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僕と姉さんと青い吸血鬼

もっと。もっとはっちゃけたい。


「おいーっす」

「ういーっす」


 家に帰ると、リビングには酒を飲んでいる金髪美人がいた。

 向かいには姉さんが座っていて、ちょっとお高めのフルーツジュースを飲んでいる。

 ふむ。


「なんじゃこりゃぁ……」


 さすがにご近所迷惑を考えて大声は出せなかったけれども、僕の気持ちは大体そんな感じだった。





 金髪美人は暗い青色のマントと帽子の姿だった。室内なので帽子はさすがに外しているけれど。

 腰を床に落としているせいで長いさらさらとした金髪が床に広がっている。

 にやにやと笑っているけれどそれが嫌味を感じさせない雰囲気がある。

 年の頃は姉さんと同じか少し上、といった所だろうか。身長は僕よりわずかに低いくらいか。女性としては、高い部類に入るだろう。

 向けられる瞳の色は、真紅。この瞳を持つ存在に、僕は以前も会ったことがある。


「ええと、姉さん。こちらの人は?」

「おかえり、空。この人はリア。ちょっと知り合った縁でねー、ご飯をご馳走しようと思って」

「紹介に預かったリアだよ。よろしく、少年」


 金髪の彼女――リアは、ハスキーボイスで手をひらひらと振った。


「リア。このコはあたしの弟の空だよ」

「一目見て分かったよ。確かにこの上なくあんたの弟さね」


 勝手に紹介が終わってしまった。

 僕はどうすればいいんだ。


「ていうことで空、晩ご飯はひとり分多めにお願いね」

「ってこの流れなら姉さんが作るんじゃないの?!」

「ううん。空の料理が美味しいって話をしてたんだから、空が作らないと」

「何その理不尽な話の流れ……っ!!」


 本人の意志が何一つ介在していない……。いやまあやることはいつも通りだから何も問題はないんだけどさ。心情的な問題というかこう。

 仕方なく僕は制服から部屋着に着替えた。そんな僕の後ろを涼莉とましゅまろがそれぞれすたすたころころとついてくる。

 ていうかましゅまろ。お前は、飛べ。浮けるんだから。最近めっきり横着を覚えたなこいつ。


「ふたりとも何でついてきて……って、ああ……そうか。

 大丈夫だよ涼莉。さすがに姉さんが呼び込んだんだから、例え吸血鬼と言っても何かされることはないって……たぶんね」

「にぁっ?!」


 何しろ僕とて初対面でまともに言葉を交わしていないわけで。さらにいうなら、姉さんには無害で僕らに有害でない可能性がどこにあるだろうか。逆のパターンだっていくつもあったけれど、姉さんはその辺、自分で処理していた。

 僕らは? ムリムリムリ。例えばこの中で物理攻撃力が一番高いのはおそらく涼莉だろうけど、それにしたって吸血鬼なんていうのは存在のグレードが違う。


 まったく、気苦労が次から次へと出てくるのはもう運命と割り切るしかないのかなぁ。


 そんな事を考えながら着替えを終えてリビングへと戻った僕らを待ち受けていたのは。



「お……ぉぃすー……ぅ」

「いやああああ! なんかいきなり死にそうなんだけどー?!」



 顔を真っ青にして机に頭をのせてぴくぴくと痙攣しながらも、にこやかな笑顔を浮かべ(ようとして大失敗し)たリアさんだった。

「え、何、なんでいきなりそんな大ダメージを」

 急いで駆け寄った僕の鼻に強烈な匂い。

 ふと見ると、今朝作っておいた濃厚ガーリックトーストが転がっていた。

 いや。

 その。

「何故食べたそしてなぜ与えた姉さんっ?!」

「いやー、なんか小腹が空いちゃったから。苦手だって言ってたんだけど、まさかそこまで苦手だったなんて」

 いや。これは苦手ってレベルじゃない。そして嫌だと言っている人に無理やり食べさせちゃダメ。

「あたしも無理に勧めてはないよ? 最初は食べてなかったんだけど、一口だけでもって」

 えー。

「……なにしてるんですか、あなたは」

 ていうか大丈夫なのか。

「いやあ、その子があまりにも美味しそうに食べるもんだからねぇ……。まあ、ちょっとだけ、ほんのちょっとなら、いけるかなーって思ったんだけどやっぱ無理だったわー」

「なにちょっとした好奇心に命かけてるんですか……」

 リアさんはまだ若干ぴくぴくしていたけれど、それでも起き上がった――ってめちゃくちゃ顔色悪っ! 半死人だよこれ!

