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僕と未来人と地球の危機


 わぁあああああぁぁあ…………。

 

 熱狂に沸くギャラリー。

 正面に立つ彼は真剣な眼差しでこちらを見ている。両手で金属製のバットを構え、左肩をこちらに向けてじっとその時を待っている。や、よく見たら足がガクガク震えていた。打てるのかそれでまともに。

 対する僕も手に嫌な汗を握っている。下向きの緊張感とマイナス方向の興奮で頭がおかしくなりそうだ。

 ふぅ、と深く深く、息をつく。

 腹の底に渦巻くもろもろをどうにか追いだそうと。

 それでもどうにもならず、上げた視線は正面を素通りして空へと向かった。

 本日もいかにも夏らしい青空が広がっている。眼の覚めるような、とはまさにこの事だろう。

 真白な分厚い入道雲が視界の底でズシンとその身を横たえ、いっぱいに広がる雲はゆっくりと流れる。

 その先。

 空の真ん中。

 そこには、大きな大きな。



 隕石があった。



 さて、なぜこうなったかを説明せざるをえないだろう。


 ……恐ろしいことに、事の始まりはたった三十分ほど前に遡るだけだ。





 ぽーん、ぽーん。

 と、跳ねるボールがテンポよく日食を作る。

 散歩の途中で大地に遭遇し、なんとなく公園でボールをトスしあっている。

 蝉の声がシャワーの如く降り注ぎ、その騒がしさたるや耳の奥に響くそれが実際に聞こえているものなのか残響なのかさえわからなくなるほど。

 抜けるような空はスカイブルーという言葉そのままの青さと透明さを、昨日と変わらず広げていた。

 暑い。暑いのだが、まあ、なんとなく、だ。

「そういえば空殿」

「うん、何?」

「昨日へんな物体を見たので御座るが、何か知らぬで御座るか?」

「へんな物体って言っても、どんなのか言ってくれないと」

「うーむ……言葉にすると難しいので御座るが……」

 ぽーん、

     ぽーん、

 ぽーん、

     ぽーん、

 ぽーん、

     ぽーん。

 三往復して来たボールと共に帰ってきた言葉は、

「なんかもこもこしててパイプみたいのが生えてて鳥の巣がくっついてるショッキングピンクベースの変な物体で御座る…………空殿どうしたで御座るかいきなり膝などついて」

 受けそこねたボールが頭頂に落下し、あらぬ方向へ飛んでいった。ばいんばいんと軽快に跳ねるそれを見る力は、うん、今の僕にはない。


 そういえば、いたな、そんなの。

 割と関わり合わないというか関わり合いたくない理不尽装置。

 絶体絶命の運命攪拌。

 どんな願いでも強制的に叶えてしまう存在。


「あれはあんまり関わり合わない方が身のためだよ。命がいくつあっても……えー…………」

 会話の途中から大地が気まずい表情で顔を逸らし始めた。うわぁ嫌な予感。

「……何したの?」

「なんと言ったものか……先ほども申したようにこれは昨日の話なので御座るが」



 なんでも大地がふらふらと街を徘徊していると、犬に追いかけられる謎の物体に出会ったそうだ。

 謎の物体の突き抜けた謎具合に興奮と言うよりむしろ怯えた様子の犬をなだめ落ち着け、謎の物体を助けてあげたらしい。すると、

『あんさんのおかげで大事に至らずに済みましたわ。お礼になんか願いでも叶えたりましょか』

 胡散臭い。

 あまりにも胡散臭い。

 だからだろうか、大地は事も有ろうにこんなことを言ってしまったらしい。

