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挿話:僕とシスターと来訪者の末路

『マリィが困りそうだから手を貸してって言ってたから、ちょっと行ってきてほしいんだ』


 夕陽の勉強を見てもらうかわりに姉さんから出された条件がそれだった。

 僕がこれでなぜ頭を抱える思いになったのかというと、シスターが姉さんに手を借りようとしているという事と、困りそう、と目的が判然としないという事からだ。

 シスターは好んで姉さんの協力を得ようとしない。なぜなら姉さんはなんとなくシスターを拒絶しているところがあるし、シスターもそれは同じ。そんな二人が互いの願いを聞き入れる場合といえば互いに利益があるか、あるいは相手の損がそのままこちらを巻き込む可能性が高い場合。

 今回は流れ的に後者なんだろうな。つまり厄介事の可能性大。姉さんならシスターが何に困っているか解らなくても、直感的にそれがヤバイかどうかくらい判断できるだろうし。どんな直感だ。念の為に言っておくが僕らは純粋な地球人でありそもそも宇宙に人類は進出していない。コロニーなんて夢のまた夢である。

 話を戻そう。

 そんなわけで、僕は教会へと来たわけだが。


 …………なんていうか、こう。

 なんで神の家の玄関でいきなりゾンビの死体が転がってるんだろう。というかゾンビの死体って変な言葉だな。しかもどうせ死んでないんだけどもこの人。



 僕は深く息をついてしゃがみこみ、血がつかないように気をつけながら背骨を逆方向に曲げた男性の死体を揺り動かした。

「神父さま、こんなところでねないでください」

「……う……うう……はっ!?」

 びたん、とビデオの逆再生のノリで一気に全身が正常な向きへと捻じ曲げってゆく。わー、相変わらず吐きそうなくらい気持ちの悪い光景だなー。

 しかしこの残虐トランスフォームというか悲劇的ビフォーアフター、近所の子供たちには割と人気である。すげえな子供。まあ好奇心の塊の年頃には確かにおもしろ物件ではあるのか。

 ぐにゅりと戻った神父さまはやれやれといった様子で立ち上がり、肩をぐるぐると廻す。


「ああ、いや、酷い目を見ました、ええ」

「現状目がひどい状態のままですが」


 半分飛び出している。早く引っ込めて欲しい。

 ぐいぐいと顔を抑えて、ようやく神父さま大復活。いつものことだが。


「それで、今度は何をしてシスターに怒られたんですか?」

「なんと空くん。君はいつもいつも、わたしがシスターマリジョアに怒られているようなイメージを持っているのですか?」

「……違うんですか?」

「ははは心底そう思ってる目をしていますよこの人。いいですか、わたしだってそう毎日毎日彼女を怒らせていたら、いい加減地下に封印されていますよ。

 ――――三日に一度くらいですよ、ええ」

 十分やらかしてる自覚があるんだろう。そっと視線を逸らされた。

「はぁ……まったく、今度は一体何をしでかしたんですか?」

「そうですねぇ。まず手始めに彼女のパンツを両手に持って踊り始めたのですよ」

「いやまておかしい。ていうか今『まず手始めに』って言いましたか!?」

 始まりの時点ですでにホームラン級なのにそこから何処へ飛んでいくつもりなのか。

「あんまりやり過ぎると成仏させられますよ」

「残念ながら我が宗教には成仏の概念はありませんので」

 さようで。

「っと、そうだ。僕今日は姉さんの代わりにシスターの手伝いをするために来たんですけど、そのシスターは今どちらに?」

「おや、空くんがお手伝いですか。それはそれは…………頑張って下さい」

「妙な不安を煽る間を作るの止めてくれませんかっ!?」





 なんだか変な層ができてるんですよー。

 よくわからない説明を受けて、僕は教会所有のワゴン車に乗せられた。黒塗りで、外から中が見えないように窓が全て加工されており、何よりも、奇妙なくらいに傷がついていないワゴン車である。

 このワゴン車、教会の敷地の端にある広場に無造作に駐車してあり、日々悪ガキのイタズラやら広場でのボール遊びの被害を受けているはずなのだがかすり傷程度のものさえない。