「ははは、不死者の代表である存在を捕まえて半死人とはなかなか面白い表現だ」

「心を読むなよ」

 リアさんはけたけたと笑った。

「ま、心配しなくてもいいよ。これでも体は丈夫だからね」

「いやまあ丈夫は丈夫なんでしょうけども」

 人間とは比較にならないほどに。だからといって弱点を当たり前のように食べて大ダメージを受けるのはどうなのかと。

「ふむ。私が信用ならないかな? まかせときなって、こんなもんもう一口食べたって――おげばぁっ!!」

「だからあんたは一体なんなんだ!!」

 止めるまもなくガーリックトーストを大きく噛みちぎり、そのまま泡を吹いて倒れる金髪美人の吸血鬼。

 姉さんは何が面白いのかお腹を抱えて笑っていた。

 いや、あなたが連れてきた客が今まさに大変な事になってるんだから笑ってる場合じゃないって。





 まあ結局そうそう簡単に死なないのが吸血鬼らしく。

 ちょっとお手洗いに言って聞くに耐えない声が聞こえて、しばらくして戻ってきた彼女はずいぶんとすっきりとした顔になっていた。

 いやまあ、うん。なんだろう。色々と悲しい。

「ふぅ……いやあ、ま、ご飯を食べる前に余計なもんを吐き出してきたと思えば、」

「それ以上何もいわないで、お願いしますから!!」

 美人からそんな言葉聞きたくない!!

