閑話:僕とみんなと大掃除
帰り道編。その1
「はいはいっと。しゃーないし、アタシがこいつらの相手しといてやるよ」
「にゃー。涼莉も手伝うのー」
「十乃もメイドです。てつだいます」
「はいはいはーい。そういうのはアタシの影を抜けだせたらいいなさいな」
十乃ちゃんはまだ見習いでしょうに。更に言うと涼莉は片付けが終わると片付けるべき箇所が増えるという変わったスキルの持ち主――うんまあ、猫、だもんね……仕方ないよ。
にゃーにゃー合唱するふたりをぶら下げたままはっはっはと歩いて行くリアさんを見送った。
自分で外出とけって言っといてなんだけど、微塵も躊躇せずにサボるあの人の神経も大概図太いな。
== 大地の場合 ==
仕事の合間をみてちょっとみんなの様子をのぞくことにしてみた。
「どう、調子は?」
夕陽と大地にはリビングその他共用部の大雑把な掃除を頼んである。力と身長のある二人なので、広い部屋でもいい具合にカバーできている。細かい部分については、本業のメイド長女と次女に丸投げしてしまえばいい。
「おお、空殿で御座るか。まあ順調といえば順調に御座るよ」
「何その微妙な物言い」
すっごい気になる。ちなみに、家具やら何やらが醸しだすロイヤルというかセレブというか、ぶっちゃけ身に余るオーラのせいで、実家の家具のように雑な扱いができない。
値段の相場を光璃さんに尋ねたことがあるけれど、
『あらあら、気にしなくていいんですよ。取り返しのつかないようなものは置いていませんから』
という返答だった。つまり値段を聞けば気にせずにはいられない程度のものだと判断した。
そうやって僕が若干の不安を覚えることを理解していて――ていうかむしろ不安を感じさせるために曖昧な返事しかくれなかったんだろう。千影さんに聞けばよかった。
まあ、そんなわけで貧乏性かつ一般人の僕としてはこの場を曖昧にするのは心臓に余計な負担をかけることに繋がるのだ。
……見た限りそんなの気にしてるのは僕一人らしいんだけどね。みんなすげー。郷に入れば郷に従えとはよく言うけどさ。
「何か気になることでもあったの?」
「気になるというか、気にしてはならぬというか……」
「え……っと、どういう?」
はっきりとしない物言いに首を傾げるしかない。
大地はのどに骨が刺さったような微妙な表情で、くい、と無言のまま僕にその場所を指し示した。
机を移動させたせいだろう。その場所はカーペットがめくれて、フローリングの床が晒されていた。
晒されていたのだけれど。
……うん。その。まあ。ね。
「…………さて、いかがいたそうか、空殿」
「決断僕にぶん投げるんだ……」
床板にはシミが残っていた。
割と大きなシミだ。単純な形ではない。
中央に大きめのシミがあり、そこから四つほど、上下へと細長いシミが伸びていた。それらはそれぞれ一回曲がり、おおよそ中央のシミと同じくらいの長さであるように見受けられた。
さらに、上部からのびたふたつのシミの間には、丸いシミが浮かんでいる。
長さは、そう。
だいたい僕が寝転がったらこれくらいのサイズになるだろう。
端的に言って。
――そのシミは人の形をしていた。
よくよく観察してみるとやけに赤黒い。
「大地……なんてもんを見つけてくれてるんだ君はっ?!」
「さすがにこれの責任を押し付けられても納得できぬで御座るよ?!」
「ていうか床板張り替えるとか、なんでそんな事もしてないんだ光璃さん……っ!!」
「…………それをする暇がなかった、とかそういうことで御座ったら」
「恐ろしいことを言うなよ……」
洒落になってない。
いやいやしかしいくら何でも。光璃さんがそんな、まさか。
……ねえ?
