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僕と姉さんと異界の異界の魔王

思ったよりも長くなってしまいました。

こざっぱりとした話が目標なので、精進したいと思います。

 ばくり。

 と、視界が黒に呑み込まれた。

 何を考える暇もない。


 ただ、今朝からやけにましゅまろが僕を見ていたのはこれが目的だったかー。と、冷静に納得しただけだった。





 で、これかぁ。

 僕は眼前に広がる大パノラマを前に深い深いため息をついた。

 明るい太陽の光溢れる大草原。その中に僕はいつの間にか尻餅をついたようにして座り込んでいた。服装は部屋着だけれど、外出にも耐えうる服装なのが救いといえば救いかな。

 足元にはましゅまろ。青空の下だと真っ白いそのボディも映える映える。ていうか反射が眩しいくらいだ。

 真っ青な空の青は深く、緑の広がる大地は地平線まで見渡せる。ふと右を向けば彼方には山の稜線が。左を見れば彼方に海の青がみえた。

 もう一度空を見る。大きな大きな鳥が、僕に影を落とした。いやでか過ぎだろ。あれ僕を余裕でひと飲みできるサイズがあるぞ絶対。

 さて。

 覚悟を決めて、後ろを振り返る。


「うわぁ」


 武装集団、及び、いかにもファンタジー世界な宗教っぽい服を着た人々がいた。

 武装集団は軽装の鎧に洋剣を手に持った人たちが前に立ち、後ろには全身を鎧で覆った重武装の人たちがいる。という事は、その奥にはその上の人がいるのだろう。

 宗教っぽい人たちは全身を厚手のローブで覆っており、ローブには幾何学模様が刺繍してある。淡い光を放っている事から、この世界にも常識の埒外力が存在しているのだろうと推測する。

 やれやれ、僕も随分と慣れたものだね。

 初めてこういった手合いに出会ったときは取り乱してそれこそ――大変なことになったものだ。


 さて。

 懸命な読者のみなさんなら、僕がどんな状況に追いやられたのか感づいた頃ではないだろうか。

 そう。

 いわゆる、異世界トリップとか言うやつだ。





 最初に異世界に放り出されたのはもう五年も前になるだろうか。

 邪悪な悪魔によって滅ぼされかけている世界を救う救世主として召喚された僕は、召喚した人たちから逃げまわること一週間、いつの間にか悪魔が討伐されるまで異世界を彷徨っていた。

 姉さんが見つけてくれなかったら僕は一生あの世界で生きることになっていたのかも知れない。まあとある村で良くしてもらっていたのでそれはそれでありかもしれないけれど、さすがに姉さんを放ってはおけない。

 ……ちなみにその日の晩ご飯は見たことも食べたこともない不思議なお肉だった。よく食べたな僕。





 それからというもの、その異世界には暇なときに顔を出しているし、それ以外の異世界にも突発的に喚び出されたり踏み行ってしまったりといった事が幾度もあった。

 おかげでこういった事態に多少の耐性がついてしまっているのだ。

 自慢できることではない。

 さて。

 めのまえに現れた人たちが、状況からして僕を召喚した人と考えてよいだろう。

 なぜましゅまろに食べられて異世界にやって来てしまうのかはわからないけれど。

 ていうか食べられたはずなのに一緒にましゅまろもいるという事に疑問を禁じえない。けれど考えたところで答えなんか出るとも思えないしなあ、このおばけ。

 僕をここへ寄越したのがましゅまろの意志なのかそうでないのか気になるところだけれど、まずは殺気立っている集団をどうにかするべきだろうね。


「さて、言葉は通じるのかな? もしもし、みなさん、こんにちは」

「っ?!」


 なるべくハッピーな、明るい笑顔で挨拶をしたら相手が引いた。なぜだ。

 ふむ。


「クックククク、どうやら僕を召喚したのは君たちのようだね……」


 ザザッ! と草を踏んで兵士の方々が距離を詰めてきた。

「あちゃー方向性違ったかー」

 ましゅまろ、そのどうしようもないものを見るような目をやめなさい。ていうか最初にキレた時から喋らないね君。

 ふむ。

「ましゅまろ君が何を考えて僕をここへ寄越したのかなんてわからないけれど、僕としては彼らのためにも事を荒立てたくないんだ。どうにかならないかな?」

「……しゃーないな、もー」

 喋った。

 シャベッタアアアアァァァァ!!

