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僕とふたりと角砂糖

更新が遅くなってしまい……。

頻度はもう少し上げたいと常々……。


ええと、更に言うと。

今回で海編終わりませんでした。これは予想外……


 潮騒の音がやけに大きく聞こえた。


「う……うん……」


 肌に熱を感じる。包むような、焼くようなそれが太陽のものだと本能が理解した。


「……あれ?」


 妙だな。朝の直射日光がこんなに強く入ってくるような部屋じゃなかったんだけど。

 目を覚ます。


 青空が、目に入った。


「……………………お?」


 えー、と。

 はい?

 体を起こそうと手をつくとわずかに沈んだ。砂だ。砂浜の柔らかい砂。

 嫌な予感をひしひしと感じながら体を起こすと、案の定、そこは砂浜だった。波打ち際。

 白い砂が指の間をさらさらと流れていく。海風は穏やかで波の音も静か。

 遠くでうみねこのなく声が聞こえた。

 目の前に広がる海はどこまでも広い。視界を遮るものは何一つなく、ただ雄大な眺めがそこにはあった。

 振り返るとそこも砂浜。延々と白い砂浜が続いている。水平線と地平線に挟まれた僕は呆然と空を見上げた。


「なんでやねん」


 なぜに関西弁。





 さてとどうしたものかと腕を組んで考える。

 まずこの場所がどこなのかという話だが、そんな事わかるわけがない。ないのだが、おそらく地球上のどこかということはないだろう。

 見渡すかぎりの水平線と地平線に挟まれる土地など聞いたことがない。まあ自分が知らないだけであるのかも知れないけれど。なのでこの判断はどちらかと言うと勘による判断が大きい。


「原因は……やっぱり昨日の山のせいかなぁ」


 姉さんがなぜか徘徊していたわけだし。ただでさえひどい空間の歪みが更に攪拌されてどこか別の世界にぽん、とつながっていたとしてもまあおかしな話でもないだろう。ひどい話だけど。

 で、何かしらそういう『歪み』の欠片を体に引っ掛けてしまったまま布団に入ったのだとすれば……うんまあこういうこともあるのかも知れない。


「それにしても……どうするんだよこの状況……」


 ぶっちゃけようか。

 ツッコミ一人だと間が持たないのである。

 さらに言えば受身な人間しかいないとストーリーも進めようがないのだ。

 イベントが発生する条件もフラグもそもそも存在していない。どうしろというのか。


「立ってあるけ、なあんて言われても、なぁ」


 人がいないと。他人がいないと。

 ううむ、自分が普段どうしているのか、いまいちぼんやりと。

 ふむ。


「おひゃはやひゃひゃべっっひょーおおおおおうっっ!!!!」


 ふぅ。

 理解に苦しむポーズと奇妙な声を上げて自分でもよくわからないテンションまで昇り詰めてみた。普段は感じられない開放感と背徳感とあと絶大な後悔が押し寄せる。

 うむ。

 何が『うむ』なのかはよくわからないけれど。


「こんなところを誰かに見られたらお嫁に行けないな……」

「すまぬ」

「うおぁああああっ!!」


 背後から響いた声に全力で飛び上がった。

 見られた。すごいとこ見られたうわあああああっ!!!!

 羞恥で顔面を沸騰させながら振り返る。

 ――一気に冷めた。


「う、うぉあああああああああああああああっ?!?!」


 生首がそこにいた。

 アリア・イリス・リリス・パンドラの生首が砂浜に。


「空、空、落ち着く」

「う、わ、あ……な、生首がっ!!」


 喋った。普通に。いつものテンションで。逆に怖い。


「……? もっと恐ろしいものならいくらでも見たことがあるハズ」

「いやいやいやいや、そりゃエグいグロいものは確かにいくらでも見てきたけど友人の生首は初めてだからね僕っ?!」

「……?」


 リリスは首をかしげた。生首なのに。

 ……うん? 生首なのに?