「そうだ、君の力でちょっとこの影の由来を遡れない?」
「ふむ……それは可能で御座ろうが……」
渋い顔になる大地。ぶっちゃけやりたくねぇと表情が訴えていた。
とはいえこれをこのままにしておくのも後味が悪い。主に僕が。
「まあ、やるだけやってみるで御座る」
大地も気になるのだろう。結局そんな結論になった。
彼は影に近づきしゃがみ込む。ポケットから小さな機械を取り出した。クルミのような形をした機械は、中央に青い水晶のようなものが埋まっており、その中に幾何学的な模様がちらちらと光っている。
指先で水晶の中の幾何学模様をくるくると操作をすると、機械の先端から細長い針が伸びてきた。大地はそれを、慎重に影に刺してまぶたを閉じる。
沈黙。
無言。
静寂。
それがしばらく続き。
「う…………」
かた、と、大地が震えた。
「……大地?」
「う、ううううう。ううううううぬぉぉぉおおおおおおおっ?!?!」
悲鳴をあげて大地が機械から手を放す。目は見開かれ、顔中に玉のような汗を浮かべていた。
なんだ。一体彼は何を見た。
やばい気配しかしない。
しばらく肩で息をしていた大地が、ふと、こちらを見た。
「…………ぬ? 拙者は一体何を……?」
「え、いや。今その影の過去を探っていたんだけど……」
「影…………?」
なぜか。大地は怪訝な表情で床の上の影を見る。
「……! そ、そうで御座った! 確かに拙者、この影の過去を……見た、ハズ、なのに、なにも覚えておらぬでござる…………っ!! いや、見た、覚えているはず……しかし、なぜか何も思い出すことが出来ぬのは、一体どういう事で御座るかっ?!」
…………なんという、ことでしょう。
どうやら彼は、見たということを認識しているのに、見た内容を覚えていないのです。
何かがある。何かがあるのだ、この影には。
先ほどとは違う、気味の悪い沈黙が場を支配した。
ごくり、と喉を鳴らし、どちらともなく顔を見合わせた。
「…………大地」
「…………何用で御座ろう」
「…………………カーペット、戻して、掃除、頑張ってね」
「…………………で、御座るな」
見なかったことになった。
== 夕陽の場合 ==
「夕陽、何か見つけちゃいけないものとか見つけてない?」
「いきなりその質問はなんなんだよ……」
ごもっとも。とはいえ僕も具体的に何かを答えられるわけではない。なにせ僕は何も見なかったのだから。故に説明のしようがない。
ないのだ。
「まあ別に変なのは見つけてねえよ。いや変なのって言えば変なのばっかりある家なんだけどよ……」
「まあ美術品の良し悪しなんて僕らに判るもんでもないしねぇ」
「だよなぁ。何だこの絵何が楽しいんだ」
「単純に綺麗な風景とかならまだ感心できるんだけど……ねぇ」
僕らの視線の先にあるのはいわゆる抽象画、というやつなのだろう。ぶっちゃけ適当に絵の具をぶちまけたように見えなくもない。
まあ、本当に絵の具を適当に塗りたくったりなんかしたら色が混ざって大変な事になるのは確実で、ある種のルールや統一性を感じさせる以上、意図があってこうしているんだろう、けど。
ううん、やはり僕には遠い世界であると感じざるをえない。
「夕陽にはこれ、何に見える?」
「あー? また難しい話だな…………」
夕陽は眉間にしわを寄せて人差し指を当ててしばらく考えたが、数秒で結論が出たらしく両手をぽんと打った。
「うん、あれだほら、サンタクロースが煙突をぶっ壊してヘヴィメタやってるように見える」
「見えるかっ?!」
なにそれ予想外にもほどがある。
「じゃあお前は何に見えるよ」
その返しは当然予期していたので、僕はおそらく大抵の人が答えるであろう回答を口にした。
「海底神殿からひげの生えたうなぎが飛び出してきてリンボーダンスをしているように見える」
「見えんのかっ?!」
なぜか夕陽が超驚いていた。多少のズレがあってもそういうふうに見えると思うんだけど。
「え、ちょっとまてよこれのどこがうなぎだよ。ていうかひげの生えたうなぎってもうナマズじゃねーのか」
