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僕と姉さんと金色の魔法少女

最近の魔法少女は、バリエーション豊かですね。

 うわあ。ハメられた。完全にやられたよこれは。

 僕はロッカーの中で頭を抱えた。

 最初から嫌な予感はしていたし絶対にただじゃすまないだろうとは思っていた。だから覚悟はしていたし油断もしていなかった。けれどそれでも状況の全てを予測し予見し対応し対処するなんてこと出来るわけがない。中学三年生にそんな事を求められても困るのだ。

 けれど、そうできなかったから今という状況があるわけで。



 ああもう、叫びたい。



 そう思うけれどそんな事出来るはずもない。

 だって。


「ちくしょう、あのガキどもどこへ消えやがった!!」

「探せっ! 何としても見つけろ!!」


 荒々しい男達の声が外から聞こえてくる。

 唯一の光源はロッカーの扉の薄い切れ込み。そこから外を覗くことはできないから想像しかできないけれど、きっと大慌てだろう。

 どたどた、がたがたと落ち着かない音が響き、声は一秒ごとに熱が上がってゆく。


 彼らの標的は、僕ら(・・)だ。


 そうしてしばらく待っていると、この部屋の人たちは全てどこかへ行ってしまったのか、静かになる。

 まあ、さほど大人数ではない上に広い施設だからねぇ。ひとつの部屋をしらみ潰しに見ていくと、必然的にひとつの部屋に割く時間は短くならざるを得ない、ってところかな。

 実際ロッカーの中を探られてたら危なかった。まあ、それは万が一にでもないことは分かっていたのだけれど。


「空、もういいよ」

「うん……ふう、空気が美味しいや」


 彼女の声に導かれるように外に出る。視界が急に広がって光に目が灼かれる。その視界の真ん中に、彼女が立っていた。


 アリア・イリス・リリス・パンドラ。

 巷では魔法少女マジカルリリスとか呼ばれている。

 日本人ではなく異世界人でもないが、かと言ってこの世界の人間かというと若干の修正が必要な、そんな出自を持つ彼女はそれにふさわしい能力を有していた。いやまあ、魔法少女的な力なんですけど。

 年齢は僕よりひとつ歳上で姉さんと同じ滝空高校の一年生。さらには姉さんと同じ部活である。

 肌は白く髪は金髪というべきなのだろうがむしろ黄色に近い。軽くウェーブのかかった髪は腰に届くほど長く、ところどころに枝毛が目立つ。

 身長は女子の平均よりやや高めでスタイルも良い。モデル体型といえば分かりやすいだろうか。

 そんなはっとするような彼女だがいかんせん表情と感情の起伏がとにかく小さい。

 藍色の瞳はいつだって眠たげで、質問をすれば若干の間が開くどころかそのまま寝てしまうことさえある。

 そんな彼女だが魔法少女としての活動の際はとにかく容赦がないことで有名で正義の味方であると同時に破壊の権化とさえ言われている。

 幸いにしてその正体は知られていないけれど知られたら感謝状より逮捕状が先に出るだろう。


 リリスは地味な私服姿。そして僕も私服姿。夏休みなのだから当然だ。

 で。

 なぜ夏休みに僕らが揃ってロッカーに隠れなければならないのかというと、実に単純明快な理由がある。



「しっかし、夏休みそうそう銀行強盗に出くわすなんて、なんて運の悪さだ」

「……きっと、空のせい」

「僕のせいにされても困るよっ」


 まあ、そういう事だ。

 夏休みに入って、いつもより家にいる時間も長いしどこかに出かける機会も多いだろうと、今後の予定を立てるためにもと残高を調べたりその他色々の処理のために銀行に来ていたのだ。

 ちなみに姉さんはさらに面倒な両親への夏の予定の聞き出しなどを行っている。いやほんと、世界のどこにいるかもわからない通信手段さえ持ち歩いていない相手とどうやって相談してるのか。