 すでにキッチンに入っている僕としては結構切実な願いでもある。やる気に影響するというか、僕の食欲がつくる料理に影響するのは致し方がないので。

 調理しているだけでも暇なので、僕はリビングの二人の会話を聞いていた。





「さてさて。それで翼。あなたは吸血鬼なんて信じない、ということだったっけ」

「そだよ。だって、いたら怖いじゃない、吸血鬼」

「ま、そりゃあそうかもね。人間じゃあどうやったって吸血鬼みたいな非常識な存在には敵いっこないわけだし」

「え? いやいやそうじゃなくって」

「違うの?」

「違うよーやだなーリア。だって物語の中の吸血鬼はたいてい村の人達に倒されたりするじゃない。だから勝てないってことはないと思うよ?」

「ふうん、まあ、そういう考え方もあるかもね。それでも結局、一対一だとよっぽどのことでもないと勝てないと思うけど」

「あー、まあ、一対一だったらさすがにねー」

 ねー、涼莉ー。

 と言って、涼莉を抱く姉さん。涼莉のしっぽが揺れる。

 己とある意味近しい非常識な存在を抱く姉さんを、リアさんはなんというか絶妙に納得の行かないといった表情をしてみていた。

「翼は、吸血鬼のどんなところが怖いっていうの?」

「印象、かなぁ」

「印象?」

「うん、ほら吸血鬼ってなんかさ」

 姉さんはにこやかに。

「でっかい蚊みたいじゃない」

 正真正銘吸血鬼相手に一番言っちゃいけないこと言っちゃった。


 包丁の音と。

 涼莉の鳴き声と。

 マシュマロの動きが。


 ぴたりと、止まった。


 くつくつと、スープが煮えたぎる音とテレビのバラエティのやかましい笑い声だけが部屋に満ちる。


 氷河期をもたらした張本人は、きょとんとした顔で正面に座る吸血鬼――姉さんの言うところの第一印象『でっかい蚊』を見ていた。

 リアさんは耐えていた。よく耐えていると思う。怒りで机に指がめり込んでいるけれど、まあこれは言ったほうが明らかに悪いのでむしろこちら謝罪したいくらいだ。

 一名を除いて凍りついた中、最初に動きを取り戻したのは、当の吸血鬼だった。


「そ、そう。それが理由なんだ」

「そだね。それにコウモリに化けられるってのがちょっとね、うん、まあ汚いよね、衛生面的に」

 そこか。そこ気にするのか、姉さん。

「あとひきこもりだし。まともな職業付けないよね。まあ体質的な問題なんだけど、うーん、情け無いかなぁ」

 容赦無いな姉さん。命に関わるんだからいいじゃない。

「ていうか弱点多いよね。にんにくとか十字架とか流れる水とかさー。やられるために生まれてきました、って言わんばかりで笑いを誘うのが救いかも」

 目の前の本人がなにひとつ救われてるように見えないよ、姉さん。

「まあそれでもさっきリアが言ったように基礎スペックが高いあたり、なんていうか狙った感じでちょっといやだなー。厨二病っていうんだっけ」

 あるいは黒歴史ね。生きているだけで黒歴史扱いって僕だったら今すぐ窓ガラス割って飛び出すレベルだよ。

 まあ。

 部屋を見回せば、そういう存在が涼莉とましゅまろ以外にもいくつか目につく。ていうか一番のチートは姉さんなんだけど。

「まあ総じて、好感度としては台所の黒い悪魔とあんまり変わらないかな」

「ふぐっ!」

 人類が下す中でも最低位に位置するであろう評価を付きつけられたリアさんは、胸を押さえて倒れた。小刻みに揺れる肩。泣いてるのかも知れない。知れないけどもはやどうやってフォローすべきなのか、僕にはわからない。

 ただただ心のなかで謝る僕。

 そんな僕の内心など知らない姉さんは、首をかげて言った。


「リア、もしかして吸血鬼好きだったの?」


 ちゃうねん。





 食事は普通に進んだ。

 ただその。

「ああ姉さん、『きゅう……」

「ぎろ」

「……り』は、こっちの漬物と、合わせて食べてくださいな……」

 約一名の心に深い傷を残したらしい。






 リアさんは駅前のホテルに泊まっているということなので僕が途中まで送って行くことになった。

『女のコの一人歩きはあぶないでしょー。空、ちゃんと送ってくるんだよ』

 必要ないというリアさんに対して、姉さんは強引に僕を送り出した。


「あの子、本当にアタシの事を人間だと思ってるんだね……実は違うんじゃないかと疑ったけど」

「いや、姉さんの相手の急所をあえて狙うような発言は天然でいつものコトなので、はい」


 リアさんは半目で額を抑えていた。

 納得いかねーできねー、とつぶやきが聞こえる。うんまあ。

 ちらり、と視線がこちらを見る。

 なんだろう。


「あんたは、アタシがなんなのかすぐに分かってたみたいだけど」

「僕はそういう事に抵抗ないんで。ていうか涼莉とましゅまろの存在があると認めざるをえないというか。姉さんみたいな強引な解釈はなかなか難しいというか」

「まあ、そうだよねえ。何さ『ねこ』と『ましゅまろ』って。勝手に分類を新しく作るのは良くて幻想上の存在を認めるのはだめなのか」

「ああでも姉さんツチノコの存在は認めてますよ」

「そっちがよくて吸血鬼はダメなんだ……」

 判断基準どこだろう。二人で首を傾げる。

 とはいえ考えたところで答えが出るわけもなく。

「まあ何にせよあのレベルで完全否定されるとさすがに絶句するね」

「絶句」

「文句もでないよ。笑えるね。いや笑えないけどさ」

 すっごいダメージ受けてましたからね。

 絶句してた。

「台所の黒い悪魔って。ゴキ……ってさ、いくらなんでも酷いだろ。吸血鬼ってもっとこう、オドロオドロしくて高貴なイメージとか、あるじゃん? なのになんでそんな、なあ?」