「空、それは勘違い」

「……うん、僕もなんとなく事情がわかってきた」


 ぼこり、と。

 顔の横の砂が膨れ上がり飛び出したのは――腕だ。

 彼女はその腕をまっすぐに僕に伸ばして、いつもの眠たげな表情のまま言った。


「――出して。さすがに、重い」





 砂に埋もれていたリリスは私服姿だった。

 袖のないシャツにホットパンツ。夏だというのに黒のストッキングに膝まであるブーツ。

 軽装なのか重武装なのか判断に苦しむ姿だ。

 ぱんぱんと軽く全身の砂を払い終わるのを待って声をかける。


「ええと。それでこの状況に心当たりは?」

「ない。こともない。可能性が無きにもあらず。という可能性」


 結局どっちだ。


「空間干渉系魔法――というより魔封の一つ。自然的に発生はまずしない」

「てことは誰かの手が入っているってこと? そういえばリリス、砂浜に埋まっていたけど……」


 ふるふる、と首を横にふるリリス。


「あれはたまたま。この空間に出た際に、ああなっただけ」


 ……それ、危うく死ぬところじゃん。

 いやまてそうなると。


「他にも誰かこの空間に来ていて埋まってたり沈んでたりする可能性がある……ってこと?!」

「…………おう、まい、がー」


 驚愕する僕の言葉にリリスは両手をひらりと上げた。お手上げー。んなこと言っている場合じゃない。

 と、そこに。


 どっぱん!


 と、海が破裂した。十メートル以上の飛沫を上げて、海水が高く高く舞い上がる。

 その中央から。


「っっっっっっっっっっ死ぬかと思ったあああ!!!! げほ、げほっ! おえっ!!」


 馬鹿が大声で飛び出した。


「夕陽っ!!」

「あん……げほけほっ? おー、空じゃん。あとリリスさんも。いやもうビビったぜ、目が覚めたら海の底とかどんな罰ゲームだよ」


 あ、罰ゲームで済むんだそれ。すげえなもうちょっと常識に歩み寄ろうよ。

 今まで沈んでいたんだろうか。そうであっても夕陽なら驚くに値は――いやうん、驚くわ。その頑丈さと鈍さに。


「あーもう、濡れたわ。つうかなんだここ。光璃さんの別荘じゃ……ねーよな」

「見ての通りさ。リリスが言うには何かしらの『意図』が介在しているはずだって言うけど……と、それ以上に今は、この空間にいるのが他にもいないかどうかを……」

「いないよ、空」


 僕の懸念をリリスは否定する。


「この空間に呼ばれたのは、きっと、あの肝試しのせいね」


 僕が理解できずに首をかしげていると、夕陽が『あー』と何か得心がいったかの様子。

 はて。

 どういうことか。


「いやな? あの時俺ら、揃って落とし穴みたいなのに落ちたんだよ」

「正確には時空の裂け目」

「で、その向こう側でへんな蛇みたいな生き物と戦って」

「正確には異界の神威存在」

「んでまあ、帰ってきたんだけど」

「正確には世界の歪みに押し出された」


 夕陽の言葉をいちいちフォローしてくれるリリスの存在が非常に有り難い。

 ひとまず。

 彼らはあの日、僕が以前異世界に呼ばれた時のように、その世界を脅かす存在と対決して……で、勝利を納めて帰ってきたようだ。

 僕が言うのも何だが、世界ってそんな簡単に救われたり危機に晒されたりしていいのだろうか。甚だ疑問である。あるものの、姉さんも毎週世界を救ったり逆に世界を滅ぼしかけたりしているフシもあるし、まあそういうものだと思っておこう。精神衛生上。


「その影響が、おそらく、魂魄に残ってる。そのせいで、呼ばれた」

「ふぅん。細かい原理はわからないけれど要はあの肝試しでふたりは何かしらの因果を埋めこまれたと……で、なんで僕がここにいるわけ?」

「そらお前……ねえ?」

「こくこく」


 夕陽とリリスが顔を見合わせる。

 言いたいことがなんとなく判るだけに腹立たしい。

 つまりまあ、それが僕という事だというただそれだけのことなんだろう。巻き込まれ体質ここに極まれり。

 まあ引っ張り出された以上文句を言っても仕方ない。


「相変わらず割り切り早いなーお前」

「夕陽は割り切る以前の話だけどね」


 何でもかんでも丸呑み。深く考えないとも言う。


「で、リリス。実際問題解決方法はあるの、この状況」

 リリスは神妙な面持ちでこくりと肯いた。


「――――ない」


「いやなぜ今肯いた。なぜ肯いた今?!」

「ノリが」

「君はギャグなのかマジなのかわかりにくいの!」


 基本的に表情の起伏がないんだもん!