 で、だ。


 銀行へ来ていた僕は、そこでリリスと出会った。彼女もひとり暮らし。実家から振り込まれた生活費を引き出したりと色々あるらしい。

 ああ、そうそう。昔ながらの魔法少女的にありがちだが、彼女はひとり暮らしをしている。短期バイトも暇なときにこなしているようで、生活はそれなりに安定しているらしい。


 そこで夏の予定や他愛ない世間話をしていると、突然待合室の席にすわっている人たちが数人立ち上がり、銃を手にして言った。


『騒ぐな! 今すぐその場に伏せろ!!』


 と。

 まあ、映画などでよく見るパターンだ。



 で。

 比較的階段の傍にいた僕らだけれど、指示に従おうとする僕をリリスはいきなり引っ張って二階へと連れてきて、職員用の部屋――おそらく更衣室らしい――に押し入り僕をロッカーにぶち込んで自分もその隣のロッカーに隠れて魔法を使って見つからなくして隠れた、というわけだ。

 ちなみにロッカーにぶち込まれた際に鼻をしたたか打ち付けたけれど命に代えられないので怒ってなどいない。決して。

 そもそもリリスがいきなり走りだしたりしなければ逃げる必要もなかったハズだけれど、今更なので怒らない。怒らないってば。


 さて。それにしても銀行強盗か。

「さすがに銀行強盗の現場に遭遇するのは初めてだなぁ。ていうかこの街でそんな物騒な事件あまりないよね」

「うん。わたしも、初めて」

「……で。なんでいきなりこんなところに連れてきたのさ」

 職員用の更衣室は狭い。

 けれどそれ以上に息苦しいのはこの建物の雰囲気がすでに日常から乖離してしまっているせいだろう。


「うん。さすがにちょっと、驚いて、つい」

「ついでメチャクチャ目をつけられてるよ僕らいきなり命の危機だよ?!」

「てへ」

「可愛らしく舌を出さないで!」


 つい、であんな行動されてはたまらない。


「とにかく、お仕事。空も手伝って」

「ええ……? 仕事って、アレだよね、マジカルリリス」


 こくこく、と相変わらず眠たい表情で頷くリリス。


「いやいやいやいや。相手は銃を持ってるガタイのいい大人の人達だよ? 僕なんか機関銃を持っててもまともに立ち向かえないよ」

「……そうかな」

「そんな心底疑問みたいな顔をされても」


 僕は生来喧嘩ごととかは苦手なんですよ、リリス。

 それなのにしょっちゅう命をかけたやりとりに巻き込まれるのだから僕の運命は呪われているのではなかろうかとさえ思う。


「…………またまた。空すごく楽しそう。いつも。よく泣くほど笑ってる」

「泣くほど笑うことと泣き笑いを一緒にされたら困るんですけど」


 成分が同じでも意味が全く違う。O2とO3みたいな。

 というかね。


「というか相手の銃火器以上にリリスから身を守れる気がしない」

「……? 空は、味方」

「うん、そうだね」

「……味方には、攻撃しない」

「そうだね、直撃はしないよね」


 余波がとんでもねえんですけどね。しかもリリスの攻撃はなんというか、エゲツナイものが多い。


 単にそういった攻撃手段しかないのかと聞いたことがあるけれど『そんな事はない』と天に向かって直径十メートルほどの砲撃を放ったので、まあそういう事も出来るらしい。やめてくれと土下座して頼んだけれど。

 ちなみにその砲撃を地上に向かって放った場合、最初の一秒で半径三十メートルが原子レベルで分解し次の四秒で音速の二十倍の爆風が広がり始め最後の三秒で破壊範囲を収束、空間を削り取るという悪夢のような結果を生み出すらしい。

 試しにでもそんな物騒な攻撃を放たないで欲しい。


 ちなみに、その日某国の軍事衛星が謎の攻撃を受けて完全消滅したらしい。

 未だに原因不明である。


「で」

「……うん」

「リリスはあいつらをぶちのめすの?」

「ぶちのめす、だなんて……。ただ、こぶしでわかりあう、だけ」


 彼女の魔法少女スタイルはとても少年漫画的だ。


「それに、急いだほうが、いい」

「え、なんで? ああ、まあそりゃあ、用事を終えた犯人たちがなにするかわからないしね」


 そういった僕に、リリスはふるふると首を横にふった。

 そうじゃない?

