僕と野郎とトイレの怪
そして夏休みが明けた。
夏休み最終日に両親が帰ってきたて、その次の日なわけだけれど、その間にあったあれこれを思い出すと本当に命の大切さを実感できる。
姉さんと母さんは性格が割りと似通っているため、まあそのなんというか、ぶつかると折れない。折り合わない。
僕と父さんが間に入って緩衝材になるわけだけれども、今回はさらにリアちゃんズや涼莉、ましゅまろまで加わるもんだから大変だった。一番大変だったのは壁ぶち抜かれて寝ているところを無理やりリアルファイトポーカーに付き合わされたジュス様だろうけど。
まあ、そういうあれこれはさておいて、夏休みが明けた。
つまりは二学期の始まりだ。
暦の上では秋に入ったとはいえ、まだまだ熱気は収まる気配を見せない。
始業式諸々、半日の日程を終えた僕は実験棟三階一番奥の男子トイレ個室で頭を抱えていた。
なおこの実験棟というのは生徒たちの間での通称で、本当の呼び名は誰も知らない。学校の校舎が教室が詰まった棟が二つと、特別教室が詰まった棟が一つあって、その特別教室が詰まった棟を実験棟と呼んでいる。
そんな棟の三階、つまりは最上階の一番奥のトイレなんて辺境もいいところだ。普段は誰も使わない。その上始業式ともなればなおさらだ。
なのに僕はここにいる。何故なのか。
「はあぁぁぁぁ……」
深い溜息が狭い個室に響く。
ところがその発生源は僕ではなかった。
このトイレには個室が三つあって、そのうちの真中に僕が座っている。ため息は左隣から聞こえた。
「夕陽……僕だってため息をつきたいのをこらえてるんだから……」
「いやそうは言うけどよ……この状況はこうもなるってもんだろ?」
まあ気持ちはわかるけどさ。
なんでよりにもよってこんなところに引きこもる羽目になってしまったのかといえば……。
僕の視線は自然と右の壁へ向かった。
そちらからは特段音は聞こえない。静かなものだ。
ところがじぃ……っとそちらに視線を注ぎ続けると、なにやらごそごそと身動ぎする気配。
「……あ、あのー空殿? なにかこう、不穏な空気を感じるので御座るが」
そちらから聞こえてきたのは大地の声だ。戸惑っているのが声からよくわかる。わかるんだけどさ、今の君にその権利はないよね。
「こうして僕ら三人仲良くトイレに閉じこもる羽目になった原因がこの場にいるとしたら、そりゃあ居心地は悪いんじゃないかな?」
我ながら嫌味ったらしい言い回しだったけど、効果は十分だったらしい。大地はおぉぅ、と小さくうめいて口をつぐんだ。
少し溜飲が下がったおかげか、状況を再び冷静に考える余裕ができた。
改めて説明するまでもないかもしれないけれど一応。
ただいま僕、夕陽、大地の三人はこのトイレの個室にそれぞれ引きこもる羽目になっている。
どうしてそんなことになったのかといえば、実際考えるのもバカバカしい話になる。ちなみに原因は大地。徹頭徹尾大地に原因があって責任もある。
……本当、今回ばかりは真剣に未来へコイツ送り返してやろうと思うレベルだ。
「もし君に責任がないって言うのならこの世の中には罪も責任もないよ実際」
「大抵のことは笑って済ませるけどよ、さすがにお前こりゃねーよ」
トイレ越しの避難が殺到する。
罪の自覚があるのかやっぱり反論はない。
まったく、これでもう少し後先考えてくれるようになればいいんだけど。いや、だったらこの時代に来た時点でもっと慎重になってるよね。
ひとまず考えを打ち切って、今はこの状況をどう解決するかを考えよう。
「とは言うものの、やっぱり扉を開けるしか無いんだよねぇ……」
「まあいずれ腹はくくらなきゃならねえだろうな」
気が重い、という僕の思いをそのまま受け取った夕陽が、僕の決意を後押しする。こういう時、夕陽の存在は心強い。同じ幼馴染みでも綺月とのリアクションの違いは性別によるものか性格によるものか。両方かな。両方か。