「層……って、なんです?」

「何、と具体的に説明するのは難しいですねー。説明するとなると、どこか休憩できる場所で一晩みっちり教えれば伝わるかも知れませんー」

「そうですか遠慮します。ところでそっちにハンドル切ると遠回りですよ」

 ぐい、と右折しようとしたハンドルを横から強制的に戻す。ちなみにそちらに進んでいくと、昼は寂れて夜は賑わうような通りがある。遠目にも、派手な外装のホテルが見えたりする。

「そうですかー。残念ですが、また今度にしましょうね」

 今度とかない。

 ないから。

 目的地は今の道を真っ直ぐ。

「にしてもシスターが姉さんに用事とは珍しいですね」

「そんなことないですよー。よく翼ちゃんにはお願い事したりしてますよ。大体断られていますけどねー」

おや、そうなのか。となると今までは勘違いをしていたわけだ。

「…………なんで断られ続けてるのにそんなに姉さんに頼るんですか?」

 純粋な疑問。

 ほとんど断られる事前提であるなら、最初からもっと話がつきやすそうな相手がいると思うんだけどな。

 するとシスターはふっと柔らかい、優しげな笑顔を浮かべた。

「だって翼ちゃん……私が電話かけただけで嫌がってくれてすっごいやりがいがあるんですもの」

「いい笑顔で最低なこと言ってるよこの人」

 かつて見たことのないレベルのシスターの晴れやかな笑顔だったのに発言内容が黒過ぎた。

 単なる嫌がらせじゃねえか。

「いえいえー。万が一にでも聞き届けてくれればいいなあ、と思っているのは事実ですよ?」

 万が一って時点で大して期待はしていないわけで。

 姉さんにちょっかいかけるのがメインだな完全に。

 それにしても。

「神父さまは来ないんですね、今日は」

「そうですねぇ。正直不足の事態を想定した肉壁は欲しいところなんですけどー」

 毎度ながらすごい事言ってるぞこの聖職者。

「今日は県境まで来るので、引っ張ってくるのも危険でして」

「はあ。県境に何か問題が?」

「県境そのものというか、うっかり超えるとちょーっと面倒なものが湧いてくる感じなので一応警戒のために、ですよー」

 ふぅむ。何やら面倒な縛りを持っているらしい。


 いつもどこか飄々している二人だからわかりにくいが、よくよく考えてみると僕の知り合いの中で唯一の人間の大人なのだ。神父さまにしても、元々は人間なわけで。

 大人が僕らにかまっていてくれる、というのは、実は中々に貴重な話なんだろうな。

 夕陽や綺月の親や、それこそ僕の親にしたって、それぞれ立つべき立ち位置があり、それゆえに僕らには適切な――親として適切な距離を持って接している。

 けれど例えば夕陽の持つ鬼神の力や綺月の持つ八百万の力、光璃さんのもつ万象の力などその他みんなそれぞれ凶悪と言って差し支えない異能の持ち主たちと、普通の大人として接してくれるというのは、本当に文字通り、有り難いものなのではないだろうか。

 まあそのなんというか厄介な集団だという自覚はあるんだよ、一応。

 それに大人が大人として子供扱いするっていうのはなかなか、ねえ。正直僕だって他にこんな集団があって関わりたいかっていったらちょっと返答に困るわけで。

 軌道修正するとして。

 まあそんな人達なりに大人の事情というものがある、とそういう事なのだろう。

 そんな事を一人で納得した時。


「……うん?」


 ぴり、と静電気のような感覚が肌を撫でた。けれどそれは錯覚。実際には何もない。

 それでも妙な違和感が広がり始める。

 ざわざわと、触れるか触れないかの距離で見えない誰かの指先が遊んでいるような。

 空気にゼリーが混ざったのかと思うような、息苦しさ。


「シスター、もしかして」

「ええ、近いようですねー。とはいえ、どこで何が起きるのかは、その時になるまでわからないのですが……」


 でも。

 近い。


 車が徐行しながら進む。

 周囲を注意深く見回し警戒する。

 と。


 カッ!!

 ゴゴゴゴゴゴォッッ!!


