僕と姉さんと星の海
いい加減陰が薄いので、話を書いてあげたくなって。
息苦しさを覚えて目を覚ました。
ぼうっとする頭で、視界に入るものが天井なのだと、三秒たって気づいた。
「……知らない天井だ」
なんとなくつぶやいてみた。
特に何も感じなかった。
うんまあ。
寝ぼけている自覚はある。
「この世界では巨大二足歩行ロボットは発生しない、だっけ」
確かジュス様あたりが言っていた。よほどの必要性と必然性、合理性がない限りは生まれ得ないと。
技術的に可能になっても開発するだけの理由がない、というのが、ジュス様の言だ。同時に、まあお前らの場合なんとなくで作りそうだが。とも言っていたけれど。
とはいえ、大地の時代になっても巨大二足歩行ロボットは出てきていないようだし、今後もあまり期待はできそうにない。
まあ。
そもそも今のはロボットじゃなくて汎用人型決戦兵器で、割と人造人間というかそっち系列なんだっけか。
「異世界との親和性の問題とか言われてもよくわからないけど」
なんか、そういうものらしい。
どの世界にも似たよったりの技術や神秘は存在していて、しかしながらその秘奥、あるいは根源、根幹部分は決定的に重ならないのだと。
だからこの世界の魔法では世界のルールは変えられないし、スーパーな技術が発生してロボットが大地に立つ、なんてこともないらしい。
そういうのは、よその世界の特許だそうだ。
よくわからない。
……寝ぼけてるな。
喉の渇きを自覚した。そういえばクーラーもつけ忘れていた。
全身を包む熱をようやく感じて、起きあが……起き……お……?
体が起き上がらない。
金縛りではない。しっかりと腕も足も感覚はある。
ただ起き上がろうとすると、全身が重いというか、引っ張られるというか。
ていうか、暑いというか熱いのが体の左部分メインで、しかもこう、縛られるというかしがみつかれるというか。うんまあ。
その。
なんだ。
「…………ぉぅぃぇ」
謎の英語が飛び出した。いや英語でもねーよ。
なぜか涼莉がそこにいた。しがみつかれていた。
首を左に向けた僕の視界には涼莉の髪が。彼女は静かに寝息を立てて僕の肩に顔を埋めていた。暑くないのだろうか。ちなみに僕はめちゃくちゃ暑い。
…………ええと。
「ああそうか、そういえば」
両腕ともに、一応動く程度には回復したけれど、やはり誰かの助けが必要ということで涼莉が僕の世話をしていたのだった。
どうせ明日帰るまで特に予定もないのだし必要ないとは言ったけれど、言い出した姉さんは聞く耳を持たなかった。
ついで言うと、役目に任命された涼莉がヤル気を出しすぎて止まる気配もなかった。
さらについでいうと、その話が決定した瞬間室内温度が体感で十度近く下がった気がするけれど、冷気の発生源は明らかに綺月だった。なぜ僕を睨むのか。僕は悪くない。
もっとついでにいうと、この状況が綺月に知られたら僕は本格的に明日の朝日を拝めないのではなかろうか。うん。なぜかそんな気がする。
ひとまず、喉が乾いていることだし。
キッチンへといきたいところなんだけれど。
「ふにゃ……にゃふぅ……」
「うん……んぐっ……!!」
全身をがっちりホールドされていて身動きとれないんですけど。
逆に腕が二度と使い物にならなくなるんじゃないのこれ。どうしてくれよう。どうしようもない。
ちょっと真剣な話、力を緩めてくれないだろうか。
無理かな。無理だな。
疑問が浮かんで答えが出るまで十分の一秒もいらなかった。どうにもしようがないなこの状況。
「…………はあ。君はもうちょっと、男の子女の子というものに頓着して欲しいところなんだけどなぁ」
「くぅ…………にゃー……」
ぴくぴくと猫耳が動く。
さらり、と、月の光を弾いて藍色に輝く髪が、静かに流れた。
そっと、頬にかかる髪を梳いた。ふわりとした柔らかな感触が指先に触れる。
髪の隙間から覗く肌がやけに白い。
いつも見ているその姿が、まるで神聖なものに触れているような、そんな気持ちになる。
起こすのが忍びない、というより起こすのがもったいない、とでも言うべきか。
「ううん……困った…………」
「誰か困っていますか??」
はい?
