僕と姉さんと海へ至る道
これからしばらく、海での話が続きます。
今回はサービスシーンや水着とかはなしですけど。
結局参加者はかなりの大所帯となった。
みんなで海へ小旅行へいくまさにその日の朝。
結果として参加になったのは以下の面々である。
まず発案者である姉さんに、涼莉、僕、ましゅまろ。
続いてスポンサーである光璃さんとメイド三姉妹。
夕陽と綺月の幼なじみふたりに、クラスメイトの大地。
そして姉さんの友人リリスとリアさん。
最後にジュス様と、総勢十四名にもなる大所帯となった。これでも部屋に余裕があるのだから、日ノ影の家の豪勢っぷりがわかろうというものだ。ほぼ学生という面子を受け入れてくれた日ノ影の人たちにも感謝である。
一応引率責任者はリアさんとジュス様のふたりだ。既に僕が苦労する事が確定している組み合わせな気がしないでもない。
がたんがたんと規則的にもたらされる揺れのリズムはどことなく心地良く、適度に頼まれた気温と湿度の車内の空気と相まって眠りを誘うものだ。
本来なら。本来ならね。
「まあプチ修学旅行みたいになってるこの状況じゃあ、ねえ……」
苦笑交じりに言葉を漏らす。まあ、他の乗客に迷惑がかからない程度ならば騒ぐのは僕も好きだし、賑やかな方が楽しいのは多分誰だって同じだと思う。
ただそう。
なんというべきだろうか。
モノには色々とやり方があると思うんだよね。
「ねえ、姉さん」
「うん、なあに?」
僕の声に姉さんの返事が返る。正面から。姉さんの背中越しに。至近で。
「…………姉さんのチケット、ちゃんととってたと思うんだけど」
「うん、そうだね。空の隣だもの」
そして今、僕の隣の席には大量のおかしや遊びの小道具が散乱していた。明らかに人が座ることが出来る状態にはない。
では姉さんは今、どこに座っているのか。
「……僕の膝の上に座るのは、どうなの?」
「問題、あるかな?」
うーん。
「まあ別に問題って訳でもないけど」
後ろから「え、あれ、ないので御座るか?!」と大地の声が聞こえたけれどまあ気にする必要はないだろう。
けどねえ。
「……涼莉も真似してるんだけど」
「ママは良くて涼莉はだめなの?」
「……いやダメじゃないけどさ」
後ろで大地がバッタンバッタンとのたうちまわる音が聞こえる。黙れロリコン。そう思った二秒後、急に静かになった。
そういえば大地の隣はリアさんが座って電車に乗った二秒後には寝ていたっけ。眠るの邪魔されるの、嫌いそうだよね、あのひと。
というわけで、電車だ。
僕らは駅で集合して、そのまま電車に乗り込んだ。
十四人だけれどましゅまろに関しては荷物扱いで問題ないということでチケットも取っていない。今彼女は眠りこけるジュス様の枕がわりになっている。
ちなみにそのましゅまろをチラチラとやや剣呑な眼つきで気にしている光璃さんがいたけれど、うん、とりあえず放置しよう。
一体どれだけ嫉妬の範囲がでかいんだろうか。昔は僕の血を吸った蚊相手に阿修羅の如き怒りを見せていたけれど。
席割は、ジュス様が一人前の席に座り、残りは四人ひと組で集まっている。
まず僕とその隣に姉さん、葉月と涼莉。
その後ろに、大地と夕陽、リアさんとリリス。
最後の四人の席に光璃さんとメイドさん達。
だったんだけど。
電車が出発していきなり、姉さんは荷物を全部椅子の上において僕の膝の上に座った。
すると涼莉も姉さんの真似をしたくなったらしく、僕の膝の左右にはそれぞれ姉と妹みたいな猫娘が座ることになった。
そうしていると今度は十乃ちゃんがやってきて、涼莉の座っていた席に座ってしまった。
千影さんはみんなのお世話で席に座っている時間の方が長いし、リリスはあっちをうろうろこっちをうろうろ。夕陽と大地は馬鹿話をしつつ、たまにリアさんにツッコミという名の折檻を受ける。
