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終閑話:僕と姉さんと夏の陽炎

 ==そして、僕と姉さんの場合 ==


 僕が住む部屋があるマンションの前には、公園がある。昨今の風潮に逆らって、それなりに遊具が充実している。

 その公園のベンチに姉さんが座っていた。涼莉の姿は近くにない。

 ふむ。

 何か考え事をしているのなら、声をかけるのは却って邪魔になるだろう。


 海旅行が終わり、駅で解散した時綺月を送っていくように言ったのは姉さんだった。綺月の疲労を考えると僕としてもその案に異論はなかったので、彼女の代わりにその荷物を運んだ。

 残った僕の荷物をか弱い姉さんに押し付けるわけにもいかないので、代わりに夕陽に運ばせた。というかまあ簡単に想像できることだけど、野郎むしろ自分からやりたがってた。


 その割には、今ベンチに座っているのは姉さんひとり。夕陽どころか涼莉の姿も見えない。はて、珍しいこともあるもんだ。

 そう思いながら、僕は姉さんを視界の端に捉えながらマンションの方へと足を踏み出して、姉さんの目の前にいた。



 ………………?



 歩いてきたであろう方向――つまり、背後を振り返る。

 滑り台があった。

 視線を正面に戻す。

 ベンチに座ってニコニコとこちらを見ている姉さんがいた。


 あれ?

 あっれー?


 首を傾げる。

 いつの間にか公園にいた。脈絡? ないよ、そんなの。


「……姉さん、今、何かした?」

「おねーちゃんを無視しようとしたダメな弟をこっちに呼び寄せました」

「……呼び?」


 いや、僕の記憶が正しければ呼ばれた覚えどころかこちらへ足を向けた記憶さえない。

 確かにマンションに行こうとしていたのに、いきなり公園にワープさせられてる。


「……姉さん、何か新しい特技でも覚えたの?」

「えへへ、わかるかな? 実はね、ほら」


 姉さんが指先で目の前の空間をすっ、となぞる。

 と、その箇所が陽炎のように揺らいだ。


「なんだかよくわからないんだけど、こうやって斬ると目の前の場所と別の場所が繋がることを発見したの! ノーベル賞取れるかなぁ?」

「無理じゃないかなぁ……」


 ノーベル賞がどうとか、そういうレベルの話じゃない。

 とりあえず、三次元的なつながりを切断して空間のつながりをいじるような真似を覚えたらしい。確か、光璃さんが同じようなことをしているのを見たことがある。姉さんの事だから感覚だけで使っているんだろうけど。


「…………まあいいけど、姉さん。びっくりするからそれあんまり使わないでね」

「結構面白いのになぁ……」

 姉さんは残念そうだ。うむ、心が痛む。おのれ。

 ……空間制御系は処理に失敗すると原子崩壊を際限なく起こすから気を付けろって言われてた気がするけど、ううん、姉さんがやりたいならまあ仕方ないかなぁ……けどなぁ、びっくりするもんなぁ。


「まあ、あんまり使わないでね」

「空がそういうのなら仕方ないね。たまにしか使わないようにするよ」


 そう言いながら、姉さんはぽんぽんとベンチの右端に寄り、空いたスペースを手でぽんぽんと叩いた。

 どうも最初からそれが目的で呼び出されたらしい。呼び出しというか強制連行か。

 やれやれ、どうも僕の気遣いは無用の長物だったようだ。

 僕は姉さんに誘われるまま、その隣に腰掛けた。

 すると、姉さんが僕の膝の上に座っていた。



 ………………?



 姉さんがさっきまで座っていた場所――つまり、右を見る。

 何もなかった。

 視線を正面に戻す。

 僕の膝の上に座ってニコニコとこちらを振り返って見ている姉さんがいた。


 あれ?

 あっれー?


