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僕と姉さんと夏の浜辺

大変遅くなりました。

祭りも終わりましたし、通常更新速度に戻し……仕事が、修羅場、だと……。

 旅行二日目。

 今日は朝からみんなで海に繰り出して遊ぶと決めていた日だ。



 で。全身を焼く熱気とは裏腹に、僕の精神は冷たい緊張に支配されていた。

 それは大地と夕陽も同じことだ。


 状況は不利。圧倒的不利。

 絶対的な戦力差は覆しがたいものがあり、知恵や勇気でどうにかなる範囲を軽く超越していた。

 しかしそんな状況でも僕ら三人の間に諦めはない。

 ただで負けてやるのはプライドが許さない。

 安っぽかろうがなんだろうが、勝負に挑む理由としては十分だ。


「空ぁー! いっくのー!!」

「う、うん! バッチコーイ!!」


 網目模様の向こう側でぶんぶんと手を振る涼莉に答える。

 体を動かすことが好きな涼莉のことだ。こうしてみんなでスポーツをやることが楽しくて仕方ないのだろう。実に微笑ましい。

 凹凸の乏しい体は健康的かつ精神年齢に見合ったハツラツとしたしなやかさを印象づける。

 尻尾の部分は姉さんがわざわざ加工してうまいこと外に出るようにしたのだそうだ。無駄に手が込んでいるが、それをするに価する程涼莉の水着姿は似合っており、可愛らしいものだった。

 とはいえ。


「せぇー、のぉー」


 ふわり、と手に抱えたビーチボールを放り投げる。真っ直ぐ上に飛んだそれを追って涼莉もまた跳ぶ。

 化生のたぐいなだけあってその跳躍力は人間離れしていた。ぶっちゃけ僕の身長の三倍くらいの高さまで跳んでいる。

 野生を感じさせるしなやかな動きで胸を目一杯まで反らして。



 ずどむっ!!!!



 頬をかすめた風。

 はらりと舞う千切られた髪。

 振り返れば砂浜深くに埋まったビーチボール。


 うん。

 可愛らしさと攻撃力は関係ないよね。


 衝撃波により高く舞い上がった砂が僕ら三人に絶望の雨として降り注ぐ。

 数秒間それに打たれて、頭に数センチの地層を作った僕ら三人――僕、夕陽、大地――はひとまずひとかたまりになって座る。座った場所はコートの真ん中。ビーチバレーの僕らの側のコートの真ん中、だ。


「……おいどうすんだよ、ビーチバレーで迫撃砲を迎え撃つなんて経験俺にはねえぞ」

「そんなの僕にだってないよ! ああもう、姉さんが能力制限なしのビーチバレー大会やるなんていうから」


 案の定。

 言いだしっぺは姉さんである。

 よりにもよって能力に制限をつけないどころか全力で使うことを推奨しているのはどういうことだろうか。僕らを本気で抹殺しにかかっていると言われても納得できるんだけど。

 相手のチームは涼莉、十乃ちゃん、綺月と、戦力的に言えば極大、微、絶大、といった所。無論、ビーチバレーの戦力としてではなく、物理的破壊能力の意味で。


 勝ち目がないというかそもそもビーチバレー、スポーツとして成立しない。直撃したら四肢が弾け飛ぶようなサーブをどうすればレシーブを返せるのか。


「夕陽でもむりなの?」

「涼莉ちゃんの全力があれならどうにかなるが、お前相手じゃないときって手加減のタガが緩むだろ、あのコ。正直本気の全力はポチとタマがいねえと触れることもできんぞ、俺は」


 だよねえ。

 涼莉、今は勝負というよりも楽しいという感情が優っているおかげで、僕相手にも手加減はできている。まあ、手加減してビーチボールが迫撃砲なんだけど。

 が。彼女の負けん気強い性格のせいか、僕ら家族以外を相手にすると途端に『マジ』になるのだ。まあ、それを越えてブチ切れするのは僕ら家族に対してのみという、なんというか、こう。