光璃さんはたまに念動力でましゅまろにちょっかいをかけ、百羽さんはそれに遅れて気づきわたわた慌てて胸を揺らす。いや胸関係ないけど。
とまあ。
旅行開始一時間も経っていないのに、割といい具合に収集がついていない。
「光璃さん、目的地まではどのくらいかかるんでした――いやいや社内で火はマズいですって」
いつの間にか嫉妬の感情がそのまま炎として彼女の回りをゆらゆらと回っていた。
「あら、ごめんなさい。漏れてしまっていました。恥ずかしいですね」
うっすらと頬を染める光璃さんはやはり綺麗だ。綺麗だが、それはなんというか美しい刃物に目を奪われるような感覚である。油断すると刺される。
ていうか発言内容がなんかアレなんですがこの人意図的なのか天然なのか。
そんな光璃さんを見て、姉さんがこらえきれないといった風にわらった。
「む。翼ちゃん、人の失敗をそんなふうに笑うのは行儀が悪いですよ」
「あははは。ごめんごめん! でもね、これでもあたしは嬉しいんだよ。ずいぶん自分に素直になったよね、光璃は。
うん、うれしいよ光璃」
「……翼ちゃんはいつもまっすぐですね」
呆れたように言うけれどきっと照れ隠しだったんだろう。頬を少し染めてはにかんでいた。
と。
「そういえば……昔は空くんにも、ずいぶんと迷惑をかけましたね。まだきちんと謝っていなかったでしょう?
あの時は本当に、ごめんなさいね」
「ああいえ……まあうん、そのことはもういいですよ……というか、なるべく話題に出さない方向でお願いします」
思い出すと。
傷口が開くので。
「そういえば光璃さんが空に何をしたのかって、わたし聞いたことがなかったわ」
しかしそんな僕の心の声は綺月には届かなかったらしい。
やめてくれ、と視線で訴えるけれど、どうやら彼女は興味のほうが勝ったようだ。あと、なぜかこちらを見る視線に剣呑なものを感じる。
おかしい、何かしたのか僕は。
「あら、そうでしたか? ……まあそうですね、あえて言い触らすことでもないですし。
あの頃は私も自分に抑えが効いていなかった頃ですから色んなことをしてしまいました」
本当にね。
ずっしりと胃の中に重いものが沈んでいく。膝の上の涼莉がきょとんとこちらを振り返った。ゆらゆら揺れるしっぽの向こうで首をかしげている。
なんとなくその頭を撫でた。涼莉は訳がわからないといった様子だけれど、目を細めて耳をぴこぴこと揺らしながらそれを受け入れていた。
ああ、癒され――なぜか姉さんの視線にまで剣呑なものが。おかしい、一体この世界に何が起きているんだ。
あの頃。
確か、小学校六年生の、冬だったか。
光璃さんの家の地下に監禁されていたのは。
顔を合わせるたびに催眠、洗脳。
両手は縛られ食事はすべてなされるがままに『あーん』。
お風呂に入るのも一緒。背中の洗いっこをしないと脳に直接電流を流すペナルティが発生した。
お世話をしてくれた千影さんや百羽さんと、最低限以上の話をしようものなら、嫉妬とともに放たれる念力が壁をねじ曲げ、歪ませる。
部屋に現れた季節外れの蚊が僕の血を吸えば怒り狂って蚊をオーバーキルした上、負け時と僕の血を吸う。さらには僕に血を吸わせようとする。
エンドレスで光璃さんのプロモーションムービーがテレビで流れていて、それに関する問題を出される。間違うとペナルティなので完全に覚えないといけない。
一日一回四百字詰め原稿用紙三枚分の愛の言葉を提出。
監禁されてやることないのに交換日記とか嫌がらせか。
とまあ。
あいにくと、中学生ということを考慮に入れても救いようがなかった。真剣に訴えに出るかを姉さんと相談したね。
