僕と家族と隣の魔王
あんな終わり方しといて今回妹ゾンビの出番はありません
学校に行こうとして扉を開けたらジュス様がウチの玄関の前で行き倒れていた。
自分の家――つまりウチの隣の部屋まであと数歩なのになぜだろう。しかも普段着のジャージが新品だった。眼鏡も真新しいものになっている。
でも行き倒れてた。なんだこれ。
「空、玄関で立ち止まって何して……何してんのこの人……」
母さんがジュス様を見て驚愕にうち震える。
「ええと、ほら、少し前に話した、うちの隣に住んでる人――人? だよ」
「まぁた地味に微妙な表現ねぇ……翼が連れてきたそっち系統の人?」
そっち系統ってどんな系統なんだろう。いや、言いたいことはよく分かるんだけどさ。
「分類で言うとどれ? 小娘? シスター? うちの天使?」
「無敵感でいうと綺月っぽい感じはするかなぁ。自由っぽさだとリアちゃんズっぽい感じ」
「なるほどねー、つまり手がつけられないと」
まあ概ねそんな感じで。
今でこそそういう素振りは見せないけれど、幼稚園頃の綺月の無敵感は本当にすごかった。何しろ彼女が白といったらショッキングピンクも白になるので。物理的に。
いわゆる『神様』という世界最大単位の支配者層を自由にできると言うことは、この世を文字通り自由にできる事とほとんど同じ。それを幼稚園児の癇癪で振り回す事の恐ろしいことったらない。
なお、姉さんも小学校低学年の癇癪で『神様』類をさんざぶった切ってたのでどっちもどっちである。初めて『神様』類を目の前でぶった切られた綺月は驚愕に目を見開いていた。当たり前だ。
ちなみにその神様がぶった切られた瞬間。太平洋のど真ん中で海底火山が大爆発を起こしたんだけど、幸い死人が出なかった。意味がわからないし関連性もわからない。知らない。
「ううん……見た目からすると、なんかこう、世界を三百回くらい滅ぼしてお釣りが来そうな感じだけれど」
「そっか、僕ちょっと母さんの鋭さが意味分かんないかな」
察しの良さは超能力クラスだった。なおその才能は姉さんには順調に受け継がれ僕にはまったく受け継がれなかった模様。
父さんの察しの良さが僕とどっこいどっこい……というか、僕の察しの良さが父さんとどっこいどっこいなので、そっちが受け継がれたんだろう。おのれ。
とりあえず、ジュス様が隣に住んでいることを伝えて学校に行った。
そして学校から帰った僕を待っていたのは。
「ワーオ……」
思わずアメリケンな発音で驚きを表現してしまう光景だった。
「あら空、おかえりなさい。待ってたわ」
「うん、そう……」
マンション前の公園のブランコに座っていた姉さんがふわりと空間に溶けて、次の瞬間隣に立っていた。
あの……心臓に悪いからそれやめてって前に言ったよね……。
「それで姉さん、この異常な状況は、なに?」
「空が朝、ジュス様をお母さんとお父さんに引きあわせたんでしょう? どうせソレじゃないかしら」
「やっぱりそうなるのかなぁ……いや、何も起きないとは思わなかったけど、こんな事になるなんてなぁ……」
「ジュス様なんかすごい人っぽいし、何かこう、巨大な資金とか政治力とかを働かせたのかもしれないね」
「それで済むならむしろそっちの方が良かったよ」
ていうか姉さん、自分がそのすごい人とやらを脱衣麻雀でひん剥いた事について何か思う所はないのかな。
ともあれ、どこかワクワクしている様子の姉さんと揃って目の前の光景に目を向ける。
目の前には僕らが住んでいるマンションが――いや、元・マンションがそびえ立っていた。
マンションはもともと十五階建て、部屋は一階につき大体八部屋あった。
あったってことはつまり今は違ってしまっているわけで。
ということで、自宅が高さ百階を超える超高層タワーへと変貌していた。
あと壁も一面黒く塗りつぶされて、表面に青白く光る幾何学模様が入っている。
ぶっちゃけ、ロールプレイングゲームの最終ダンジョンにしか見えない。ていうかどこからどうみてもそれだ。
提案したのは……たぶん、というか間違いなく母さんだろう。行動力は家族の中でも突出している。
悪乗りしたのは父さんか。知識の量も種類も家族の中では比べるのも馬鹿らしいほど納めている。
ジュス様はどうだろう。なんでこんな事に加担したのかわからないけど、まあ実行犯なのは確定だ。