はぁ、と溜息をひとつ。やりたくない。でもやらないと。
「夕陽、大地。準備はいい?」
椅子代わりに腰掛けていた便座から腰を上げ、トイレの扉に手をかけた。
左右からも返事の代わりに似たような音がきしむ。
薄くて軽い、木製の扉。
その向こうから感じるものは何もない。至って普通のトイレが底にある。それは正しい。当然だ。当然なんだけどさぁ……生憎と、その当然を崩した馬鹿が右にいてね。
「いくよ……せー……」
「のっ!!」
言葉と同時、扉を開いた僕の目の前に広がったのは。
「う、わぁい…………」
荒れ果てた大地が露出した山肌。赤々と流れる河。吹き上がる熱気。
――トイレの扉を抜けると、そこは溶岩地帯だった。
吹きつける熱気に肺まで焼けてしまいそうで、生物の気配はない。と思ったら、てくてくと目の前をへんないきものが横切って行く。
目玉がぎょろりと大きなイグアナのような四足歩行の大きな爬虫類。体は溶岩のように赤く、全身を無数の棘が覆っていた。
視線が、ぶつかる。くるくるまわる瞳がこちらを見ている。
うん。うん――うん。うーん。……………………うん。
そっと、扉を閉じた。鍵もしっかりと閉じる。特に意味は無いとわかっていても、心の気力を保つために。
扉に額を付けて素数を数える。
そうしていると、まず左隣りで扉の閉まる音が聞こえた。
「…………はぁぁぁぁぁ…………えー。いやいやいやいや………………えええええぇぇぇ?」
何かとても納得のいかないものでも見たのか、強い戸惑いと拒絶の声だった。
そして。
「ひっ、おっ、わっ!? し、死ぬ死ぬ死ぬで御座るいや、無理、拙者美味くないでござる、まずいでござるからホント勘弁でござ……あ、あ、あああああああああっ!!!」
涙混じりの絶叫とともに、がんがんと扉を連続で叩く音。どうやら、全力で閉じようとしているらしいが何かが挟まっている状態らしい。
しばらくそんなバイオなハザードっぽいやりとりが続いていたけど、やがて静かになった。
あとにはやたら荒い呼吸の音だけが残された。
余程ひどい目にあったらしい。普段なら同情くらいするんだけど、こんかいばかりはその気もおきなかった。
「……ざまーみろ」
珍しく夕陽が辛辣な言葉を放つ。夕陽にここまで言わせる人間は珍しい。本当に珍しい。僕だって今まででせいぜい二三度くらいしか言われた事しか無い。
「学友がさんざんな目に合ったというのに滅茶苦茶暖かい言葉で御座るな!!」
返ってきたのはぜいぜいと洗い呼吸混じりの。どんな目に合ったのかはわからないけど相当ひどい目を見たのは違いない。
あまり聞きたくなかったけど一応聞いておこう。
「二人は今度はどこだった? 僕はどこぞの溶岩地帯だったよ……」
「俺はよくわからない森のなかだった。なんか変な生き物と変な生き物が戦ってた……」
「拙者のところは荒廃した都市でござった。街を歩いているのがゾンビばかりで……」
はぁ……と三人のため息が重なる。
先ほど述べたとおり、僕らが今揃ってこもっているのは学校のトイレだ。それ以上でも以下でもない。
僕らは普通にトイレに入って個室の扉をそれぞれ開けて中に入って――出ようとしたらこの有り様だった。
繰り返すけれど犯人は大地だ。
そろそろ誰もが忘れているだろう設定に、大地が実は未来人でタイムリープしてこの時代へやって来た、というものがある。
先日、どう考えてもそれが原因な雰囲気丸出しでターミネーティングなロボットがやってきたりしたけれど、普段は特に害はない。
普段は、ということは例外的なタイミングがあるわけで、今回がそれだ。
「大地……この場で直せないの?」
「ううむ、そうしたいのは山々なのでござるが、いかんせん道具がないことには……」
「なんでこんな変なタイミングで大事な道具壊すかなぁ……それがないと未来にも帰れないんでしょ?」
「いやはや言葉も無いで御座る……」