 首を傾げる。


「イリュージョン!!」


 姉さんのかつてないドヤ顔に何と言ったらいいのか。かわいいってのは今更だから言うまでもないとして、それ以外で。

 とりあえず。


「あのさ姉さん。僕、さっきそれあんまり使わないでね、って言ったよね」

「うん。だからたまにしか使わないわよ?」


 たまに、の頻度がどの程度なのか、気にしたら負けなんだろうな……。


「そんなことよりも空、旅行の間、お疲れ様」

「そんなに大したことはしてないよ」


 事前の準備をしたであろう千影さんや百羽さんがおそらく一番大変だったのではないだろうか。それ以外にも、各々それなりの労力を払ってあの場にいたはずだ。何しろ誰も彼も一筋縄ではない事情もちなのだから。

 いや、大地とかリアさんとか、あのへんはすっからかんか。

 姉さんはくすり、と小さく笑った。


「大したことなんてしなくていいんだよ、空は。ちゃんと他人を想ってあげて、その人のために何かをしてあげたり、なにもしないであげたり。それがちゃんとできているのなら、そのために力を尽くせるのなら」

「それこそ、大して何かをしているわけでもないんだけどね」


 繰り返すようだけれど、僕には何か特殊な力があるわけではない。幽霊だのなんだのと言ったものは必要以上に見えるけれど、だからといって何が出来るわけでもない。ましゅまろのように触れることのできる幽霊……幽霊? まあとにかく、ああいった手合いは初めてだ。

 できることはちょっと気を遣うくらいが関の山、というのが実情だ。


「できることなんてそのくらいだもの」

「そのくらいができるから、それをすることができる。なら、誰も落ちぶれたり失敗したりなんてしないわ」

「む……」


 それは、まあ。


「そして空はきちんとそれを成している。なら、それは誇っていいことだよ? 何かができなくちゃいけない、なんて、そんな風に思い込んでいる所があるよね、空は」

「ああ、うんそうだね、そういうのはどこか感じているかも」


 身内のキャラが壮絶に強烈ってのも、大きいと思うんだけどね、姉さん。


「男の子の意地?」

「………………その質問、ずるくない?」


 意地のある人間が素直にハイと答えられるわけもなく。かと言って黙っていたらそれは意地を認めたことになるわけで。

 姉さんは小さく吹き出したらしい。見えるのが後頭部だけなのですが。


「うんうん、いい子に育ったね、空は」

「姉さん、そんなお母さんみたいな……」

「空の世話は昔からおねーちゃんの仕事だったでしょー」


 うん、実はそのとおりなんだよね。そりゃまあ、お互いに小さい頃は違うけれど、姉さんが小学校に上がったくらいから僕の世話はほとんど姉さんに一任されていた。正直その歳の子供に子供の世話をさせるのはどうなんだと今でも思うけれど、結果としてこうやって健康健全に育っているのだから問題はないのだろう。

 果たして、姉さんの素晴らしさと母さんの先見の明と、どちらを賞賛すべきか。


 姉さんがこてん、と背中を僕の胸に寄せた。

 身長差のせいで、鼻のあたりが姉さんの髪に埋もれるようになる。

 姉さんの香りを感じると自然と落ち着きを覚えるのは、もしかしたら前述の理由によるものなのかもしれない。僕にとって姉さんは、姉であると同時に僕を育て、守ってくれる母親のような存在なのだ。

 ……とか言ったら、母さん泣くだろうな。そして父さんの鉄拳が飛んで来るんだよな。


「姉さんもつかれたの?」

「んー」


 寄りかかってきた理由を尋ねると、判然としない返事……返事か? とにかく応答が帰ってきた。

 鎖骨のあたりで姉さんのあたまがぐりぐりと動く。ちょっとくすぐったい。

 かすかに香る潮の香り。海を思い出す。今日の午前までずっと見ていたはずのものなのに、なぜか妙に懐かしさを覚えた。


「空は――」

「うん」

「どうして、誰も好きにならないの?」


 へぁ?