 受け止めるボールがいちいち重い。別にいいけどさ。


「大地は? ほら、涼莉の打ったボール出し、なんかこう、未来的な煩悩のあれがこれでどうにかなれば?」

「最後投げやりにも程があるで御座るなっ?! だいたい拙者は、ああやってはしゃぐおなごを眺めていられるだけで昇天するような幸せに御座るから、煩悩は既に満たされておるが故」


 …………、埋めようかな、この人。

 なんかこう、色々と、うん。

 腹の底がむかむかするなあ。


「…………ごほん。まあ、空殿の視線が本格的に怖いので自重はさせて頂くで御座る。

 が、正直拙者にもどうしようもないで御座るよ。時間を止めようが巻き戻そうが、返すためにはあちらが与えたエネルギーをどうにかしなければならぬで御座るからなぁ」

「そりゃそうか」


 ううむ、しかしこれはどうしたものか。


「……まあ言っても、あっちのコートに混ぜられるよりは数倍マシだけどよ」


 そういう夕陽の視線の先では。



 無数の斬撃が天を斬り刻み。

 琥珀の光が時空を湾曲させ。

 闇色の翼が世界を飲み込み。

 数多の異能が理を蹂躙する。


 そしてそしてコートの中を逃げ惑う、一般人のメイド姉妹。



 いやあれいじめだろどうすんだよ。もはやボールにも触れられずだからと言って生真面目な性格のせいでコートから逃げることも出来ず、ひたすらに翻弄されてるんだけど。

 千影さんはそれでも主人たる光璃さんのサポートをしようと必死な辺り、ああ骨の髄までメイドなんだなあと尊敬すると同時、その目が遠くを見て現実逃避してるのを見るとそれで自己を保ってるんだなぁとか思わなくもない。

 百羽さんにいたってはガチ泣きである。それでも必死でボールを追いかけるけれど、周囲を荒れ狂う大規模な能力に怯えてまともに動けず。動いているのはむしろそっちがボールだろと言いたくなるような大きな、


「空ァ?」

「はいなんでもありません!!」


 向かいのコートの幼馴染みから凍てつく殺気が飛んできた。たまに思うんだけど綺月は絶対僕の思考を読んでいると思う。


「しかし百羽どののあの表情と胸はたまらんでござるな!!」

「君は本当空気読もうね?!」


 泣くからね僕。


「まあ、あれはあれでちゃんと気を使ってるからいいんじゃないかな」


 絶対に巻き込まれたくないビーチバレーだけど。

 あれでお互いの能力が世界に悪影響を及ぼさないよう能力を干渉させ合っているのだから、ある意味ハイレベルな戦いだ。どうせならビーチバレーでハイレベルを競えと思わなくもない。


「で。やっぱりかわってくれないの、リリス」

「んー。昨日の肝だめしで疲れた」


 リリスは浜辺にぐでーっと突っ伏していた。その長い髪もだらしなく広がっている。なんというか、うん。勿体無くてなんとも言えない気分になる。


「……ねえ綺月、チーム編成しなおすっていうのは」

「翼姉さんの決定に真っ向からは向かう勇気があるんならいいわよ」


 ですよねー。

 チーム分けは姉さんが勝手かつ強引に決めた。なんかこだわりがあるらしく意見反論の類は聞き入れてもらえず、このような塩梅だ。


「正直涼莉が全力でサーブ打ってくるっていう事実で既に心が挫けそうなんだけど」

「じゃあ猫娘のサーブは諦めて、わたしや十乃ちゃんの時に点を取りに来なさいよ」

「いや涼莉以上の規格外だよね、君」


 白い肩を軽くすくめて、端正な表情を皮肉さを感じさせず、それでも皮肉な笑顔を浮かべるという器用なマネをする綺月。

 うん。ぶっちゃけ涼莉以上に手が付けられないのが綺月なわけで。


「別にさあ、理不尽だとは言わないよ。自分の生来持っているもの――言ってしまえば特技を存分に発揮しているだけなんだしさ」


 加えて言えば、意識して過剰なまでに抑えつけなければならない力を持つ綺月は、他の人達より遥かに繊細なバランスによってその立ち位置を保っている。多少のガス抜きはむしろ僕のほうが望むところ。なのだけれど。