「何驚いてんの。ほら、乗りな」

 ふわり、とましゅまろの体が地面から離れた瞬間僕は突き出された剣をかわして、それに飛び乗った。なんとも表現し難く、心地良い包まれる感覚とともに僕の体はましゅまろにめり込み、僕らは一気にそらへと飛び上がった。そこにあって然るべき衝撃も反動もない。まるで映像を早送りで見るような勢いで空へと登る。ぴたり、と止まったそこは地上の音の届かない、風の鳴き声だけの世界だ。

 ……あとすぐそこを小さなビル程のサイズの鳥が飛んでるんだけど。案の定でかい。でかすぎる。


「ふう……ありがとう、ましゅまろ」

「別にいいけどさぁ……あんたなんでいきなり相手を威嚇するような真似するわけ?」

「いやあ相手が求めるリアクションがわからなかったからさ。普通に挨拶したら引かれたから、じゃあ別の方向性かと」

「あんたら姉弟は……」


 なぜか呆れるような声だった。

 試行錯誤するのは良いことだと思うのだけれど。


「ところで僕の記憶が正しければ、僕は君に食べられてこの世界に来たようなきがするんだよね。一体どうして?」

「ああ、昨日書斎にあったまんじゅう食べてからお腹の調子が悪くてさ、それでなぜかあんたを食べたら大丈夫だって思ってたんだよ。それで」

「このおばけは……」


 書斎ってつまり父さんの部屋だよね。あの部屋にあるものを口にするとか核弾頭を食べるのと同レベルで危険だよ。


「まあ、そのまんじゅうが何故か異世界をつなぐキーアイテムだったんだろうね。で、たまたま彼らが召喚の儀式を始めたせいで、僕がこうして喚び出されたと」


 どうにも運命というか流れというか、そういう物の強制っていうのは強烈らしく、結構強引な手段を取ってくる。夕陽や綺月も聞いた限りだとなかなかにエキサイティングな体験をしているようだ。

 ……あのふたりみたいな特別な技能も能力も持っていない僕がなぜそんな強制力に引き寄せられるのかは謎だけれど。姉さんと間違ってるのではなかろうか。


「じゃあ、君に聞いても元の世界に帰れるかはわからないか」

「だね。ていうかあんた、慣れてるね対応」

「初めてじゃないからね。そういうましゅまろも慌てた様子はないね」

「ふわふわしてるとねえ、割といろんな目にあうのさ」


 それはふらふらしているからじゃないのか。いや、ふわふわしてるのも間違いじゃないんだろうけど。あと最近はふわふわもせずにごろごろしてるよね。


「……なんかさっきから悪意のある思考をかんじるな。落とそうかクソガキ」

「やめてよね。君に何かされたら僕に勝ち目なんかないんだから」

「胸をはるなよ男の子」


 事実だしなぁ。

 さて。

 どうしたものか。

 といっても。

「まあ下の人達に聞くしかないよね実際。僕らじゃどうしようもないし」

 ま、事態を解決する――というか勝手に解決されてしまうだけなら待っていればどうにかはなるんだろうけど、さすがに何もせずに、というのは格好悪い。

「てことでましゅまろ、悪いんだけど、声が届く程度の高さまで降りてもらえるかな」

「はいはい、人使いの荒いことで」

 すいーっと滑るようにましゅまろが降りてゆく。結構な速度だ。そして相変わらずあるべき現象はなにひとつない。落下の浮遊感も、風圧も。どうも、ただのおばけというわけでもないようだ。