さて、それは考えるまでもないとして。
「これ、どうしよう?」
「え、攻略するんでしょ?」
「いや、え、ちょっと」
戸惑い、問いかけた僕に姉さんは当然のように答えた。
攻略するの、この、馬鹿高くて無闇に危険が蔓延ってそうなラスボス・タワー……すごく嫌だなぁ……。
「何事もチャレンジだよ、空! 逃げてばかりじゃ人間成長しないんだから。時には無謀だと思えることにも挑戦しないとね!!」
「日々本人の意を問わず無茶な事態に挑戦させられてる気がするなぁ僕――!!」
という僕のささやかな反論など何か意味を持つはずもなく。
ずるずると姉さんに手を引かれて、僕らはラスボス・タワーへと入っていったのだった。
ピロピロとチープなBGMがダンジョンにどこからともなく響いている。
ダンジョン内は暗い――もとい、黒い。明かり取りなどどこにもないから当たり前だ。なのに目の前が見えなくなることがない。だから、暗いのではなく黒い。
幾何学模様の光も周囲を明るく照らすことがなくて、なんかこう、作り物感ハンパない。
「大分進んだけどいまどのくらいなんだろうね」
「十階までは数えてたんだけど、いい加減面倒になったからね」
そう言いながら、手に持ったハンマーでドット状の謎生物を叩く。カメの出来損ないのようなそれは、ポコンとマヌケな音を立てて小さなブロックに散らばった。
「……何度叩いても慣れないなぁ」
などとひとりごちていると、ぱららぱららぱららら~、とコレまたチープなゆるい音楽が流れた。
レベルアップをしたらしい。
目の前にモノクロな板が現れてメッセージが流れていく。
『レベルが56に上がった! HPが12上がった! MPが3上がった! 攻撃力が300上がった! 防御力が20下がった! 魔力が6上がった! 素早さが7倍になった!』
「だからどんなステータスの上がり方だよふざけんな!!」
ゲームデザインが死んでた。
ちなみに、レベル1から2に上がるのが一番大変だったんですよこれ。たぶんさっきみたいな敵を百体近く倒した。はっきり言ってそれまでレベルアップというシステムの存在に気付かなかった。
ちなみに、2から40まで上げるのは楽だった。楽だったっていうか、次に同じ敵を倒したら一気にそこまであがった。それから今の56までは、まあ一体倒すごとに上がったり上がらなかったりといった調子。
とんだクソゲーだよ……!
ちなみに、ステータスを確認する術はないのでレベルアップの結果現在どんな状態なのかわからない。その上ステータスは上がるどころか下がる場合もあってレベルアップの恩恵が微妙。この辺もクソゲーと呼んで差し支えないだろう。
「もっと異世界転生とかゲーム世界にトリップとか、そういういかにもな分かりやすいパターンに沿ったやり方出来ないものかな……」
「お母さんもお父さんも、そういうのはわからないんじゃないかな。ジュス様は興味ないだろうし」
「ああなるほど、妙に世界観に年代を感じるのは製作者のせいか……」
3Dがゲームに入ってくる以前の世代だ。3D以外のゲームが消えたわけじゃないけど、まあ趨勢はそっちだよね。
現実とはかけ離れた、しかし確立された異次元感がこのダンジョンには漂っていた。ゲームバランスが本当に酷いけど。
「でもレベル的に言ったらもうラスボスとかその一歩手前くらいだよね、今。これまでストーリーらしいストーリーもなくひたすら進んできただけだし、そろそろそういった何かがあっても良さそうだけど」
ひたすら塔を登り続けるゲームが昔にあったわけだけど、今の僕の心境はまさしくそれだ。あのゲームみたいに壁を壊したりはできないし、上の階に登る条件に複雑なものがあったりもしないけど。
そんなことを言いながらもう一匹の敵を倒すと、ガコン、と天井の一部が開いた。
ピカピカと電飾まみれのゴンドラが無音で降りてくる。悪趣味な結婚式でしか見ないような物体。うわあい、超シュール。
やがてそれは音もなく床に着地した。姉さんと顔を見合わせる。乗れということなのだろう。
「……乗る?」
「うーん、悪趣味で気が進まないわねえ……」
時代の古さが畳み掛けてくる気がして若干以上気が滅入っていた。これがジェネレーションギャップか。
「お母さんのプロデュースよね、これ。さすがに娘としてかなりショックだわ……この感性が少しでも遺伝してたらと思うと将来に絶望さえ覚えちゃうよ」