 閃光が走り、大量の岩石が空中から落下したかのような音が響く。

「い、一体!?」

「さて、一体何事でしょうか」

 いや、今の僕の驚きは、明らかに失明レベルの極光に対して異常なまでの遮光性を発揮したフロントミラーに対してなのですが。

 周囲一体何も見えなくなるレベルの発行なのに社内は特に変わらずってどんな技術。


 光が収まり、その先。

 約三十メートルの距離のところに人影があった。

 異常なのは、その周囲の路面が陥没しガラス状に表面が光っている点だろう。よく見れば、すぐ傍の標識もどろりと雨のようにひしゃげていた。異常な熱量が人影から発せられた……ということだろうか?

 慎重に事態の推移を伺う。

 ……つもりだったのは、僕だけだったらしい。


 ぐん、と体がシートに押し付けられる。加速感が下腹部を圧迫。

 ぼふ、と車体の背後から謎の爆発音が響いた次の瞬間。



「あらら~」



 腹黒シスターのゆるい驚きの声が、人影の上を通過していた。


 ご。


 という鈍い音が車体を揺らし、次の瞬間甲高い音を立てて車は強引に停止する。

 この間実に一秒未満。だというのに、体感の移動距離がどう考えても三十メートルの倍以上あった。どんな加速だ。

「ぶつかっちゃいましたね」

「いや。いやいやいや」

 ぶつかっちゃったとかそういう問題じゃない。今このひと明らかに自分から轢き逃げアタックかましに行った。

 そっとバックミラーを覗きこむ。


 ……甘かった。

 移動距離はどう考えても百メートル以上。黒い二本のラインはタイヤの跡だろうが、その間にあるもう一つのラインは一体なんだ。

 炎だ。

 車の通った跡を追うように、炎が一直線に伸びていた。

 あきれて物が言えないとはこのことだ。大概謎仕様の車だとは思っていたが、まさかハリウッド系のトンデモ仕様だとは思ってもみなかった。

 ていうかこの惨状どうするんだろう。うんわかってる。知らん顔だよね。うわあ大人って。

 その時。


「…………え?」


 炎の中から、人影が立ち上がる。

 赤いゆらめきの中にあるその影は、薄く銀色を帯びていた。

 それはこちらを視認すると、なめらかな動きでこちらへ一歩、足を踏み出した。


「ああやっぱり。妙に硬い感じがしたんですよねー、轢いた時」


 彼女には轢いた時の感触で対象物の硬さが判断できるほどの経験があるのだろうか。

 それはさておき。

 まさか。

「ロボッ……ト?」

 しかし、しかしである。国内だろうが世界中だろうが、あれほど精巧な人間じみた動きをするロボットが存在するのだろうか。

 僕のそんな疑問を。

 隣のシスターは当然のように。



 ボグォオッ!!!!



 轢き潰した。



「…………あの、シスター?」

「はいー。なんですか空くん」

「今、僕の気のせいでなければこの車、車体の前面から謎の炎を吹いて半ば飛びながらロボットを轢殺したように思うのですが」

「概ね空くんの認識通りですよー。惜しむらくは、車体の前面からでた炎は謎でもなんでもなくて、ロケットエンジンのものだってことでしょうか。流石にわかりませんでしたかー」

 わからないというか。

 わかりたくない。

 というか車にロケットエンジンがついていることが問答無用の謎だよ。

 あれだよ。ミラーから後ろを見ていたら一瞬でミラーいっぱいにロボットが映ってごしゃぁっ! と踏みつけてったんですよ。しかも若干坂道になっているせいで、微妙に空飛びながら。

 恐る恐る視線をミラーから正面へ移すと、えらい感じに首とか腕とか曲がった銀色のヒトガタ。ホラーですね、ええ。微妙にぎしぎし動いている辺り実に不気味である。

 しっかし丈夫だなぁ。この車もロボットも。狂気じみた頑強さに顔をひきつらせていたが。


 次の瞬間、銀が、跳ねた。


「ひっ!?」


 壊れた人形がバッタのように跳ね、次の瞬間にはこちらの車のフロントガラスに衝撃とともに着弾。

 恐ろしいことにロボットは曲がりくねってはいたものの、傷や破損などは殆ど無く、その光を湛えた虚ろな眼窩に正面から見据えられ、僕は小さく悲鳴を上げた。

 人間の形をした人間の感情を持たないもの。

 不気味の谷と呼ばれる現象があるが、それに近いものを感じた。

 そして。

 ロボットは右拳を素早く振り上げ――って、ちょ!!