 そうして、十メートルほどの上空で静止する。下の方々は僕らに気づいた様子で、じっとこちらを見ていた。

 ざっと見回して――ああいたいた。重武装の兵士に囲まれた、明らかに身なりの整った人物。壮年の男性と僕と同年代位の男女。父親とその子供たち、といったところかな。

 その人達に向かって、声をかけた。


「ええと……僕の言葉、通じるのかな? 聞こえてますか?」

「――――ああ、聞こえている。言葉も通じている」

「そう、よかった」


 ほっと胸をなで下ろす。正直言葉さえも通じない世界というのはいくらでもあった。どうにも世界がご都合主義的パワーを発揮してくれる場合とそうでない場合があって、前者の場合は言葉がまるっきり通じない。それどころか見た目完全にでかい昆虫の種族と意思の疎通を迫られたりもする。

 あー……心の傷が痛い。


「僕を――僕らをこの世界へと喚んだのは、あなたたちということでよいでしょうか?」

「う――む、その通りだ。我々は目的をもって、その目的に必要な存在を召喚した」


 男性の声は深く、威厳を感じさせる。遠くはなれているというのに、重いプレッシャーが僕の手のひらに汗をにじませたほどだ。

 そして男性がいうにはなるほど。どうやらここまではテンプレ通り、特にひねりも突飛でもない展開らしい。


「その目的とは?」

「うむ……実は数年前、この世界の占師たちがとある未来を見た。それは、この世界に恐ろしいほどの力を持った魔王が訪れると。その魔王は場合によってはこの世界を滅ぼしてしまう、と。

 我々は一致団結した。十年以上続いていた戦争を止め、すべての力をこの対処のために集結した。そうせねば全てが滅ぶとわかっていたからだ。

 そうして我ら人類、全ての力と知力を結集してなんとか期日にギリギリ間に合い、喚び出したのが――」

「――――僕、ねえ」


 さて。

「思ったより事態が重いんだけどどうしようコレ」

「あたしに相談すんなっての。召喚されたのはあんただ、あんたが決めな」

 おっと冷たいですよこのおばけ。相変わらずのレディースとか総長といった感じ。

 まあ騙しても仕方はないし、素直に言うしかないだろう。


「と言っても、僕には何の力もないですよ。こっちのましゅまろはともかく」

 おいこらあたしを巻き込むな。との抗議はひとまず無視させていただこう。

「そうは思わん。私も伊達に一国の王をしてきたわけではない。少年、君には何か可能性があると、そう感じる」

 あはははあのおっさん人を見る目ねえな。うるさいよちょっと。

「はあ……と言っても、僕には何のメリットもないんですけれど。強制的に喚び出されてるんですよ、僕」

 しかも身内に食われるというとんでもねえ召喚方法。絵的にも結構ショッキング。

「うむ……見事驚異を払ってもらった暁には世界人類をあげて君の功績を讃え、可能なかぎりの望みを叶えさせてもらう」

 うわぁ。下からの声と僕の心の声がそろった。

「それ、僕帰れないってことじゃないですか?」

「……………………」

 無言かよ。いやまあなんとなくそんな気はしてたけどね。ギリギリ間に合ったってそういう事でしょつまり。

 やれやれと溜息をつく僕に対して、隣に立っていた女の子が一歩前に出た。いかにも温室育ちといった風だが可憐さだけではなく芯の強さを感じさせるダークグリーンの瞳。王様との血のつながりを感じさせる。

「あ、あなたにとっては不満な事でしょう! けれど、私たちにはもはや選択肢はなかったのです! 認めて欲しいとも納得して欲しいとも言いません! ただ、理解はして頂けないでしょうか!!」

 あらあら真っ直ぐねえ可愛らしいじゃないの。君が言うと不穏だななんだか。

「どうかお願いします! 望みとあらば、わ、わ、私の身を差し出しましょう」

「いや別にそれは微塵も興味ないし必要もないし欲しいとも思わない」

「へぁっ?!」

 涙目で顔を真赤にして必至に訴える少女にさすがに哀れみを感じた僕は、そんなつもりはないときっぱりと否定してあげた。ここで僕が躊躇いを見せれば、後々の禍根になるかも知れないからね。