『はっはっは。では最近暇なので、何かこう、でっかい事件でも起きるとよいで御座るな』



 話を聞いた僕の感想。

 馬鹿じゃねーの……。

「うわぁ空殿安定のどうしようもないレベルに蔑んだ視線で御座るよ……」

「僕がいつもそんな目をしてるふうに思われるから止めてよ」

 たまにしかしないよ、そんな目。そして向ける相手も大体決まってるし。

「ていうか大地、君またなんであんな怪しい物体にそんなけったいな事お願いするかな」

「いや、なんか暑さのせいか頭の中茹だってたようで」

「いやまて君の頭の中は常時茹だってるだろ」

 ほやほや。

「なにげに酷いで御座るな自分!!」

 平常運転のつもりだけどなあ。

 にしても。

「でっかい事件ねえ……一体どんなびっくり箱を出してくるのやら」

 あの不思議物体、やることなす事極端だったり的を射過ぎて逆に的を外してたりするもんなぁ。

「そんなに危険なので御座るか、あれは」

「危険というか意味不明、としか言いようが無いね。大地は猿の手の逸話は知ってる?」

 大地は肯いた。まあ有名な話だもんね。

 簡単なあらすじを説明するとこうだ。

 ある日男はみすぼらしい猿の手のミイラを手に入れる。そのミイラは、願い事をみっつ、叶えてくれるというものだった。

 男の息子がほんの小さな金額を願う。すると息子は仕事場で死んでしまう。

 息子の死に対して支払われた金は、息子が願った金額と同じだった。

 ……これには続きがあるのだけれど、まあつまりそういう、悪辣な願いの叶え方をする道具だ、と思っておけばいいだろう。

「……って、あのピンク雲も同じような感じなのでござろうか」

「いやあれはちょっと違うかなぁ」

 猿の手は願いの曲解といってもいいレベルの願望成就の道具だった。きっとあれに『世界から戦争をなくして下さい』と願ったなら、やがて人類は全滅するに違いない。いや、あるいは全ての情念を失って植物のように生きる存在に成り果てるかも。

 もっとも昔話らしくどちらかと言えば教訓を含んだ話で、要は人の手に余る運命に手を付けるべきではない、ということらしいけれど。

 さて話は戻って不思議物体。こちらがどんな願望成就の手法を取るかというと、無邪気という言葉が最も近いだろう。これだけ聞くと平和っぽいが、さて。

 例えばあれに『世界から戦争をなくして下さい』と願ったとする。その場合人類が滅びたり情念消失のような事にはならないだろう。が、同時に世界中の平気が一斉にその場で爆発するんじゃなかろうか、と予想できる。

 なぜこれが無邪気なのか。つまるところ『わかりやすく』『手っ取り早く』『単純』であるというこれに尽きる。そこに悪意はない。曲解もない。どストレートにど真ん中に、実にわかりやすい回答だ。

 無論それが良い方向に転がることもある。雪が見たい、というこどものために雪を降らせたこともある。なぜか日本全体に影響が出ていたが。真夏に。明日は晴れますように、というお願いもきちんと叶えた。観測史上最高の猛暑を記録したが。真冬に。

 まあつまり、そういう大雑把だが確実に願いを叶えるものだ、と思っておけばいい。

 さてそうなってくると今回のお願いがどれだけ厄介なのかがわかるだろう。

『はっはっは。では最近暇なので、何かこう、でっかい事件でも起きるとよいで御座るな』

 て。

 まずもって対象がはっきりとしていない。でっかい事件って。そもそもどの程度の規模になれば『でっかい』と判断するんだろう、あの不思議物体。まさかビックバン起こしたりしないよね。うっかりそんな事になっても困るんだけど。