 ではどういう事だろうか。


「翼が、来る」

「――――――――――、そう、か」


 そうだ。それはそうだ、当然だ。

 今日僕がここに来ていることは姉さんも当然知っている。姉さんに言われてやってきたのだから。

 だから。

 もしこのことがニュースになって……いや、もうなっているだろう。

 だからタイムリミットは、姉さんがテレビなりラジオなりで、この事件を知るまで。それまでに片付けないと。


「何がどうなるか、わからないよね」

「うん」


 なるほど。なるほど。

 これはたしかにまずい。

 相手の言うとおりになんてしている場合ではなかった。リリスの判断は正しかった。


 姉さんが、僕がこんな危険なことに巻き込まれていると知ったときに何をするのか。

 正直に言おう。



 僕にも、わからない。

 何が起こるのか、起きてしまうのか。何ひとつ、予想ができない。

 ただわかるのは。

 ただでは、終わらないということだ。





 と、いうわけで。

 僕はその場でリリスに背中を向けた。

 すると。


「……チェンジ・スタイル・オグジュアリー」


 その声と同時に、きぃぃぃん、という効果音。黄金の光が溢れる。そして。


 ちゃちゃらっちゃた~、ちゃちゃちゃちゃ~ん、ちゃーちゃーちゃーちゃー

 だららら、だらっ、だらったたらー

 でーでーでー、ででー

 きゅいーん、ででっ

 じゃんっ


 というミュージックがどこからともなく流れて、消えた。

 ……毎度ながらどこから流れてくるんだろう、あの音楽と効果音。

 謎だ。

 そうして、振り返る。


「魔法少女リリカルリリス参上ー」


 相変わらずのローテンションのまま、リリスが両手を上げる。

 しかしながらその姿は先程までとはまるで違っていた。

 全身にまとう衣装は先程までの地味な私服姿から一変、フリルと宝石をふんだんに使った華美なものへと変わっていた。

 メインカラーは髪の色を意識した黄色。白と赤がところどころにアクセントで入っている。

 胸元を大きなリボンが飾り、不思議な輝きを宿す藍色の宝石が中央に嵌っている。

 髪型は宝石のついた髪留めで後ろで左右に分けており、ウェーブはより大きく、紙の枝毛も消え去り艶やかな光を放っていた。

 また、杖ほどの長さの柄を持った宝飾の長剣を両手に抱えている。

 相変わらず眠たそうな表情のままだけれど、先程までとは全く印象が変わっていた。


 これぞアリア・イリス・リリス・パンドラのもうひとつの姿。魔法少女マジカルリリスである。

 そして先程の光と音楽は変身シーンというわけだ。

 今まで見たことはないけれど、やっぱり裸になるらしい。まあその裸も光に包まれて見えはしないというけれど。

 一応。ね?