微かな声。首を入り口のドアの方向へ向けると、そこには。
「…………百羽、さん?」
「あ、どうも。なんだか誰かが困っている気がしたのですが……」
何その謎レーダー。
「ええと、気のせいでしたら……ってまさかの涼莉さんベッドイン?! じじじじじ実はおじゃま虫でしたでしょうか私申し訳ありませんでした空気のくせに空気読めなくてうわぁぁぁん!!」
「盛大な誤解とともに豪速球で自虐するのやめませんかさすがにリアクションに困るんで!」
ちなみに。
こんな状況にありながらふたりとも声の音量は最小限に抑えているというか抑えてしまっていると言うか。まあ、そういう性格なのである。
そして何をどう勘違いしたのかは敢えて尋ねはしないけれど、ちょっとうん、僕に対する評価ってそんな感じなのかなぁとか若干おちこんだりした。
で。
「あ、あはははは……ど、どうもすみませんでした……」
「いや、僕も助けてもらったほうだし」
僕と百羽さんはキッチンで並んでミネラルウォーターを飲んでいた。
なんとか誤解を解いた後、ベッドを出たいけれど涼莉にしがみつかれてどうしようもない、と伝えると。
『はあ……ええと、このような感じで?』
と、百羽さんはするりと涼莉の拘束をといてしまった。答えのわかっている知恵の輪を解くような鮮やかさで。
どうやったの、と尋ねると百羽さんのほうがきょとんとして『まあ……メイドですから』と答えたけれど、メイドってなんでもできる人って意味じゃないと思うんですよ。
それでついでに一緒にキッチンに降りてきたわけだけれど。
「それにしても百羽さんはこんな時間にどうしたの?」
「あう、その、なんとなく誰かが困ってるなーと思って目がさめたので」
…………マジなのだろうか。表情はマジだが。ふと彼女の姉と妹を思い浮かべる。うん、マジっぽい。なんというかアリだと思えてしまう点がすごい。
両手でグラスを持ってちびちびとした仕草で水を口に運ぶ仕草は小動物を連想させる。
パジャマは可愛らしいレースがすそを飾るワンピースで、色は薄いピンクがベースになっている。意識しないように気を付けないと、どうにも胸を押し上げるボリューム感を感じてしまう。特に胸元を強調するような服装でもないというのに。
あー、こんな事考えてるからさっきみたいな勘違いを受けるのか。うん、自重しよう。
「それにしても、昨日の肝試しの時もおもったけどさすがに静かだね」
「ええ。それでも、この別荘がこんなに賑やかになったのは、私の知る限り初めてですよ」
「あはは……騒がしくしちゃったね」
「え、と。はい、それはもう。でも、静かなのよりは、ずっといいと、思います」
彼女は。
ほっとするように息をついた。
瞳はじっとグラスの中の水面を見つめている。ゆらゆらと月の光を浮かべるそれにどんな景色を見ているのか、僕にはわからない。
過去を思い出しているのか、未来を思い描いているのか。
じっと、待つ。
しばらくして視線を少し上に向けた彼女は、僕に向かってためらいがちにこう言った。
「あのぅ……お願いしても、いいですか?」
星が見たい、と、彼女は言った。
昨晩肝試しをした森の別の道を入ると山へ通じる道があるらしい。山頂まではおよそ二十分ほどだという。確かに、女の子が夜中にひとりで入るには不安のある道のりだろう。
断る理由はないし興味もあった僕は、むしろ望んで同行を申し出た。
僕らは着替えて玄関の前で合流し、揃って歩き出した。
「とはいえ、さすがに星月の明かりだけだとしんどいねえ」
「す、すすす、すみません、なんだか無理を言ってしまって!!」
「いやいや僕も見たかったんだし、そんな無理だなんて」
「そ、そうでしたか……よかったです……」
ほう、と胸を撫で下ろす仕草をする。
百羽さんはどこか気弱と言うよりは他人の意見、意志を気にしすぎるきらいがある。押しの強い僕らの中では珍しいタイプだと思う。そのぶん負担になっていないか気になる所でもあるんだけど。
「こうして、木の間から見える星空だけでも随分なものだよね」
「そうですね……実は私も、この先の展望台に行くのは初めてなので楽しみなんです」
「あれ、そうなんだ?」
「はい。お嬢様が是非にと勧めてくださったので。なぜか、今日しか見られない、とかで。だから……その、お誘いしてみたり、して……その……」
ごにょごにょと言葉の最後が小さく聞き取れなくなってしまった。俯いてスカートを握ったり開いたり。
はて。
「百羽さん?」
「ぁぅ……いえ、なんでもないです。なんでも、はい」
明らかに何かある雰囲気だけれども、それ以上刺激する事をためらわせるものがあった。いや何ていうかほら、隅っこで震えてる小動物的な。ね?