「と言うことで、大地がやったことは結構予想がつかないわけ」

「ううむ……なんと申すべきかこう……」

 大地は目を閉じて空を見上げる。わんわんと蝉の声が響くなか、そのまましばらく固まっていたが、やがて顔をこちらに向けて。

「ごめんね☆ ごぼああぁぁぁぁぁっ!!!!」

「ああごめん思わず」

「思わずで人の顔面の穴という穴に砂をツッコむのはどういう芸当で御座るか! というか空殿拙者相手の時とその他相手の時で芸風さっぱり変わって御座るが!?」

 いやだって今のはどう見てもツッコミ待ちじゃん……。

「まあ些細な事はさておいて」

「いや結構重大な議題で御座るよ今の!?」

「えぇ……だってそんなの結論は『大地相手だし』で決まってるし……」

「ナチュラルな格下別枠扱いで御座るな!」

「格下っていうか……キワモノ?」

「うわもうほんと腹立つこの男!!」

 大地元気だなぁ……こんなに暑いのに。

「まあどうでもいいことはおいといて」

「さらに格下げてきたで御座るなこの男!!」

 話が進まないし放っておこう。

「問題は本当、何をしでかすか解らないことなんだよね。大地が暇、って言ってるんだし、大地からみて明らかなことになるんだろうけど」

「しかし拙者、昨日から特に変わった事件には遭遇してないで御座る」

 うーん。

 考えられるのは二つ。

 まだ事件が起きていないか、あるいは起きているけれどもそれが進行中で見える域まで達していないか。

 どちらにせよ対策を取る、というような状況でもない。

 まいったな……。


 と、その時。

 びゅう、と強い風が吹いた。目を開けていられないほどの風だ。両腕で顔を覆い、吹き付ける砂から身を守る。

 五秒ほどだろうか。やけに長かったその風が収まり、恐る恐る顔を上げた。

「…………? なにもないね」

「で、御座るなぁ。今の風は明らかに何か出てきてる感じのそれで御座ったが」

「そうだね……とはいえ、何も出なかったのだから喜ぶべきなのかも――」

 冷や汗を覚えた首の後に手をやりながら、大地の言葉に同意しつつ空を見上げ――

 げ。

 げ。

「げえええええええええええええええええええっ!?!?!?」

「はっはっはどうしたで御座るか空殿突然奇っ怪な悲めえええええええええええええええええええっ!?!?!?」

 苦笑しながら僕にならって空を見上げた大地が奇っ怪な悲鳴を上げた。


 僕らが見上げる空。

 そこには。


 大きな大きな。

 隕石、が、あった。


 ぱくぱくぱく、と意味もなく口を開閉させる。

 まじかよ。

 うわぁ普通に肉眼で見えるレベルの隕石とかなんかこう、もう、なんだこれ。しかも超でかい。手のひらで隠せないくらいでかい。いや、というか、距離感がなくなってるんだけど実際アレどうなの。確実にぶつかる気配濃厚かつ衝突までそんな時間かからなそうな気配までするんだけど。


 いやさ。

 どーするよ、これ。


 大地を見ると……ああ、完全に真っ白になっていた。驚きの白さ。顎がぱかーんと落ちて目が死んでる。いやまあ驚くよね流石に。何の前兆も無くあんなものが現れるわけがないんだもの。つまり何かこう、不条理な原因があることが確定しているわけで。

 ……どう考えてもあのピンクの不条理だよなぁ。

「たしかに、でっかい事件っちゃ事件だけどさぁ……」

 人類史上というか地球史上に残る大事件だよ何してくれるかなほんとにあの物体。

「…………空殿」

「うん」

 ぎぎぎぎ、と錆付いた動きでこちらを見た大地は。

「どうしよう☆」

「存外余裕だ!」





 さて対策会議である。

 どうしようもない気配が最初から漂う辺りクライマックス感パネェ状態だけれども。

 二時間映画最初十分から始まってあいだすっ飛ばしてラスト三十分にいきなりつながった感じ。正直場違い感甚だしいけれど、残念ながら今回のメインは大地であるのでこれが現実だ。

