたんだろう、みんな。

 やれやれ、そんなに僕をからかいたいのかな。


「それはあくまで程度問題。それこそ決定打としは薄いように僕は感じるがね。そもそも、その程度の差は個人の努力で覆せるものだと思うが」

「いや人間だれもがあなたみたいに勤勉じゃないんですよ。ほら実例がここに」

「……ああ、そうだな。僕が悪かった」

「あれ攻撃対象がいつの間にか俺になってね?」


 会長が薄く笑い、悠さんがくすくすと口元を押さえて肩を震わせる。

 笑い方まで優雅な人っていうのはいるものだね。

 和の空気という意味では綺月も同じものだけれど、それでもふたりの雰囲気は似ているようで違うものだ。

 悠さんを森にたとえるなら綺月は渓谷の空気をまとっている。

 柔らかく包みこむような空気と、静謐で気高い空気。そんな違いだ。


 ……だって言うのになんで綺月の体つきは……いや、よそう。なんだか良くない気配を感じる。


「……? おかしいわね。なんだか不穏な思考を感じたのに」


 心を読まれている……。


「まあまあ綺月ちゃん、男性が不埒な事を考えるのはいつものことですから」


 うぇっ?! と男四人が顔を見合わせる。

 誰だ、お前か、僕じゃない、じゃあ誰だ。

 ごめん僕です。

 視線だけで会話を交わす。


「それにしてもなんとなくわかりました。つまり、空さんはシスコンなんですね」

「「そうそう」」

「いやそれ違う」


 なぜかふたりの幼なじみから盛大な勘違いを受けていた。


「ふう……やれやれまったく、僕に関する間違った評価がまかり通るのはどういう事なんだろうね、これは」

「むしろあなた自身が自分自身に正しい自己評価をいつ下せるようになるのかわたしは気にしてるよ空」


 ううむ、どうにも綺月の勘違いは根が深そうだ。


「じゃあどうです、ちょっと検証してみましょうよ。先輩がシスコンなのかそうじゃないのか」

 面白そうっス、とかいうスポーツ少年君ちょっといいかげんにしなさい。

「ふむ、それは面白そうだ」

 まず会長が乗った。このひと結構その場のノリにガンガン乗ってくるタイプなのだ。

「そうね。空に自分の事を知ってもらういい機会かも」

 綺月はノリノリだ。というか視線がギラギラしていてちょっと怖い。なんでちょっと切実なのさ。

「あっはっは、こいつぁ面白そうだな」

 お前は僕の事情で笑う前に自分の笑える今後をどうにかしろ。

「くすくす」

 そして悠さんは笑うだけ、と。

 とりあえず軒並み敵しかいないことは理解した。とんでもないアウェーだここ。

 まあいいさ。どうせ結果は見えているわけだし。ありもしないものを証明するという彼らの行いに、少し付き合ってあげるのも悪くはないだろう。



「つっても、どうやって証明するんだ、そんな事」

「ふむ……まあ、そうだね。ひとまず君に今日一日のこれまでを語ってもらう、というのはどうかな」

 会長が僕の目を見てそういった。

 はて、それだけでいいのだろうか。もっと引っ掛け問題みたいな物でも出されるとばかり思っていたので拍子抜けした。

「まあそのくらいなら。今日一日でいいんですね」

 頷く会長に疑問は尽きないけれど、それでいいというのならまあいいか。

 ひとまず、今朝からの自分の行動を思い出してみる。



「ええと……まず朝起きたのが六時の少し前だったかな。それで姉さんの様子を見て、起きるまでにまだかかりそうだったから朝食の準備。それがある程度できたらもう一度姉さんを起こしに行ったけれど、なかなか起きないからもう少し待つことにして、こういう日はいつもより四度熱いコーヒーの方が姉さんのコンディションにちょうどいいからそれを準備してたんだ。そうしているうちに時間がなくなってきたから、姉さんをもう一度起こしに行って三回ゆすって四回ほっぺた叩いて五回額をつついたら目が覚めて、それでも起動までに時間がかかるようだったからリビングまで背負って行ったよ。で、ご飯をたべさせているうちに目が覚めて来たからあとは僕も出かける準備をして、姉さんの出かける準備も整えて、一緒に出てきたんだ。

 あとは学校に来て色々あったかな。

 ああそれから終業式が終わった後くらいに姉さんからメールが着てたんだ。今日の晩ご飯について。姉さんも今日は終業式だから豪華なものにしようってことで、とりあえず材料は姉さんが買ってきてくれるらしいんだ。もしかしたら一品くらいは姉さんの手料理が出るかもしれないってことで、ちょっと楽しみなんだよね。

 で、ホームルームがあって今に至るよ」



 と、とりあえず簡潔に今日の出来事を語る。


 なぜかみんな白けていた。

 悠さんでさえ森は森でも枯れ果てた森みたいな荒廃した気配を漂わせていた。

 はて。

 どうしたんだろう。


「翼ねーさんが関わってるところとそうでないところで、情報量に圧倒的な差がありすぎるでしょう……」

「そう? ……フツーじゃないかな」

「なんかもう、俺お前に色々と敵う気がしねえよ……」

 夕陽が青ざめていた。何がさ。

「ふむ……まあ、結論はでたということでいいかな」


 そう言って会長がこの場を締めた。


「ですか。これで疑惑は払拭されたわけですね」





――何だその目は。















 今日のおまけというか日常のヒトコマ。


「にゃー」

「……まぶしいねえ」


 今涼莉はましゅまろにのってふわふわ空を飛んでいるの。

 普段より高い場所に登るから、太陽の光がいつもより熱いのね。でも風が冷たくて気持ちいいの。


「そういえば、あのガキどもも明日から夏休みかあ……なんか、すんごく騒がしそうなんだけど、実際どうなのよ」

「にゃー?」


 ましゅまろはうちに来てまだ日が浅いからそう思うのも仕方ないけれど、それほど騒がしくなることなんてそうそう多くはないの。

 それに楽しいことはいっぱいだから、ママと空が夏休みになるのは涼莉もうれしいの。


「そうかい。まあ、あたしは自分に面倒がかからなけりゃどうだっていいさ」

「にゃあ」


 ましゅまろはそんな風に言うけれど、きっとわかっているはずなの。

 楽しいことからは逃げられないってこと。


 にひ。


 しっぽを振って風をかき混ぜる。

 空の高いところの冷たい空気が熱くなったしっぽをひんやりと冷やす。

 すこしましゅまろをかじってみるの。


 あまーいの、ね。



手の付けがたいシスコンをどうやって描けばいいのか。この主人公は本当、毎度毎度面倒臭いったりゃありゃしない! 悩みの種です。そのあたりをもっとうまく周りと描けるようになったら、周りとの絡みももっとうまいこと描けるのかなあと思いつつ。


夏休みに入る前にひとつ挟みました。


次は涼莉の話にしたいです。ネコミミスク水ロリで読者の胸を熱くさせる。そんな書き手にわたしはなりたい。

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