「さあ、行こう、空」

「……ああ、うん、そうだね」


 毎度釈然としない魔法少女の生体に首をかしげながらも、その意見に賛成し部屋を出よう――とする前に、扉が外から開かれた。


「ったく、何だってんだ今の馬鹿みたいに明……る、い、音楽……は……」

「あ」

「え?」


 いかにもガラの悪そうな男が、長大な銃を肩に担いで入ってきた。

 その眼の前にはリリスと、後ろに僕。

 突然の事にお互いに黙りこんで――しかし最も早く復活したのは、入ってきた男だった。


「て、てめえらさっきのガキ――」

「あ、だ、駄目だ!!」


 僕は制止した。

 まずい、刺激してはいけない。

 僕は声をあげようとした彼を助けようとして――届かなかった。


「マジカルスプラッター」


 きゅぴ~ん


 リリスが腰に手を当て。

 可愛らしい音が響いて。

 どかん、と轟音が響き。

 扉の周囲の空間ごと、入ってきた男が吹き飛ばされて反対側の壁を突き抜けた。

 あとには、星型の光と花のエフェクトが弾け。

 びしゃあっ、と赤い液体と赤い物体が飛び散る。



 あ。

 やべ。

 もう吐きそう。



 口元をおさえる僕。

 一瞬でホラー映画も真っ青の光景をつくりだしたリリスは、ちょっと首をかしげて。


「……これは予想外」

「ぼくはもう限界だよ」

「仕方ない。さっさと次行こう」

「…………うん、そうだね」


 まあ、愚痴っても仕方がない。最初から覚悟は出来ていたし。

 すたすたと歩くリリス。足元の色々な物も気にしない。

 僕はため息を付いて、なるべくモノは踏みつけないように注意しながらその後ろを付いて行った。

 まあ。

 あのくらいなら、二十分程度で復活するだろう。





 次の強盗犯はすぐにやってきた。

 当然だ。爆発音を聞けば何かが起こったのだとすぐに分かる。


「おい、今の音は一体……て、てめえら?!」

「マジカルトラウマボックスー」


 可愛らしいポーズとともに剣がくるくると回転。そのまま床に突き立てられる。

 同時に、ファンシーな柄をした箱が唐突に現れ、強盗犯を閉じ込めた。


「お、おいコイツは一体なに……う、うわあああああっ! や、やめろ、なんだこれ! ち、ちくしょう!! うわああああん!

 かあちゃん、かあちゃああああん! もう悪いことしねえよお、許してくれよお! うわああああああああああああああああああっ!!!!」


「…………だいのおとなが悲痛な泣き声を」


「ん」


 リリスは満足そうだった。



 その後もリリスは順調だった。


「マジカルワームプールー」

「マジカルブレインクラックー」

「マジカルボルケーノー」

「マジカルボードスクラッチー」


 等々。

 どれもこれも受けた相手の反応はだいたい同じだ。


「な、なんだこれ! なんだよこれえええ、ちくしょおおお、うわあああああ!!!」

「お、おおおおおああああっげげげげげえおおおおうぶぶうっぶぶぶぶぶ!!!」

「あああ、誰か、だれか助けてくれ! いやだ、こんなのいやだああああ!!!」

「耳が、耳が、頭が、嫌だよお、誰かあああああああ、ちくしょおおおおお!!!!」


 …………、毎度、思うのだけれど。


「あの、さ、リリス」

「……なあに?」

「もうちょっと、こう……なんか優しい対処法は、ないの?」

「……? どれも優しい。命にべつじょうはないし、後遺症も残らない」


 そうかもだけど。

 どちらかというと見ている方の精神にとんでもない負担がかかる。

 いや、どれもこれも見た目はファンシーかつリリカルでとても魔法少女っぽいのだ。星の光が舞ったり、花びらの渦が踊ったり。

 ただいかんせん、どれもこれも効果が泣ける。いちいち説明するのははばかられるけれど魔法の名前から想像できる通りだ。

 ただ、それでいてある程度時間が経つと全て元通りになるので、なるほどたしかにかけられたほうは安全だろう。


 今も背後から悲鳴が聞こえているわけだけれど、魔法の効果時間中はファンシーな音楽が流れているのでなんというかシュールだ。


「……空がどうしても、というのなら、ちょっと趣向を変えてみる」

「本当? ありがとう、助かるよ。あ、でもこの前みたいな魔砲はなしね」

「大丈夫。あれは戦略級」


 分類に戦略級とかあるんだ。

 一気に殺伐とし始めたな。


「……ちなみに、今まで使ってるアレは、何級?」

「あれは遊技用」


 ……どんな死亡遊戯がなされているんだろう、魔法少女の世界は。





 そうして、二階から一階へと降りる。

 二階からは相変わらず悲鳴が聞こえてきていた。

 そのせいか、一階は妙にしんと静まり返っていた。


 そして、僕らが姿を表す。


 強盗の男たちがさっと銃を向けてきた。


「くっ……ガキどもだと?! 一体どんなヤツが出てくるかと思ったら、どうなっていやがる! しかも、こんなワケのわからない格好をしたガキだなんて」


 おそらく中心核の男なのだろう。ひときわガタイのいい男が忌々しげに僕とリリスを見ていた。

 と、そこで、人質になっていたらしくひとかたまりに壁際に並べられていた客、及び職員がざわつきだした。


「ね、ねえ、ちょっとあの女のコ、もしかして……」「ああ、そうだ、間違いない」「嘘、俺実物なんて初めて見るぜ」「やっぱり」「じゃあ」「そんな」「ああ」「でも」「まさか」「やっぱり」