「だけどさ、こう。うん。ぶっちゃけ手加減して下さいお願いします。なんなら土下座でも何でもするから、大地が」

「空殿、飛び火! 飛び火!!」

「そこはほら、何一つ疑われる事なく女子を下から見上げるアングルで観察できるチャンスだと思って」

「さあ土下座と言わず五体倒地あるいは砂にさえ埋まる覚悟は極まって御座る!!」

「全力でいりませんから。だから穴を掘らないで下さい」


 自分で言っておいてなんだけど、実際に大地がそんな事始めたら誰でもなく僕が蹴り入れることになるんだろうな。僕も大概理不尽極まりない。


「まあ実際、勝負になってないんだから何かしら方策は取るべきだと思うぜ、俺は」

「そうねえ……猫娘は楽しそうだけど、それだけってのもね。あのコもいい加減、勝負の楽しさを覚えなきゃならないでしょうし……って何よ空、」

「…………いや別に」

「別にって割にその気持ち悪い笑顔が無性に腹立たしいのだけれど」


 気持ち悪いて。ひどいな。

 無邪気な妹を気にかける世話焼きなお姉さん、といった風に見えてなんとなくほっこりしただけなのに。


「空ー、つづきはしないの?」

「ゲーム終わらないですよ?」


 そうこうしているうちにゲームの中断に耐えられなくなったのか、涼莉と十乃ちゃんがやってきた。

 年齢的にはほぼ同年代のはずなのに、こうして並ぶと十乃ちゃんの方がやや歳上に見える。まあ、中身というか性格は年相応なのだけれども。

 三人並ぶと一番年下のハズの十乃ちゃんが一番年上に見えるというのは、なんと言えばいいのやら。


「…………てい」

「いたっ! ちょっと綺月、いきなりグーパンはなしでしょ」

「だって空、今何か失礼なこと考えてたもん」

「……………………」


 だから。

 君はなぜ、僕の思考を読むのかと。


「はぁ……ひとまずね、涼莉」

「うん」

「君のサーブ、受け止めたら僕、爆発するんだけど」

「うにゃ?」


 なぜ首を傾げる。


「……でも空だよ?」

「いやうん、僕だから手加減してもらわないとそりゃあもう悲惨な事になるんだけど」


 正真正銘、今の僕には何の力もないわけで。


「にゃ? でも、空なの」

「いやだから」


 って、え、ちょ。


「……そら、なのに……ふにゃ」

「えええええええ! いやちょっと待って、今のやり取りの中になんかまずい所あったっけ?!」


 なんと涼莉が両目に涙を浮かべ始めた。

 ちょ、ま、あ、え?


「ああ、まあほら、あれよあれ」


 綺月が呆れたという風に深く息をついた。


「つまりあんたに対しての絶大な信頼を無碍にされて悲しいんでしょ、このコ」

「………………」


 何その、何。

 やけに重い上に応えてあげないと無駄に良心の呵責を感じる真相。


「えぐ……うぐ……ふにゃぁ……」

「いや、あのね、だからね、涼莉」

 さすがに泣くなんて思わないし泣かせたいわけでもない。

 どうにかして涙を止めたいと思うけれど一体僕はどうしたらっ。


「あーあーあーあ。なーかしたなーかした、つーばささんにチクッたろー」

 おいこら夕陽。

「幼女の期待に答えないとか存在として価値を捨てにかかって御座るな」

 てめえ大地。


 くそう。このふたりひとごとだからって勝手なことを!


「すずちゃん……だ、大丈夫ですっ! そらおにーさんがすずちゃんのお願いを聞いてくれないわけがないですもの! ねっ!!」


 キラキラとした純粋な視線からサッと視線を逸らした。

 ちょっとまぶしすぎて若干すさんだ僕には耐えられない輝きだった。

 いや、なんていうか、ね。


 純粋すぎんだろうちの年少組!!