話を聞くと、どうも先日からタイムリープに必要な装置の調子がおかしかったらしい。
その修理をするつもりだったらしいんだけど、そのためには僕や夕陽の護衛が欲しい、という相談をされていた。修理中、変に時空がつながって余計なものを呼びこむことがあるというのだ。
話が話だけにこうして人気のないところで相談を受けていたんだけど、人気を避けるのは僕らだけではなかったらしい。
人の話し声が聞こえた瞬間、僕らはそれぞれ個室の中に隠れていた。もっとも、その声は女子のものだったらしくその行為は徒労だったのだけれど……。
その時、勢いで大地は装置にダメ押しをしてしまったらしい。
その瞬間、このトイレはただのトイレから、青狸のアレのような、けれど開けるまで何処へつながるかまるでわからない『どこかへドア』へと変わってしまった。
扉を上から乗り越えても変わらない。大事なのは『扉の向こう』という概念らしい。
「なあおい、俺達もう何回このドアを開け閉めしたんだ?」
「さっきので十五回目……じゃないかな? ええと、最初は何処に出たんだっけ?」
「俺はいきなり宇宙に飛ばされたけど」
ああそうだった。凄まじい減圧の衝撃で隣の壁がいきなり震えたんだった。
宇宙漂流するところを、扉にしがみついて戻ってきたらしい。よく生きてるな夕陽。
「扉が外開きだったら閉める余裕なかったぜ……さすがに宇宙に放り出されて生きていられる自信はねえしな……」
「僕は確信を持って死ぬと断言できるんだけど」
普通自信のあるなしじゃないとおもんだけど。
「大地はどこだったっけ?」
「どこぞの海底でござったな……いきなり深海魚が顔面に叩き付けられた時は何事かと」
「……よく閉められたよねぇ」
「扉の向こうとコチラで水圧が切り離されていたのが幸いしたでござるな……一歩でも踏み出していたら間違いなくペチャンコで御座る……」
「そっちはそっちで修羅場だよね……」
なお海水は壁の隙間からこちらに流れてくることもなかったし、扉を閉めたらその隙間から外へ出て行ったらしい。僕らは出ていけないのに。意味がわからん。
「それでお前は何だったんだっけ? 謎生物の腹の中……は最初じゃなかったよな?」
「それは三番目か四番目じゃなかったっけ」
「ああそうだった……あれ? ていうかお前意地でも教えようとしなかったんだっけか。結局何だったんだよ、教えてくれてもいいだろ」
…………いや、なんていうか。
二人に比べるとずいぶんとソフトで……でも、心底なんというかこう、超越した場所だったっていうかその。
「……僕が最初につながったのは女子トイレの個室だよ」
「「うっわぁ……」」
ゼロ気圧と超水圧という恐ろしい物に遭遇したはずの二人が心底恐ろしいものに遭遇したような声を上げた。
ドン引きだった。そりゃそうだ。
「………………なあ、俺今ふと思い出したことがあるんだけど」
「何で御座るか?」
「あ、あのさ……俺らがここに隠れる原因になったのって、隣の女子トイレに生徒が来たからじゃん……?」
「……………………ま、まさか……」
それだけで夕陽が何をいいたいのかわかったのだろう。大地の声に恐怖と絶望が宿る。
その絶望を僕は知っている。十五回前に味わったそれだ。
「…………あの時、隣の女子トイレから悲鳴が聞こえた、よな?」
「……そ、空殿……まさか……そんな」
戦慄する二人の疑問に僕は――ただ沈黙だけで応じた。
それだけで察してくれたのだろう、沈痛な空気が満ちる。
響空。中学三年生。何の因果か女子トイレの個室に突撃するという業を背負ってしまいました。
「………………どうしてこんなことに」
感情の抜け落ちた真っ白な声が、ただ世の中を嘆く言葉が、思わず口をついて出る。
これまでの人生、本当に色々な苦労があった。
思い出せる古い記憶の中でも特に印象的にえげつない記憶といえば、やはりあのムキムキマッチョの森に追いかけられたことだろうか。あのあたりから僕の人生の何かが色々気合入りだした気がする。