 案の定、僕の言葉に彼女はぽかんと口を開けて呆けてしまっている。うんうん、僕は別に君に運命を強制しようなどというつもりはないのだから、自由で良いのだ。

「うん、今日も僕はいい選択をしたね」

 アホだなこいつ。なぜかましゅまろに罵倒された。

 ていうか約一名を除く下の人達全員の視線がぐんと下がった気がする。

 なぜだ。


「ふ――む、なあ君。それはつまり、俺の妹は君の興味の対象にはならないと? 身内贔屓になるかも知れないが、妹はなかなか器量良しだと思うのだがね。中身はまあこれから色々学ぶ必要はあると思うが」

「に、兄様! 何を!!」

 苦笑する彼は、少女の隣に立っていた男性だ。こちらは、僕より少々年上に見える。あるいは姉さんよりも年上かも知れない。

「いやあそりゃあ同意しますけどね。正直死人の目も醒めるくらいの美人だと思いますよ」

「ふへっ?!」

「……驚き方が独特であるとも思いますけどね」

 さておき。

「まあ正直――あなたたちに僕を元の世界へ帰す力があろうとなかろうと。あるいはその気があろうとなかろうと、僕は元の世界へ帰るつもりですからねー。こちらで因縁を残すのは趣味でもないです」

「ほう……君は自力で世界を越えられるというのか?」

「いーえまさか。さっきも言ったように僕には何の力もないんですよ。まあそれはささいな事です。ところで」

 あまり突っ込まれても答えにくい話なので、話題を変える。

 男性も僕の意図を読んでくれたようでそれを遮りも止めもしなかった。

「その魔王っていうのはいつごろ、どこに出てくるかは分かってるんですか?」

 僕のその言葉にさっと空気が変わる。冷たく思い、覚悟の定まった者のそれだ。それを、この場にいる全員が纏った。

 嫌な予感が腹の底から湧き上がる。

 ちょっと、もしかして。

「勘が良いな、我々の希望よ。そうだ。魔王が現れるのは――今日、今、この時だ」


 ぐん、と空気が重みを増す。

 空がグニャリと歪み、色が滲み出す。深く暗い赤と青のマーブル模様。ウルトラマンのオープニングみたいにぐるぐるうずうず歪んでいく。

「ふうん、空、落ちる前に下ろすよ」

「このままどこかへ逃げたいところだけれど、そうもいかないか」

 命は惜しいけれど、彼らを見捨てるのは最悪に格好悪い。

 姉さんの弟である以上、多少格好つけないと格好がつかないというものだ。

「さて。姉さんの弟として恥ずかしくないようにしないとね」

「……あんたって」

 なぜかましゅまろに可哀想なものを見るような目をされた。なんでさ。

 そうこうしているうちに空はより深く混じり合っていた。降り注ぐ光も心なしか粘性を帯びている気がする。

 ふむ。

 なんていうか。

「怖いか、異界の少年」

「これ怖くない人は頭の中が最初から怖い人ですよ」

「ははは、愉快だな君は」

 近寄ってきたのは青年だった。止めようとする周りを片手を上げて制止し、ひとりで歩み寄ってくる。

 なんていうか。

 まさしく物語の王子様、といった印象を受ける。一度見てしまえば目をそらすことも難しいオーラ。カリスマという言葉が具現化したかのようだ。

 それは一つ一つの洗練され整った仕草、穏やかで力強い声、相手を捉えて放さない瞳。そういった要素のひとつひとつを意図的かつ無意識的に統合し総合的な要素として発揮しているからだろう。

「我々は君に期待していいのかな?」

「ご自由に。応えるのは僕の自由ですから」

「違いない」

「にしても納得が行きました」

「うん?」

 僕がここにいるのに。

 ここにいるのが、彼らだけだということが。

「異世界からやってくる破壊。おそらくそれに対抗出来るであろう戦力。それを出迎えるのに――手に入れられるチャンスなのに、明らかにひとつの勢力しかないのは、これが理由なんですね」

 青年は小さく笑った。否定がないということは肯定なのだろう。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。彼らはそれを実践した。