 マントが震える。言いたいことはよくわかる。よくわかるけど、見てるとこう、もう吸血鬼に見えない。

「まあ姉さんのイメージですから。鬼と聞いて最初に出てくるイメージが『しまパン』ですから」

「やっぱり着眼点に納得いかねー」

 天を仰ぐリアさんの髪が、流れてきた風にふわりと浮かび上がる。月明かりをきらきらと弾く美しい波に目を奪われた。

 吸血鬼という印象があるからか、月を背負う姿がよく似合う。


「――ていうかさ」


 その前髪から覗く瞳。真紅の瞳。

 それに射ぬかれて全身の神経が一瞬けいれんを起こす。


 え?

 何事?


 リアさんの纏う空気が、雰囲気が一変する。変化する。変質を起こす。

 空気が重く深く質量を持ったかのように肌に絡みつき足が大地に縫いつけられる。


(いや、ていうかさ……)


 あかいあかいひかり。

 リアさんの瞳から光が漏れている。ひらりひらりと雪のように零れる紅い光。血よりも赤く鮮やかに禍々しく。


「あんたはアタシを吸血鬼だと知っているのに、恐れないよね」


 近所の住宅街が異界になってしまったみたいな圧迫感。いや、異界でもこれほどの息苦しさは感じたことはない。

 心臓の鼓動が、流れる血液が、やかましく耳の奥で音を立てているのに透き通るようなその声だけははっきりと聞き取れる。


「アタシとしてはそれはそれで驚異を感じるなぁ。アタシの事を理解してちゃんと怖がってるのに、なんでそんなに普通なんだろ。

 もしかしてアンタ、自分が死なないとか死ぬわけがないとか、そういう風に信じているタイプ?」

「いやまさかそんな風に考えたことありませんよ。ただ僕は姉さんが連れてきたなら大丈夫かなって思ってただけで」

「ふうん?」


 リアさんは三歩近づいて、僕の顔を下から覗き込んできた。

 赤い瞳の中にひたいに汗をにじませる僕が映る。

 というか彼女は一体何が気に入らないのか。


「ええと、リアさん?」

「いや、ねえ。アタシの存在意義としてはああいう扱いは困るっていうかさ。たしかに話していて面白いし興味深い存在だよ、アンタの姉は。ああいう手合いはそうそういない。だから招待されたんだしね。

 けど予想外というか想像以上というか、あそこまで認識が強固だとするとそれはそれで脅威ではある。

 さて、その原因は、なんだろうね?」

「さあ……僕にはなんとも……」


 リアさんはわずかに瞳を閉じて。

 指先を僕の鼻先に差し出した。

 一体何事だろうか。

 と。


「ふ……っ!!」


 リアさんがその場を大きく飛び退く。さらに大きく舞い上がり、マントを翻して宙で踊る。

 目を凝らすと、彼女の周りに無数の光の線が走っていた。キラキラと光るそれは荒れ狂うマントに弾かれる。

 しゅ、と何かが通り過ぎる音がしてそちらを見ると、植木が綺麗に斜めに斬れていた。

 どうやら打ち返した線がかすめたらしい。

 そこでようやく、僕は彼女を襲っているものの正体に気がついた。


 斬撃だ。

 鋭く、速い。


 やがて攻撃は終わり、ゆっくりとリアさんが降りてくる。

 その姿は吸血鬼といよりは、天使といったほうが受け入れられるほどの神々しささえ感じた。

 音もなく地に降り立ち、ふう、と息を吐く。頬に走る一筋の赤を拭うと、そこには何も残らない。指に残った血をなめ、ゆっくりとこちらへ向かってきた。


「……今のが、自分が死なないと思う理由?」

「今のは僕も驚いていますよ。たしかにこのへんなら姉さんの射程内ですけれど、まさか今日知り合いになった人相手に攻撃をかますとは想いませんでした」

「驚かないのね?」

「驚いてますよ。まさか姉さんに切れないものがあるなんて。すごいですね、そのマント」


 僕の発言に、なぜかリアさんは深い溜息を付いた。


「ふう……ふ、くくくく、あははははははっ!!」


 そして笑った。

 ええと、なんですか、一体?