すね毛の生えたうなぎがヘッドバンギングするものの勢い余ってその辺のいわばに頭ゴンゴンぶつけて悲鳴を上げる場面に遭遇した時は記憶の捨て方を真剣に探した。
捨てたい記憶といえばやはり光璃さんに監禁された記憶だろう。人生で初めて心が折れるかと思った記憶だ。
心が折れるつながりだと、どでかい山場にやけに放り込まれるようになったのは世界の運命をかけた麻雀に巻き込まれてからだろうか。
思い出してみると本当に色々な事があった。
……なんでこんな目にあってるんだ僕。何か悪いことしたか。まあ大体姉さんが原因とまでは言わずとも呼び水になってるわけだけども。
「なんかこう、今までは割とファンタジー系な感じだったし現実的な問題って死ぬか生きるかくらいだったけど、今回のこれってリアル刑罰関わってくるからすっごくこう……重いんだけど」
「死ぬか生きるかの方がマシと言う感覚もどうなので御座ろう……」
「その辺考えてるとストレスでハゲるよ。十歳の誕生日に巻き込まれた騒動により十円ハゲができた僕が断言する」
「壮絶な人生に御座るな……!!」
「空は昔から小難しい事ばっか言ってたもんなー。理屈っぽいっていうか」
「そりゃ君は昔から自由だったからね」
なぜかトイレの中で思い出に浸る。人生においてこんな瞬間が来るなんて思っても見なかったよ。死ぬまでこなけりゃよかったのに。思ってみてももう遅いけれど。
まあとにかくそんな状況だ。
扉から外に出てもどこぞに放り飛ばされる。
まず最初、五六回程無駄にひどい目を見た僕らはひとまず統一方針を見出した。
「……しかし結構無理御座らんかこれ。出入りを繰り返してとにかく近場に出たら電話でもなんでもして助けを求めるって。国内に出ることすらままならないとは思わなかったで御座るよ」
「僕と大地はダメ元で夕陽が本命だからね。しかし、その夕陽が一番ハードな目にあってるからな―」
「問題は扉をくぐるまで行き先がわからねえってトコだよな。いや、宇宙とか海は影響が向こうから押し寄せてくるからわかりやすいんだけど」
そう、扉をくぐるまでは行き先は見えない。開いた状態はあくまでもトイレが景色として広がっているだけだ。
でなければ誰が女子の居るトイレの個室にツッコムもんか……。
「……空殿? なにやら気配が濁って御座るよ?」
「ほっといて。あと今日からしばらくは察して」
この心に刻まれた傷はそう簡単に癒えるものではないだろう。
いや実際には突入された女子の方がダメージ受けてるはずなんだよね。謝らないとだめだろうか。でももうお互いに顔を見ないほうがいいような。
うん、ひとまず考えることをやめよう。
今僕は最低の人間に成り果てる。構うもんかちくしょう……。
「空殿なにやらかつて無いほどにダメージ受けて御座るな」
「ああ、ここしばらくじゃ最大の落ち込みだなこりゃ」
何やら外野が賑やかだ。
まあとにかく。
中から開けて出られないのなら、外から手を引いてもらえばどうだろうか。というのが何度も酷い目を見た僕らが考えだした解決策だ。
自分たちだけで解決できればベスト。そうでなくとも、手を借りられそうな相手に連絡がつけられればベター。なお、ここからじゃ携帯の電波は届かない。ご都合主義というやつだろう。
「いや、確かに分の悪いかけだとは思ってたけどまさかここまでとは」
「まず最初の出口が宇宙と海底、禁断の領域……酷い選択肢に御座るなまったくもって」
「せめて俺がどこでもいいから地上に出られりゃどうにでもなるんだけどなあ」
夕陽にはポチとタマという鬼神がついているしどれだけ距離が離れていようとも呼び出すことができる……んだけども、呼び出す前に死んだらどうしようもないし、時空がずれていても呼び出せない。異世界とかね。
そして夕陽が引くのはどれもそんな、いわば大ハズレとでも言うべき行き先ばっかりだった。