「おねーちゃんは心配なのです。あんなに可愛い女のコたちがいるのに、浮いた話のひとつもないなんて」


 ……浮いた話をしようものなら何をしでかすかわからない人がなにか言っているんです。


「いやあ……別に誰も好きにならないわけじゃない……よ?」

「疑問形だよー?」

「まあねえ。なんていうか、感情の部分に『どうして』って質問されても困ると言うか……うーん」


 姉さんの言う『好き』というのがどういうことなのかは、ちゃんとわかっている。異性として、特別な存在として。いや、別にヴェルタースオリジナルは関係ない。


「例えばさ、綺月と付き合ったりはしないの? ああうん、付き合ったらちょっとあの神社ぶった斬りだけどね?」

「それ聞いて僕に恋愛しろっての?!」

「昔から言うじゃない。恋は障害が多いほど燃えるって。おねーちゃん自ら、その障害になろうってことだよ!!」

「とんでもねえ自演だ!! しかもその燃え上がりかたはちょっと許容できねえよ!!」

 炎上も炎上、大炎上である。洒落になってない。

「あはは、もう、空が大声出すからくすぐったいよ」

「えー……今そんなほのぼのした話だったっけー……?」

 とりあえず、声を抑えるけれど釈然としないものを感じる。なんというか、なんだこれ。

「姉さん綺月に対してだと結構硬度高めだよね」

「昔はともかく今のあのコは叩けば叩くほど伸びるタイプだもの。甘やかしの部分は空がやってあげてるしね?」

「そう? そりゃあ幼馴染だし女のコだし、気は遣っているけど特に甘やかしてるつもりはないよ?」

「いいのよそれで。ていうか、隣に座ってあげてるだけでもいいの。あとはあのコが勝手に甘くなってくから」

 どうしよう。姉さんの理論がよくわからない。

 まあ、いって言ってるんだし、いいか。

 ……さっきから僕こんな調子だなずっと。もうちょっと脳みそ使ったほうがいいんじゃなかろうかね。


「それに、百羽ちゃんもかわいいよね。ていうか、おっぱい、いいよね」

「……姉さん、その意見に反論はできないけど、それ完全に発言がおっさぐふぇっ!!」


 みぞおちに体重をかけられて奇声が漏れた。うわぁ、柔らかいなしかし。


「空はもうちょっと発言には気をつけたほうがいいと思うなおねーちゃんの個人的な意見だけど」

「い、いやぁ……げほっ……今朝光璃さんも言ってたし、今後はもっと気をつけるよ……うん……」


 素直さと迂闊さは別物だよね。


「百羽ちゃんと付き合いたいとか思わないの?」

「うーん……そうは言っても、実際よく知らないからね、百羽さんのこと」

「百羽ちゃんとイチャイチャちゅっちゅして揉んだり揉まれたりあれこれしたくないの?!」

「姉さん頼むからもっと歳相応の発言してくれよ!! 僕にR-18会話振られても法的に答えらんないからね?!」

「じゃあ法律をかえちゃおっか」

「やめて姉さんやめてお願いだから」

 姉さんの場合本気でやりかねないから困る。どうやってとか、そんな事考える意味はない。本気でやったら達成しかねないのだ、姉さんは。


「まあとにかく百羽さん相手にそういうことを考えるのは、まだ僕には難しいよ」

「相手のことを知らなくたって付き合ってから知る、なんてこともできると思うわよ?」

「そりゃあそうだけど。けど姉さん、僕も彼女も、きっとお互いに隠している部分が多すぎるよ」


 あるいは、黙っている部分、とでも言うのか。


「せめてそれを言っても平気、と思えるくらいの信頼がないと、お互い難しいと思う」

「うん、そうかもしれない。でも空、それって結構高いのぞみだってことは理解してるかな」

「わかってるよ姉さん。むしろ相手に負担を求めているってことも」

「それだけわかってるならいいよ。わかってなかったらちょこっと斬らないといけないからね」


 なにを、とは聞けなかった。怖すぎる。


「あとは……うーん」

「や、姉さんそんな無理に僕に恋愛を意識させなくても」

「光璃は……」

「ひぃっ?!」

「だよねえ……」


 いやまあ。外見とか、上っ面の性格とかはまあ。

 ただその、裏側と言うか本質に近い部分を存分に味わっているので。

 あの人外見だけならメインヒロインなのに中身が完全に裏ボスキャラだもん。