 なら、多少は応えてみたくなるのが人情というものだ。そこまで見越した上だったとしても、それはそれで、爽快だ。

「さ、て。ええと――」

 ちょっとあたりを見回す。

「あっちか。行こうか、ましゅまろ」

「はいはい、と」

 じゃあ、と王子様と別れる。

 ふたりつれたって歩く。

 他の人達にはわからないらしいけれど、なんとなく僕にはわかったしましゅまろにも判るらしく。

 そこに魔王が現れると確信出来る場所へ向かって歩き出した。





「勝算はあるのかい?」

「僕が頼りにしてるのは君なんだけどね。なんども言うけど、僕には何の力もないから」

「けど喚ばれたのはあんただろうに」

「うん。それはもしかしたら君という存在をこちらへつれてくるための鍵として、かもしれない」

「はあ、なんでさ?」

「うん。だってさ」

 なぜかすこし、笑ってしまった。

「ましゅまろがこの世界に来たのは、僕を追いかけてきてくれたんだよね」

「――――――――気づいていたのかい」

「なんとなく、そんな気がしてただけだよ」

 確信はなかったけれど。なんとなく、信じていた。

 だって。

「家族だからね」

 自分のせいで家族が危険にさらされたのなら。どうにかしようって、僕なら思う。

 ましゅまろにそれを期待するのは、迷惑かもしれないけれど。

「ふん。おめでたいヤツさまったく」

 ましゅまろは、笑った。

 まあ、顔はいつものあれだけれども。

「けど悪いね。あたしだってこんなのどうにか出来るとは思えないさ。天を作り替えて世界を滅ぼそうってヤツだ。いくらなんでもねえ」

「ふむう。そうか。となると……」

 僕が考えをまとめ始めたところで、ずるり、と水っぽいものを引きずるような音が響いた。

 空間全体を包み込むように全方位から。あるいは、引きずるものの中に僕らがいるかのような。

 腐臭が漂い始める。呼吸するだけで胃袋がひっくり返り吐き気をもよおす。鼻を押さえて口で呼吸をするけれど、今度は舌が痺れ始める。どんだけきっついんだこの空気。

 やがてそれは目を刺激し始める。涙が浮かび、視界がゆがむ。

 空気が肌を刺し、じりじりと静電気のような刺激が全身を撫でる。


「――近い」

「ああ。来るね」

 鼻を抑えているためちゃんと声を出せない僕に対してましゅまろはいつも通り。おばけには関係ないだろうけどずるいなおい。

 視線が地上三メートル程度の高さの一点に集約する。

 そこに得体の知れない力が集中している。

 永遠の彼方。

 絶対の至近。

 彼岸の此方。

 不定の断絶。

 歪む全ての中央にあるがゆえに揺らぎのないその一点。

 そこに、いる。そこから、来る。


 さて。

 それでは。


「お引き取り願おうか」


 僕は。


「ましゅまろ、口を開いて」

「ええ? まあいいけど、さぁ」


 ぐぱあ、と開けば、そこは絵の具で塗りつぶしたかのようなのっぺりとした黒で覆われていて。

 手を、突っ込む。

 イメージする。



 まあ、順序立てて考えれば判ることなのだ。

 僕には力がない。

 ましゅまろにはきっと力はあるけれど、今めのまえに迫った脅威に抗する事はできないという。

 それでもこの世界が望み、僕の世界が答えたのなら、僕がここへ来た意味はあるのだろう。

 それはさっきも言ったように、ましゅまろをこの世界へとつれてくること。

 けれどやっぱりそれは正解だけれども、結論ではない。

 ましゅまろ。

 僕はその口に呑み込まれてこの世界へやって来た。

 この口は、僕の世界のものをこの世界へとよびこむ境界線になっている。

 とはいえその逆の働きをするかどうかは未知数なので僕が飛び込んでも元の世界へ辿りつけるかどうかは分からないし、今はそれを考えている場合ではない。

 重要なのは僕の世界のものをこの世界へよびこむことができるということ。世界の強制力というヤツが働いているのなら僕を返しはしないだろうが、僕の意志を汲みとってくれるくらいのことはするだろう。