 照れたように頬をかく仕草は可愛らしいけれど!!

 この娘意外と調子がいいと言うか調子に乗りやすいというか。おかげで僕はいつも空回りですよええ。


「まあ実際使役者がいないことにはどうしようも」

「えー。ないの。ないんだ。うわー」


 結構切実な問題じゃんそれ。いわば完全密室。全身黒タイツの人もいないというのではバーローなどということもできないのである。

 うん、僕もだいぶ参ってるね。色々とギリギリだろネタが。


「てことは何、僕らここから出られないわけ、一生?」

「…………一生。うふ。一生夕陽と。うふふふふ」

「リリス、どうかした…………ってぎゃああああああっ!!」

「うわリリスさん鼻血! 鼻血がすげえ事になってますよ?!」


 どばばばばば、と凄まじい勢いの、なんというか、こう。

 致死量じゃねえのかこれ。

 そう思っていたらリリスがなぜかキリッとした表情でサムズアップした。鼻血を流したまま。


「大丈夫。演出」

「ごめん意味分かんない」


 わかんないったらわかんない。





 しばし待ち。


「…………うん。へーき。落ち着いた」

「うん……よかったよ…………」


 心底。

 ちなみに数メートル離れたところには血の池地獄ができている。原料は。まあ。うん。

 とりあえず、なんかよくわからないけれどリリスが失血死する前にこの空間を脱出しないといけない気がしてきた。とはいえ、唯一知識があるリリスがそうそうにお手上げ状態なのがなあ。


「夕陽、何か解決策はある?」

「海の中で寝てた俺に聞かれてもなぁ」

「まあ、そうだよねえ。そもそも大地ってパワープレイヤーだし」

「んだよまるで俺が力押ししかできないみたいじゃねーか」

「…………え?」

「待て待て待て待て! 何だその『え、今まで気づいてなかったの、マジ?』みたいな顔は!!」

「いや、ていうか……え、今まで気づいてなかったの、マジ?」

「復唱すんなよぉぉぉ!!」


 だって夕陽だし……。


「別に俺って暴力的じゃねえよなぁ……ないですよね、リリスさん?」

「うん。夕陽は暴力的とかじゃない。単純なだけ」

「ほらな空」

「うんそうだね」


 これで共通認識にズレがないことが証明されたわけだが。

 夕陽も何が『ほらな』なのか。ちょっと国語小学校からやり直せ。


「……でも。もしかしたらそれが、この場における唯一の回答かも」


 思いついた。とばかりに人差し指をぴんと立てるリリス。

 ふわり、と風もないのに彼女の髪が軽く浮いた。


「え?」

「ってーと、どういうことですか?」


「うん。だからね」


 指先に光が集まり、きゅぴん、とファンシーな音を立ててそれを生み出した。剣というにはあまりにも大きすぎて。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎる物体を。

 柄は赤い布が巻かれて刃は桃色。星や月の飾りで彩られながらも無骨な印象がどうしても拭い切れない違和感以外を感じられないそれは。


 マジカルステッキ・ドラゴンスレイヤー。


 棒がついてるんだからステッキでいいでしょ、という乱暴な理論によりステッキ扱いされているそれを、リリスはぶんぶんと頭上で二三度回す。

 ちゃららららーん、という音楽がどこからともなく響いてきて、僕と夕陽は揃って彼女に背中を向けた。

 ぴこん、きらん、ちゃらん、きゅいーん、などという効果音がBGMを盛り上げ、最後にしゃららーん、という効果音でBGMは途切れた。


「あー、リリスさん、もういいっすか」

「うん。いいよー」


 リリスの言葉に振り返る。

 その時、ちょうどリリスは頭の上で回していた剣の剣先を砂浜に突き立てたところだった。

 その結果。


 ごぱぁっ。


 と。

 砂地が割れた。リリスは柄を両手で持ったまま、背中の方へと剣先を下ろしたのだけれど、まあなんというか、そこを起点に地平線の向こうまで大地が割れた。綺麗に。無粋に。遠慮無く。容赦無く。