 ぐべしゃあっ!!



 振り下ろされた。

 その拳は当然、フロントガラスを突きやぶ――ってねえええええええ!!


「シスターシスター! なんか物理おかしくないでしょうか今回っ!?」

「え? だって硬いもの同士がぶつかれば、脆いほうが崩れるのは当然ですよー?」


 今このシスター言い切った。この現象を当然だと言い切ったぞ。

 ロボットも何が起きたのか理解できていない状況でしきりに自分の腕とフロントガラスを見比べている。そりゃあそうだろう。

 だって、フロントガラスにたたきつけられた拳どころか腕までがひしゃげて中身が飛び出しているのだ。

 よくわからない回路だとか液体だとかがぶちまけられ、銀色のボディが黒く汚れた。

 おかしいだろ。明らかに謎金属でできてるものより硬い車のフロントガラスってどう考えてもありえんだろ。


「さて空くんちょと車動かしますよ?」


 言うが早いかシスターがハンドルに付いたボタンをポチポチと操作すると、ぐいんと車体が傾いて、あろうことか車がウィリーをかました。


「はあああああああああああっ!?」


 おかしい。ウイリーとか車で出来る技術じゃない。

 ちなみにその勢いでロボットは空高く打ち上げられていた。うわぁ。

 ロボットはしばらく上空へ向けて飛翔を続けていたが、やがて重力に引かれて落下を開始。ちなみにこちらはアクセルとバックを高速で繰り返すことでシスターがその場で粘ってウイリーしたまま待機状態。あたまおかしいこのドライバー。

 やがて。

 落下するロボットは。

 その影を徐々に大きくしながら真っ直ぐにこちらへと落下してきて。


「おかえりなさい」


 シスターの蕩けるような甘い言葉とともに。


ぎゅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!


 高速回転する車のタイヤに飲まれ、そのまま車体がウイリーを解除し路面とのサンドイッチにされた。


ゴゴッゴゴシャガガババッドカッカガガガガガ!!!!


 不規則な振動が車体を揺らし、たまに銀色の破片が目の前を通過するのをうつろな気持ちで見ていた。

 ……え、何これいみわからないんだけど。


 しばらくそんな状態が続き、やがてタイヤが路面を踏んだのか、普通に全身を開始した。

 無言のまま十秒ほど進み、車が停まる。


「…………」

「…………」


 無言。互いに無言である。ちなみに僕は恐怖から無言になっていた。いやだって、なんかもう、どう考えても所業がおかしい。

 ちらり、とシスターを横目で見ると、ひと仕事終わった満足感に満ちた笑顔だった。


「それにしても、あれは何だったんでしょうか」

「え、今更!?」

 それは最初に気にするところだ。

 少なくとも問答無用で轢く人間が気にするとは思わなかった。思考の順番逆だろ。

「んー。でもほら、フロントにパンチかましてきたってことは敵ですよね?」

「いきなり轢き逃げ二度もかまされれば誰でも敵になりますよね普通」

 少なくとも僕は二度も不意打ちかまされて平然としていられるようなできた人間ではないしそんなものになるつもりもないので。右の頬を叩かれたら左の頬をぶん殴る。場合によってはプラスアルファ。

「ほらでも。もしかしたら映画みたいに、未来からやってきた殺人ロボットだったりするかもしれませんよ~」

「そんなバカな……」

 呆れてため息を漏らすと。



カッ!! カカカッ!!

ゴゴゴゴゴゴォッッ!! ガガッ!! ドドドドドォッ!!



 閃光と爆音が連続し、次の瞬間には目の前にこれまた複数の人間――銀色の人影が姿を表した。

 って。おいおいおいおい。


「……これはまた、千客万来ということでしょうか」

「いやあの、そんな呑気な状況ではないような」


 何しろ、今出現したロボットたち。

 明らかにこちらを警戒している。敵対している。そりゃあそうだろう。同型機に対してとんでもねぇことしてるもんね。


「確かにその通りです。けれどこの数は、いちいち車で相手をするのは面倒ですねー」

「え、そういう思考なんですか?」


 多数を相手にこちらは安全な状況を確保できるとかそういう考えは?