宇宙に始まり、謎の地下帝国、巨大真空管、巨大生物の胃袋――コレはなんと僕も同じ行き先だった、異界の森などなど。
「……あのさぁ大地、どう考えてもこれ僕らの行動を積極的に妨害してるとしか思えないビンゴっぷりなんだけど。僕と大地はまあ稀に大ハズレ引くことはあっても基本的に地球上にでるじゃない?」
まあ、そうして出てくるのが女子トイレとか海底とかヒマラヤ山頂とかサバンナのライオンの群れのど真ん中とかゲイバーとか酷いけど。
「それは拙者も考えて御座るが、そんな器用な壊れ方にどうやったらなるのか……」
カチャカチャと機械音。調べてみているのだろう。何度も繰り返したやりとりだ。
「……いや、もうこうなりゃヤケだ。とにかく出入りを繰り返してやる……!」
「え? あ、ちょ、夕陽やめ……!!」
限界を突破したのか夕陽が唐突に爆発した。バタン、とドアを開く音がして。
ドオォォォォオオオンッ!!!!
隣の個室が爆発した。
一瞬の閃光が走り、続いて振動と爆音。ビリビリと体が震える。
それが収まり、しばらく待つ。状況を整理するために。
左隣りの夕陽が、扉を開けた。それは間違いないだろう。
そしてその結果。
右隣りの個室が爆発した。
状況は整理した。
まるで意味がわからなかった。
「いや、いやいやいや……えぇ……まるで意味がわからないんだけど……夕陽何したの」
「扉開けただけだっつーの……なんで大地のトイレが爆発してんだよいみわかんねえよ」
僕も夕陽もドン引きだった。そんなピタゴラ装置みたいな真似されても、ちょっとその……反応に困る。
ていうか大地は生きてるんだろうか。まあ生きてるか。
「しかしこうなるとうかつに扉を開けられないねえ」
「ああ……大地はともかく俺らがこうなるとちょっとしんどいもんがあるぞ」
「というかもうちょっと心配してくれても良いので御座らんかおふたりとも!?」
「でもどうせこうやって無事なんでしょ」
「無事で御座るが! 無事で御座るが!! 理不尽な事が多すぎて何に文句言えばよいので御座るかこれ!?」
それ普段の僕が感じている理不尽だからこの機会によく味わってほしいと思いますマル。
「というか大地、今何がどうしたの? やっぱり夕陽が扉あけたタイミングでそっちの扉が爆発した系?」
「いや、爆発したのは便器に御座るが。危うく便器の蓋に乗ったまま天井頭にぶつけて死ぬかと。しかも壊れた便器直って御座るし」
なにそれコント?
予想外にも程がある。
「……夕陽、そっちはどこに繋がったの?」
「今顔出してきたけど、よくわからん場所だった。宙に岩が浮いててそんだけ」
確かによくわからない場所だ。
それがなんでふたつとなりのトイレの便座の爆発につながるのかはわからないけど。
「しかし参ったね……扉を開けた被害がよそにまで影響するとなると、チャレンジ自体慎重にした方がいいかな……?」
「そうは言っても扉を開けねーことにはこの状況解決できねーだろ。力ずくでどうにか出来る面子でもねえし」
夕陽の言うとおりだ。生憎と僕らには常識を歪める力も世界を改変する力も無い。つうか普通そんなの持ってない。
「これからはより一層の覚悟が必要になるわけで御座るか……」
悲壮感たっぷりな言葉に全員沈黙する。
今まででさえ十分無理ゲーだったのに、さらに上乗せとかとんだドSっぷりだ。
それに、口には出さないけれど不安もある。おそらく夕陽も同じ不安は抱えているだろう。
「とにかく、やってみるしかないよ。それにもしかしたらさっきのはとびきりのイレギュラーだったのかもしれないし」
自分でもそりゃないだろうな、と思いながら。半分以上願望だ。
今まで以上の緊張感を抱いて扉に手をかける。
左右からも、カチャリ、と扉に手をかけた音が聞こえた。
もはや言葉は要らない。僕らの気持ちはひとつだ。
三人で一斉に腕に力を込めて。一斉に扉を開いた――!!