「ああん? おい、こいつらが何だって言うんだ!」

 男が初老の男性に銃を突きつける。

 男性はひたいに汗を浮かべて、それでも僕らの方を――正確にはリリスをチラチラと見て、答えた。

「あ、い、いえ。わたしも初めて見たので、確かなことはわからないのですが、もしかしたら」

 口をつぐみ、声を震わせて。

「魔法少女、リリカルリリス、ではないかと」

「魔法少女だあ」


 胡乱な表情を見せる男に向かって、リリスが三歩、前に出た。


「……そう」


 くるくると、剣を回す。


「わたしこそ、魔法少女リリカルリリス」


 ずざ、と、床に突き立てる。


「邪悪にふさわしい鉄槌を下すために今こそ――惨状」


 ちょっと待て今何か字がおかしくなかったか。

 と、ツッコミを入れるまもなく。


「う、うわあああああっ!」「そんなっ!」「誰か、誰かここから出してくれええ!!」「最悪だちくしょう!」「うわあああん」「いやあああ!」「ち、ちくしょうっ、今日は厄日か!」


 等々。

 うん、まあ。


「……大歓迎」

「いやリリス違うよあれ怯えてるんだよ!!」


 照れてる場合じゃないよ! もうどっちかっていうと敵側のポジションの反応受けてるからね?!


「それじゃあ、みんなの期待に応えて」

「いやだから……うわあ人質のみなさんの悲鳴がアップしましたよ!!」


 と。

 あぶないな。

 僕は足を踏み出して、リリスの襟首を掴んでこちらへ引き寄せた。


 ぱん、と乾いた音が響いてリリスの前髪がいくらか弾ける。


「ちっ!!」


 三人のうち、左にいた男がリリスを狙ったのだ。


「空、ありがとう」

「まあリリスがいないとこの場がどうしようもないのは事実だからね」


 リリスひとりなら、警察が来るまで待つという選択もあったのだろうけど。

 あいにくとこの場には僕がいるのだ。僕という時限爆弾が。

 そうそう悠長な真似はしていられない。


「それではまず、あなたから」


 リリスは剣を……投げ捨てたっ?!

 そのまま目にも留まらぬ速さで、今リリスを狙った男の懐へ飛び込む。

 男が驚愕の表情を見せた、次の瞬間。


「マジカルドラゴンスープレックスー」


 ゆるい声と同時に男の背後に回り胴に腕を回してつかみ。


 ――ぶんなげたああああっ!!!!



 どごおおおおおんっ!!!!

 と、音と衝撃波が走り、天井と床に蜘蛛の巣状のヒビが入る。


 肩まで床に埋まった男は直立の姿勢のまま硬直していた。

 それを一瞥もせず、リリスは両手でぱんぱんと服についた埃をはらった。


 カンカンカアアアン!


 どこからともなくゴングが鳴った。ぐっとリリスが拳を突き上げる。


「あ、あああ」「おおお」「うお――」


 うおおおおおおおおお。

 僕が。

 人質が。

 そして強盗犯が。

 その劇的な勝利に湧き上がる。

 歓声が上がり、みなが両手をふりあげ、拍手の雨を降らせる。


 そう。

 スポットライトを浴びて、その中央に立つ少女こそ、伝説の勝利を飾った魔法少女マジカルリリス――!!