「いやいやだからほら、この部分がこう……で、ここが頭で、ね?」
「いや『ね?』じゃねえだろ! いいままずここがほら、煙突だろ、で、これがエレキギターで」
「いやちょっとまって。それはむしろリンボーダンスのバーでしょ。で、これが周りの火」
「違うって。どう考えてもそれはプレゼント袋だって。それにほら、ここに荒れ狂うトナカイがいんだろ?」
「ははは、何を言ってるのさ夕陽。それはトナカイじゃなくてシャチホコだよ」
「いやいやいや」
「まてまてまて」
むぅ。結論がでない。
「何を騒いでおられるのですか?」
「あ、千影さん」
僕らが言い合いをしていると、いつの間にやらメイド服姿の千影さんが後ろに立っていた。
ああ、ちょうどいいや。千影さんにも聞いてみよう。
「いや、夕陽とこの抽象画が何に見えるのかを考えていたんですけど。千影さんはどう見えますか?」
「…………抽象画、ですか」
千影さんがなにやら難しい顔をした。
はて。どうしたのだろうか。
彼女はしばらく何を言うべきか迷った様子だったが、諦めたようにため息をつくと、声のトーンを落として、こう言った。
「その言葉、決してお嬢様の前では口になさらないで下さい」
「う、ん? どういう事っすか?」
「いえ、ですからその絵を描いたのはお嬢様なのですが…………それ、『写実』ですので」
……………………はい?
僕と夕陽はきょとん、と顔を見合わせる。夕陽は狐につままれたような顔をしている。きっと僕も似たり寄ったりだろう。
絵画に視線を戻す。
色がなにかこう、ぐるぐると。ゆらゆらと。
まざり、伸び、うねり、飛び、弾け、自由に。
言葉では形容しがたいが、とにかく、そこには『現実』という枠組みが存在していない。ように見える。
写実? え、これが? 本気……ていうか正気?
これが現実にあるものなら見た人多分発狂するんじゃなかろうか。絵ならまだしも現実にこんな物体が目の前に這い寄ってきたらどこの混沌だよ、とツッコミが入る。
「…………あの、失礼ですが」
「お嬢様は先天的にも後天的にも視覚や認識の障害は持っておりませんし、稀に能力者にあるような固有感覚による現実の侵食も皆無です」
僕が尋ねようとしたことに先手を打たれた。気を利かされた、と言うべきか。
「あー。つまり、あれですか。なんつーかその、光璃さんは」
「ぶっちゃけ、絵心が、まあ」
結論を敢えてぼかす僕らに、千影さんは視線をふとそらし、遠くを見るようにして。
「ふ」
と口元に哀しげな笑みを浮かべた。
きっとそれが答えなのだろう。
僕達は同じ悲しみを共有たような気がした。まあ気のせいであろう。
ああ、ちなみに。
あの絵は光璃さんが子供の頃に好きだったテレビ番組『超能天使ククルちゃん』の絵らしい。
先月DVDBOXが発売になり、懐かしさに心うたれた光璃さんが描いたものだそうだ。
さらにちなみに。
彼女の中学からこっちの美術の評価は、例外的に『評価不能』の判定を下され続けているそうだ。
== リリスの場合 ==
「わたし、そのアニメ、好き」
「え、マジで?」
現役魔法少女に『超能天使ククルちゃん』についての意見を求めた所、そんな答えが。
「というか、わたしの魔法のいくつかは、あのアニメからもらってる」
「……………………」
はた、と動きを止めてしまった。
いやだってリリスの魔法って……安全虐殺系とか安心拷問系とか健全壊滅系とかそんなんばっかりじゃん……。アニメで放映していいの、それ。ていうかそれがBOXが出る程の人気ってどうなの。
「さすがに、そのまま使うのはどうかと思ったから、ちょっと自分なりのアイデアは加えた、けど」
「うん、多分そのアイデアの部分のせいで別物になってると思うよ」
むしろなってないと困る。大の大人がガチで泣き叫ぶような魔法をテレビで放映して欲しくない。
基本方向性がグロかエグかに偏っているので。残念ながらエロはないのだけれどよくよく考えると被害者は大抵おっさんの類なので無くて正解だった。
「空はわたしの魔法を誤解している」
「え、そう?」