ねって何だよ。
自分で自分にツッコミを入れた。
そんな事をしていると彼女も調子を戻したらしい。
「え、と。まあその。いいところだと、いうことですから」
「ふうん。まあ光璃さんがそういうのなら期待はしてよさそうだね」
あの人、自然現象に対してもドがつくサディストだもんね。よっぽどの景色でもないと人に勧めたりなんかしないだろう。
そもそも、木々の合間から見える星空からしてもう違う。
この辺りは都会の光もなければ空気も澄んでいて、浜辺から見上げた星空だけでも中々に爽快なものだった。満天の星空、という言葉をこの目で見たのは初めてだ。
しかし山から見る星空は、また違うようだ。
……というか、気のせいか歩いて登ってきた高さよりと空気の冷たさ、清浄さの高まりが比例していない気がするんだけど。なんだろうねこれは。
なんというか。
空間、ゆがんでる気がするんですが。
「う?ん」
「ど、どうかしましたか?」
「いや……」
まあ。
害はないだろう。言っても空間がちょっとおかしなことになっている程度の話だろうし。変なことをしなければ神隠しとか時空の歪みに落っこちるとかいった事にはならないと思う。そもそも、その危険がないから光璃さんはこの道を百羽さんに伝えたんだろうし。
しかしまあ、そうなると。
この先にあるものはもしかすると、期待以上のものになるのではないかと。
「うん。楽しみだと思って」
「ほ……そ、そうでしたか」
敢えて笑顔で答えると、彼女もまた花咲くような笑顔で応えてくれた。そういった仕草のひとつひとつに暖かさや思いやりを感じさせてくれる。
「百羽さんは、星を見たりするのは好きなの?」
「そうですねえ、嫌いではないですよ。単に星をみるだけでなくても、星座を覚えたり、その神話を調べたり……」
「神話かぁ」
「はい……まあ、結構昼ドラみたいな話ばかりで、身近といいますか、神様も不完全なんだといいますか」
僕も詳しいわけではないけれど、ゼウスとかあれただのエロオヤジだった気がするし。女神は嫉妬とかで平気で災害起こしてる気がするし。
まだ溺愛する少女のためにポルターガイスト現象のカーニバルを発生させる神霊の方が相手にしやすい。どっちもどっちだけど。
「人間が想像したものだから人間らしくなっちゃうのかなぁ」
「そう……そうですね。例えば映画や物語で『恐ろしいもの』『綺麗なもの』を表現しようとしても、それは人の言葉や描けるものの中でになっちゃいますし」
それはその通り。
うん? という事は正真正銘の魔王だったり吸血鬼だったりなら人間では見られないものが見えるのだろうか。見えるのかも知れない。
ああそうか、だから、あるいは。
「お嬢様は、ジュスティード様のそういったところに惹かれているのかも知れませんね」
「……僕も、今そう思ったところ」
彼女は一瞬、きょとんとしたけれど。
すぐに、柔らかな、春風のような暖かい笑顔を浮かべた。
そうして。
ようやく、展望台が見えてきた。
声を出そうと喉が震えて。
それなのに漏れてきたのは、ただの吐息だった。
目の前を白い靄が流れていく。吐息が白く染まっていた。
肌を撫でる風は冷たく、空気は澄み渡る。
そして。見上げるまでもない。
眼前に広がるのは、ただひたすらの、星の海。
言葉にならない、ということを実感として思い知る。まるで僕らの先ほどまで会話を誰かが聞いていたのかと疑ってしまうような光景。
まったく、目の前の景色をなんと表せばいいのか。
溢れる光。小さな、弱い輝きたち。
それでも無数に集まったそれは、まるで水面を煌く陽の光のように強く確かな存在を思わせる。
音を奏でるような瞬きに満ちた世界。
聞こえるのは風の音と互いの呼吸のみ。
なのに空間に満ちる無数の音色はなんと呼べばいいのか。
「な、なんて、いいますか……」
「うん……」
ふたりとも、続く言葉を失う。