「って、違げええええええっ! え、なにいまの、なに、わけわかんねえぞゴラァッ?!」



 強盗犯が叫んだ。

 僕らもはっと正気に戻る。


「……マジカルドラゴンスープレックス。相手をプロレスの雰囲気に引き込む魔法」

「な……に……」

「この技に魅せられたモノはその雰囲気に抗えない。どんな状況でもその勝利を祝うという魔法」

「く、くそっ! な、なんて魔法だ……」


 強盗犯があごまで流れた汗を拭う。

 人質たちもその恐ろしい効果に言葉を失い、対峙するふたりの強盗とリリスを凝視していた。

 僕もその光景に魅入られ、言葉を失い……いやまてなんかおかしいだろこの光景。

 たしかに今までの魔法とは毛色が違うけれどめちゃくちゃあほっぽいぞ。

 ノリよすぎだろみんな。


 そうこうしているうちにリリスは剣を拾って、構える。


「さあ、あなたたちの悪もここまでよ」

「ちっ! だが……」


 男達がさっと銃を向けたのは、人質たちの方だった。

 銃の標的にされた人たちはさっと顔色を青ざめさせる。


「……これでどうだ、魔法少女」

「やめたほうがいい。そんな事をしても、時間が過ぎるだけだから」

「……うるせえっ! てめえみたいなふざけたヤツに、邪魔されてたまるか!!」


 リリスはやれやれとため息をもらす。

 剣を投げると、床にあたったそれは黄色い光の泡になって消えた。


 そして。


「……翼、やりすぎないで」





「うん、わかってるよ」





 斬撃の雨。

 言葉にすると陳腐だけれど、目の前にそれが現れるともはや言葉も出ない。

 音もなく降り注いだそれが男ふたりを通りすぎると、次の瞬間。


「う――」

「――な」


 肉体以外の全てが微塵に切り裂かれていた。

 銃も服も靴も全て。

 必然。


「き、きゃあああっ!!!!」「ちょっと、汚っ!」「あら小さい」


 女性の悲鳴。しかしこれはまあなんというか、みたくないものを見てしまったがゆえのそれ。


「う、うおおおっ?! なんでいきなり服が、銃がああああっ?! はっ?!」


「マジカル――」


 完全に状況を喪失したふたりに、リリスの拳が迫り。


「雲を突き抜けフライアウェイ」


 アッパー気味の拳がふたりの腹に。

 それを受けてまるで花火のような勢いで天井を突き破って空へ昇る強盗犯たち。

 そして衝撃でガラスが割れて机がひっくり返り看板が落ちる。


 悲鳴。ああ無情。



 やがてすべてが収まって。

 天井を見上げていたリリスがこちらを向いた。

 相変わらず眠たげな藍色の瞳が、どこか自慢気に。


「ぴーす」

「まわりの惨状を見ろっ!!」



 リリスの評価は今後も変わらないだろう。


















 今度のオチというか後始末的な何か



「まったく、大変だったねー、空」


 自宅にかえって、せっかくだからとリリスを晩ご飯に招待した。

 食卓で姉さんがおもむろにそんな事を言ったのは、今日の強盗事件がニュースで流れた時だ。


「まあリリスが一緒だったから助かったよ」

 正直、彼らが人質をどう扱うかはわからなかったわけで。

 しかし。

「あの銀行、再開できるのかな」

「……大丈夫、マジカルボンドで直してきた」

「まあずいぶんと地味な作業をしていたけどさ」


 あの後。

 破片を適当に集めて謎の液体をふりかけて、穴の開いた天井やらヒビの入った床やらを直して帰ってきた。

 犯人も無事警察に引き渡されたしとりあえず一件落着だろう。

 まあ。


「犯人、大丈夫かなあ」

「問題ない」


 そうかな。

 捕まえに来た警察官に泣きついてすがりついていたけど。

 ああ。

 バラバラになった人は無事復活したらしい。

 マジカルスプラッター。スプラッターな目に会うだけで、あとできちんとどんなケガも回復する。

 まあその間ずっと意識があるらしく。


「リリスはなんて言うか、本当、もうちょっと魔法少女っぽいやり方を勉強したほうがいいよ」

「……? とっても、魔法少女」


 いやまあ。

 見た目はそうだしエフェクトも小道具も基本的にそれっぽいけど。


「魔法少女はプロレス技をかけたりしない」

「……でも、関節技はかけてた」


 リリスが何を参考にしているのかはわからないけれど、それは多分一般的な魔法少女ではない。


「もっとこう、一般的なやつがいいと思う。まあ、僕もどんなのがあるのかはあまり知らないけどさ」

「そうだねー、わたしも魔法少女のマンガはみないからわからないけど、手品の幅を拡げるのは面白そうだよねっ」


 姉さんはリリスの魔法少女を手品だと認識している。光璃さんの超能力も同じく。

 ……どっからどうみてもその解釈は無理があるだろ。


「…………。考えてみる」


 こくこく、と頷くリリス。

 これで少しでも魔法少女チックな魔法少女になってくれれば。



 …………そう思っていた僕が馬鹿だった知るのは、まだ先の話。



思ったよりも書きやすかった魔法少女マジカルリリス。

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