 出来事が常に順序立てて現れてくれるわけではないということを学ぶいい機会だったのかもしれないけれど、ちょっとね、球が豪速球過ぎてね、受け取れないっていうかね。

「で、大地。なにかしら案はある?」

「いや無理。ぶっちゃけ無理すぎて頭の中真っ白で御座る」

 若干乾いた笑い。気持ちはよく分かる。

「実際問題人類の手に余る問題出ござるよ。翼殿でも難しいので御座らんか、あれは」

「まあねえ。安全にアレを処理する、となると、姉さんでもちょっと難しいかも」

 姉さんの特技はあくまで切断である。ものでも空間でもなんでも、切れば反作用が発生する。あの大質量を刻むなりなんなりするなら、それなりの反動があるだろう。それはちょっと、怖い。

 砂粒レベルまで切り崩しても、その砂粒が雨のように降ってくるだけだろうし。大気摩擦で燃え尽きるにしても、空が真っ赤になってなんていうか終末感が。

 リアさんはどうかとも思うが、彼女の能力の範囲はあくまで地球上……というか、人類の文明圏内という括りがあるみたいだから、これも難しい。彼女の力で迎撃できる位置にあの隕石が来た頃には、すでに地球上に少なくない影響が出ていることだろう。

 となればやはり最有力はジュス様、光璃さん辺りだろうけど……ジュス様はここしばらく積極的に行動していた反動か、熟睡している。アレを起こすとなるとそれはそれで銀河系の運命がかかってくるからやりたくない。

 光璃さんについても、不可能ではないかもしれない、というレベルだしあまり負担はかけられない。いかな万能の超能力とはいえ、無反動という訳にはいかないのだから。

 つまり。

「やっぱり僕らでどうにかするしかないかなぁ……」

「うわぁ絶望的に御座る」

「いやまあそうでもないんじゃないかな」

「と、いうと?」

 や、まあね。

 大地は確かに『でっかい事件』を望んだかも知れないが、それにしたって大元にあるのは『最近暇』という前提条件だ。

 事件が起きただけでは暇潰しになるかというと、答えは否。事件が大きくなりすぎると今度は個人の関わる余地がなくなるからだ。いやまあ、例外が身の回りに山ほどいるけどさ。

 そろそろ街全体もいい具合にざわついてきた。方々から声が聞こえてくる。

『おいおい世紀末はまだ先だろ』『あのふたりの喧嘩がついに隕石を呼び寄せたのか?』『おい婆さん茶をくれんか』『パンツ泥棒がまた出たってよ』『磯辺ー、そんな事より野球やろうぜ』『ふっ……俺とお前の前世からの因縁もここで終わりのようだな……』『覚悟しろ悪の組織ジャアクマター! 変……身!!』『げぎゃきゃきゃきゃきゃ!!』