むしろようく理解していると思っているのだけれど。思い込みなのだろうか。
いやまあさりとて僕も彼女の魔法全てを知っているわけでもないのだし。
「わたしが本気をだせば、放送禁止どころか文章化禁止の憂き目に」
「誤解ってそっち?! 何その全力で不要な自信は!!」
「でも誤解は解いておくべき。相互理解超大事」
「理解するにしても順序があるでしょうに!」
なんと彼女は今まで手加減していたそうだ。主に描写的な意味で。
知る必要もなければ知りたくもない事実がココに明かされてしまった。
「そもそもの疑問なんだけど、リリスの世界の魔法少女ってどういうシロモノなわけ?」
「え」
きょと、と首を傾げる。
「今更その疑問なの……?」
「いやまあ」
僕もその疑問には同意だけれども。なんというか、いちいち追求してたら人生何回あっても足りない気がするのだ。僕の周りの面子を並べてみると。
涼莉はまあいいとしても、大地やジュス様の事情なんてほとんど知らないし。リアさんとかいつの間にか姉さんと友達になってるし。
さらに言えば、僕は幼馴染の綺月の事情ですら、本当は正しく知らないのだ。
だから、というわけでもないのだけれど。
ただまあなんというか、綺月の事情でさえちゃんと知る事のできない僕が、他の誰かの事情に踏み込んで、それで何かが出来るかというと――僕はそれほど、自分を信用出来ない。
「……空?」
「ん。ああごめん、ちょっと考えご」
「綺月?」
…………なんで分かったんですかねこの人。魔法少女っていうか魔女じゃなかろうか。
「魔女と魔法少女は、別物」
「いやほんとになんでわかるのかすっげぇ疑問なんですが」
何このコ怖い。けどよく考えたら綺月も姉さんも同じ事を割と頻繁にしてるのに気がついた。誰かプライバシーを保護してくれませんか。
「……まあ、綺月は難しいから」
「いやその言い方だと綺月本人が面倒くさい性格っぽく聞こえるって」
「割とその通り」
そうかなぁ。割と素直で真っ直ぐだと思うんだけど、あの娘。
そのせいで変な方向にも超音速で駆け抜ける時があるんだけど。
「主に空のせい」
「えぇ? 僕?」
何かしたっけ。特に何もしてないと思うんだけど。いや、そりゃあまあたまにからかったりだの何だのはやったりも当然あるけれど、それは何ていうか、日々のじゃれあいみたいなものだし。
……思った以上にストレスになってたりするんだろうか。えぇー……考えだすと急に不安に。
「うーん」
「……うん、わかった。あんまり深く考えなくていいよ、空」
「え、そう?」
「どうせ無駄だから」
「なんか酷いっ?!」
上げて落とすとか心臓に悪いからやめて欲しいと心底思う。
「悪いのは空だから」
うんうんとひとしきり納得するリリスに僕はもう何も言えない。はぁ。
「もういいよ僕が悪いってことで。……っと、所で掃除の方は順調?」
「おっけー。さっき準備が終わったから、今から終わらせるよ」
「準備? ……ああ、もしかして魔法で終わらせるつもりなの?」
じゃあ僕、後ろ向いていたほうがいいかな。
「大丈夫。これくらいなら、変身しなくても問題ない」
リリスは手に持ったモップを軽く持ち上げ、頭上でくるくると回した。
モップの柄の先端にゆっくりと赤い光が集まる。光はじんわりと明滅を繰り返し、その度に光量を増していく。なんとなく、物騒と言うか不吉な色と言うか……なんか嫌な予感が。
「マジカルマジックハンド?」
すい、と光を振り下ろし、光が弾けた。一瞬目の前が光で埋め尽くされたけれどすぐに元通りに成り……特に変化はなかった。
「リリス?」
「うん、成功」
僕の疑問をスルーしたリリスは、いそいそとモップを片付けはじめた。いや、だから何も終わってないと思――。
きし
きしきし
かり
かりかりかりかり
「…………なに、この音? なんだか、部屋全体から響いているような」
ひっかくような、何かが引きずられるような、そんな音。
部屋中からそれが聞こえる。けれど、どこで音がなっているのかわからない。なんだこれ、なんだこれ?!
