僕とシスターとふっかつのいずみ
どんな怪我も病気もたちどころに癒やし、それどころか死者さえ蘇らせる事ができ、永遠の命さえ与えると言われる湖。
そんなものがこの世界にはあるのだという。
というか学校の裏山にあった。
僕とシスターとふっかつのいずみ
「うわぁ」
なんかもう、乾いた声しか出なかった。
世界のどこかでは今日もコレを求めて血みどろの争いが繰り広げられているらしい。荒唐無稽な噂が流れてはそれを確かめるための戦いが幾度と無く行われてきたのだとか。
もっとも、それを説明する彼女――ルビリィさんの例えがいちいち『ぶしゃー』だの『どごーん』だの『嫌だなー、嫌だなーと思っていたんですよ。そうしたら……』など情緒に欠ける表現だったので、いまいち深刻具合は伝わってこなかったんだけど。
そう、僕とルビリィさんは連れ立って学校の裏山に来ていた。
ルビリィさんがこの街にやってきた理由の一つが、この泉の存在だという。なぜ泉を探していて土の下にいるハメになるのか僕にはよくわからないけど、そういうことだそうだ。
というかもともとルビリィさんの姉がコレを探しに来ていたらしい。ところが、捜索途中に連絡が取れなくなったのだとか。で、それを心配して彼女はこの街へやって来たらしい。泉をみつければそこに姉もいるだろう、と。
……その姉とやらがどう考えてもどこぞのまっくろシスターだとしか思えないんだけれど。
ちなみに、ルビリィさんにそのお姉さんの特徴を聞いた所。
「姉さまは気品があり優雅で誰にでも優しくてけれどそんなところを鼻にかけずいつも慎ましくまるで聖母のように美しく輝かしい人です!!」
どうやら別人のようだった。
同姓のシスターが世の中のどこかにいるのだろう。そうに違いない。
ちなみに名前を聞くと。
「マリジョアです。マリジョア・エスカナーリオがお姉さまです!」
同姓同名だったらしい。まあそういうこともあるのだろう。
僕の知るシスターマリジョアはターミネーターみたいなロボット兵を物理的に教化する人だから。困ったことに(黙ってれば)気品はあるし(座ってれば)優雅だし(基本的には)だれにでも優しいし(見えるところでは)それを鼻にかけないし(神父さま相手を除き)慎ましい人だけれど。
きっと別人だろう。そう思っておこう。
心の平穏を求める僕の小市民な部分がそうさせたのです。僕は悪くないです。
さておき。
世界中での恐ろしい戦いとやらの原因が目の前にあるわけですが、どうすんだろコレ。
「ルビリィさん、どうするの、これ?」
「どうしましょうねコレです」
「聞かれましても」
なんかすごい戸惑っていた。そりゃそうだ。世界中で血で血を洗う戦いが繰り広げられてるのに、普通にどこぞの学校の裏山にあったとか。しかも特に隠されていたわけでもなく。
ちなみに学校の裏山というと大層な山をイメージするかもしれないが、実際はちょっと小高い丘程度だ。その上部五分の二の辺りは自然公園のような形になっており、木が生い茂っている一角がある。そこの中に泉があったというわけだ。
小さな泉だ。
大きさで言えば、うちにあるビニールプールと同じくらい。僕が飛び込めば、相当うまくやらない限り頭か足が地面に激突するだろう。
その代わりやたら深い。僕二人分程はあるだろう。その上透明度も高いため、一見すると綺麗な穴が開いているようにも見える。周囲を柵で囲んでいたのはコレが原因だろう。
それでも、こういう場所をこそ探検するキッズたちが事故に遭ってこなかったのが意外と言えば以外だけれど。
なお、過去にそういうキッズだった夕陽が盛大に溺れた。とはいえアレは事故でもなんでもなく、なんていうか、ある種予定調和というか。まあ夕陽だから特に問題なかったというか。
……潜って二十分ほど、謎の格闘ポーズをとり続ける親友を見た僕の気持ちがわかっていただけるだろうか。あの謎の肺活量はなんなんだよ本当。
舞空術の真似、とか自慢げに言っていたけれど、今はそれも擬似的にできるようになったんだよなそういえば。なんだろう、すごくどうでもいい。
ともあれ。
「これを探してたってことは、一応連絡というか報告というか、そういうのは……?」
「いえしかし、それをした場合この街がまるっと戦場になるかもです?」
疑問形で恐ろしいことを言い出したぞこのミニシスター。
「あ、でも大丈夫なのです。ああいった人たちは表に出ることを嫌がるので、被害はどうにかしてなかったことにすると思うのです」
「それ記録とか情報的な意味だよね、物理的には被害出てるんだよね?」