 カオスだなこの街。そして存外余裕だなみんな。

 まあそれはさておき、とにもかくにも。

 この事態にはきっと僕らの関わる余地があるはず。あるいはもっと直接的に――僕らにしか解決できないルールが設定されているか。

 まあいずれにせよ面倒極まりないかよっぽどけったいな条件設定されてるんだろうけど。

 端的に、極端な。

 といったような事を大地に説明し終わったところで、どこからともなくチャルメラの音が響いてきた。そちらの方へ視線を向けると……。

「なんだこの……名状しがたい……なんだこれ……」


 余りにも業の深い物体がそこにあった。

 それを『それ』と例えて呼ぶことは簡単だろう。しかしそれはどうにも憚られた。

 一応表現を試みると、それはとぐろを巻いていた。ショッキングピンクとクリーム色をベースによくわからない色を混ぜたものがだ。

 それには無数のパイプのようなものが刺さっていて、ところどころにつばめが巣を作っている。巣が移動するなよ。

 紐が乱暴に巻きつけられ、それは台車へとつながっていた。

 チャルメラの音はパイプから出ているようだった。うんまあそれはいいんだけど。

 結局さ。

 端的に言うとピンクのうんこにしか見えねーんですよこれ。

 ちなみにサイズは人間大。人間サイズのピンクのうんこがゾリゾリ台車を引きずりながら迫ってきている。


 いや。

 さすがに巨大なうんこが出てきたら騒ぐより引くくらいの歳だからね、僕ら。

「うははははは! 空殿、うんこ! でかいうんこで御座るよしかもピンク!!」

「君はいちいち僕の思いをぶち壊してくれるねぇ!!」

 喜びすぎだ小学生か。

「ていうか出たな理不尽装置……そして何を持ってきた……」

 呆れながら台車を見る。そこに載せられていたものは、間違えようのないくらい、単純明快なものだった。

「バットとボール……で、御座るな」

 大地の言葉の通り。そこにあったのは金属バットと硬球の野球ボールだった。

 実際にバットを手にとって見たけれど、何の変哲もないただのバットである。無論、僕に感じられない特別な力が込められている、なんてことがあるのかもしれないけれど。

「む、これは……」

 大地がボールを手にとって声を上げた。なんだろう、と見てみると。


『いんせき☆』


 と。

 ボールにシールが貼り付けてあった。なんていうかこう、うん。

 超イラっとするね。

 いや、それより。やはりというべきかなんというか。不思議物体がどうやら解決策を持ってきてくれたようである。嫌な予感しかしない解決策だが。

 大地と目を合わせる。互いに、半笑いで諦めの顔だった。


 そうして。

 ファンファーレと共に『チキチキ! 隕石を打ち返せ! ホームランチャレンジ!!』が始まった。





 そうして話は冒頭へ戻る。

 ルールは簡単。僕が投げたボールを隕石に見立て、大地がバットで打ち返す。

 すると隕石もまたどこか遠くへ消え去るという寸法だ。

 空振ったりホームラン以外が出ると衝突まっしぐららしい。失敗した時のリスクがとんでもないんだけど、とはいえ放っておいてもこのまま人類というか地球滅亡である。

 そんなわけで、僕がピッチャー、大地がバッターである。

 すでに普通のボールで何度かテストは終えている。今回用意されたグラウンドは、本物の球場の六割程度の広さであるため、大地でも上手く芯を捉えればホームランが出せることが分かった。

 僕が彼の打ち返しやすいように投げ、それを彼が捉える。互いの息を合わせた一大ミッションだ。

 不思議物体が余計な気配りでもしたのだろう。観客席は超満員。

『そらー、しっかりねー!!』

『変なボール投げたら承知しないわよー!!』

『なんなら変わってやろうかー!!』

 姉さんや綺月、夕陽の声が届く。

 うん、しっかりやらないとね。

『足震えてるけど食い刺して固定してやろうかー?』

『失敗したら地球滅亡までの間に生まれてきたことを心底後悔させますよー?』

『大地君ほらこのグラビア君の好みでしょう?』

 大地かけられた応援の声に、バッターボックスの中で心が折れたようにうずくまる大地。そうだろうとは思うが。あの人達は世界を滅ぼしたいのだろうか。さすがに同情する。

「とはいえ、のんびりしてても埒があかないしな……大地、もういけるー?」

「い、いけるで御座るよ! もう何も怖くないで御座る!!」

 なぜかさらりと死亡フラグが立ったような。いや気のせいだろうけれど。それとお願いだから全身ぷるぷる恐怖で震えているのはどうにかして抑えて欲しい。いや、客席からの物騒な応援が原因なのはわかってるけれど、生憎僕にあれを止める力はない。自力でどうにかしてくれ。

 そんな薄情なことを考えていると、ようやく覚悟が定まったか、大地もしっかりとバッターボックスでバットを構えた。

 その構えは堂に入っている。その名を示すかのように、しっかりと日本の足で大地を踏みしめ、肩は適度にリラックスしている様子が見えた。視線はまっすぐに僕を――僕の手の中のボールを見据えている。