「いえいえ、だって神父さまをあまり長い時間ほうっておくわけにもいきませんもの。ええ、そろそろまた脳のイカれた遊びを思いつく頃ですし」


 ……やばいどうしよう、反論する要素がない。


「ということで空くん、ちょっとおりますよ」

「は、――」


 僕の疑問を置き去りにして。

 車がごん、と音を立てて全速力でロボット達に向かっていく。そして僕とシスターは、まるで慣性の法則から忘れ去られたかのようにその場にとどまっていた。

 椅子だけが車から射出されたのだ。そして。


ゴバァッ! ごぎゃぼぐぉっ!!


 形容しがたい破壊音と破砕音が連続する。操縦者を失った暴走車はロボットたちの中を乱暴に暴れ、横転。爆発した。

 爆発の際、やけに鋭い破片となって飛び散り、周囲のロボットに少なくないダメージまで残していった。あー、アレ知ってる。ドキュメンタリーであったクラスター爆弾とかそういうの。いやあれって条約で禁止されて……ああでも車だしいいのか。爆発した車にたまたま金属片が入ってただけか。ふざけんな。


「シスター、ツッコミどころが多すぎるんですけど……」

「あらあら空くんわたしにツッコみたいんですか!?」

「鼻息荒くして迫って来ないで下さい!! ていうか前前前々ー!!!!」


 ロボットの一体がこちらに飛びかかってきていた。

 シスターはそちらをちらとみて。


「慌ててはいけませんよ空くん。男の子はどんなときでもどっしりと構えていなくては」


 車から排出されるときに確保していたのだろう。いつもは教会の片隅に置きっぱなしになっている布に包まれた十字架を肩に担いで、その布を解き放った。

 中から現れるのは十字架そのもの。ただし、十字の交差点にドクロを模した穴が開いている。また金と黒の装飾がわずかに施されている。いわゆる十字架として想像されるものの形をしているはずなのに、なぜかその印象から非常に遠いように感じる不思議な物体。

 どこか不気味で不吉な印象を抱かせる十字架のドクロに手を突っ込み。


「巻き込まれないよう、自助努力は怠らないでくださいねー」


 言葉とともに、十字架を振り上げ――落とした。

 音はしなかった。故に現実感もない。しかし結果は明白。

 飛びかかっていたロボットの頭部が見事に十字架の下敷きになり、ひしゃげた。更に追い打ちをかけるようにシスターがドクロをぐりん、と半回転させると、先端からパイルバンカーのように巨大な釘が飛び出し、押しつぶしたままの頭部を連続で砕き、穿つ。

 もしかしてあのロボット、意外と柔らかい素材なのだろうかと破片を手にとって見たがそんな事なかった。

 軽く叩いてみただけでもその硬度の高さはわかる。試しに道路をこすってみたが、見事アスファルトが綺麗に削げるだけの結果となった。

 ……車といい十字架といい、何でできてんのさ。

 呆れてシスターを見ると、複数のロボットを相手に一歩も引かないどころか圧倒している。十字架から射出した器具で両手両足の動きを封じ、的確に釘や針、ノコギリ刃の刃物でロボット達を行動不能に陥れていく。

 武器がいちいち凶悪なのだが、まあそれは仕方ない。なにしろあの十字架に詰まっている武器は――。


「――うん?」


 座り込んだままの僕に影がかかった。

 ……嫌な予感を感じながら後を振り返ると。


『ザザザ……ザザザザ……』

「うおわああああっ!!」


 今まさに手から刃を生やしたロボットが僕の脳天に向けてそれを振り下ろすところだった。って、冷静に解説している場合じゃない!