 背筋を詰めたい汗が流れた。相変わらずぶっ飛んでるなぁ……。攻撃意志を持たない上での攻撃力では、知り合いの中でも髄一だよなぁこれ。

 これだけの事をしでかしておきながら、動作としては『ただ剣を置いただけ』であり攻撃の意味合いは欠片も含まれていないのだから恐ろしい。ドラゴンスレイヤーの能力はただ一点『安全かつ健全な破壊』に集約されているそうだ。なんだその詐欺臭いキャッチフレーズ。


「うん。調子はいいわ」

「そ、そうですか……」


 頬が引き攣るのを自覚する。

 魔法少女リリカルリリステスタメントフォーム。

 悪しき竜から人々を守るためのフォーム、と、まあそういう設定で創り上げたらしいそのフォームは、魔法少女と騎士が融合したかのような姿をしていた。

 両手両足と胸を守るような軽装の鎧。魔法少女然としたふりふりのスカート。髪は動きのじゃまにならないように後ろの高い位置でまとめられている。

 イメージカラーは赤で、ところどころに燃える炎と真紅の薔薇の意匠が施されていた。


 まあぶっちゃけこれなんてエロゲ状態である。

 そんな防具で意味があるのかと皆様思ったりするだろう。

 意味はある。

 恐ろしいことに攻撃力の部分でな。


 リリカルリリステスタメント。全フォームの中で唯一わかりやすい防具を装備しているくせに、攻撃力にカンストするまでステータスを割り振った謎フォームである。

 なぜそんな事になっているかというと。

『鎧が、可愛かったから』

 と、真顔で供述しくさった。意味わかんねえ……。


「…………それで。うっかりこけたら半径数十キロを壊滅させかねないわテヘペロフォームを、なぜ今ここで取り出したのか聞いてもいいかな」

「うん。だから」


 リリスはドラゴンスレイヤーをおおきく振りかぶって。

 縦に。

 まっすぐに。

 振り下ろした。

 どかん、という音と言うか衝撃が全身を襲った。斬撃は海を割りねじ切れた空間が悲鳴を上げて散り散りに砕ける。衝撃波が四方八方に飛び散り破壊の爪痕を自由散漫にまき散らした。

 この魔法は、あれだ。マジカルデストロイザンバー。宇宙怪獣だって倒してあげる、ってウィンクされたやつだ。やめて怖い超怖い。


「正攻法がないのなら正面突破しかないわ」

「なるほどリリスさん、わかりやすいぜ!!」

「わかりやすすぎて逆に問題じゃありませんかねえ?!」


 なんでさっきまで隣で一緒にドン引きタイムだった夕陽までノリ気なのってああそうか君暴力的って言うより単純な子だったね!!


「おいおい空落ち着けよ。俺は今まさに目から火を噴く思いだったんだぜ?」

「ビジュアル面で恐怖を覚える間違いはやめてくんないかな」


 キモイというよりもはやエグい絵面を想像してしまった。どうしてくれようか。


「空……何が問題なの?」

「何がっていうか、むしろそんな恐ろしい真似をして大丈夫なのかと」

「けど解決方法がわからない以上、色々試すしかないわ」

「色々試すしかないのはわかるけどどう考えても最終手段じゃん……」

「大丈夫、大抵の場合最終手段を試すしかないもの。空の場合」

「僕? え、この状況僕のせいなの?!」

「ああまあそうだよなあ。俺とリリスさんだけならなんかこう、いかにもってイベントでもあったんだろうけど、お前が一緒だとなあ」

「何その理不尽許せないんだけど」


 というかね夕陽、仮に君とリリスだけでこの空間に放り込まれた場合、リリスが解決に消極的になる可能性が大いに有り得るんだけどね? さすがに凝視するリリスの視線が怖いから口には出さないけどさ。