しかし。
ふ、と。唐突に音がやんだ。
じっと待つ。変化はない。なんだ、どういう事だ。
リリスに問いかけようとそちらを見ると、なぜか彼女は両耳を手で塞いでいた。
……? いったい何が。
その瞬間。
だん!
だん! だん! だん! だん! だん! だん! だん! だん! だん! だん!
ずっ! ずっ!ずっ! ずっ! ずっ!ずっ! ずっ! ずっ! ずっ! ずっ!
ぎしぎし ぎしぎしぎ し! ぎしぎ し ぎしぎ しぎし! ぎし ぎし ぎしぎしぎし!
「う、わあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
叩く音! 引きずる音!
手が! 手が! 手が! 手が! 手が!
無数の手が窓を叩く。のたうち回るように窓の上で手が踊る。走る。窓を埋め尽くすほど。
腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕!!!!
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
肺の息をすべて吐き出す。気づけば、家中から同じ音が響いている。なんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれは。
その腕たちはまるで義務のように窓の上でのたうち回る。
のたうちまわって――のた、うち。
まわ……って。
「…………………………ぞう、きん?」
無数の腕は全て雑巾を持っていた。
雑巾で窓を余すところ無く舐め回すように拭き回していた。
…………。まさ、か。
ぎぎぎ、と首をリリスに向ける。
リリスは。
ドヤ顔で。
「だいせいこーぅ」
「いますぐ止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
彼女の襟首を掴んでがくがく前後にゆすった僕の行いは許されてしかるべきだと思う。
== サボり組の場合 ==
「まあ、なんつーか凄まじかったわね」
「でしょうね……」
ゴミを外でまとめていると、リアさんが寄ってきた。やけに楽しそうなのは、中の騒ぎを外から楽しんでいたからだろう。
「まるっきり心霊現象だもんねえ。実際はキキーモラの大量召喚みたいなものっぽいけど」
「にしてもやり方とか限度とか……百羽さんなんて気絶してましたよ……」
綺月も危うく神仏召喚するところだったし。
いくらなんでもインパクトが強すぎた。
「光璃さんも平静を装ってましたけど動揺してましたよあれは」
「へぇ。あのコでも動揺することがあるんだ」
「そりゃ、光璃さんだって人形じゃないんですから。姉さんはなんか大爆笑してましたけどね」
いや、本当。姉さんの笑いのツボがたまにわからない。
ちなみに以前、テケテケが出てきた時は半泣きだった。半泣きでぶった斬ってた。いじめかと思うレベルで斬りまくってた。テケテケも泣いてた。
「おいどうした少年。なんか遠い目してるよ」
「や、なんかどうでもいいことをふと思い出してしまいまして」
「あっはっは。遠い目をするもんだから、なんかやな出来事でもあったのかと思ったよ」
「あー……」
軽く死にそうになった、という意味では嫌な思い出の部類になるのだろうか。
けどなぁ。一応大地と出会ったきっかけだもんなぁ。
「大変嫌な思い出でした」
「いきなり諦念たっぷりになったけど大丈夫?」
「いやまあ」
個人的な話だけれど、大地と僕って割とメンタリティが似通ってる部分があるせいで、僕としてはちょっとやりづらい所があるのだ。
まあ逆に、だからこそ手を抜かずにやり込められるしそれに罪悪感を感じない部分もあるんだけれど。
「リアさんは大地の出生とかは知っているんですか?」