僕のツッコミに笑顔で沈黙するミニシスター。あ、ダメだもうコレ絶対姉妹じゃん。
大丈夫かと思ったらこっちも中身まっくろじゃん。
案の定といえば案の定だけれども。
「それにしてもこれがそんな伝説的な力のある泉だとは……」
ぱっと見、ただのきれいな湧き水が溜まっているようにしか見えない。そんな不思議な力があるのならキラキラ輝いたりしていても良さそうなものだけれど。
それこそ綺月の家にある例の湖とか。ま、あれは実際神様とやらの管理下にあるわけだけれど。
「これ、飲んだらいいの?」
「いえ、全身の水分をこの泉の水と入れ替えるのだとか聞いてるです」
…………。
いや、ちょっと。
「え……と、ちょっと言っている意味が」
「ですので、一度カラッカラに乾かしてこの泉に放り込むと、ふやけてでてくるそうです」
何その乾燥アワビみたいな。
「つまり、何。病気や怪我を治したかったら死んで出なおせってこと?」
「ですねぇです」
しかも死に方はかなりうまく選ばないとどうしようもない気もする。
「死にたくなければ一度死ねって、かなりアグレッシブな要求だよね……」
しかもそれ、失敗したら死に損じゃん……。これが最後の手段、とかならまあありなんだろうけど。というかつまり本当に最終手段なんだろうな。
それでも、生き返ることができるというのは大きな恩恵だろうから、まあその効果を巡って争いが起きるというのなら、理解できないわけでもない。
……それでも、例えば姉さんに斬られればどうしようもないんだろうけど。
「それにしても、泉が見つかれば姉さまの手がかりが掴めるかもとおもったのですが、この様子ではそれも難しそうです」
しょぼん、と落ち込む彼女の姿は、先ほどの黒さなど感じさせない歳相応の少女のものだった。
……うぅむ。これは、伝えたほうが良いのだろうか。
でもなぁ……あのシスターが、自分の妹がこの街に来ているのに気づかないとか、ソッチのほうが信じられないわけで。となると、自分から避けているのではないかなぁと思うのだ。
その辺り読み違えると、後で説法(物理)が襲ってくるので結構真剣に考えないといけない。教会関係は一歩間違えば地獄行きなのである。
「ま、まあ見つからないのなら仕方ないよ。そういえば、いつまでこの街に滞在する予定なの?」
「一応、今年中に帰らなくてはならないとなのです」
まいったな。あと三ヶ月近くあるじゃないか。その間ヘマをやらかさない自信はないぞ。
「あ、ごめんなさいそんな熱烈な視線を送られてもちょっと弟さんとはお付き合いできないです」
「見てねえし望んでもねえ」
マジ顔で変なこと言われてこっちもマジ顔で返してしまった。
「なんと、失礼な方です。一体この私の何が不満だというのです」
あの人の妹だって所かな。中身まで含めて。などと正直に答えるわけにもいかない僕が出した答えは。
「ううん……存在?」
「もはや完全否定だったのです!?」
我ながらなかなか容赦の無い答えかたをしてしまった。
「というかそれを言うならルビリィさんこそ僕の何が悪いのか」
「なんか生理的に受け付けないです」
「そっちも大概酷いこと言ってるからおあいこじゃん……」
というか、冗談交じり出ない分ソッチのほうがたち悪いと思うんだがどうだろう……。この娘、正直なのはいいんだけど受け答えが全部マジ顔で冗談欠片も混じってないから、心に結構良いダメージ残してくれるんだよね……。
「でも空さんってなんだか平気な顔で嘘ついて騙したことにも罪悪感持ちそうにないし自分がよければ全て良しって空気をどことなくまとっててやっぱり苦手ですよ?」
「ねえ、なんで追い討ちかけようとしてるわけ? もう話切り上げる流れだったよねどう考えても」
そして大体正解している辺り心底恐ろしい。
これ以上突っ込まれてボロを出すのも馬鹿らしいので、さっさと話を戻すとしよう。
「結局ルビリィさんとしてはこの湖をどうするつもりもないってこと?」
「ですです。まあ、埋めてしまってもいいのですけれど」
いいんだ、埋めて。
「そもそもこの水でなんでそんな不思議効果が得られるのかが不思議だよね」
ちょっと手ですくって飲んでみる。夏の終わりの午後、森のなかとはいえなかなかの暑さがあるものの、よく冷えていてすっと喉の奥へ落ちていく水の感覚が心地よい。
「よくこんな得体の知れないもの飲めるです」
「……え? でもいっぺん死んで生き返るパターンなんでしょ?」
「それ以外に効果がないなんて誰も言ってないです?」
…………いや。
そりゃそうだけど。
あんなインパクトのある説明されたらそういうもんだって思っちゃうでしょ?