姉さんが想定以上のダメージを受けていた。鋼メンタルの姉さんのライフポイントを一瞬でここまで奪うなんて、母さんくらいにしか出来ないのではないだろうか。すごい、全然尊敬する気にならないのがなんかすごい。
姉さんは腕を組んでウンウンうなり、レゴブロックを積み重ねて出来たような大剣をバットのようにブンブン振り回し、周囲の壁という壁を素手で切り裂き周囲を平にして。
「コレは嫌ね。無理だわ」
心の底から絞り出した声で拒絶した。
「うん、それは僕も同感だけど……でもどうするの? 他に昇る手段なんて無いよ?」
「え、あるじゃない?」
きょとん、とつぶやいた姉さんがブロックソードを分と振り回した瞬間。
――づどん
と、重苦しい音が衝撃と共に響き、周囲の光景が一変した。
ピロピロピロ、と姉さんの上に連続してポップするレベルアップ! の文字。視線をぐるりと周囲にまわしてみれば、無残に散らばるブロックの破片がきらきらと光の粒子になって消えていくところだった。
「あの、姉さん……心臓に本当に悪いから……」
「でもあのゴンドラに乗るよりはずっとマシでしょう?」
否定出来ない……。
しかし、空間を切り裂いて移動する光景って、実際体験してみると案外……地味だな。まあ、いきなり目の前の景色がパッと切り替わるだけだし、そんな劇的なものでもないのか。
……いや、ちょっと待てよ。
「姉さん、なんか今回凄まじい被害が周囲にもたらされてるんだけど、なんでこんなことに……?」
「さあ。よくわからないけど余波みたいなものじゃないかしら? いつもは衝撃も全部切っちゃうんだけど、今回はそこまでしなくてもいいでしょ?」
いつも僕の隣に現れるときは気を遣ってくれていたらしい。それに感謝すべきか、そんなヤバイ技術をすぐ隣で使われていた事に憤慨すべきか、悩みどころである。
……まあいいや。
選んだのは思考放棄だった。とりあえず今は目の前の問題を片付けよう、うん。
「ていうか、それでどんどん上に登って行っちゃダメなの? いちいち敵を倒したり階段探したりするのも疲れたよ」
「やってもいいけど、失敗すると壁に埋まっちゃうよ? いい?」
なんで聞き返したの。いい要素がまるっきりゼロなんだけど……。
「向こう側が見えればまず間違いは無いんだけどねぇ」
と言って天井を見上げる。まあ、当然上の階の様子なんて見えるわけもなく。
しかし、なるほど。確かにこの直上に壁があったら、そこに突っ込んでしまうわけか。一気にゲームオーバーだ。ゲームオーバーどころか人生ジ・エンドだけど。
「……上をどんどん切り裂くのは?」
「上からなにか落ちてきても空どうにかしてくれる?」
…………無理だなぁ。
出てくる敵が今までみたいな弱っちいのならともかく、ボスクラスのがボコボコ落ちてきたら姉さんに手伝ってもらわないと手がつけられない気がする。これまでのゲームバランスの崩壊を見るに、大量の、しかも無闇に強いボスが出てきてもおかしくない。それも集団で。
つまり地道に一階ずつ昇るしか無いというわけだ。
姉弟そろって深々とため息を付いた。
「……ところで姉さんのレベルアップはいつまで続くの」
まだポップし続けるレベルアップの表示にさすがにうんざりする。
まあ、フロアまるまるふっ飛ばしたし、同時にフロア内の敵も全部ぶっ倒したから当然の結果といえばそうなんだろうけども。
どうしたものか、と考えていると、また天井がごうん、と開いて今度は階段が降りてきた。
……ところどころに引っかかった電飾が、なんかこう、急いで取り外しました、な空気を感じさせる。
「見てるんだろうなぁ、僕らの様子……」
「相当急いで片付けたのね……なんでこんな飾り付けしたのかしら。ゲームをやらない私にだって雰囲気に合ってないことくらいわかるよ」
「どうなんだろう、正直母さんの感覚って理解できない部分があるし」
いやまあそれ言い出すと理解できない感覚を持っていない人間に会ったことはないんだけど。全員どこか頭おかしい。人間以外も含めてもやっぱりどこか頭おかしい。
「言ってても仕方ないし、登ろうか」
「そうね」
階段を登り、上の階へ。ちなみにレベルアップはまだ止まっていなかった……。
そうして更に十階ほど登っただろうか。
階段を登った先は、明らかに今までと空気の違う空間になっていた。