呑み込まれるほどの星空。伸ばせば手が届くと錯覚しそうな、その世界。
圧巻とはまさにこの事。
僕らはしばし口を閉ざし、ただ目の前の景色を堪能した。
そうするしかなかった、とも言えるかもしれない。
「あんなに遠いのに、それでも、こんなに近く感じることが、できるのですね」
「うん。まるで星の海に沈んだみたいだね」
展望台は思ったよりも広く、木々によって頭上を遮られることもなかった。つき出すように作られているおかげで左右のパノラマも満遍なく見渡すことができる。
はたしてこの場所が地球上のどこに当たるのか僕にはわからないけれど、それでもいつも住んでいる街よりは遥かに標高は高いだろう。
それでも今、僕らは海の底にいる。
果てない闇と限りない光の水底に。
「…………空さん。ありがごうございます」
唐突に、彼女は言った。
「え……っと、何が?」
「今日、ここに付き合って下さいまして」
彼女の言葉に困惑する。だって、僕は何度も言ったのだ。
「でも、僕がここに来たのは結局興味があったからで。百羽さんにお礼を言われるようなことでもないよ」
「そうでもないですよ」
彼女はイタズラを告白するように。
ちょっぴり舌を出した。
普段の彼女からは想像できない姿に息を呑む。
「だって空さん、本当は涼莉さんの腕から離れるつもりはなかったですから」
「――――、いや、それは」
「です、よね?」
ちょっぴり自信なさげに上目づかいに。それでも瞳の中には確信を宿して。
「……はぁ。まあ、あんまり無理に出ると涼莉を起こしちゃうからね」
その視線に負けて、素直に答えた。
「それに、ここの景色が素晴らしいのは夜だけではないんです。日の高い時間でも、彼方まで広がる海が見えて、それはもう、素晴らしい眺めなのだそうです」
それは、容易に想像できた。そしてきっとその想像を遥かに超える景色が見えるであろうことも確信できた。
だってこれだけの景色。これだけの世界。これだけの色。
この夜空が、日が登ったから色褪せるなど、そんな事あるわけがない。
「それでも、この夜空を選ばせていただきました。この暗い道を進ませていただきました。だって、お昼にお誘いしたら、空さん、他の方が気になってしまいますから」
「それは、そうかもね」
お互いに苦笑を浮かべる。
結局。
彼女は周りの全部に気を使わずにはいられないのだろう。
そんな彼女が、こんな時間にここへ僕を誘ってくれたというのなら。
それはたぶんきっと、とても有り難いことなのだろう。
ああ。
そう。
だから。
「だから、ありがとうございます」
彼女のワガママに付き合って。
僕をこの場所に誘ってくれて。
そんな、奇跡に。
僕らは並んで山道を下っていた。
「けど」
と、思いつく。
「別に、みんなで行けばよかったんじゃないかな」
十乃ちゃんにはやや厳しい道かもしれないが、それでも無理、ということはないだろう。
展望台の気温はややきついものがあるが。
そんな僕の提案に、百羽さんはがっくりと肩を落とした。
「うぅぅ……そう、ですよね。わかっていたんです。空さんですから。そう思っちゃいますよね……」
聞き取れないくらいの小さな声。はて。
彼女は横目で僕を見る。
「うぅー……」
「え、と」
僕は何かやってしまったのだろうか。ううむ。
その時。
ガサガサ。
ガサガサ。
唐突に横手の草むらが揺れた。
「ひぅっ?! ……ひぅぇあっ?!」
ビクリと体を震わせる百羽さんを抱き寄せ、大きく距離を取った。
揺れ方からして小型の動物ではない。
野犬か何かだろうか。
あるいは。
空間の歪みから出てきた、まったくの異形か。
ガサガサ。
ガサガサ。ガサガサ。
息を潜めて『それ』が何かを見極める。
「あ、ああああああのあのあのあの、そ、空、空さ、ちか、あの、その」
「ごめん、百羽さん。嫌かもしれないけど、ちょっと我慢して」