「いやなに、気にするな。面白い物を見ることができて満足したってだけの話だから」


 そう言ってリアさんは自分の親指を少し噛み切った。赤い血がぷっくりと浮き出て、そのままふわりと浮き上がり珠となる。

 月光を受けて透き通るそれは空を滑って、僕の胸元へ。


「……えっと?」

「プレゼントだよ。手を出しな」


 はあ、と差し出した僕の手に、朱玉が落ちる。

 ころり、と手の中に転がったそれはかすかな温かみを持っていた。


「これは、一体?」

「吸血鬼の血。存在の結晶さ。お守りみたいな物だと思っておけばいい。肌身離さず持っていろ、なあんてロマンチックな事は言わない。ただ、危険を身に感じたら懐に入れておきな。確実にあんたを守る。断言してやるよ」

「はあ、それは」

 ありがとうございます。

 けど、そんな事に巻き込まれないのが一番だと思うんですけどね、僕。


「さ、て。見送りはここで結構だ。これ以上翼に目をつけられたら、こんどこそ本気で首を取られかねないからね。そいつは全く、痛そうだ」


 く、と。

 冗談めかして笑う。


「じゃ、アタシはこれで」


 青いマントがふわりと舞い、その姿が消える。

 何をしたのかはわからないけれど相手は吸血鬼。何をしたところで驚くことはない。


「ふう」


 ため息をついて、送られたプレゼントを手のひらで転がす。

 どうせなら厄除祈願でもくれればよかったのに。

 そんなことを思ったけれど、それが欲しければもっとふさわしい場所があるか。

 ポケットに朱玉を入れて、きた道を戻った。



 ……とりあえず。

 明日からこのへんの道路は全面的に大工事が行われるんだろうな、と、ぱっくりと開いた裂け目を跨ぎながら最後に一着、ため息を漏らした。











 おまけというか、締めというか、締まらないというか。



 帰った僕を待っていたのはむくれた姉さん。

 今日は困惑してばかりなんですけれど、なんですかね、姉さん。


「被告人、空」

「えー、僕何もしてないよ?」

「いいえ! おねーちゃんは見ていました! まったく、あろうことか送り届けようとした女のコ相手に――き、き――キスを迫ろうだなんて! 破廉恥、鬼畜、淫乱!!!!」

「いやいやいやいや姉さんそれ凄まじい誤解だよ?! ていうか何、見てたの? いつも思うんだけど姉さん視力いくつさ」

「とりあえず、一番下のマークまでは判別できるよ」

「それはすごいね……」

「うん。ボードにどんな傷があるかまでバッチリ」

「見えすぎだよ?!」

 その視力は野生の国とかで培われるものだと思う。

「とにかーく! ふしだらなことはいけません! そういう事は、きちんとステップを踏むべきだよ!!」

「わかってる、わかってるから大丈夫だから!」

 姉さんがぷんぷんと顔を真赤にして詰め寄る。あ、いい匂い。

「まったくもー。どうにかすんでのところでおねーちゃんが割って入ったからよかったものの、あのままリアの唇を奪ってごらんなさい――切り落としてるわよ」

「何を?!」

「試す?」

「嫌だよ! 試して大丈夫なのそれ、取り返しつくの?!」

「うーんとねえ、とりあえず再生したとか生え直したって話は、聞いたことがないかなぁ」

「いやあああああっ!!」


 考えるだに恐ろしい。

 や、何を切り落とすかなんてわかんないよ、わかんないんだけどね?