しかも姉さんの行動パターンを完全に読んでいるもんだから、さすがの姉さんでも僕を見つけるのに一週間かかった。
そして、僕を見つけた姉さんは――キレた。
姉さんと光璃さんのマジ喧嘩は、アレが最初で最後だ。
いや驚いた。まさか怒った姉さんに光璃さんが付いてこられるとは。
あれ以来、姉さんは光璃さんの矯正に着手したんだけれど……。
『まあ結局なるようにしかならないわけよね。ジュス様が来てくれなかったら、本当、最悪諦めざるをえないかなって思ってたんだよね、色々と』
幼なじみとして親友として、姉さんは光璃さんの事を危惧していた。だから、光璃さんの変化に心底安堵していた。
いくら姉さんの本気についてきた光璃さんでも、姉さんの全力には到底耐え切れるものではないだろう。だから、それを振るわずに済んだことを誰よりも安心したのは姉さんだった。
僕も過去の事は忘れられないしなかなか割り切ることはできないけれど、今彼女が変わったことについては心から祝福している。
だから頼む。お願いだから、ましゅまろに対する嫉妬をもっと抑えてくれ。椅子の肘掛けが今にも壊れそうなんです。我慢してください。
「…………ええと、なんて言うのか」
綺月も困った顔だ。
「想像以上というか想像の外の出来事過ぎてコメント出来ないんだけど。空よく生きてたね」
「体が平気ならいいって考え方は悪だと思うんだよね僕」
「そっか。それであの年は初詣に来てなかったのね」
いつも初詣は綺月の神社に行っているので、おかしいことには気づいていたらしい。
「ていうか新年早々死んだ魚のような目をしてたのはそれが理由だったのね……」
「まあ冬休みはあれで潰れたようなものだからね」
ところで。
僕の街には数年前に大きめの公園ができた。
綴喜ヶ原公園というその場所は、ある日唐突に森の一部が完全に更地になった場所に作られた公園である。
更地になったのは僕が小学六年生の冬だ。
だから何というわけでもないが。
目的地まであと一時間ほど。
ということで、電車の中でできるゲームをすることになった。
「…………いや、それはいいんですけど」
「どうしたんですか空さん!」
「はい元気いいね十乃ちゃん。それはいいんだけれど、僕としてはこの状況にあえて疑問を投げかけたい」
僕の膝の上には、相変わらず姉さんと涼莉。
十乃ちゃんは今は光璃さんの膝の上に座っている。つまり光璃さんがこちらの席に移ってきた形だ。
で。
「…………納得がいかないわ」
「ごごご、ごめんなさい綺月ちゃん!!」
「いえ、別に先輩が悪いわけではありませんから……」
百羽さんの上に、綺月が座っていた。
とりあえず。
「綺月さん、前見えないでしょうそれ」
「ええ、困りましたね」
声から察するに言うほど困っている様子はない。
十乃ちゃんは小学生とは思えないほど全身の発育が進んでいるので、一般的な背丈の光璃さんの膝の上に座ってしまうと、完全に視界を覆い隠してしまうのである。
そしてその隣りは、むすっとした顔の綺月に百羽さんが気を使う、という構図になっている。
こちらは綺月の身長が低いおかげで、視界を覆い隠すようなことに放っていないものの……どうも綺月は、頭の後ろに当たる柔らかな感触二つが気になっているというか気に入らないというか。
うんまあ。
「じゃあババ抜きにしようか」
「姉さん僕の疑問は全力でスルーされる運命でなきゃいけないの?」
「この状況いやなの?」
「そんな事はないけど」
「だよね? はい、これ、空のカードね」
手札を姉さんから配られる。
ちなみにこれはチーム戦だ。姉さんと涼莉、綺月と百羽さん、光璃さんと十乃ちゃん、そして僕。
以上五チームによるチーム戦となっている。
うん? なぜ僕がひとりかって?