 ちらり、と視界の隅っこに二人を入れる。

 俯いて雫をこぼし続ける涼莉と真っ直ぐな信頼を込めて僕を見る十乃ちゃん。


 キラキラキラ。

「えぐっ、うぐっ……にゃう……」


 うぐっ。


 キラキラキラキラ。

「ひぐっ……にゃっ……」


 キラキラキラキラキラキラキラキラ。

「ひっく……ふぇ……ぐす……っ」



 う。

 ううう。

 ううううううううううううううううううううっ!!!



「よ…………よっしゃあ! 全力でレシーブしてやらあサーブ打ってこいやぁ!!」



 ヤケになって叫んでみた。

「にゃぁっ! 空、空、本当なのっ」

 ぱっと顔を上げた涼莉の両目から、雫がきらきらと光を弾いて散っていく。

 笑顔が咲いて、喜びを全身からオーラのように発散させていた。

「ほら、ほら、すずちゃん、やっぱりですよ。さすがそらおにーさんなのです!!」


「お……おおおおおおう、任せとけ!」

「にゃあっ! ありがとうなの! 空、大好きなの!!」


 どふぅっ! と思い音と衝撃を伴い突進もとい抱きつく涼莉。今の時点で僕のライフは五割を割ったわけだが。

 ぴったりと体の前面をくっつけて耳と尻尾をぴこぴこぶんぶんと揺らす姿は微笑ましい。のだけれど、衝撃で僕の意識は既に半分幽体離脱気味なんですよ。まあおかげで無防備に密着された肌や水着の感触から意識が逸らされてるのですが。

 ぐらぐらと揺れる視界の端っこで、綺月は頭を抱えていた。

「…………甘すぎ」

 うん。そうだね。

 僕もそう思うよ、大概。





 と、言うことで。


「そーらー! いっくのーーーー!!」

「あ、あははははははっ! もうね、どんとこいやぁ!!」


 ええ、やけくそです。

 ちなみに夕陽と大地は現時点ですでにコートの外へと避難している。十乃ちゃんは元気にうでをぐるぐる回す涼莉をにこやかな笑顔で見やっており、綺月はといえばこちらもコートの外から僕へと憐れみの視線を向けていた。

 若干棘が含まれていない気はしなくもないけれど原因は不明である。

 ともあれ。


「ふふふふふ……僕今日死ぬのかな」


 いやもうね、既に無数の感情が極まって視界が滲み出しているのですよ。

 今の涼莉に常識的範囲での手加減など求めるべくもなく。ぶっちゃけテンションのままに盛大なサーブを打ち込んでくることは想像に難くない。つうか想像したくない。


 ……あははは、走馬灯のように今までの楽しかった日々が……日々が…………。


 ……………………。


「う、うおぉぉぉぉっ! まだ死んでたまるかああああっ!!」


 なんか色々思い出したら諸々納得できなくなった。


「おいなんかいきなりやる気出したぞあいつ」

「大方走馬灯の中身が納得いかないものだったんでしょ。ほら、わたしたちのとばっちりって大抵空に飛んでいくようにできてるじゃない。なんか世の中が」

「ああ、なんか世の中はそんな感じだよな」

「わたしたち的には楽だけど」

「ああ、俺達的には楽だな」


 おい。

 おい。

 君ら幼馴染みで親友だろうに。


 一番何が腹立つって、ふたりの言っていることに納得して反論ひとつできない自分だけども。

 危機回避能力の低さは本当、このメンバーの中では際立っていると思う。


「いやあ、この面々に普通に混じっている時点で回避は出来なくとも管理は相当できているかと」


 さようか未来人。


 ともあれ。

 僕のやることはこれで決定した。

 涼莉のサーブをいなし、さらには返す。これだ。

 ただ受けるだけでは敗北主義者のそれにすぎない。その先を行ってこそ勝利への道筋に立てるのだ!