「というかこれ、もし三人全員の反動がひとりに集まったらどうなるので御座ろう」
「「………………………………」」
僕も夕陽も、思っていても口に出さなかったことをうかつにも口にした大地の声は。
次の瞬間、先ほどの三倍の爆音に飲み込まれて消えた。
そんなあれこれがあった後の話。
結局、あの爆発で僕らの中の何かのタガが外れたようで。
僕ら三人はまるで狂ったオモチャのように扉をくぐっては戻りを繰り返した。
理不尽な爆発に襲われ、タライに頭を狙われ、触手生物に誰得サービスシーン状態にされて、その他諸々酷い目にあってひたすらに扉をくぐり抜けた結果。
「……………………事情はわかったけれど」
女子生徒の相談を受けた綺月により扉を開けられ、生徒会室で並んで正座させられていた。
幼馴染みの視線が痛い。コレほどまでに冷たい視線、かつて受けたことがあっただろうかと思うほどだ。
「綺月、僕もまさかあんな事になるなんて思っていなかったんだよ……うん、心底悪いことをしたと思ってる」
「まあこれで反省していなかったら吊るしている所だけれど」
相当にお冠だった。
「……哉羅先輩はもう少し自分の状況に気を使って下さい。話を聞く限り、下手をすると学校全体がそんな状況になっていたかもしれないじゃないですか」
「いやはやまったくもって言葉も無い……」
大地もしゅんとしている。まあ今回の全ての元凶なのだ。たっぷり反省してもらうとしよう。
「夕陽は……今回は珍しく徹底的に被害者ね」
「なんだよまるで普段は俺が何かやってるみてえじゃねえか」
「自覚なかったのね……」
呆れる綺月にむくれる夕陽。綺月の言うことは僕も思っていたことだったので特にフォローはない。
「別に問題を起こすななんて言わないけれど――どうせムリでしょうし。せめて注意くらいしてよね。これからは私も色々と忙しくなるんだから」
「うん、ごめん……」
ため息を付きながら頭をかこうとして、ねっちょりとした液体が滴ったのでやめた。
それを見て綺月が二歩程後ずさった。酷い。いや気持ちはわかるけど。
僕ら全員ひどい有様だった。
大地は制服があちこち焼け焦げ破れて頭も黒とピンクのストライプのアフロになっている。
夕陽は全身ずぶ濡れて同じく制服はズタボロ、ポケットいっぱいに謎の魚介類が詰まってピチピチ踊っている。
僕は僕で全身ヌメヌメの液体に覆われて謎の花が体のあちこちに咲いていて一見すると頭がハッピーな人に見える。
「とりあえず、シャワー室を使っていいから……」
そっと、綺月が壁にかかった鍵のうちのひとつを持ってきて、三メートルほど離れた床の上にそっと置いた。
なるほど、自分で拾えと。
なんだろうねこれ、結構心理ダメージヤバイですよええ。
まあ気持ちはよくわかるので落ち込んでばかりもいられない。僕ら三人は濁った瞳で互いを見て、のそのそと鍵を持って立ち上がった。
生徒会室を後にする僕らの耳に、綺月のため息混じりの声が聞こえて。
「はぁ……当たり前だけれど、別に新学期になったからって何が変わるわけでもないわよね」
まあ。
今までそうだったんだから、そうだよね、なんて。
当たり前のことに思わずため息が漏れたのだった。