……女のコの集団に男がひとり混ざったら大体こんな扱いだよ。
「空殿、不満なら拙者が! 拙者がその場所を代わるで御座るよ! ネコミミロリを膝の上に、膝の上にいいいいいいいいいああああああああああああああっ!!!!」
ちらりと後ろを見ると、大地が座っていた場所には青色のマントでぐるぐる巻きにされた何かがおいてあった。さらにそのマントには魔法少女チックなステッキが無数に突き刺さっていた。
その物体の正面に座っていた夕陽はあくびを一つして。
「食うか?」
と、スナック菓子をさし出してきた。
ありがたくいただくことにした。
「じゃあ始めましょうか」
「うん……うん? あれ?」
なにかがおかしい気がしたけれどそれが何かがわからない。
ううむ……謎だ。
「……おまえ、本当、翼さんが絡むと……」
夕陽が後ろでなにかつぶやいていたけれど、よく聞き取れなかった。
ぐるぐる巻きにされたものがうーうー唸っていたから。
すい、と缶ジュースが差し出された。
缶から手を辿った視線の先は、千影さんだった。
ああちなみにさすがに今日はメイド三姉妹は私服だ。それでも『別に服が仕事をするわけでもありませんから』という理由でメイドとしての役割を果たそうとする彼女は、尊敬できると同時に頑固だとも思う。
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。正直に言えば、こうしていないと逆に気疲れを起こしますから」
そういうものか、と思う。
まあ僕も姉さんがいないからと家事に手を抜くきにはならないし、それと同じことだろう。
もう一度感謝の気持ちを視線で示しつつ、もらった缶を見る。
吐露非狩古鬱
……実は僕はみんなに嫌われてるんじゃなかろうかと。
なんか本気でそんな心配がさ。
ね?
「空、ほら、空の番だよ」
「え? あ、ああうん」
姉さんに急かされる。
僕は十乃ちゃんの手札からひとつトランプを引く。スペードのジャック。捨てるペアはなし。
ちなみに現状はすでに三戦目。勝負はポイント制で、一位から順に三、二、一の点数が入る。そして現状、僕の点数は、四点。
他のみんなは三点なので、一歩リードしている形だ。
とはいえこれはもう運ゲーなので油断はできない。いや神経衰弱やブラックジャックなら勝てるのかといえばそれも難しいだろうけど。
とはいえ勝負事で簡単に負けてしまうのも悔しい。
なんだかんだで僕も勝負事には熱くなるタイプだ。負けず嫌いというべきかも知れない。
最低限、相手の表情を読んだりはしているんだけれど……ううん、十乃ちゃんは表情が読みきれないんだよね、いつもニコニコしているから。
もっと追い詰めてくればそのへんも分かりやすいのだけれど、単純にこうして遊んでいることが『楽しい』というのが彼女の一番の感情らしく、表情に一番強く出るのがその部分なのだ。
と。
「ふむむむ。うん、じゃあ涼莉、それ、取って」
「はいなの」
僕の手札から、涼莉が一枚カードを引く。
すると。
「はい、上がり」
「わー! ママすごいの!」
「ふふん、褒めて褒めて。もっと褒めて」
姉さんペアがこれで上がり。ポイントは六点。これで一気にトップに躍り出た。
「あらあら、翼ちゃん、順調ですね」
「翼ねーさんの事だからなにか変なコツでもつかんだのかしら」
「へへん、ないしょだよー」
胸をはる姉さん。あまり人の膝の上で動くのはどうかと思う。色々と。
のけぞったせいで頭が僕の顎に当たる。柔らかい香りが漂ってきた。
「にひひひ、空、涼莉の勝ちだよ!」
涼莉が僕に体をあずけるようにして見上げてくる。その表情は自慢気だ。
揺れるしっぽが僕の頬をペシペシと叩く。それはいいけれど、うれしいからって跳ねるのはやめようね、涼莉。腰の上でぴょんぴょん上下にはねられると、周りからすごい目で見られるんですよ何故か。ええ、何故か。
「まだまだ、勝負は途中だよ」
勝負は五番勝負。最後にもっとも取得点の高かった人の勝利だ。
姉さんも頷いて。
「そうだね! 罰ゲームを受けないためにも、油断はできないよ、涼莉」
なんか変なことを言い出した。
「……姉さん、気のせいか今、やたらと物騒な単語が聞こえた気がするんだけど」
「ほえ?」
「そうですね……なにやら初めて耳にする単語でしたけれど」
「あ、ああああの、わ、わたしも初めて、です……」
ですよね。
言ってなかったですよね、それ。
「姉さん、僕ら罰ゲームがあるなんて聞いてないよ?」
「あれ、そうだっけ。あははは、忘れてたよ、ごめんごめん。でもさ、やっぱり罰ゲームとご褒美がある方が、面白くない?」
や、それは賛成するけれど。
みんなの顔を見る。年少ふたりを除いて、不安がみえた。いや、光璃さんの顔は十乃ちゃんに隠れて見えないけど、気配でなんとなく。
「翼ねーさん、そういうのは今回、なしにしましょう。さすがにいきなりで、心の準備ができてないもの」
「そそそ、そうですよ。そんないきなり罰ゲームだなんて、いきなり過ぎます」
「翼ちゃんの言いたいことはわかりますけれど、やはりルールは最初に周知しておくべきですし」
「んとね、十乃はどっちでもいいけど、お嬢様が反対してるからやっぱり駄目でした」
「……だってよ、姉さん」
僕らの総意は大体揃っているらしい。
姉さんもがっくりと肩を落とした。
「そっかー、まあみんながそう言うんじゃ仕方ないよね。
罰ゲームとご褒美はセットで一位の人が最下位の人に何でも命令できる、って言うのだったんだけど」
瞬間。
ゆらり、と綺月の髪が揺れた。
ぴたり、と百羽さんの震えが止まった。
きし、と光璃さん周りの空気が固まった。
うん?