「いやとにかくさ……そんな大規模破壊をいきなり振りまいて後先がなくなったらどうするの」

「卵の殻を中から割るには内側から圧力をかけるしか……!!」

「微妙に納得しそうな理屈が出てきたな……」


 言い得て妙な話だった。


「けどさあ、そんな空間とか世界とかボンボン壊して、僕ら無事に出られるわけ?」

「…………。夕陽、全力でどのくらいの出力いける?」

「えーっと今だと雷二十本が限界っすかねー」

「なぜ答えない……!!」


 リリスはこくりと一度首を縦に揺らす。


「空……嘘は、良くない。どんな小さな嘘でも、それは歪みとなって、いずれ大きな破綻を生むわ」

「え、あ、うん。そうだね」

「嘘は全ての始まりに成りうる。だからわたしは嘘は嫌いだし、翼も同じよ。だからわたしたちはお互い、嘘をついたら怒るし怒られるわ」


 たとえそれが、それぞれと関係のない場所で起こったことでも。

 同じ感性を有するがゆえに、互いの感性を守り通すと。

 それはひとつの約束なのだそうだ。


「うん……ええと、それは、うん。なんとなく分かったし僕からもぜひ姉さんと良い関係を築いて欲しいから嬉しい話なんだけど」


 なぜ今そんな話を。超不穏。


「とゆーことで、嘘は言えないけどホントの事言うと空が止めるのでこのまま実行します」

「って案の定か待てやコラアアアアァァァァ!!!!」

「夕陽空を止めて」

「うおわ、やめ、離せ夕陽!!」


 ふわりと宙に浮かんだリリスを止めようとした瞬間、それを察知したリリスの指示により夕陽が立ちふさがる。くっ、背の高さと単純な腕力の差がある以上、正面突破は不可能だ。


「夕陽ちょっと、いきなり博打にでるのはどうなのさ!」

「つってもこの中で不思議現象の専門家はリリスさんくらいだろ? 乱暴でも強引でも適当な答えじゃないんじゃねーの」

「う……いやそうかも知れないけどさあ……」

「おっしゃやれやれリリスさん!」

「オッケー夕陽いくわよー」

「うははははいい加減翼さん分が足りなくて辛くなってきてたんだぜ!!」

「やる気無くした」

「えええええええええっ?!」


 うわあリリスがふてくされて衣装を解除した。


「ど、どうしたんですかリリスさん?」

「……べつに」

「いや、あの、別にっていいながら脇腹をつねるのはちょっとイタタタ」

「むー」

「あ、あたたたた! ちょっとリリスさん、何を怒ってるんすか?!」

「えい、えい、えい」

「ちょっ、つっつかれたらくすぐったいですってば! あはは、やめ、ちょ、あはははは!!」

「この、このこのこの」

「ちょ、ま! リリスさんもしかして単におもしろがってるでしょ……あははは! ちょっと本当にやめ、くすぐった! もー!!」

「あ、夕陽逃げちゃダメ」

「逃げますってば!!」


 波打ち際を走って逃げる夕陽とそれを追いかけるリリス。

 夕陽は困り顔で、リリスは膨れ面で。それでいてどこかお互いに楽しそうに。


 キャッキャウフフ。

 キャッキャウフフ。


 ……………………え、何この茶番。


 僕は呆然と走り去るふたりを見送った。

 え、なに今の意味分かんない。なんでいきなり小っ恥ずかしいラブコメが始まってんのしかも古いよ絵面が。


 脱力してその場に体操座りをした。なんとなく。

 視線の先ではついに足だけ海に入り水の掛け合いが始まっている。

 いやもう。

 なんだかな。





 十数分後、ふたりが帰ってきた。夕陽は頬に真っ赤な紅葉をもらっている。

 というのも先程テンションが落ち着いてきたあたりで正気に戻った夕陽が、ふとリリスから目を逸したのだ。


「……? 夕陽、どうしたの?」

「いやあのまあその。ええとですね、非常に申し上げにくい事なんすけど……透けてます」

「…………? ――――――――っ?!?!?!?!」


 顔をまっかにしたリリスのビンタが夕陽の頬に炸裂し太陽まで届きそうなほど高い音を響かせた。



 おかげで元に戻っていたリリスの機嫌がまたひん曲がってしまった。とはいえ、こちらは単なる照れ隠しだろうし、さっきも夕陽に何度もビンタのことを誤っていたし、さほど深刻なことにはならないだろう。

 どちらかと言えば延々と砂糖でも吐きそうなラブコメを見せられた僕の精神の方が壊死寸前。

 いやね、なんかもうね。夕陽は普通に楽しそうなんだけどそれと向かい合うリリスの笑顔ったらないわあれ。どんだけ幸せなの君ってレベル。普段が無表情に近いだけにとんでもない破壊力。儚さと強さを同時に秘めたその笑顔は花が咲いたとかそんな例えではとても追いつかない。それを正面から見せられてるくせに普段と変わらない夕陽はちょっと校舎裏に呼び出されても文句言えない。