これまでのダンジョンは、無機質でどこか重苦しい雰囲気に満ちていた。生命を拒絶する、あるいは隔絶する空気。そういったものがどこかあったのだ。
けれど登った先は違う。
明かりのついた天井。
木板の床。
白い壁。
「…………姉さん、これは」
「ええ、そうね……」
姉さんは深々とため息をこぼして、まっすぐ伸びる廊下の先の扉を見つめた。
靴を脱いで廊下へ踏み出す。その歩幅は普段のものより少し早くて床を強く打つ。
そしてばたんと扉を開いて。
「ただいまっ! もう、母さんこれは一体どういうこと……なの?」
「ただいま。姉さん、どうした……の?」
ダンジョンからつながっていた自宅の玄関。そこから廊下をわたってリビングへ入った姉さんが妙に可愛らしい声で首を傾げた。
後から部屋に入った僕も、部屋の中をみて似たような反応になってしまう。
そこはリビングだった。
テレビがあり、ソファがあり、その向こうにはカウンターキッチンがある。
そこまではいつも通り。いつも通りの空間だ。
いつも通りじゃなかったのは住人だった。
「ふははははー、よくここまで来たな、なの!」
部屋の中央に、天井を突き破って出来た巨大な玉座。
そこに座っていたのは、満面の笑顔でこちらを見下ろす涼莉。
両手を組んで、やや威圧的に胸を反らすものの、姉さんを見てらんらんと目を輝かせしっぽがぶんぶん揺れている。
異質なのは服装だった。普段の服は容姿に合わせた可愛らしく清潔感のあるものなんだけれど、今のは、なんというか。
戸惑っていると、姉さんが俯いてぷるぷると全身を震わせていた。
「ま、ママ? ど、どうしたの?」
「涼莉、もうちょっとキャラ通して」
いきなり素に戻るなよ……余計にリアクション取りづらいじゃないか……。
呆れていると、姉さんがばっと顔を上げた。
「お、お母さんね、あなたにそんな服を着せたのは! 一体どこにいるの、涼莉にこんなはしたない格好をさせるなんて、お母さんは一体何を考えているのよ!!」
「姉さん携帯でパシャパシャ写真撮りまくってたら説得力がないよ!?」
涼莉はちょっときわどいラインのレオタードに、フリルのついたスカート(ただし前は全開)と深紅のマントを装備していた。
古いタイプの悪の組織の女幹部とか、そういう感じ。
どちらも黒くて、普段の涼莉の印象とはかけ離れている。それでも似合ってしまっているのは、これはもう本人の素質としか言いようがないのだろうか。
ところで姉さん、一応口だけでも母さん責めてるけど、風呂にスク水の涼莉ぶち込んだ人のセリフとは思えないよ姉さん。ていうか息が荒くて恐いよ姉さん。
「姉さん、ちょっと落ち着いて……そんな写真撮りまくってたら涼莉も困るでしょ?」
「…………困る?」
姉さんが本気で理解できないといった風に首を傾げる。
しばし何事か考えた様子の姉さんは、涼莉を見上げて。
「涼莉、ぴーす!」
「にゃ? ぴーす!」
よくわからない様子だったが姉さんの言葉につられて笑顔の頬にピースをくっつける涼莉。
再びシャッターとフラッシュの音が乱舞する。
そして一体何十枚の画像を収めて満足したのだろう。姉さんはこちらを振り向くと。
「誰が?」
いやぁ……涼莉の姉さんに対する無条件の信頼と甘えを逆手に取るのはどうなんですかねぇ……。
「可愛ければ全てが許されるのよ? 可愛いは正義っていう世界のルールを知らないの?」
「知らないよ……でも知らなくても押し通す人は知ってるよ……」
目の前にいる。
まあ何か言うにしても今更だ。
「ところで涼莉、お母さんやお父さんは? それに空の話だとジュス様もいると思うのよ」
どこかしら、と首をかしげる姉さんに、涼莉が勢い良くその場で立ち上がった。
「にゃぁっ! ふふふ、ひとじちの場所を知りたければ、わたしの部下たちを倒すが良い、の!!」
マントを翻した涼莉。の後ろから、バッと二つの影が飛び出した。
美しい蜂蜜色の挑発を翻し、赤と青の、涼莉とよく似た衣装に身を包んだリアちゃんズだった。
「あっはっはっはー! よくぞ現れたわね響姉弟!」
「あなた達の運命もこれまでよ……はぁ」
テンション高い方のリアちゃんが赤い衣装、低い方のリアちゃんが青い衣装だった。
「まったくお母さんはもうこの二人にまでこんな格好をさせてもうもう!!」
「姉さんそのアングルでの連写はさすがに通報不可避だよやめようよねえ!!」