「……おい、あいつなんかヤベェ眼つきになってきてるけど」

「また変なトリップ入ってるんじゃないの」

「そらおにーさん、かっこいーです!!」

「「えぇっ?!」」


 外野の会話をシャットアウト。ひたすらに涼莉の動きに全神経を向ける。それ以外の要素はすべて邪魔かつ不要なものとして切り捨てていく。

 そう、今この世界にいるのは僕と涼莉のふたりだけなのだ。


「っ。何か今凄まじく気に入らない考えを受け取った気がしたわ」


 ふぅ。

 ……いざっ!


「空、いくの!」


 涼莉が、ビーチボールをほうり投げる。

 その威力たるや、今までの比ではない。残像を残してロケットのように天高く突き進む。


「にゃへっ」


 こちらを見て見惚れるような素敵な笑顔を向けた涼莉は、四肢を砂浜につけてふっと息を吐き、軽く胸を震わせた。尻尾と耳がぴたりとその動きを止め、静止画のような一瞬の後。


「う、にゃぁっ!」


 ぼふっ! と重い音を残してその姿が掻き消える。僅かに尻尾の残像を視界の上端に捉えた僕の視線は、それを追って天空へ吸い上げられた。

 その先には、太陽を背負い深い影となって浮かぶ、小さな小さな少女の姿。

 影の中にあってなお涼やかに輝く瞳は変わらず笑顔と信頼で塗りつぶされている。


 では、応えるとしよう。


 涼莉のさらに情報には、既に推力を失い落下するボールがあった。

 同様に推力を失いつつある涼莉の跳躍の頂点とふたつの影が重なるのは完全に同じタイミングだろう。

 推定十三メートル二十八。これが、僕が受け止めるべきサーブの開始地点の高さだ。

 なんだか色々とおかしい気はするけどよくよく考え無くてもおかしい事ばかり転がっているのが今のこのビーチなのだからこれはこれで正解なきがしてきた。僕ももうダメかもわからんね。

 僕はその場から後ろに一歩、左に三歩場所を移す。

 息を胸の中に取り込み、膝を軽く曲げ来るべき衝撃に備えた。

 地上に風はない。が、上空にはそれなりの風が吹いているようだ。涼莉の跳躍点と、現在地、ボールの位置などから判断できる。また、彼女は僕を狙いまっすぐに打ってくるだろうことを考慮にいれれば、自ずとサーブの着地点も見えてくるというものだ。

 両手を前に突き出し、うでを合わせる。


 そして。

 影が、重なった。

 瞬間。





 あの瞬間の事はよく覚えていないから、これは後から思い出したことを、なるべく詳細に伝えているにすぎないことを、先に言っておこう。

 あの瞬間。

 両うでが根っこからもげたと、そう思った。次に感じたのは、僕は場所選びに失敗したということだ。顔面か、胸か。とにかく腕ではない場所で受けたせいで、全身に衝撃が来たのだと。

 まあそんな事は当然無くて、きちんと腕でサーブを受け止めていたわけだが。

 涼莉のサーブを受けた両うでからの衝撃は全身を伝い、膝で受け止め、衝撃を受け流す。しかし限界はあり、どうしてもある程度の反動は覚悟していたのだが、それが予想以上だった。

 しかしそれでも受け止めることはできた。僕が次にしたのは、ベクトルを変えることだ。

 運動方向を変えなければ、この衝撃から逃れることはできない。僕が逃げては相手に返せない。故に、単にボールを受けるのではなく、その向きを逸らし、返す必要があるわけだ。

 僕は左右の足を前後にし、体の軸を斜めに向ける。腕の衝撃に合わせるように体を回転させながら、僅かにボールにも回転を加えることで運動ベクトルを制御下に置く。その材質、質量、密度から、そもそもビーチバレーは外的要因の影響を受けやすい。その性質のおこぼれに預かる事は悪くはないだろう。