「おかえり……」

「おう、ただいまー。わるかったななんか」

「いやいいよ。あの空気に混ざるのはさすがに無理」


 良心が咎めるというのもあるけれどそれ以上に甘ったるさに耐えられない。


「で、さっきの議論の蒸し返しになるわけだけど」

「「あ」」


 揃って口をぽかんとあけるふたり。うんそうだね、戻ってこないでそのまま世界ぶち抜いてれば終わってた話だもんね。正直もう僕もそうされてたら止めてない。止める気力がない。

 それでも素直に戻ってきちゃうんだからこの二人は割と似てるんだと思う。決して彼らの純真さにつけこむ僕が汚れているわけではない。きっと。


「リリスは変身解除してるし、夕陽もこの距離だと僕のほうが動き出しは早いでしょ。というわけでさっきの無茶方針はなしね」

「むう、空いじわる」

「なんだと……」

「そうだそうだー! 空はいじわるだー!!」


 にゃろう、悪ノリしはじめやがった。


 リリスが無表情に。

「そ・ら・が!」

 夕陽が意地悪い笑顔で。

「い・じ・わ・る!」


「そ・ら・が!」

「い・じ・わ・る!」

「そ・ら・が!」

「い・じ・わ・る!」

「そ」

「いい……加減にせんかああああああああ!!!!」


 きゃー。と蜘蛛の子を散らすように走りだすふたり。


「あ」


 やばい普通に逃した。逃したけれどふたりはきゃっきゃきゃっきゃはしゃいで逃げるのに夢中でそんな事気づいてない。

 夏の海辺を手をつないで笑いながら走る少年少女。うん、もう砂糖ってか蜂蜜吐くぞ。

 夕陽とかね、あれで結構気が利くタイプだからね、走る早さをリリスに合わせてたり無理してないか細かく伺ってたり。その度に視線がぶつかって、リリスは甘くはにかむ。夕陽もそれに合わせてまた笑う。


「うわああああ背中かゆいいいいいいいいいいいっ!!!!」


 なにこれなにこれなにこれえええええええええっ?!

 と、全身むずむずしてると。


「あんまああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!」


 ごぱぁ! と海が割れて黒ずくめで筋肉ムキムキのおじさんが出てきた。

 ああ、あの人あれだ。この前肝試しの時に光璃さんからお仕置き食らってた人だ。ところどころにのぞく縄のあとが生々しい。あれ結構痛いんだよなぁ……。

 宙に浮かんで黒いマントをはためかせ腕を組んで仁王立ちになったおじさんはいかにも怒り心頭といった様子。

 ぜーはーぜーはーと深呼吸を繰り返したおじさんは、したたる海水もなんのその、きっと夕陽とリリスを睨みつけた。


「貴様らぁ! 状況わかっておるのか? なあ? ここ閉鎖空間だぞ、かえれぬのだぞ?! なのになあぁぁぁぁんで貴様らはいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ!」

「うわぁなんあ怨念感じるなぁ」

「やかましい貴様も外野のくせに!!」


 おじさん涙目だった。なんか恋愛で辛いことでもあったのだろうか。

 しかしながらそんなおじさんの主張に当の二人は。

「「? いちゃいちゃ?」」

 とまあ。

 えええええええええええ。君らいちゃいちゃしてる自覚なかったの?!

 なんて僕が思ったのだからおじさんの怒りはもはや有頂天(誤用)。


「ちっくしょおおお! これだから! こ・れ・だ・か・らリア充どもはさあああ!! もう爆発しろ! 爆発しろよ!! 我の何が悪い、何が問題なのだああああ!!」


 とりあえず……見た目、じゃないかなぁ……酷な話だけど。

 だって黒マントで黒ずくめでムキムキって。需要の方向が見えないもん……。


「くそ、くそ! さっさと空間攻撃で初めてしまえばいいものを! それもこれもそこの貴様が止めるからせっかくの仕掛けがいつまでも発動せん!! さっさと手を出して爆発しろ! リア充爆発しろよおおぉぉぉぉ!!」