「えー……それじゃあ、何か起きる可能性とかあるの?」
「どうでしょう……そもそもこの湖自体伝説上の存在なので、実験例なんて皆無なのです」
そりゃそうだ。ホイホイ記録が残ってるようなモノが今まで見つかっていないほうがおかしいワケで。
こんなありふれた街の自然公園にフッツーにおいてあるとか誰も思うまい。ゲームだったら最初の街に伝説の剣がぽんって落ちてるようなもの……いやそれは割とあるパターンかな。ともかく、雰囲気的にはそんな感じだ。
とりあえずそのまましばらく様子を見たけれど、体におかしな変化が出るわけでもない。時間差で何か変化が出る可能性がないわけでもないけれど、それを考えても仕方ない。
「とりえあず……問題ない、かな……?」
「あとで化け物に変化したら怖いですね」
この娘なんでイチイチ嫌なこと言うの……。
ともあれ。
ルビリィさんは一旦ここで手詰まり、僕としてもコレ以上の情報は出せないため、今日の調査はこれ以上の進展は難しいとの判断になった。
「それにしても、空さんはどうしてあの泉の存在をしっていたのです?」
「どうして、と言われても。僕と夕陽――幼なじみで、街のあちこちを探検してた時期があるんだよ。探検といえばやっぱり人の少ない場所で、かつ森や山のなかってのが相場だからねえ……」
街の西側にはダムをのある山もあり、そちらにもやはり自然公園やキャンプ場が存在する。基本的に自然豊かな土地ではある。
さすがに山の深い場所へ立ち入るのは危険だけれど、子供の足で踏破できる程度の山なら僕ら二人で存分に荒らしまわったものだ。
実はこの場所も、昔は今ほど整備されていなかった。そういう意味ではこの泉がキッズたちの餌食になっていないのはある意味当然なのかもしれない。当時の僕らのアグレッシブさを万人に求めるのは酷というものだろう。
「むやみに澄んだ人の手の入っていない泉と聞いて、まあピンときたのはここかな」
ちなみに、むやみに澄んだ人の手の入っていない川もあるし滝もある。あれらもまた変なイベントポイントだったりしたらちょっと嫌だ。
「確かにちょっとひと目に付きづらくはあるけれど、それでも世界中の人が探して見つからないって場所でもないだろうに、よくもまあ今まで無事で」
「ああいえ、八百年ほど前はギニアにあったらしいです。定期的に移動するそうです」
あ……はい。
泉が移動……はい。
もとより不可思議な現象を起こすと言われている泉だし、そういうものなのだろう。もう考えるのはやめる。
「でも八百年……あったのかはわからないけど、長い間ここにあったのなら、うっかり誰か不死身になっていたりしてもありえない話じゃないよねぇ」
「ですねぇ。でもその場合うちの組織で桀一直線です」
「えっ」
「えっ」
僕のちょっとした疑問に返ってきた答えが思ったより過激だったので軽く驚いた。
驚いたら、僕の小さな驚きが世界の変革だとでも言わんばかりに深い驚愕を顔に貼り付けるルビリィさんが誕生した。
いや……そんなに驚くの?