緊急事態とはいえ、彼女を胸に抱きしめるような形になってしまっている。年頃の女の子としては苦言のひとつふたつはあるだろうけれど、この場は見逃してもらいたい。
「ひぅ……その…………、別にいやだなんてことは、ぜんぜん……はぃ」
「え?」
「いいいいいいいえええええ! なななななな、なんでも、ない、です!!」
ひどく狼狽していた。確かに真夜中に山道で謎の生き物と遭遇するなど、彼女は経験がないだろう。うん、ここは僕がしっかりしないと。
まあ僕もそんな経験は実際なかったりするけど、もっと厄介な生き物に襲われた経験が山ほどあるしね。うん。全然嬉しくねえ。
そんな事を考えていると。
ついに、それが姿を表した。
「っっっぷはーっ!! えーっと、ここはどこだろ」
出てきたのは。
「姉さん?!」
「翼さん?!」
「んー? あれ、空じゃない。どったの?」
いや、どうしたもこうしたも。
「姉さんこそどうしたのさ。こんな夜中に、山道から離れてそんな森の中を」
「んー、ちょっとね。この辺りだと思ったんだけど、どうも気のせいだったみたいだから」
いや、説明になってないから。ていうか相変わらず説明する気そのものがないな、この人。
「まああたしのことはいいよ。それよりも空、なに、こんな所で何してるの?」
瞬間。
「ひぅっ?!」
百羽さんが顔を青ざめさせて息を飲んだ。
「ちょっと山を登って星を見てただけだよ。姉さんも、そんな怖い顔しちゃダメだよ。夜更かししたのは悪かったけどさ」
「え、そっち?! 今の表情はそっちなんですか?!」
え? だってそれ以外に姉さんが機嫌を悪くする理由なんてないし。
百羽さんはさっきと同じような表情を浮かべて、小さく「ぇー……」と言っていた。何やら納得が行かないらしい。
ううむ。
女心は複雑、ということだろうか。
そして終わりと言うかまとめというか区切り
「え? 例の電車での命令権ってこれだったの?!」
「ええまあ」
別荘に戻ってきた僕に告げられた言葉に、衝撃を受けた。
いや、僕としては無茶な命令を出されたわけでもなく願ったりなんだけど。
「だめ、でしょうか……?」
「いやダメってことは。けど、ううん……」
いいのだろうか。なんか僕のほうが悪い気がしてきた。
ちらりと姉さんを見る。
微笑んで見ていた。
何を言うつもりもないようだけれど。
何をするかを決めさせるつもりのようだ。
僕は。
「……うん、わかった。それじゃあそういう事で」
「あ、はい。ありがとうございました。本当に」
彼女は深く頭を下げた。
そんな感謝をされるようなことでもないのだけれど。だって、僕のほうがお礼を言うべきなのだし。
だから。
「うん。だから百羽さん。僕は君にお礼がしたいから。
今回の罰ゲームはこれで終わりだけれど、君の願いをひとつ、いつか、僕に叶えさせて欲しいんだ」
「……ふぇ?」
百羽さんはきょとん、と首を傾げる。
「お礼がしたいんだ。今日、あんなに素敵なものを見せてくれたんだし。そのお礼くらい、させて欲しいと思うのはダメかな?」
百羽さんはしばらくぽかんとしていたけれど。
やがて、花開くように目を輝かせて。
「…………はい、お願いいたしますね」
そう言ってくれた。
僕はホッと胸をなでおろす。
「上出来じゃない。よくできました…………ふたりとも、ね」
「姉さん?」
姉さんが何かつぶやいたような気がしたけれど、そちらを見ても姉さんは素知らぬ顔だった。
ふむ。
まあ、いいか。
「それじゃあ、もう遅いしいい加減寝ようか」
「はい。お二人とも、お部屋までご案内させていただきますね」
「むふー。ありがとね、百羽ちゃん」
こうして。
長いような短いような、そんな二日目は幕を閉じたのだった。
明日は昼間で片付けをして帰るのみ。
無論。
そんな簡単に終わるわけがなかったんだけどね。
思ったのですが、もしかして姉さんが一番影薄くないですか。