「いんや。聞いちゃいないけど、まああれだね。まともじゃないのは判るね」
「分かるんですか」
「んー、まあね。単純にあんたらの面子に混じってるっていうわかりやすい判断基準もあるんだけどそれ以上に、少なくとも現存するこの惑星の生命体の定義からずれてるってのはわかるかなぁ。
一応アタシの特技としてね。この地球上の生命であればそれとわかるのよ」
「……ええと、一応あんなんでもこの地球上の生命体なんですけど。というかメイド姉妹や僕に次いで一般人の枠組みですよ、あれ」
「はぁん、そうなんだ。んーじゃあまあ、時間軸が違うのかねえ。過去か未来か、よくわかんないけど」
「うわすげぇ。正解ですあれ未来人ですよ。なんで分かったんですか」
「んー。まあぶっちゃけるとアタシって純正の人外であって純正の吸血鬼じゃないのよ」
「…………はあ」
何か違いがあるんだろうか、それ。
「吸血鬼の属性は後付でねー。便利な能力がそろってるし補正がでかいから使ってるけど、捨てようと思えば自由に捨てられるわけ。一応これでも地上最強の生命体になるわけよ」
まー、宇宙規模でヤバいあんたの姉やら魔王やら、地球諸共心中しかねないお嬢様相手はちょっと分が悪いどねーなどと苦笑。
その対象となった魔王とやらは、砂浜でよりにもよってうつぶせになって寝ていた。
「…………あの、ジュス様。なぜうつぶせなんですか」
「日光が目障りだ」
ああ、そういう……確かにジュス様なら砂浜の熱なんてなんてこともないだろうけども。
故に、少女二人組に砂に埋められる程度なんてことはないのだろう。ぶっちゃけとんでもなく恐ろしい事してるんだけどねキミら!
案外子どもには甘いよなこの人。
「って、それで結局人外設定だとなんで大地が未来人だってわかるんですか?」
「未来人だどうだって言うより、人間として不正かどうか……って感じかね。人の外側から見るとそういうのがよくわかんのよ。
組体操で誰が場所からずれているかとかさ、中から見てもわかんないでしょ。アタシはそれが外から見える感覚を持ってるってわけよ。人に属する人外であるが故に枠組みの形がよくわかるのさ」
はぁ、なるほど。
わかるようなわからないような。
まあとにかく、彼女独特の感覚で、およそ一般的な人間の枠組みに入るかどうかが判断できるということらしかった。
まあ、人外が人と間違って人外を襲うなんて、バカみたいなことが起きないための処置だろうね。
なんて、ちょっぴり照れ笑いを浮かべて彼女は言った。
どこに照れる要素があるのかわからなかった。
「ま、それはさておき。そろそろ掃除も終わりそうなんで、帰る準備だけはしといてくださいね」
まさかジュス様も、砂まみれの格好で車に乗るなんてことはしないだろうし。
考えていると、ジュス様がムクリと体を起こした。上に乗っている砂などものともしていない。ぶっちゃけ、涼莉の身長とほぼ同じ高さまで積まれたそれは山と呼ぶに相応しい威容だったんだけれども。
あっけなく崩れ落ちた。
「きゃーっ」などと悲鳴を上げて突発的小規模な土砂災害に巻き込まれた少女二人はそれでもやはり楽しそうだった。
あらやだ、微笑ましい。
「…………あっちぃ」
「予想に反して汗だくですねっ?!」
砂から出てきたジュス様は汗だくだった。砂まみれとかそんなのどうでも良くなるレベルで滝のような汗を流している。
「な、なぜにそんなことに……」
「知るかうぜぇ。おおかた、どっかの人外魔境が直下の地熱をいじったりしたんだろ」
「どっかの……」
ていうか。それって。
「――てへ☆」
「キャラとして似合わなごぶはっ!!」
したをちろりと出しておでこを叩いたリアさんに正直な感想を申し伝えようとしたのですが! なぜか! 僕の影がアッパーカットかましてきやがった!!
何故だろーね本当!!