 なに、この……切ないほどに切実な叫び。

 何がひどいって、この状況で特に誘導さえしていないのに勝手にゲロってる辺りがひどい。

 ひとりでわんわん叫ぶおじさんをよそに、リリスはマジカルリリステスタメントに変身。夕陽も両手に風と雷をありったけ溜め込んでいた。


「くそ、こうなれば空間の歪みを利用した罠で分断して個別に料理してやろうと思っていたのに! 何だ貴様らは! おのれジュスティードの仲間だけあってふざけおってからに!!」


 おじさんは目を血走らせてらんらんと僕を見ていた。

 何度か遭遇しているせいで変に因縁をもたれてしまったらしい。厄介な……まあ、後ろのふたりに気づかないでいてくれるので有り難い限りだけど。


「あの……おじさん?」

「あぁ、何だコラァ!!」


 うわぁ、もうキャラさえ保ててないよこの人……あのふたりのラブコメビームがよほど堪えたらしい。まあ、気持ちはよくわかるけれど。

 けどまあ。


「後ろ、とりあえず、全力で防御したほうがいいですよ」

「ぬ?」


 肩で息をするおじさんが振り向いて。

 笑顔の夕陽と無表情のリリスが。全力で拳と剣を振りかぶったのを見て。


「――――――――――おのれリア充どもがああああああああ!!!!」


 いや。

 断末魔がそれってどうなの。





 空を埋め尽くした極光が晴れると、僕ら三人はいつの間にか砂浜に並んで寝転んでいた。いや、実際には僕から少し離れたところに夕陽とリリスが折り重なるように倒れていた。

 どうやら僕は一足早く目覚めたらしい周囲を見回すと……うん、昨日の海だ。水平線には島が見えるし、振り返れば道路がある。ついでに海にはなんか黒いのがぷかぷか浮かんでる。一応おじさん、消し炭になったりはしなかったようだ。すごいな。

 あの空間を作っていたおじさんを倒したことで戻ってこれたようだ。

 ふぅ……なんというか、一日の始まりに無駄に疲れた気がする。

 太陽はまださほど高い位置にはない。割と長い時間あの空間にいた気はするのだけれど、こちらの時間とは同期はとれていなかったようだ。まあ、助かるといえば助かる。

 何しろ変える前にみんなで別荘の大掃除をすることになっているのだ。サボる訳にはいかない。

 ……つうか監視しとかないと何が起きるかわかんないしさ。


 首を回しながら立ち上がる。さっくりと砂を踏む感触に心地よさを感じる。ていうか裸足だ。つうかパジャマだ。どういう仕組みなんだか。

 て、よく見なくても折り重なるように倒れているふたりもパジャマだった。

 ……絵的に色々まずくないだろうか。まあいいか。



「おかえり」

「へ?」


 突然投げかけられた言葉に間抜けな音を意図せず漏らした。

 いつの間にそこに居たのだろうか。堤防に腰掛けた綺月が穏やかな顔で僕らを見下ろしていた。

 寝間着に使ったのであろうジャージ姿で、足にはサンダルを引っ掛けている。ちなみにジャージはぶかぶかだ。というのも、なぜか古くなった僕のジャージを彼女が欲しがったからだ。