 そう。

 力がないのだから力があるものをよびだせばいい。


 認めてもらえずとも納得してもらえずとも理解はしてもらう。だって選択肢はないからね。


 僕が呼ぶ存在。

 姉さん――ではない。

 これはゼロを一万に砕いてその時間の中で相手を叩き潰さなければならない精密作業だ。相手が僅かに顔を出した瞬間この世界は壊滅的な打撃を受ける。そんな相手だ。

 姉さんにできないとは思わないけれど、確実とは言えない。

 綺月はこういった荒事に付き合わせたくはない。夕陽はパワーはあっても速さで劣る。

 涼莉はスピードはあってもパワーがない。

 当然だ。前ふたりは人間だし涼莉もまだまだ幼いのだから。

 だから無粋に無遠慮に。

 人間ではない存在でさらに成熟した。


 やってくるものと同じ存在をぶつけさせてもらおう。



「お願いしますよ、大魔王様」



 引き摺り出す。腕を。その先で掴んだものを。


 ず、る、ぅ、り。


 黒い闇が液体のように溢れでて、地面に落ちる前に霞のように消える。

 そこから現れるのは、力強い腕。肩、頭、胸、腰、足。

 人の体。


「……あん?」

「どーもジュス様お元気ですか」


 スラリとした体躯にぼさぼさの髪。黒縁メガネの奥の瞳は眠たげでやる気も気力も感じない。

 服装はジャージ姿で世界観に違和感バリバリなのに、彼という存在には絶妙にマッチしているのだからまたタチが悪い。


 ジュス様。

 ジュスティード・ガルガンチュア。

 棄剣パンタグリュエルを有する、この世界とも僕の世界とも違う世界の住人で、その世界では魔王と呼ばれていた存在だ。

 ジュス様は状況を知るためか少し辺りを見まわし、うん、とひとつ頷いて。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャ痛ってえな脛をけるな!」

「出てきてすぐならまだしもいちいち状況を確認してからネタに走るテンポの悪さが腹立たしすぎます、ジュス様。ていうか引っ張ってきておいて何ですけど、よく起きてましたね」

 この人は起床時間と睡眠の割合が三対七くらいの割合なんだけれど、一度寝始めると数日間寝続けるので起きているタイミングが測りづらい。

「ああ。昨日からずっと起きてるよ。翼のヤツにたたき起こされてな。なんでもテメーの姿が見えねーとか何とかでよ」

「え? ……昨日からって、まさか」

「時間軸がちがうってところでしょ。ありがちといえばありがちじゃん」

 むう、確かに。

 しかしこの短時間で日付が変わってしまうとは。

「つうか空よお、その白い面白い生き物――生き物か? まあいいや、それなんだよ。どうもそいつのおもしろ機能で俺を連れてきたみたいじゃねーか」

「ええまあ。それについては後々説明します。今は状況が差し迫ってるんで」

「確かにこのちっちぇえ世界にはでかすぎるヤツが顔を出そうとしてるな。なんだお前、ドラえもん役で喚び出されたのか」

「ま、そんな感じです。どうにかできます?」

「ふん。ま、やってみてやるよ。が、それにはテメーも手を貸せよ。俺にだけ働かせるってのは虫が良すぎるってもんだ」

「ええ、出来ることなら。ましゅまろ、下がってて」


 ジュス様が拳を前に出す。きつく握り締められた拳に熱が集まっているのか、陽炎の様にゆらゆらと空間が歪む。

 その力を感じたのか世界の壁の向こう側からこの世界を狙う存在が、こちらへと興味を持った。今までの数十倍の不快感が全身を這い回る。


「へ、まあ悪くない力だ。けどまあ、駄目だな。失格だ。テメェ、つまんねえよ」

 ほらよ、とジュス様が白い結晶を僕に投げた。それを受け取った僕は――ああ、うん。そうか。これはつまり。

「『一回分。空の望む物ならなんでも』だそうだ。止めるのは俺がやる。あとはてめえがやれ」

「了解、魔王様」

 悪寒を飲み込み抑えこみそれでも足りないから精一杯に虚勢を張って。


「じゃあ姉さん、ちょっと使うよ」


 ジュス様の横に立つ。

 握った拳の中で結晶を砕く。飴細工のように壊れて欠片がこぼれて宙を舞い、キラキラとした光りが一筋の杖のように伸びる。それを掴んで腰を落とし、肩越しに大きく杖を振りかぶる。