「いやあの……不死身だったり、するんだよね?」
「言い伝えですがそうなのです」
「……なのに、桀にするの?」
「桀にしておけば死に続けるです。逃げることもできなく出来るです。お手軽です」
三度程うんうんうんと納得する少女に戦慄した。なんだこの危険物……。
シスター、あなたの妹、どうやらあなたを凌駕する逸材なのですが。というか。
「あの、その方針、お姉さんもやっぱり同じなの?」
「おかしなことを聞くのです? そんなの当たり前です!」
にっこりとてもいい笑顔で言ってるけど中身が血生臭くて僕はもうどうしたらいいんだろう。何この胸のドキドキ。
――これが純粋な恐怖というものか――。
なぜか邪気眼方向へ走り出しそうになる独白を強制的に断ち切る。
しかしまあ、なるほど、なるほど。
こりゃあますます、この娘の取扱説明が必要になってきた。
あのシスターが自分の妹がやってきたことにまるで気づいていないなんてことはありえないと思っていたけれど、なんだかまた面倒くさい気配がぷんぷんする。
……姉さん、さては何か察して僕に丸投げしたな……。
今度シスターに遭ったら文句を言おうと、そう思った。
その約八分後のランデヴー。
結論から言えば、シスターマリジョアにはすぐ会えた。
「すみません、なんで僕いきなり拉致られてるんですか」
「さあどうしてでしょう」
くすくすと笑うシスターの笑顔。ああやっぱり姉妹だこれ、笑顔を見ても何一つ安心出来ない辺りがすごく良く似ている。似なくていいのに。
あのあと、とりあえず泉をあとにしようとした瞬間、僕は首を締めあげられたのだろう。一瞬で落とされた。
ちなみに、すぐそばの地面から腕が生えていた。
生えていたのだ。仕方ない。
「……あの、シスター。あなたのシスターがちょっぴり地球と一体化してるんですけど」
「あら、きれいな紅葉ですね」
「……………………紅葉の時期にはちょっと早くないでしょうかー……………………」
有無を言わさないんだものこの人。ちょうこわい。
森のなか、地面から生えた腕を笑顔で見つめるシスターと、彼女によって後ろから首を固定された僕。
かなり重度のサスペンスである。
「あの……用事があるのなら……」
「ええ、口封じですよ?」
……その口封じはもちろん口裏合わせとかそういう意味ですよね? まさか物理的に消去してしまおうとかそういう類のアレじゃないですよね!?
「安心してください。私、空君のこと好きですし、翼ちゃんのことも好きなんです。だからそんな二人に酷いことは……えぇ、本当に酷いことは、したくないんですよ?」
「とか言いながら首に変なちからがかかってるんですけどぉぉぉ……」
首を絞める、というより。首の骨だけがずれていく感覚にゾッとする。
「だから私に酷いことをさせないで欲しいな、なんて、お願いをしに来たんですよ」
「は、はぁ。お願い、ですか」
脅迫の間違いじゃなかろうか。と思ったら、おしりに何かが触れる感覚があった。
「脅迫だったらここに恐ろしい物をぶち込んでますからねー」
……………………。
笑い事じゃねえですよおぉぉぉ!!
「で、空君がここにいるということは、私の言いたいことはわかってくれると思いますけれど」
「いや、まあ……神父さまのことですよね」
神父さま。海原エッジ。
ゾンビだ。ゾンビで、不死身の、聖職者。
「でも、だったらシスターが自分で妹さんと話」
きゅっ。
「…………紅葉の樹にひとりごとでも呟いてみてはいかがでしょうか…………」
軽く命の危機だった。ここ二ヶ月で最大である。三ヶ月で見るとそうでもない辺り僕の人生かなり危険度高めだ。今更だけど。
「でもあの娘、ちょっと黒い所あるじゃない? 私にはない部分だからちょっと動きが読めないんですよねぇ」
「えっ」
「えっ」
僕の驚愕になぜか疑問が返ってきた。冗談などではなくマジの響だった。
嘘だろオイ……この人自覚ないのかよ……。ますます姉妹だよ……。
「いや、あの…………ええと、とりあえず、神父さまのことは、はい、内密ということで」
「はい、よろしくおねがいしますね。もしもの場合、葬儀はウチが取り仕切りますから安心してください」
「酷いマッチポンプだ……」
とてもじゃないが聖職者の言葉とは思えない。
途方に暮れていると、ふっと背後からシスターが離れた。振り返ると、くすくすと楽しそうに笑っている。
「あのー、疑問とか、答えてもらえるんでしょうか」
「……? 答えてもいいですけれど、この場に骨を埋めるような質問にも律儀に答えますよ?」
「どうしようもないじゃないですか……」
「私のために命をかけてくれるのなら、どんな質問にだって答えてあげると言っているんですよ? これってすごい譲歩じゃないですか」
「ちょっと取り立て激しいと思うんですけど」
「あらあら、女の子の秘密を暴こうというのにそんな事ではいけませんよ、空くん」
「いやシスターもう女の子って歳じゃな」
この後、湖に浮かぶ僕を、自力で地面から脱出したルビリィさんが発見するサスペンスがあった。
「空さんは溺れてるし私は埋まるし、いったいなにがあったのでしょうか」
「いや……そういう日もあるんじゃないかな」
「そうなのですっ!? 日本は恐ろしいばしょなのです!!」