 いくらこまめに洗濯をしているとはいえ泥や汗の染みこんだジャージを女の子にあげるなんてとんでもなく抵抗を覚えて、こっそり捨てようとしていたのだが。

 いつの間にか姉さん経由で渡っていた。


 彼女の長い髪は頭の高い位置で一括りにまとめられポニーテールになっている。サラリと海風に流される髪がはらやらと舞い、陽の光を浴びて輝く。

 余った袖をひらひらと遊ばせる綺月の姿に、なんとなく見入る。


「……? どうかした?」

「うん、なんか、きれいだなって思って」

「ふぁ」


 がきん、と音を立てて綺月が固まった。


「え……あ、ああ、うん、そ、そうね! 夜の海もそうだけど、朝の海も悪く無いわよね!!」

「え? ああうんまあ海もきれいだけど、僕が言ったのは綺月のこおごぺぁっ?!」


 ぱしーん、と顔面に衝撃が走り目の前が真っ暗に。口の中じゃり、と砂の感触を覚えて、それをぺっぺと吐き出す。

 同時にぺたりと顔面から離れたそれは。


「…………サンダル」

「はー、はー、はー、はー」


 見れば、綺月は腕を振り切った状態。片足のサンダルはなくなって裸足になっている。

 肩をいからせ目を吊り上げて息は荒い。過呼吸になっているのか顔は真っ赤だ。

 と、言うかだね。


「……あのさ綺月、さすがにこれ理不尽じゃない?」

「うううううるさいわねしょうがないでしょノーガードだったんだもん!!」


 何がさ。

 しかし涙目にまでなられるとこちらが折れないといけない気がしてくるのだから。

 卑怯っていうか、ずるい。ぷくっと頬をふくらませてうっすら雫を瞳の端に浮かび上がらせて、微妙に視線を逸らされる。なぜだかわからないけれど、逆らえなくなる。


「はあ……はいはい、わからないけどわかったよ。とにかくほら、サンダル」

「ん」

「……女王様は朝から元気だねぇ」


 差し出された足にサンダルをはめる。


「……それじゃあ、帰りましょうか」

「うん……って、夕陽たちを起こさないと」

「放っておきなさいよ。リリスちゃん、あれはあれで満足してそうだし」

「はぁ……いいのかなぁ……」

「いいのいいの。……わたしだってそうするし」

「うん?」

「なーんでーなーい。ほら、帰りましょ。そろそろ翼ねーさんも起きる頃よ」

「ああそうだね。てことは涼莉も起こしてあげないと。……って何?! なんで脇腹をつねるのさ!」

「……さぁ?」

「ちょ、あた、いたたたた! や、やめてよ綺月!」

「んー」

「って、あははは! ちょ、つつくのは! つつくのは反則! くくっ! あははは!!」

「うふふふ、逃さないわよ」

「ちょ、やめ、あはははは!! あれ、なんかデジャヴ」

「どうしたの空?」

「いやなんか……ってだから綺月! あはははは!」

「うりうり。あははは」


 やけにテンション上げながらじゃれあうように別荘への道を歩いていった。

 夏の太陽がゆっくりと昇る中。

 海風を横から受けながら。

 繰り返し繰り返し何度も何度も、互いの影は重なり離れを繰り返した。














 彼女の嘘寝と魔王の帰宅


「……………………」

 笑い声が遠くへ離れて、やがて海の音に掻き消されるほど小さくなった。

 わたしは砂浜で空を見上げていた。だって動けない。重い荷物が上に乗っているもの。

「……………………」

 正直重い。割と。すごく。

 だから動けない。いや嘘。本当は動ける。

 でも動かない。いややっぱり嘘。動けない。動けるわけがない。

 だってさっきから全身が痺れるように暖かいんだもの。

 こんなの、動けるわけがない。

 だから。

 起こしてしまうかも知れないから。

 大きく広げたこの両腕も、やっぱり動かせない。

 うん。

 残念。






 ってさぁ。

 わざわざ異世界まで来て何だと言うのだこの茶番劇は。

 まったく。

 ジュスティードもジュスティードである。我の事を散々無視しおってからに。わざわざ肉体改造してまでウケ狙いの格好をしたのが台無しではないか。

 その上おなごまで侍らせてるなど言語道断。天が許しても我が許さぬ。もっともそれ以前に我ら魔王は元々天に許されるような存在ではないが。

 まあよい。異世界なぞに逃げおって腑抜けたかとも思っておったが、いや実際腑抜けておるようだが、なるほど、以前よりなお手強いと思わせるその佇まい。

 面白いではないか。

 そうか。それ程にこの世界が面白いか。

 ならばよいとしよう。

 いずれ主も我らの世界へ帰らねばならぬ身だ。

 この世界でせいぜい羽根を伸ばして帰ってくるがよい。

 決着は着けねばならぬのだ。それが先延ばしになるくらい、なんという事もなかろう。


「ぶ…………」


 ごぼごぼごぼ、と笑った拍子に泡が口からあふれる。水面に顔をつけているのだから致し方がない。


「ふむ」


 水面に立つ。

 視線を岸にやると、我に一撃をくれたつがいが互いの手を握り合ってなにやらもじもじしておる。

 ふん。ガキどもめ。



「…………あー、腹立つ。帰ろう」



 時空を切り裂き元の世界への扉を開く。

 リア充など爆発してしまえば良いのだ。

 けっ。


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