 そして。

 その動きの全てを一点に集約させる。

 即ち相手のコートへとボールを飛ばすこと。そう、レシーブである。





「おおおおおおおおっっっ!!!」


 ばちん、と両腕からゴムが弾けるような音をさせながら、ボールは離れていった。


「や、」


 歓喜に、体が震える。

 思わずこぼれた歓喜の声。

 それよりも一瞬早く、僕ではない声が聞こえた。


「やったぁ!!」


 その声は、空から落ちてきた。あるいは、僕以上の喜びに包まれて。

 きらきらと。

 光の粒子を纏いながら落ちてくる彼女は。


「ほら、空! やっぱり空ならできるの!! 言った通りなの!!」


 加速度的に、近づいてくる。両腕を目一杯に広げて、体をまっすぐに、弾丸のようになって。

 風にたなびく耳と尾と、暴れる髪をものともせずに、落ちてくる。


「空!」


 その軌道が、僕の打ち上げたボールとしっかりと重なることを、既に僕は理解していた。


「だーいすき、なの!!」


 両腕は上がらない。力がでないとかそういう問題ではなく、腕へ信号を伝えるルートが既に全滅しているのだ。

 故に。


 レシーブを返した相手からの、強烈なスマッシュのお返し。

 それに対応する力は、僕にはなかった。









 そして後片付けとかそんな感じで



 砂浜に座って夕日の沈む海を、ボケーッと見ていた。

「大変ねえ、空」

「そう思うのならもう少したすけてくれても良かったと思うんだ」

「そんな事したら、またあの娘がへそ曲げちゃうじゃない」

 いやまあ、そうだろうけどさ。

「隣、座るわよ?」

 返事はしなかった。わざわざするようなことでもないし。というかそれ以前に、聞かなきゃならないことでもないんだけれど。

「今日もずいぶん遊んだわねえ」

「昨日はイカ、今日は水の上を水切りみたいに跳ねて、散々だけどね」

 涼莉にスマッシュによって吹っ飛んだ僕は、海上を五、六度景気よく跳ねたらしい。らしい、というのは、涼莉のスマッシュを受ける前に目の前が真っ暗になったからである。

 ちなみに、そのまま海に沈むところだった僕は、その後ぐるぐると回転しながら空中を帰ってきたらしい。亀に乗って。今後、あの神様には頭が上がりそうにない。

「まあ、それでも五体満足なだけ空もずいぶん常識はずれよね」

「大地の言うとおりなのかもね、非常に納得の行かないところではあるけれど」

 一応、今はなんとかうでは動かせるレベルまで回復してきたが。

「回避はできないけど管理はできるっていうの? まあ、それも危なっかしい話よね」

 まあ正確には回避できないというより、避け得ないというところか。僕の人生とか運命に置いて、そういったものを避けて通ることはできないのだろう。なにしろ。

「……? な、なによ、いきなり人の顔なんかマジマジとみて」

「いや、ちょっとね」

 綺月はある意味で僕らの中で誰よりも、人の常識から離れたところにいる。そんな彼女がいる以上――そんな彼女といたい以上、僕が何かを避け、逃げることはできないのだろうから。

 そもそも今日のこれだって、僕の腕が無事だったりそもそもボールを返せたことも、あるいは彼女の意識か無意識が関わっている可能性を考慮せずにはいられないだろう。

 そんな。

 そんな、不条理なものを、僕の大切な幼なじみは、抱えているのだ。

「なによ、もう、気になるわね……」

 太陽が沈んでいく。

 僕と綺月の顔を赤く染めながら。元々がとても白いせいか、綺月の肌は夕陽に照らされて耳まで真っ赤に見えた。


 遠くを見ると、白い月が見えた。薄く、半透明の月は、薄青紫の夜空の中で、ひどく儚く見えた。



ということで定番のビーチバレー。

スイカ割りでも良かったのですが(というか一度書いたのですが)、いかんせんスイカと一緒に地球がやばいことになりすぎる。


最後不穏な空気を漂わせていますが、はてさて。

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