 ぴたりと杖を背中に付ける。こいつの『刃』を振り切るには中途半端は似合わない。

 さすがに今の僕ではこいつの全てを具現化することはできないけれど、効果を再現する程度のことならば可能だ。なにより、姉さんがそう設定してくれている。やれやれ、最後はやはり姉さん頼りというのは締まらないけれど。現状、これが僕の精一杯だ。なら認めようじゃないか。


 ふう、吐き出す呼気は熱く、心のたぎりがそのまま現れたかのようで。


 さあ。


「お願いします」

「ああ。それじゃあ行こうぜパンタグリュエル」


 きぃん、と金属がぶつかり合うような響きと共に、ジュス様の手の中の熱が一本の琥珀色の光の剣になる。光は天使の階段のようにうっすらとした物だけれど、とても美しく目と心を引きつけた。

 無言で剣が振り抜かれ。

 無音で空が引き裂かれ。

 無色の光が濁流となり。

 無数に時間が砕かれる。

 無限の距離が零になり。


 この一瞬が永遠となる。


 世界が凍る。時間が死ぬ。


 空間の一点には、僅かに歪みの奥から顔を出した来訪者。そのほんの僅かの現出が、僕の足元三ミリ先までを一瞬で腐敗させていた。

 けれど、そこまで。ジュス様の力によって時間も存在も全てが停止したこの世界では、これが限界だ。

 これより早ければ僕の力は届かず、遅ければ僕は為す術も無くこの存在の前に屈していただろう。

 世界を砕いた本人は相変わらず半分眠ったような瞳で僕を見ていた。さっさとやれ。

 僕は頷いて力を振るう。

 大きく構えた光の欠片の杖を、全力で振り抜く。そこにある刃を夢想しながら。


「はあああああああっ!!!!」


 景気の良い音を立てて。

 世界の終わりを真っ二つに斬り裂いた。







 今回のおまけというかその後。



「もう空ってば。いつも言っているでしょう? 遠くへ行くときは、ちゃんとおねーちゃんに言わないと。ね?」

「あー、うん。ごめん姉さん。ちょっといきなりだったからさ」

「いきなりでも連絡はしないと。おねーちゃん心配したんだから」

「ごめん、姉さん」

 言い訳はいろいろあるけれど、心配かけたことは事実。そこは素直に謝ろう。

「じゃあ、俺はかえってねるから」

「あージュス様もありがとうねー」

「礼を言うなら脅すのはやめてくれ。さすがに俺でもお前の刃で首をはねられたら終わりだからな」

 どうも姉さんは物騒な手段に訴えていたらしい。ううむ。

 すでに眠気に襲われているらしいジュス様はふらふらと自分の部屋へともどっていった。ジュス様も僕らと同じマンションの住人なのだ。

「それで空、今度いった場所は、楽しかった?」

「うーん……」

 あの世界を思い出す。結局あの世界から返ってきたのはあの後報告をしてすぐのことだった。ジュス様に急かされたためろくに挨拶もできなかったけれど、王子様とはまた話をしてみたいと思う。

 お姫様は……なぜか分からないけれどちょっぴり嫌われたらしい。おかしい。あんなに気を利かせたといいうのに。

 王様は相変わらずのいかつい表情で感情が読めなかったけれど、まあ嫌われていないといいかなと思う。


 異界の魔王には悪いけれど。

 僕の都合で退場いただいて、本当に悪いと思うけれど。

 彼を登場人物から排除したことを、僕は素直に喜んでいる。

 うん。


「楽しかったよ、姉さん」


 そしてこれからもきっと、楽しくやっていけるような気がする。

 僕の顔を見てそれを感じてくれたのか。姉さんは優しく微笑んで、少し背伸びをして僕の頭を撫でてくれた。

 暖かくて柔らかい感覚。


 そうして、僕のいつもと違う休日はいつもの休日に戻ったのでした。



マイリストしてくれている方々、ありがとうございます。

正直それだけで非常に励みになります。

もっと無茶でもっと滅茶な話をお届けできるよう頑張っていきます。

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