床にうつ伏せてゴロゴロと二人の間を転がりながら写真を撮りまくる姉さん。
「ふぅ……堪能したわ。それでリア、あなた達まで一体何をしているの?」
「やー、あなたの母親がなんか面白いことしたいって言うからさぁ、ついでに乗っかったわけよ」
赤リアちゃんの言葉に眠そうな表情でこくこくと頷く青リアちゃん。
「つまり……ボス戦ね?」
「そう、ボス! この私がボォ――スッ!!」
ふんぞり返る赤リアちゃん。その後ろで青リアちゃんは階段になった玉座の一段に腰掛けて、ぽけーっと天井を見上げている。やる気ねえ……。
ああでも性格正反対の双子ボスって結構あるあるのパターンだよね。戦うと意外と冷静な方が熱血だったりするんだけど……。うとうとしている様子をみるにそれはなさそうだ。
「ふふん、いくらちっちゃ可愛くなったからって、リア相手に手加減なんかしてあげないよっ!!」
「望むところね切断魔! たまには上下関係をきっちり叩き込んでやろうじゃないのよ!!」
赤いのと姉さんの間で火花が散る。青いのは既に寝息を立てている。
「空、お腹すいたの」
「あ、はい」
いつの間にか玉座の上から降りてきていた涼莉が、服の裾をくいくいと引っ張ってきてた。
仕方ないのでキッチンに入ってご飯を作ることにする。まあ実際、結構いい時間だしね。
姉さんと赤リアちゃんはというと、二人してプロレスごっこに興じていた。姉さんのジャイアントスイングが赤リアちゃんに襲いかかる。
……と言うか姉さん、そのアングルからの映像を脳内に焼き付けることに必死になってない? 目つき恐いよ。
「涼莉は晩御飯に何が食べたい?」
「おそうめんが食べたいの!!」
ああうん、確かにまだ少し暑いしね。
というわけで、涼莉の意見により晩御飯は素麺になった。
そしていつものその後に戻る
結局プロレス対決は決着がつかず、五人で素麺を食べて。
涼莉と青リアちゃんはそれぞれ満腹になって満足したらしく、僕の左右の足を枕にして静かな寝息を立てて寝ていた。
姉さんと赤リアちゃんは二人並んでテレビを見ている。
…………あの。
「ね、姉さん?」
「なあに空?」
「あの……母さんとか父さんとか、あとジュス様とかは……?」
「え……? ああ、そうねぇ……飽きたらそのうち帰ってくるでしょ」
うわあ、心底どうでもよさそう。
飽きたらっていうけど完全に姉さんの方が飽きていた。ダンジョン突入の際のあのやる気に満ちた言葉は一体何だったのか。
「気になるなら……んぐ、空行ってきてよ」
まんじゅうを食べながらひょい、と指さしたのは涼莉の座っていた玉座。その後ろに更に階段が生えていた。
つながる先の扉から漏れてくるおどろおどろしい紫色の光。まあ、ラスボスだろう。
姉さんの顔をまっすぐに見つめて今の気持ちを正直に言う。
「……気になるけど行きたくない」
母さんとか父さんならともかく、ジュス様がボス役やってたら勝ち目どうこうの話ではない。
「じゃあ待ってればいいわよ。どうせそろそろ……降りてきたわ」
呆れた姉さんの声にもう一度上を見れば、両親とジュス様がぞろぞろと降りてきていた。ちなみにジュス様の手にはましゅまろがぶら下がっている。また枕代わりにされていたようだ。
「もう、ふたりとも途中で飽きちゃうんだもの……ゲームはちゃんと最後までプレイしないと」
「お母さんの趣味がわるいんだよ! お母さんのゲーム感覚は懐ゲーとかそういうの通り越して古いの!!」
「む、母親に対して言うじゃないのこの娘……」
姉さんと母さんの間で火花が散る。
父さんは、冷蔵庫から残っていたそうめんを取り出していた。
「ジュス君も食べていきますか?」
「ああ……まあ、そうだな」
ジュス様が珍しく疲れきった様子で父さんに同意していた。ソファにましゅまろを放り投げて、その上に乱雑に腰掛けてぐってりと姿勢を崩す。
「ジュス様……珍しく疲れてますね」
「あー……なんつーか、なんだろうな……」
苦虫を百匹くらいまとめて噛み潰したような顔をして、なんか若さについて議論する母娘を見て。
「……あいつら、親子だよな」
そんな当たり前の言葉に。
「ええ……まあ。そうですね、親子……ですよね」
言葉以上の意味を悟って、僕も同意するより他になかった。
親子揃って異界の大魔王を翻弄するとかどんな壊れスペックだ。