「な? どっかの人外魔境だろ?」
「…………そうですね。ていうかどうするんですかその格好。今からシャワー使います?」
「あん? もう掃除終わってんだろまた汚すのもなんだしな。こうすりゃ解決だ」
そう言ってジュス様は、手の中に琥珀の光を生んだ。
って。
「いやいやいや、ちょっとなにして!!」
「別に大したことしやしねーよ」
言葉通り、光は一瞬のまたたきを残して消えた。
そのときには、ジュス様の全身からは汗が消え去り、はりついていた砂も全てなくなってしまっていた。まさに早業である。
「……おおぅ。相変わらず凄まじいですね」
過程をすっ飛ばして結果だけしか見えない。
「邪魔な原子を分解してるだけだからな。余波をちゃんと処理すりゃ大抵のことはコレで片が付く」
「はあ、なるほど。ところでやたら物騒な気配を感じますが余波の処理に失敗したらどうなるんですか」
「んなもんお前、宇宙から見て判るくらいの穴が開くに決まってんだろ」
当たり前の顔して何言ってくれてんでしょうかこの人は……。
「……ジュス様。お願いですからパンタグリュエルを猫型ロボットみたいな気軽さで使うのやめてくれません? 正直、近くにいると心臓が止まりそうなんですが」
「別に心臓なんざなくても生きていられるようにしてやれるが」
違う。
そういう問題じゃない。
そういう問題じゃないから。
どうすれば伝わるんだろうかと何通りか説得方法を考えたものの、尽く『代わりを用意する』『時間を巻き戻す』『歴史を切り替える』『まあ適当に』等々の答えが返ってくることが予測できてなんかもうどうしようもなかった。全て一度は言われた言葉である。チートというより生きているルールが違い過ぎてどうしようもなかった。
「空、どうしたの?」
うにゃー、と、背中に暖かな重みを感じる。
「落ち込んでますー。よしよし、ですよ」
小さな手のひらが僕の頭をやさしく撫でた。
謎の疲労感に襲われて膝を抱える僕を少女二人が慰めてくれた。
ううう、心が洗われるようだ。
けどね、キミらも原因の一端なんだよね。
なんだかなぁ。
ほっこりした時点で僕の負けなんだよね。
== メイドの場合 ==
「何か良いことでもありましたか」
「はい?」
「随分と締まりのない顔をしていらっしゃったので」
「そんなにだらしなかったですか?」
「ええ。翼様との会話の中でもなかなか見ない顔でした」
「えー。僕姉さんと話してる時こそそんなだらしない顔してないですよー」
なぜか千影さんが目を見開いた。なにかおかしな事言ったか僕。
「そんな派手なリアクションしなくてもいいでしょうに。ねえ百羽さん」
「へ……え。あ、あの…………ご、ごめんなさいっ」
なぜか涙目で謝られた。何か変な要求でもしたか僕。
じろり、と千影さんが半眼になる。
「あまり妹をいじめないで頂けますか」
「いや、今の僕の発言のどこに問題が……」
「優しいこのコが真実を言えるわけないじゃないですか」
「その発言が既に僕に優しくないですよ?」
「空様は打たれ強さに自信がおありでしょう」
にこやかな笑顔に反論する術がない。うごごご……。
「……それで、なにか御用があったのでは?」
「ああ、そうでした。いやさっきの怪奇現象で屋敷に何かしら被害があったりはしなかったかと」
「はぅっ」
「…………ああ。その事でしたら問題ありません」
いや、今明らかに何かあった的な反応をですね。あなたの妹さんがですね。
はいごめんなさい余計なことは何も言いません。
どうしよう、このメイドさん目付きがすんごい怖い。
「千影さん、僕の時だけ妙に対応が雑じゃないですか?」
「そうでしょうか……? 百羽、あなたはどうおもう?」
「ふぁっ?! そ、その、それはえっと…………ご、ごめんなさいっ!!」
「ちょっと人のかわいい妹を泣かせるなんてどういうつもりなのですか」
「ええええええええ今のも僕なんですかっ?!」
なぜか僕が責められていた。
判定基準厳しいな! ていうか今の流れはどう考えても千影さんが原因でしょうに!!