 とっさに立ち上がりながら。


「っとぉ――おおおおっ!?」


 相手の攻撃を受け流す――どころの威力じゃない。一体どんな動力をしているのか、流す動きが押し切られそうになる。


「う……わぁっ!!」


 とっさに受け流すのをやめて相手の攻撃に乗っかる。

 振り下ろす動きに抵抗せず、相手の勢いをそのまま全身で受ける。

 めり、とどこかの骨が悲鳴を上げたけれど、幸い砕けたり折れた感覚もない。

 相手の振り下ろす動きは突き抜ければ相手の背後へ抜ける力となり、僕の体は地面とほぼ平行に投げ出された。

 数秒の飛行の後、辛うじて受け身を取り起き上がると――うわぁ。何メートル飛んだんだこれ。軽く五十メートルは投げ出されていた。いや、無理無理。僕の力だと人間の相手が限界なのに明らかにそんな範疇じゃない。

 なるほど姉さんにお鉢が回ってきてその姉さんも夕陽に任せようとするわけだ。僕向きじゃあない。


 とはいえ。


「はい。よく出来ました空くん」


 僕を斬りつけた隙に、そのロボットは前面に針を生やした十字架の餌食となった。

 あああれは僕でも名前がわかるぞ。アイアンメイデン、とか言うやつだ。

 そう。

 シスターの十字架は、拷問器具がこれでもか、と詰まっている……らしい。僕もそんなに見たことがあるわけでもないし、見たくもねえしな……。


 しかし……。


「相変わらず凄まじいですね、シスターの戦闘能力は」

 僕が命の危険にひやひやしている間にシスターは十体近いロボットを葬り去っていた。

「いやですねえ空くん。神の僕のシスターであるわたしが戦闘なんてするわけないじゃないですか。これはアレですよ、説教ですよ説教」

「随分物理方面に偏った説教ですね……」


 原理主義かよ。

 と、そこでシスターが何かに気づいたのか、こちらへと駆け寄ってきた。


「どうかしたんですか?」

「どうかした、というよりはこれからどうかする、という感じでしょうか」


 はい? と疑問を声に出す暇もなく。

 シスターは僕の頭を抱えて胸に抱き込み、両耳をふさいだ……って、え、何これ何この状況柔らかっ!?


 とか軟弱なことを考えた瞬間、天罰なのかね、と思うような振動が全身を揺らした。

 ……んー、なんか覚えがあるなあ、この振動。

 シスターの拘束が解かれ、その背後を見ると……案の定、である。


「………………あの、シスター」

「というわけで空くん、テイクツー行きますよぅ?」

「やっぱりかちくしょう!!」


 再び現れたロボット軍団を前に僕は悲鳴を上げたのだった。













 そして翌日のひとりがたり





 結論から言うと、夕陽は見事補習に合格した。

 若干人格が変容していた気もしなくもないけれど、まあ些細な問題だろう。きっと。たぶん。

 僕はあれから結局三度ロボット軍団と戦うことになり、最後には山のような銀の破片の上で笑うシスターだけが残る光景があった。結局ロボットが何だったのかはわからずじまい。やれやれである。

 もしも本当にシスターの言うとおりだったりすると、なんというか容疑者が約一名で確定してしまうのだが。

 まー深く考えても仕方ないか。どうせ物事はなるようにしかならないものだし。


「涼莉ー、そろそろ行くよー」

「にゃー。そら待ってなのー」


 玄関で涼莉が出てくるのを待つ。姉さんは別の用事があるとかで後から来るらしく、涼莉と一緒に先に神社へ行くことになっていたのだ。

 で、涼莉は今姉さんに浴衣を着せてもらっている状態だ。


「空ー」

「やっと終わった? おー、可愛い可愛い」


 トテトテと駆け寄ってきた涼莉の頭をなでる。猫耳がピクピクと動くけれど、今日はお祭りだしちょっと突拍子もない姿をしているくらいそんなに目立たない。

 よく見ると尻尾も浴衣の下から覗いていた。まあ、さすがに腰に穴を開けるのもアレだしね。

 涼莉の浴衣はオレンジ色の生地に猫の柄が入っている可愛らしいものだった。


「それじゃあ姉さん、行ってくるよ」

「ママ、行ってくるの」

「うん。わたしもあとで行くから、気をつけるんだよー?」


 姉さんに見送られて僕らは家を出た。

 夕焼けの日差しの眩しさに目を細める。



 さて。

 今日は夏祭りだ。



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