 これなら安心できそうだ。

 審判の位置に鎮座するピンクうんちにひとつ頷く。

『プレイボーイ!!』

 明らかな言い間違いでゲームが始まり、観客が大いに沸く。

 ふう、とひとつ息を吐く。指先の震えを自覚する。小さな震え。多少なりとも投球に影響は出てしまうだろうが、この震えが収まることはないだろう。

 恐怖をなくすことはできない。けれど、恐怖を知り、その上で乗り越えることはできる。

 ゆっくりと投球フォームに入る。

 大地の打ち返しやすい球は、速度がそこそこ乗っている真っ直ぐ高めの球だ。

 ふわりとしたゆるい起動の球は逆に合わせづらいらしい。つまり、僕もしっかりと腕を振り切り真っ直ぐに球を投げなければならない。

 それは最低条件であり絶対の必須条件。つまり、大地の努力以前の問題として僕が結果を出さなければならない。

 ぐっと腕をしならせ、手のひらに載せたボールを放った。

 ――よし!

 会心の投球だ。理想の軌道そのもので飛んでいくボールに、内心で喝采を上げた。

 あとは大地が全力でバットを振りきれば――。

「ふははははー! キタキタキターで御座るよさあいざ拙者の見せぇ……」

 大きく振りかぶったバットをスイングさせた大地が。

「…………ぇっくしっ!!!!」

 くしゃみしてバットが奇っ怪な軌道を描いてぶおん、と。

 スカンっ。

 腑抜けた音を立ててバットをかすめたボールはそのままホームベースにぶち当たり、大きくバウンドしてぽんぽんぽん、と転がっていった。

 無音。

 完全な無音である。

 蝉ですら泣き声を止めた。

 球場の視線がただ一人へ集まる。つまり大地だ。

 大地は振り切った拍子にバットを放り投げ、その姿勢のまま完全に固まっていた。

 静寂。

 そして。


 カツーン。カラカラ……から……。


 バットがグラウンドに乾いた音を立てて落下。そのままコロコロと転がり、止まる。


 誰も何も言わない。

 無音映画のような世界だった。






 皆さん。

 今まで、ありがとうございました。

 本日を持ってこの作品、地球滅亡により完結となります。














 その後のやり取りとかまあ色々。 




 本気で死を覚悟したね!

 全く大地は全く大地は全く大地は!!!!

「空、お疲れ様だったね、今日は」

「いやもうほんと、体力よりも精神を根こそぎ持ってかれたよ!!」

「うにゃー」

 膝の上の猫の姿の涼莉を撫でていることでどうにか心が落ち着いているけれど、そうでなければ暴れだしそうなくらいだった。

 あのあと。

 さすがにこいつぁヤベェと思ったのかそもそものルールだったのか、不思議物体の『ファール』宣言によりゲームは仕切りなおしとなった。

 大地は狂女ふたりにより徹底的に恐怖と絶望を叩きこまれ再起不能に陥りかけたがギリギリの所で姉さんが二人を止め何とか復帰した。というか姉さん、明らかにギリギリになるまで止めるつもりがなかった。

 どうにか日が落ちる前にゲームを再開し、今度こそ大地は必死の形相でホームランを放ち、それと同時に隕石は謎の力により突如軌道を変更し、太陽へとすっ飛んでいった。今頃消し炭も残さず消滅したことだろう。

「けど空も、たまにはいい経験になったんじゃない」

「えー?」

「矢面に立つってことも、たまには大事よ?」

「うー……」

 それはまあ、そうなのかもしれないけれど。

 そうであったとしても。

「いきなり世界全体は荷が重いよー……」

「結果良ければ全て良し、だよ、空」


 うー。

 色々と釈然としないことはあるけれど。

 ひとまず、姉さんに撫でてもらえてさらにご飯まで久しぶりにつくってもらえたのだから、世界の運命を賭けた甲斐はあったのかもしれない。

 やれやれ、である。



今回もお待たせしました。

あと数回で夏休み編も終わりとなるかと思います。

……そうなるとただでさえ少ない姉さんの出番がさらに……タイトルが……うごご……。

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