あれ?
なんだ、これ。いきなり空気が。
重。ていうか、重。
なんだこれ。
みんなうつむいて、じっと固まってしまって。
そうして、しばらくして顔を上げたみんなは……笑っていた。
「ま、でもそういう要素がゲームを盛り上げるのは確かだよね空!」
「リスクを背負うことでゲームの要素も高まりますし!」
「それにやる気を促すことにもなりますしね」
「十乃はどっちでもいいけど、お嬢様がノリノリなのでいっちゃいましょう!」
「だってよ、空」
「あれなんかいきなりアウェーなんだけどおかしくない?!」
知らないうちに世界の法則が逆転していた気分だ。
「でもよくあることでしょう?」
「そうだねよくあるよねでもだからって慣れるわけじゃないんだよ?!」
しかし慌てる僕をよそに綺月たちと光璃さんたちはさっさとカードの交換を済ませてしまう。
綺月の手札から十乃ちゃんがカードを引く。捨てる。僕の前に差し出される三昧のトランプ。僕の手元には四枚。綺月たちは二枚。
……まずい、分が悪い。
しかしここでポイントがゼロという事態だけは避けなくてはならない。
くそ、まさか勝負が後半戦に差し掛かった状態からいきなり爆弾を投下されるとは。
カードを引く。ハートの四。手元にはクローバーの四。捨てる。
カードを差し出す。引くのは綺月だ。
その視線は真剣そのもの。それは、葉月を膝の上に載せている百羽さんも同様だ。普段の気弱な様子が消え、張り詰めた空気をまとっている。
みんなスイッチの切替早くないですか。
そうして。
涼莉が狙いすましたかのようにカードを引いて……それを確認もせずに、自分の手札の一枚を引いて、合わせて場に捨てた。
ハートとスペードのエース。
……いやあの。
「綺月、なんで僕の手札がわかったの?」
「そんなの、教えてあげるはずがないじゃない」
当然だった。
そうして。
「それじゃあ、私たちも上がりですね」
光璃さんは綺月の手元に残ったカードも引かずに断言した。
いやあの。だからですね。
「はい、おーしまいです」
十乃ちゃんが手元から一枚捨てる。それを確認した綺月は、ため息を付いて自分の手元に残ったカードを捨てた。
ダイヤとハートの八。
「いやいやいやいや! なんですか今の最後の流れ! ていうか光璃さんはどう考えても最後透視使ってましたよね?!」
「はいそれじゃあ次のゲームいくよー」
「やっぱり僕の疑問には誰も答えてくれないんだね!!」
そしてもはや僕の叫びに答えてくれる人さえこの場にはいなかった。
戦場だ。いつの間にかこの場所は戦場になっている……!!
「かわいそうに……」
夕陽の言葉はもはや諦めさえこもっていた。
結果?
うん、惨敗ですよ?
