表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【後編】オランダ洞窟の真実 ~徐福と大和朝廷~  作者: 如月妙美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/17

第八章 地底湖の発見と石棺の謎

 最新の水中探査技術により、調査団はついに洞窟の最深部にある地底湖に到達した。そこで目にした光景は、研究者たちの想像を絶するものだった。

 透明度の高い淡水の中に、二つの精巧な石棺が沈んでいる。石棺の様式は明らかに中国古代のもので、表面には龍と鳳凰の浮き彫りが施されていた。これほど精密な石棺が、南国の島の地底湖に存在することは、常識的には考えられない。

「間違いありません。これは前漢時代の皇室様式です」

 劉教授の興奮は最高潮に達していた。石棺の材質は中国北方産の花崗岩で、運搬技術を考えれば、これらが中国から持ち込まれたものであることは確実だった。

 水中カメラによる撮影の結果、石棺の一つには「徐福」、もう一つには「シネリキヨ」という文字が刻まれていることが判明した。奏上文の記述通り、徐福夫妻がこの地底湖で永遠の眠りについていたのである。

 さらに驚くべき発見があった。石棺の周囲に散乱している多数の人骨である。これらの年代測定を行った結果、大航海時代、江戸時代、そして昭和初期の三つの時期に分かれることが判明した。

「オランダ人の骨、江戸時代の琉球人の骨、そして昭和の軍人の骨…」

 法医学者の分析により、これらの人骨が異なる時代の犠牲者であることが確認された。つまり、徐福が設計した防御システムは、二千年間にわたって確実に機能し続けていたのである。

 特に注目すべきは、オランダ人と思われる骨の近くで発見された金属製の品物である。十字架のペンダント、金の指輪、そして航海用の羅針盤の残骸。これらは間違いなく十六世紀後半のオランダ製品だった。

「伝説は事実だったのです」

 花城教授は深い感慨を込めて言った。「四百年前、台風で難破したオランダ人たちは、確かにこの洞窟に避難し、そして二度と戻ることはなかった」

 昭和の軍人たちの遺品も発見された。軍用腕時計、階級章、そして坂崎博士の調査ノートの断片。これらの発見により、昭和初期の事件の真相も明らかになった。

 調査団は、これらの遺骨に対して丁寧な供養を行った。島の神女の協力を得て、仏教式と神道式の両方の慰霊祭が執り行われた。異なる時代、異なる民族の魂が、この地底湖で安らかに眠れるよう祈りが捧げられたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