「なんていうか……千影さん、僕の時だけ妙に対応きつくないですか?」
特にご奉仕モード入っている時は。
つまり結論は僕相手にはご奉仕は在り得ないという回答だろうか。どうしようちょっと傷つく。
「そうでしょうか? ……もしかしたら、あれが原因かもしれませんね」
「あれ?」
「ぶっちゃけ空様を監禁してた際にほとんどの世話をしていたのは私ですから」
えー。
今明かされる衝撃の事実。
「何しろ当時のお嬢様ときたら……身なりは綺麗にしろといいつつ基本的に接触は禁物。身の回りの世話は徹底的にされるものの少しでも情があるような仕草を見せたら逆上するような有様でしたから」
「うん、割と無理ゲーですよねそれ」
「そんなわけでして、空様相手だとそっけないと言うより突き放す対応が染み付いてしまっているのかもしれません。不快でしたら改めますが」
「いや、いいです」
だってそっけないとかそういうレベルじゃないもん。
改めた上で精神削るような扱い受けたら、それつまりナチュラルに僕を攻撃しているってことが明るみに出るわけで。
うん、結構キツイよねーそれ。あははははー。はぁ……。
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
「ああ百羽さん。心配しなくて大丈夫ですよ」
ぶっちゃけ割と慣れてはいるのです。ぞんざいな扱いやら理不尽な扱いやら。
しかしだからと言ってダメージがなくなるわけでもなく。人生なかなかままならないね。
「さて。大体の掃除は終わった感じですね」
「ええ。皆様にお手伝いいただいたお陰で当初よりも早く終わりました」
「…………ていうかぶっちゃけ、後日ふたりで来て掃除するつもりだったでしょう」
「まさかそんな」
千影さんは表情を全く変えない。変えないんだけれど。
生憎と隣の同級生メイドさんは表情を隠すのが下手なんですよ。目を可愛らしく見開いていますよええ。何この娘かわいいな。
とはいえ、指摘しようとすると『ほう、また妹を泣かせるつもりですかいい度胸ですね』という具合の視線の持ち主からどんな口撃が飛んでくるか分かったもんじゃないので黙る。同じ過ちは繰り返さない……!
「……まあ、そういう事にしておきます」
「そういう事も何もそうなのです」
「そ、そそそそうですよ空さん」
百羽さんは口を開かないほうがいいと思うなぁ……。
とはいえ、そんな百羽さんを見ている千影さんの表情は僕相手には決して見せない優しさが見られるので、今後も百羽さんのがんばりには期待したいと思う。
正面からあの表情を見ることができないのは、結構残念だと思うけれども。
「そういえば、僕が監禁されてた時からメイドやってたんですね、千影さん」
「と言うよりもあなたを監禁する事がきっかけでメイドになったようなものですね」
「なん……だと……」
……どうしよう、知りたくなかった事実ばかりが掘り起こされる。
僕も聞かなきゃいいのになんで話題をほじくり返したかな。
「翼様の話はお嬢様から伺っておりましたから万が一がないように、と。本来であれば監禁自体を諌められたら良かったのですが、なにせ当時のお嬢様の癇癪は……」
「まあ全国紙どころか世界レベルのニュースになるよりはマシですよ……」
「はぁ……私は去年からお仕えしていますが、数年前はそれほど、だったのですか」
百羽さんは感心しているような困っているような。まあ下手をすれば主の陰口になる内容だしね。
とはいえさすがに当時の光璃さんは人道的に見て擁護できる感じではなかったわけで。や、誘拐されるまで僕も知らなかったんだけどね……。
「今こうして落ち着いていることを考えると、あの監禁事件もある意味でよかったといえるのかも知れませんね」
「いやよくねーよ」
思春期の少年の心にとんでもなく深いトラウマ刻んでますからね?
「あ、あううすみません空さん! あのその、ええと、何かしらお詫びは私からも……!!」
「いやいや、今は別に遺恨があるわけでもないからお詫びなんていいよ」
ただあの事件を肯定されるのはなぁ。さすがに。
「そうですね。私も今のは失言でした。申し訳ありません」
千影さんは綺麗に腰を折って頭を下げた。
「ええ、まあそのくらいで」
「ふぇ? そ、そんな簡単でいいんですか?」
いいんです。謝罪さえ貰えれば僕としてはそれで。むしろあんまり続けたい話題でもないし。
ともあれ。
「それじゃま、帰る支度でもしましょうか」
「ええ」
「え、えぇー……なんだかんだ言ってお姉ちゃん空さんと仲いいじゃないですか……」
釈然としない様子の百羽さんだった。