だっておかしいんですよ、聞いてくださいよ。なぜか分からないけれど、僕の手元にはとことん揃わないカードばかりが集まって、他の人は捨てるのが当たり前、みたいな空気なんですよ。
不正だとかルール違反だとかそういうものを超越した、もう何かしらのやりとりがあるとしか思えない流れで。
もうね、あれ三組が戦ってる横に僕がいるって言う、そういういたたまれない感じ。何なんでしょうねあれ。
僕もね、必死で抵抗はしたんですよ。
「はぁ……」
ため息。
「空ってば、ゲームに負けたのがそんなに悔しかったの?」
「で、ですが勝負の世界は非常なので、はい、その」
うんそーだね。一位になった君たちはいいだろうけどね。
明らかに僕の知らないところで異能が飛び交っていたババ抜きを制したのは、綺月と百羽さんのペアだった。
最下位は僕。
今日か明日にでも、彼女たちは僕に対する命令権を行使するらしい。
このふたりが一体僕にどんな命令をするんだか、ちょっと読めないあたりが怖い。どうか無理難題が降ってこないことを願うしかない。
と。
「さて、それではそろそろですから降りる準備をしましょうか」
光璃さんの言葉で、僕らは動き出す。
窓の外には夏の空と、緑と、遠くには光を受けて輝く海。
空の蒼と海の碧。そのどこか曖昧な境界線を見ていると、憂鬱な気分も吹き飛ぶというものだ。
さて。
旅行はまだまだ、始まったばかりだ。
オチではなくて次回に向けて。
駅を降りた僕らを待ち受けていたのは、一台のマイクロバス。
この人数を載せるために千影さんが手配してくれていたらしい。ありがたい限りである。ありがたい限りなのだが。
「なぜ、リアさんが運転席に?」
「なんでって、あの男が寝てるんだから仕方ないじゃん」
ジュス様は電車を降りる時も半分寝てた。バスに乗ったらいきなり寝た。まあ、いつもどおりである。
隣に座る光璃さんが嬉しそうだからまあいいとする。
「……免許、持っているように見えませんけど」
正確には日本の免許を。
すると彼女はあっはっはと軽く笑って。
「さ、乗りなよ」
「たまには僕の質問に答える人がいてもいいと思うんですよね!!」
「そんな事で泣くなよ男の子……」
だって誰も人の話聞いてくれないし!!
「はあ。
やれやれ。
あのねえ、免許免許っていうけれど、じゃあその免許を持った人間が一年の間にどれだけの事故を起こしてるとおもってるのさ。
免許があるから大丈夫、だなんていうのは危機管理の意識が弱いヤツの言葉だよ。むしろ扱えるからこそ事故を起こす訳なんだしね」
「はあ、なるほど」
「とういわけで、はよ乗れ」
「はい……ってだから質問に」
「はいはいはいはい! わーかーりーまーしーたー!! 持ってないわよこれでいい? はいじゃあ乗れ!」
「逆ギレ?! ていうかだめですよ! 免許のない人間に運転させられるわけ無いでしょ?!」
「残念でしたー! アタシは人間じゃありませんー!!」
「ガキかあんた?!」
「ああもう面倒だなぁ! あんまりグダグダ言ってるとアンタも荷物として荷台に積むよ!!」
うぐ。
ちなみに、電車でぐるぐる巻きにされたモノは相変わらずぐるぐる巻のまま、荷物として扱われている。
誰も何も触れない。ちょっと哀れだ。
「……わかりました。わかりましたよ。ただし、絶対に安全運転でお願いしますよ」
「任せなって。例えトラックに追突しても追突したトラックをぶち抜く位の保護をしてやるからさ」
「事故を起こすなって言ってるんですけど」
リアさんはきょとんとして。
破顔した。
「まあ寝てなよ。すぐ終わるから」
質問に答えてくれる人が、そろそろ欲しいと思う今日この頃だった。
ちなみに。
バスは千影さんが運転するつもりで用意したものでした。おい未成年。
それにしても光璃の本性は自分で書いていてやべぇですね。これでも相当マイルドにしたんですけど。
さて、これから海の話をとんとんと続けたいところですが、先日夏の祭典に当選していたのでちょっと更新速度落ちていきます。ご容赦を。