「……ていうか姉さん、それ、おかしくない?」

「うん? 何が?」

「や、だってさ。その姉さんの言い分だと僕じゃなくてリアさんに攻撃するのはどう考えてもおかしいじゃない」

 というか、アレは異常な場の雰囲気に囚われた僕を助けるためだと思ったんだけど。それにしては容赦がなさ過ぎたが。

「え?」


 姉さんがぴたり、と動きを止める。

 こめかみに指を当てて、うにーっと体を傾ける。僕も傾く。なんとなく。


「そうだね。おかしいね。あはは、無意識だったみたい」

「無意識……だと……?」

「あははっ、変な話だよねー。そうだよね、今度から気を付けないと」

「その前に斬りつけることをやめようよ、姉さん」


 と、いうかですね。


「あの、姉さん」

「なあに?」

「僕が誰かとキスとかしたらどう思う?」


 その瞬間。



「――――――、え?」



 姉さんの顔からありとあらゆる表情と感情がこそげ落ちた。

 場の空気が変質どころか完全に破壊され、闇に覆われる錯覚を覚える。

 一瞬で喉が干上がって、膝が笑い、立っているので精一杯。

 こ、これは……一体?!


「……空」

「は、はいっ」


 なぜか敬語になった。

 だって。なんか怖い。


「おねえちゃん、あんまりそういう冗談、すきじゃないかなぁ」

「え、あ、うん、ごめんね!」

「で、も」


 姉さんが僕の首に手を回す。自然と僕の体は前かがみになる。姉さんの顔が視界いっぱいに広がる。

 僕とどこか似ていて、柔らかくて、違っていて、幼い顔。甘い香り。頭がくらくらする。


「もしも空にそんな相手ができたら、きちんと、隠さずに、教えるんだよ?」


 わかったね?


 そう言って、足取り軽く姉さんは髪を揺らしながら自室へともどっていった。

 姉さんが去ってしばらくたって、ようやく呼吸を止めていることに気づいた。

「ぷはっ! はあ、はあ、はあ……」

 酸素を急いで取り込む。

 ああ。

 怖かった。

 でもまあ綺麗だったから約得だと思っておこう、うん。


「それにしても、あんな質問にあれだけ反応するとは……ううん、弟離れを指摘したほうがいいのかなぁ」

「……空」


 考える僕に、声。

 そちらを見ると、猫の姿から人間の少女の姿へといつの間にかシフトしていた涼莉が立っていた。


「あれ、珍しいね涼莉。どうしたの?」


 涼莉は特に用事がない限りはこの姿をとることはない。


「うん。ちょっと今のやり取りを聞いてて、空に聞きたいことができたの」

「ふむ」

 なんだろうか。とりあえず聞いてみることにする。

「その……空は、もし、ママが誰かと付き合ってて、きす……とかしてたら、どう思う?」



「――――――、え?」



「ひぅっ?!」


 唐突な質問にちょっと虚を突かれてしまったけれどまあ確かに姉さんもそろそろ年頃と考えてみたらそういった相手がいないとも限らないのではないだろうかそう考えてみるとさっきの質問もなかなか意味深に感じてしまうしかして姉さんにそういった相手がいるような雰囲気は今までに感じたことがないいやいやまてまてそれは本題ではないかあくまで涼莉は喩え話としているだけで本当にそういう相手がいるとはヒトコトも言っていないじゃないかだからそうこれは例えだたとえの話だ。

 うん。


「……涼莉」

「にゃ、にゃあっ?!」


 ぴくーんと耳と尻尾が伸びる。はて、どうして涼莉はそんなに緊張しているんだろうか。


「そうだね、まあ、そういう相手がいるのなら、僕としても気にしないわけにはいかないかな。何しろ姉さんは唯一の姉弟なんだしね」

「そ、そうね、気になるのね!」

「で、も」


 考える。考えて考えて。


「もし姉さんにそんな相手ができたら、きちんと、見定めて、考えないとね?」

「そ、そうね、考えないとね!!」


 緊張しっぱなしの涼莉に苦笑して、僕は自室に戻った。



「怖かったの……空もママ離れしないとだめなの……人のこと言える立場じゃないの……にゃぁ。ていうか空、考えてなにをするの。何をするつもりなの」



 何か涼莉がつぶやいていたけれど、小さくて聞き取れなかった。



まあ、個人的には妹萌え派なんですけれども

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