 それ以前に現在あの人はジュス様にぞっこんだけど。


「マリィは……却下。千影ちゃんはわたしのだし……」

「おい」

 今なんかすげー発言が聞こえた。

「涼莉や十乃ちゃんに手を出すにしてもあと数年は待ちなさいね?」

「あのふたりは妹みたいなものだしなぁ……」

「リリスはゆうちゃん一筋となると残るは……リア、かぁ……」


 姉さんの声が若干重い。うんまあ。ぶっちゃけ、気持ちはよく分かるわけでして。ええ。

 だってあの人、なんていうかこう、だらしない。

 なんというべきなのだろうか。仕草、雰囲気、立ち振る舞い。全てが高貴かつ洗練されているのだが、いかんせんあの言動である。

 優雅な仕草でビールを飲み、清廉な雰囲気をまといつつあぐらをかき、優雅な立ち振る舞いで他人で遊ぶ。

 うわぁ、改めて考えると手のつけらんなさがマジパネェ。


「まあ、変わった人だよねえ……」

「変わっているというよりもう個人の世界観が強すぎるよね」


 精神の強靭さが尋常ではない。尋常な存在ではないのだから当然なのかも知れないが。


「でも空は誰のことでも好きになれると思うのよね、わたし」

「どうだろう。正直、恋愛とかってよくわからないんだ」

「んー、実はおねーちゃんもそうなんだよねー」


 姉弟揃って苦笑した。やれやれ、である。


「でもね空。いずれはこうやって、おねーちゃんが空に甘えたり、空がおねーちゃんに甘えたり、そういうことも減って、やがてはできなくなっていくんだよ」

「……………………」


 それは。

 そう、なのかもしれない。

 いくら家族、姉弟だといっても。例えば僕に恋人ができて、姉さんにも同じように。

 同じよう、に。

 同じ。

 同。


「……………………とりあえず、明日から推理小説でも読もうかな」

「ん? 読書感想文?」

「うんまあそんなところ」


 参考程度に。

 参考に。


 しかし。


「なんていうか、姉さん相手とはいえ、こんな話はちょっと気恥ずかしいね」

「でもおねーちゃんは空の気持ちを知ることができて満足なのです。当分、おねーちゃんのポケットから刃物を出す機会はなさそうね」

「姉さん、僕、恋愛してもいいんだよね……?」

「? さっきからそう言っているし、ちゃんと推奨してるわよ?」


 そう、ですか……。


「ま、まああれだよね。いくら僕が好きなっても、相手が応えてくれないとどうしようもないしね」

「…………」

「姉さん?」

「ふぅ……」


 なぜか姉さんがため息を付いた。膝の上の体が妙に脱力したようにも見える。


「空は、空だねぇ……」

「……ええと? そりゃあまあ」


 僕が僕以外になりようはないわけで。

 はて。なんだろうか。


「んー。まあいいよ。わかってたことだもの」

「そう?」

「そうだよー」


 結局何がなんだかよくわからないけれど。

 僕と姉さんは、陽が沈むまでずっと、そうして他愛のない話を続けたのだった。





「ところで空」

「なに、姉さん?」

「恋は障害が多いほど燃えるっていうけど、略奪愛はその最たるものだと思わない?」

「最たるものかはわからないけれど、確かにそういう種類のものだとは思うよ」

「うん。だよね」

「?」


 相変わらず、姉さんはたまによくわからないことを言う。



 ==おまけ ==



 いやさ。

 確かに、なにもしてないよ。せいぜいじゃんけんしたくらいだしね?

 あとは基本ずっとあの魔王のクッションか涼莉のおもちゃか、くらいの役割だったよ。

 けどさ、酷くね? 扱い悪くね?

 あーはいはい、そうですか。所詮正体不明のおばけの存在感なんてそんなもんですかそうよなおばけだもな。そりゃあ存在感薄くて当たり前だよなちくしょう。

 あのクソガキ、次はぜってー助けねえ。

 ……だからさあ。


「さっさと、鞄からだせってのよ……」


 ましゅまろなめんなちくしょー……。




これにて、海旅行編は終わりです。

そして、作中時間は8月へ。

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